第31話「話を聞かない人」
シルディアを彩るのは背中とデコルテに咲いたつがいの証を惜しみなく晒したデザインだが、いやらしさの欠片もない絶妙なバランスを持った純白のウエディングドレスだ。
ダンスを踊る舞踏会用ではなく、魅せるためだけに作られているためトレーンがとても長い。
上品なドレスに袖を通すと背筋が自然と伸びる。
今日の結婚式を持って、名実ともにオデルと夫婦になるのだから。
「そろそろね」
小さく吐いた息と共に声が漏れ出る。
窓から城の敷地内にある式場に参列者達が全員入ったことを確認したからだ。
控室と言っても式場の扉が見える小さな建物にあるため、式場からは少し離れている。
森林に囲まれた式場にはすでに参列者が結婚式の開始を今か今かと待ちわびているはずだ。
一番シルディアの入場を待ちわびているのは、一足先に入場しているオデルだろう。
ガルズアースの風習でバージンロードは新婦が一人で歩くこととなっている。
そのため、新郎は首を長くして新婦の入場を来客と一緒に待つのが一般的だ。
(柄にもなく緊張してきたわ)
シルディアは柄にもなく落ち着きのない様子で視線を彷徨わせる。
窓の外を眺めてみたり、立ち上がってみたりと気を紛らわせようとしてみるが効果は感じられない。
見かねたヴィーニャがシルディアに声をかける。
「シルディア様。行きましょうか」
「そ、そうね」
「自信を持って下さい。シルディア様は、貴賓の誰よりもお綺麗ですよ。ねぇ? ヒルスさん」
「その通りであります! 今日の主役はシルディア様ですから!」
扉の前に控えていたヒルスが同意しながら扉を開けた。
シルディアはごくりと息を呑んで扉をくぐった。
一歩外に出れば、陽光が降り注ぐ。晴天の空はまるで結婚を祝福するようだ。
眩しさに目を細めながらも、シルディアは教会へと歩みを進める。
(長すぎるかと思っていたけれど、意外と歩けるものね)
正装をしたヴィーニャとヒルスがトレーンベアラーとして持ち上げているため、気にせずに歩くことができていた。
閉ざされた式場の扉の前に立ち、深呼吸をする。
「よし。開けていいわよ」
覚悟を決めそう告げるが、扉の両脇に控える騎士二人は指先一つ動かす気配はない。
動こうともしない彼らにシルディアは眉を顰める。
叱咤しようと口を開いたその時。
シルディアの上からふわりと人が降ってきた。
「っ!?」
現れたのは認識疎外をかけている侍従だ。
ヴィーニャとヒルスの感知を潜り抜けてシルディアの目の前に現れた侍従は、相当の手練れなのだろう。
シルディアが身構えると、慌てた様子で侍従が両手を振った。
「私は敵じゃないわ! お姉様を助けに来たの」
認識阻害の術が解かれ、視界に入ってきたのは見慣れた顔。
ウェーブがかった白髪。薄い空色の瞳。うっすらとピンクに染まる頬。
儚げな印象を与えるその顔立ちは、シルディアと瓜二つだ。
「シルディア様が……」
「二人ッ!?」
目を見開いて驚くヴィーニャとヒルスへの弁解も忘れ、シルディアは声を絞り出す。
「……フロージェ」
認識阻害の術を使っていたのはオデルの読み通り、シルディアの妹であるフロージェだったようだ。
「久しぶり。お姉様」
「フロージェ。どうしてここに?」
「お姉様はここで待っていればいいわ。私が、終わらせてあげる」
「ちょ、ちょっと待って! 終わらせるってどういうこと?」
「お姉様は私の代わりに無理やり嫁がされたのだから、逃げたっていいの! なのに、まだこんな所にいるなんて……。この場は私がどうにかするから」
「どうにかって……。わたしはオデルと一緒にいるって約束したの。約束を違えたりしないわ」
「あのクソトカゲ。お姉様の優しさにつけ込んで……」
「フ、フロージェ?」
眉を困らせるシルディアに、フロージェがにっこりと笑い片手を上げる。
すると示し合わせていたかのように大量の妖精がシルディアにまとわりついた。
「妖精達! お姉様をお願いね!」
「あいあいさー!」
「任せて~」
「ちょっと! 話を聞いてっ!! わっぷっ」
「行かせないよぉ」
顔にまで張り付いてくる妖精達の隙間から従僕の服から純白のウエディングドレスに早変わりした。
しかもウエディングドレスは、一寸違わずシルディアが着ているデザインの物だ。
(せっかくオデルがわたしのためにって作ってくれた一点物なのに……)
シルディアの視界が歪む。
滲む視界に初めて涙が溢れそうなのだと理解した。
(悔しい)
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
シルディアはフロージェを見据えた。
その眼差しを勘違いしたのか、フロージェは安心させるようにふわりと笑う。
「大丈夫。絶対、婚約を破棄してみせるわ!」
「だからっ――!!」
「いってらっしゃ~い」
「あぁ! もうっ!」
反論の言葉を最後まで聞かず、フロージェは式場へと入っていった。
シルディアの声はただ虚しく響くだけだ。
「ふふっ。どうしてこう、わたしの周りには人の話を聞かない子ばっかりなのかしら……」
ここまで清々しいと怒りより先に笑いが込み上げてくる。
「そっちがその気なら、わたしにだって考えがあるわ」
顔に張り付いた妖精を引き剥がしながら、シルディアはそう宣言した。
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