第23話「自己犠牲の果てに」

「教会はカルミア、いやシャオラスに何を命じてたんだ?」


 名すら偽り、教会のために活動していたと自らの口で語ったカルミア改めシャオラス。

 彼の目的はなんだったのだろう。

 木の上でアーシャは続く言葉を待つ。


「……それを話すのは、今回の任務を終えてからでいいか? まだ心の準備が出来てねェんだ」


 シャオラスがそう言えば、アルバートは快く頷いた。


「もちろんだ。じゃあヴァールハイトさん。シェルクがここに来た時の服か荷物入れを貰えるか? 俺らの依頼は生死の確認だからな。魔獣に食べられたということにしておこう」


 アルバートの言葉に、事の顛末を見守っていたヴァールハイトは歓喜し、何度も頭を下げて感謝していた。

 シェルク本人が少し古びたポシェットをアルバートに渡し、今回の依頼は終える事となった。

 レモラは隠蔽工作する事にいい顔をしなかったが、あっさりと黙認することに決めたらしく、黙っている。

 ルーナはシャオラスにぴたりと寄り添っており、喋る気もないらしい。




 ◇◆◇




 依頼の達成を報告した彼らは、エスカ村から離れ、近くの草原で野宿することにしたようだ。

 誰かに聞かれることもない外でなら、シャオラスの話もゆっくりと聞けると判断したのだろう。

 時刻はすでに夕焼けから紫に染まりつつある空模様だ。

 テントを張り終えた彼らが、焚き木を囲んで食事を始めた。それに習い、近くの茂みに身を隠しているアーシャも携帯食料をかじる。

 水を打ったような草原に、焚き木が燃える音が自己主張をしていた。

 この場にいる誰もが、シャオラスの言葉を待っている。

 覚悟が決まったのか、彼が話を始めた。


「オレは元々、ウルスラグナに住んでたんだ」


 ゆっくりと紡がれる言葉。


「オレら家族はさらわれてこの国に来た。この前開放した奴らみたいに、一度逃された。オレの家族は皆ネコ科だからな、足が速いんだ。町の外まで逃げて、草原を駆けた。今考えれば、それも想定内だったんだろうなァ。体力が尽きたところで捕まった。見せしめとして、両親は殺されたよ。オレの目の前で」


 俯いたまま両手を握りしめる彼の声は震えていた。

 どうして子供の目の前で両親を殺すというむごいことができるのだろうか。

 確かにアーシャ達、暗部も多くの人を殺めてきたが、両親を殺すなら子供すら殺すのがセオリーだ。復讐の芽は摘まなければならないのだから。

 それをしない時点で、プロではない。


「……故郷に妹がいると言ってなかったか?」

「覚えてたのか」


 アルバートの言葉に、シャオラスが困ったように笑う。


さらってきた奴隷はまず教会の地下に閉じ込められる。んで、買い手が見つかり次第売られて行くってわけだ。オレはまた別。教会のために働かされる奴隷だ」


 頑なに妹の話を避けるシャオラス。

 その様子に、勘のいい彼らはすでに察したようで、黙り込んでしまった。

 アーシャも確信はないが、なんとなく察することが出来た。


 ──とても悪い事ね。


 腹の底に湧いた怒り。それは膨らみ始めると、止まる事は叶わず、増幅し続ける。


「オレみたいな奴隷はいくらでもいる。弱みを握られて、駒として使われ続けるんだ。忠誠心なんてこれっぽっちも持ち合わせてないがなァ」


 シャオラスは何かをつまむような指の形を作り、指と指の間を狭くして忠誠心のなさを表現した。

 シャオラスの弱み。

 それは彼が言葉にせずとも分かった。分かってしまった。


「妹が人質なんだな」

「……そうだ。教会は家族を人質に、無理矢理従わせている」


 わざと家族を生かしておき、片方を働かせる。きっと仕事をしている奴隷が働けなくなった時は、働けば治療をするという条件で無理矢理従わせるのだろう。

 アーシャもアルバート達も顔を歪ませて、シャオラスを見ている。

 その顔を見たシャオラスが、


「お前らが良い奴でよかった」


 と泣きそうな顔で笑った。


 ──どういう生き方をすれば、こんな惨いことを思いつくのかしら。


 疑問に思うが、その答えをアーシャは持ち合わせていない。


 ──彼の言葉は嘘じゃない。だとすると、教会は違法に奴隷を売買する悪ね。


 帝都にある、教会の本部までもが腐っているのか、支部が腐っているのか。今のアーシャには分からない。

 ただ一つ言えることがあるならばそれは、その教会は許しがたいということだ。

 子の前で親を殺し、挙げ句家族を人質に従わせ続けるという外道。


 ──そんな外道を野放しにはしておけないわ。


 今まで明るみに出なかっただけで、その所業が公の場に晒されれば、暗部に暗殺依頼が来るに違いない。

 報告さえすれば帝国は正しい判断を下すと、アーシャはそう信じたいのだ。


「それで? おおかた俺を殺せと命じられてるんだろ? 出来なければ妹は殺されるってところか」

「話が早くて助かる。その通りだ。あと一週間以内にお前の首を持って帰らなければ、俺も妹も殺される」

「助けに行こう」


 食い気味にルーナが口を開いた。

 シャオラスが目を見開いて驚いている。助けて欲しくてこの話をしたわけではないらしい。

 彼らのパーティーから抜ける許しが欲しかったのだろうか。それとも、間者だと知って助ける人間はいないと思っていたのか。

 彼の考えは分からないが、あれだけ一緒にいながら、アルバートが一度懐に入れた人間を助けない薄情者だと思っていたのだろうか。


 ──それはないわね。

 

 アーシャのような人間にすら、優しく微笑んでくれる彼は、天性のお人好しなのだから。

 そんなことすら分からない人間が間者になれるはずがない。


「教会を敵に回すってのがどういう意味か、ルーナは分かってるだろ?」

「分かってる」

「だったら!」

「でも、あなたを死なせはしない」


 風が吹き、ルーナの髪をさらう。前髪で隠れた彼女の白金色の目があらわになり、その瞳には静かな闘志が揺らめいている。

 彼女の決意を灯した瞳にシャオラスは息を飲んだ。


「ルーナに先を越されたな。俺もルーナと同じ気持ちだ」

「アル。お前は教会を敵に回すってことが、分かってねェだろ」

「理解はしてないが、そう易々とお前を殺されてたまるか」

「その言葉だけで十分だ。オレはパーティーを抜ける。今まで楽しかったよ」


 彼女の説得も虚しく、彼はその言葉を口にした。

 彼の言葉を許さないと言わんばかりに、アルバートが説得を試みる。


「俺はこれからもお前と仲間でいたいんだ。俺たちにお前の家族を助けさせてくれないか?」

「無謀だ。無茶だ。オレは、オレの大切な奴らを巻き込みたくもなけりゃ、上っ面の平穏だろうが奪いたくねェ」

「そんなの今更だろ。俺はここに召喚された時から、平穏とは程遠い暮らしをしてるよ。シャオラス。俺を、俺達を信じてくれ。決して悪いようにはしない。……妹はどこにいる?」


 シャオラスは途端に口を噤んだ。

 答える気はないらしく、しばらく沈黙が場を支配する。

 アルバートが「シャオラス」と続きを促す。


「……ドミナシオンの教会だ」


 長い間の後、シャオラスが苦々しい顔で重い口を開いた。

 ドミナシオンの町はここから遠い場所にある。

 場所を聞いたアルバートが綺麗な顔を歪めた。


「馬で行っても一週間近くかかるぞ? 期限は決められてるんだろ?」

「あと、六日」

「ギリギリだな。なんでもっと早く言わない?」

「言っても仕方ねェだろうが」

「馬鹿か。どういう理由であれ、助けるに決まってる」


 アルバートの堅い意思の籠もった瞳で真っ直ぐに見つめられ、大きなため息をついたシャオラスは座ったまま頭を抱えた。


「……レモラはどうなんだ?」


 縋るように腕の隙間からレモラを見つめるシャオラスは、いつもの彼とは全く別人に見えた。


「もちろん僕も行きますよ。そんな事、あってはならない」

「うっそだろ。お前もかよ」


 さらに頭を抱えてしまうシャオラス。

 そんな彼の肩に手を添えて、アルバートは不敵に口角を釣り上げる。


「大船に乗ったつもりでいろ。なんたって俺は、『英雄』だからな」


 そう言って笑う、月の光に照らされた彼はいつにも増して美しかった。

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