第15話「夜会」
「皇王陛下、並びにつがい様入場~!!」
高らかに宣言され、二階の扉が開く。
煌びやかなホール全体を見下ろせる踊り場に軍服のオデルと共に入場する。
ホールを一瞥すれば、端に設置された席に上皇夫妻がにこやかに座っているのが確認できた。
今日の夜会はオデルとシルディアが主役であるとわきまえているのだろう。
上皇夫妻はシルディアのいる踊り場を見上げ、目を潤ませている。
(歓迎されているようでなによりね。それよりも、ここから入場してよかったのかしら?)
今シルディアがいる場所は、本来皇族が入場で使用する入り口だ。
まだ婚約の段階で足を踏み入れてよかったのかと、シルディアが引け目を感じるのも無理はないだろう。
そんなシルディアの内情を知ってか知らずか、オデルはシルディアの腰に手を添えた。
まるで、この場にいても構わないと肯定されているようで、シルディアは小さく息を吐いた。
「あれがつがい様」
「美しい」
「まさに白百合の精だ」
「いや、神話の女神様のようじゃないか?」
「何言ってるの。あんな小娘が女神様みたいだなんて、女神様に失礼でしょ」
「なんか、思っていたより……ねぇ?」
「なにあれ。色っぽさゼロの子どもじゃない」
「つがいが見つかった、だなんて……そんなっ」
ざわりとホールの空気が揺れ、値踏みするような視線がシルディアに突き刺さる。
嫉妬や羨望、少しの嘲笑。
各々の思惑が交差し、混じり合う。
(わたしを擁護するかまだ決めあぐねている、ってところかしら。女性陣からは早々に嫌われたみたいね。でも男性陣からは好感触。オデルの言う通り着替えてよかった。この空気だと薔薇を模したドレスは逆効果だわ。オデルのつがいである自覚がないと難癖つけられそうだもの)
若干、オデルの機嫌が急降下したような気もするが、シルディアは気にしないことにした。
なにせ、今日のシルディアの装いは、完璧だと自負できるからだ。
オデルが選んだだけあって、シルディアの可愛さを引き立てている。
全身黒で統一されたオデルとは対称の、白を基調にしたドレス。
優雅さと可愛さを両立させたようなそれは、絶妙な雰囲気を醸し出していた。
薄緑のオーバーレースには一つ一つに百合が描かれており、近くで見れば百合が目を楽しませ、遠くで見れば百合の葉を思わせる。
白百合を連想させるようなスカート部分は、レースと同じ色に染められた一筋の柔らかな色が腰から足元にかけて流れていた。
流れる不規則なトレーンの広がりが百合の花弁を彷彿させる。
(これぞまさに、オデルの女ってドレスよね。それに、この首飾りも)
シャンデリアの光を浴びて輝く赤色琥珀製の首飾りが、シルディアをより一層オデルのものだと主張する。
パートナーの瞳の色をしたドレスや装飾品は独占欲の現れで、自分のものだと周りに知らしめるものだと決まっている。
それは古今東西、どこの国でも変わらないらしい。
腰を少し強引に引き寄せられ、シルディアはオデルに目を向けた。
彼にエスコートされ、漆黒のビロードがひかれた階段を降りて行く。
「物珍しいのは分かるんだけど、俺にも関心を持って欲しいな。今からオオカミの群れの中に突撃するんだから」
「……キツネとタヌキの化かし合いの中じゃなくて?」
「女性同士だとそうかもしれないね。でも、男はオオカミだよ。覚えておいて」
「一番危険なオオカミがわたしの隣にいるんだけど……」
「ふはっ。違いない」
オデルがこらえきれず笑った瞬間、ホールがどよめいた。
(え、なに?)
「あのオデル様が!」
「笑った……!?」
「それだけつがい様が特別だということ!?」
「これは手を変えなければ」
シルディアの耳に届くのはそんな言葉ばかりだ。
どうやらオデルの笑顔が珍しいようで、参加者達は悲しんだり、妬んだりと思い思いの反応を見せる。
シルディアには色々な顔を見せるオデルだが、笑顔すら貴族に見せていなかったらしい。
(自分がオデルの特別なんだと認識させられてるみたいで、なんだか気恥ずかしいわ)
羞恥心を感じつつもシルディアはオデルと共に階段を降り切った。
階段下に集まっていた参加者達がモーセのように割れ、ダンスホールへの道を作る。
当たり前のように開けた道を進み、ホールの真ん中へ辿り着くと音楽家の演奏が始まった。
着飾った令嬢達が踊りだす様子はなく、シルディアとオデルが動き出すのを固唾を呑んで見ている。
誰も踊りださない光景はシルディアの常識からは外れていた。
内心困惑していれば、オデルに手を取られ互いの胸が密着する。
軽やかにステップを踏みながら、オデルが笑う。
「初めの一曲は皇族のためだと決まっている」
「だから誰も踊ろうとしなかったのね」
笑みを浮かべながら解説され納得した。
軽やかなステップを踏むたび髪が揺れ、晒された背中が見え隠れする。
(背中の視線が痛いわ。つがいの証を見るために必死ね。まぁわたしにつがいの証はないのだけれど)
令嬢達からの熱烈な視線を背中に受けながら、シルディアがくるりとターンをした時だった。
「今の見た!?」
「えぇ、見えたわ!」
「つがいの証がないなんて」
「やだ、本当だわ」
「それじゃあ、まさか政略結婚させられそうってこと?」
「嘘でしょ」
疑念の声を隠そうとせず会話を続ける令嬢達。
想定内の反応だ。シルディアが彼女達の会話で動揺することはない。
(わざと聞こえるように言っているのね。まったく、品性の欠片もない)
周りの会話に耳を傾けていても、体に染み付いたダンスは意識せずとも踊れるのだから慣れとは便利なものだ。
オデルのリードが上手いのも一端を担っているだろう。
「シルディアはダンスも上手いね」
「わたしが踊りやすいようにリードしているオデルに言われてもね」
「そうかな? 俺も踊りやすいよ?」
「それはよかった」
シルディアの頬にすり寄ったオデルに、黄色い悲鳴が上がった。
まざまざとシルディアが特別なのだと見せつける彼の行為を甘んじて受け入れた。
(スキンシップは受け入れとかないと。オデルが愛するのはわたしだけだと主張させてもらって、令嬢達からの弾除けにさせてもらおう)
オデルの寵愛が本物だと知らしめる必要があった。
そのため、シルディアは普段なら止めるスキンシップをも受け入れている。
拒否されないと良い笑みを浮かべ普段よりも五割増しで密着してくるオデルに、シルディアは悪戯心が沸き上がった。
(……少し悪戯しても、怒られはしないでしょ)
お互いにお手本のようなステップを踏んでいるため、相手の動きが手に取るように分かる。
シルディアから手をきゅっと握れば、数秒の驚きがオデルを包む。
それはわずか数秒の隙。
体の軸をずらし、腰に回った彼の手から逃れる。オデルのリードから外れ、シルディアはその場で一回転してみせた。
ふわりと花開くドレスに、周りから感嘆の声が漏れる。
(やられっぱなしは性に合わないの。主導権はもらうわよ)
オデルに挑むような視線を向け、宣戦布告だと口角を吊り上げる。
彼が小さく目を瞠ったのを確認し不意打ちは成功したのだと、ますます楽しくなった。
すました顔を崩す機会はそうそう訪れないだろう。
オデルがシルディアの掌の上で転がされ、狼狽した色を見せながら踊ってくれるのなら、これ以上心躍ることはない。
今がチャンスと言わんばかりに彼のステップを誘導する。
「シルディア」
「!」
腰に添えられた手が、本来の流れとは反対の方向へと逸らす。
予定していた動きを塗り替えられてしまったシルディアは、結果としてくるりと一人で回された。
ほぉっと歓声が聞こえるが、シルディアはそれどころではない。
不本意だと目で訴えれば、オデルの次はどうしたい? と言いたげな余裕な目とかち合う。
(んの……! 絶対その顔を崩してやるんだから!)
大人しく通常のステップに戻り、虎視眈々と機会を窺う。
シルディアを穏やかに見下ろすオデルが何かをしてくる素振りはないのが救いだろうか。
くるくると回りながら、不意打ちで踏み込んでみるが当たり前のように回避されてしまった。
思わず舌打ちをしそうになるが、間一髪のところで飲み込んだ。
(重心の分散も上手い。リードも文句一つ付けることはできないわ。完璧すぎて、気を抜くとあっという間に呑まれてしまいそう)
ここまできたのだから一矢報いたい。
そう次の手を考えていると、シルディアの動きに合わせるだけだったオデルが腰に添えた手にぐっと力を入れた。
オデルはされるがままに踊るだけだと警戒をしていなかったため、反応が遅れてしまった。
シルディアを引き寄せたオデルは上半身を倒し、強引に密着した。
そのまま足元を掬われてしまえばシルディアに逃げ場などなく、簡単に背中側へと倒れてしまう。
「ひゃっ」
思わずオデルの首に手を回せば、彼の大きな手でしっかりと支えられる。と同時に演奏がジャンッと鳴り止んだ。
最後の最後で醜態を晒すことなく終わったとシルディアは安堵する。
(いきなり仕掛けてくるなんて、わたしが転んだらどうするつもりだったのかしら)
ホッとした反面、シルディアは強引な手段に出たオデルに抗議の視線を送るが、くすりと笑われるだけだった。
(いえ。オデルのことだから、わたしを支えられる自信があったのね)
反った上半身を起こし、ダンスが終わったと参加者へ向けてオデルと共に礼をした。
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