第10話「とある冒険者たちの日常」

カルミアside


 カルミアの朝は早い。

 朝日と共に起床し、身支度を済ませる。

 そして、アルバートを家まで迎えに行くのだ。




「おーい、アルー? 起きってかァ?」


 遠慮なく扉を叩けば、寝ぼけ眼のアルバートが寝間着のまま出てきた。

 美形は寝癖がついていても様になるらしい。

 この造形美は、男のカルミアでさえ魅入られそうだ。


「相変わらず、朝っぱらから元気だな。入って待っててくれ」

「おー、おっ邪魔しまーす」


 部屋に入ったカルミアは、椅子にどかりと腰を下ろす。

 腰を下ろしたカルミアの目に、品の良いティーカップが飛び込んできた。

 珍しく置いてあったそれは、昨日の彼女が来た証だろう。


「あの娘、来たんだ?」


 アルバートがコーヒー好きだと知っているカルミアが、そう問いかける。


「あぁ。でも最初で最後だろうな」


 着替えながら返事をしているのか、くぐもった声が返ってきた。

 最初で最後ということは、彼女はもうカルミア達の前に姿を現さないということだろう。

 昨日の態度を見るに、彼女とアルバートが、昨日初めて会ったとは考えにくい。


「手出して、失望でもされたのか?」

「んなことするかよ。俺は惚れた女は、真綿に包むように大切にする主義だ」

「それはそれで怖ェよ」


 意味が分からないと言わんばかりの顔をするアルバートに、カルミアはため息をつく。


「あのなァ、お前がいた世界ではどうか知らねェが、積極的すぎると引かれるぞ。ほどほどに距離を保った方がいい。あの娘、お貴族様だろ?」

「は?」

「はァ? 分かるだろ、普通。髪も長くてツヤツヤ。傷一つないような綺麗な肌に、手入れの行き届いた指先。庶民じゃありえない」

「俺はあの一瞬でそれだけ把握できる、お前の方が怖いよ」


 アルバートは用意が出来たようで、心底引いた顔をして行くぞと声をかけた。

 彼に続いて、カルミアも外へ出る。


「まぁ、あの反応も貴族なら納得か……?」


 人間では聞き取れない小声で彼は呟く。


 ──やっぱり何かしたんじゃないか。


 亜人であるカルミアの耳には届いたが、聞かなかったことにして、アルバートの肩に腕を回したのだった。



カルミアside end



  ◇◆◇



レモラside



 騎士団本部。

 騎士団長に与えられた執務室。

 レモラは騎士団の制服に身を包み、難しい顔をして椅子に座っていた。


「ノーチェなんて名前の騎士は存在しない。ならあれは……?」


 彼の手元には騎士団名簿が散らばっている。

 昨日捕らえた商人を騎士団本部に連れてきてくれた、ノーチェと名乗った女性。

 彼女を探すため名簿を引っ張り出したが、その努力の甲斐なく彼女は見つからなかった。

 どれだけ探しても見つからないのは当たり前で、ノーチェという名前はアーシャが適当に名乗った偽名だからだ。それをレモラが知るすべはない。

 奴隷の違法販売を現行犯で捕らえられたのは、ひとえに彼女のおかげだった。

 あの場面でレモラが騎士だと名乗るわけにはいかなかった為、彼女が名乗り出てくれたおかげで、商人を逃さずに捕らえる事が出来た。

 それが分かった上でのあの行動なら、ノーチェと名乗る人物は相当優秀な人間なのだろう。

 騎士団に欲しいぐらいだ。


 ──まずは会って礼を言わなければ。


 そう物思いにふけっていると、執務室にノック音が三度響いた。


「どうぞ」

「失礼するよ」

「アザミ宰相。このような所に、なにか御用でしょうか?」


 立ち上がり敬礼をするレモラに、楽にしてと笑うアザミは、この世のものとは思えないほどに整った顔立ちをしている。

 銀色の髪はこの帝国では珍しく、人目を引く。

 アザミは自分の容姿を理解しているのだろう。その美しすぎる顔を引き立てるよう銀色の髪はオールバックにされている。

 その容姿は、アルバートにも引けを取らないだろう。

 むしろ並べれば、この世の女性が卒倒してしまうかもしれない。


「昨日はうちの娘が失礼したね。あれは少し抜けているんだ。まぁ、そこも可愛いんだけどね」

「は……?」

「ノーチェについて、調べてたんだろう? いくら調べてもそんな人物は存在しない」


 アザミに言われた言葉を口の中で反復し、そしてたどり着いた答えに絶句した。握り込んだ手が震える。

 なんとか絞り出した声は少し頼りない声色だ。


「……彼女が、影」


 帝国を裏から守る集団。それが影だ。

 この帝国に散らばる影は、帝国を良くするため、他国の間者を始末したりしているらしい。

 らしいと言うのも、その現場を見たことがない上に、証拠すらも残っていないからだ。

 殺しのプロであり、自分でない誰かに擬態する事が得意な集団。

 彼ら、もしくは彼女らは自分の命よりも命令を遵守する。それがいかに難しいことか。

 帝国に仕える騎士たちにそこまでの覚悟はないだろう。


「理解が早くて助かるよ。神童と呼ばれるだけの理由はある」


 庶民から成り上がったレモラには、貴族のことは分からない。だが、この宰相が食えない人物だということだけは知っていた。

 宰相はそれだけのためにここへ訪れたのだろうか。

 疑心暗鬼になっているレモラは、訝しげにアザミを見つめた。


「今日、召喚者を消すようにと命令が下された」

「そんなこと、僕に言って良いんですか」

「あぁ、任務に支障はない。彼について回る君には伝えとこうかと思ってね」

「邪魔をするなってことですね」

「物分りが良くて助かるな。じゃあ、そろそろ私はおいとまするよ」


 綺麗な笑みを貼り付けたアザミに、「君もそろそろ行かないとね」と言われ、時間を見れば、正午まであと十分というところだった。

 彼らとの待ち合わせは正午。

 レモラは慌てて立ち上がり騎士団の制服を脱ぎ捨て、タンスに常備している冒険者の服へと着替え、


「ありがとうございます。アザミ宰相! では、僕もこれで失礼します!」


 レモラはそう言うや否や、執務室を飛び出した。





 冒険者ギルドの待合に、勢いよく入ってきたレモラは息を切らしている。

 その様子に、カルミアは「来ないと思ったぜ」と軽口を叩く。


「遅れてしまい、申し訳ありません!!」


 綺麗な直角九十度を描き頭を下げるレモラに、大丈夫だとアルバートが声をかける。

 その言葉にレモラは目を輝かせ、


「アルバートさんは懐が深いですね!」


 と声を上げた。


「俺が特段懐が深いわけじゃないと思うよ」

「でも頭ごなしに怒らないでくれましたし、やっぱりいい人です!」


 レモラは満面の笑みを作りアルバートに向ける。

 そうすれば、アルバートは苦笑して頬を掻いた。彼は褒められることにあまり慣れていないらしい。

 そろそろ行こうと促したのは、ルーナだ。

 彼女は集合してからずっとカルミアの側を離れない。よほど彼の毛並みを気に入ったのだろう。

 そんなルーナに、カルミアは迷子の子供のような顔を浮かべていた。

 この国で亜人はさぞ生きづらい事だろう。そこに全てを受け入れてくれる理想の人が現れたらどうだろうか。確実に落ちるだろう。


「さて、今日も頑張るかァ」

「今回は、村に現れた魔獣の討伐依頼」

「ドゥート村って結構遠いな。馬借りた方が良いんじゃないか?」

「そうですね。僕、安くいい馬借りれる場所知ってますよ!」

「じゃあ、案内を頼んでもいいか?」


 はい! と元気よく返事をしたレモラが足早にギルドを出れば、それに続いてアルバート達もギルドを出てきた。

 笑顔を作ったレモラがこっちですと走り出す。


 彼らの新たな門出を祝福するように、雲ひとつない見事な晴天が広がっていた。



レモラside end

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