第4話「異質なもの」
寝室から連れ出されたシルディアは、寝室の隣にリビングルームがある珍しい造りに驚いた。
冬の寒さを感じさせない室内の左手を見れば、暖炉が目に入った。
シルディアが寝ていた間もずっと温め続けていたのだろう。暖炉には火が灯っていた。
暖炉の前には猫足のローテーブルとソファーが置かれており、暖を取れるようになっている。
ソファーの奥には貴族の食堂でよく見る多人数用のリフェクトリーテーブルではなく、こじんまりとした長方形のテーブルが置かれていた。
壁側には椅子が二つ仲良く並べられている。
椅子の置かれた壁側には。隣の部屋へ続くアーチだ。
シルディアの目が正しければ、アーチの奥にはかまどが備えられている。
(こんなところに厨房……?)
アーチのすぐ右隣には扉があるが、本来いるはずの者がいない。
(おかしい。護衛は、侍女はどこに……?)
控えているはずの侍女や護衛すらいないリビングに違和感を覚えながらも、オデルにエスコートされたシルディアは椅子へと腰かけた。
繊細なレースが端を囲っている真っ白なテーブルクロスが広がるテーブルには、可愛らしい花瓶に一輪の白百合が飾られている。
「いい子で待ってて」
「へ?」
シルディアの頭を一撫でしたオデルは厨房へと足を向けた。
彼はものの数分で戻ってきた。ワゴンと共に。
オデルとワゴンの組み合わせにぎょっとしていると、テーブルの上に食事が並べられる。
出来立てなのだろう。
湯気の立つスープ。ほかほかのパンにみずみずしい野菜とソースの絡まった肉が挟まり、食欲をそそる匂いが立ち込める。
食事が並ぶすぐ横に、白を基調にしたティーセットが置かれた。
並べられた食器はとても可愛らしいものだった。
(フロージェは可愛らしい物を好む。なのにこの上品なティーカップはわたしの好みの……。どうして? フロージェの好みが分からなかったから取り敢えず可愛らしい物を用意した……?)
水色の百合が描かれたソーサーに、紅茶の入ったティーカップが置かれる。
給仕をしたオデルは、当たり前のようにシルディアの隣に腰かけた。
「食べようか」
「厨房に料理人がいるのね。でも、皇王自ら紅茶を淹れるなんて、ありえない」
「大丈夫。目の前に給仕をしている皇王のがいるんだから、ありえないことじゃないよ」
当たり前のように言ったオデルは、自身が持って来た食事に手を付ける。
躊躇いなく食べる彼に、毒の心配はないと判断したシルディアも食事に手を付けた。
食事が終わり、片付けを始めるオデルにシルディアは声をかける。
「一ついい?」
「もちろん。シルディアの質問にならなんでも答えるよ」
「じゃあ遠慮なく。侍女と護衛は? 見当たらないけどどこにいるの?」
「この部屋にはいないよ。あ、もちろん扉の前には見張りが立っている。でも、室内には立ち入りを許可していないんだ」
「なんで?」
「シルディアの姿を他の奴に見られたくないからに決まってるだろ?」
「それだけ?」
「それだけ」
「意味がわからない!!」
きょとんとしているオデルは首を傾げた。まるでシルディアが叫んだ理由がわからないと言わんばかりだ。
「何か問題が?」
「いや、問題まみれでしょう!! あなたはっ」
「あなたではなくオデルだ」
シルディアはそこに突っ込むのかと考えつつ息をついた。
登った血を降ろさなければと努めて冷静に呟く。
「オデルは皇王でしょ? 安全を考えたら護衛はつけないと」
「なぜ?」
「な、なぜって……皇族は守られるもので……」
一瞬目を見開いたオデルだったが、すぐに柔らかな表情に変わった。
「大丈夫。俺は竜族の長。竜の王だ。シルディアも知っているだろう?」
「そ、れは、もちろん知っているわ」
「この国で俺より強い者はいない。安心して」
幼子をあやすような微笑みでオデルはシルディアの頭を撫でる。
純粋な強さという面でオデルの右に出る者がいないのは確かだろう。
幼い彼が戦争の第一線で活躍したというのは周知の事実だ。
(わたしが七歳の頃。皇国が他国と開戦した戦で指揮を取ったのはオデルだったはず。強さは確かでしょうね)
シルディアが黙り込んでいると、オデルが魅力的な提案を口にする。
「朝食も食べ終わったことだし、部屋を案内しよう」
「! いいの?」
「もちろん。シルディアが好きに出入りしていい場所だけになるけど、いいかい?」
気遣うような視線がくすぐったくて、シルディアは口を噤んだ。
人に気遣われるという行為が心地の良いものだと初めて知った。
(命令すればいいだけなのに、わたしの意思を確認するなんて……非効率だわ。でも、嫌じゃない)
シルディアが黙り込んだことに眉を顰めたオデルがぼそりと呟く。
「やっぱり不満だよな。城内にいる者達を全員排除すれば……」
「どうしてそうなるの!?」
「え? 俺の白百合をどこの馬の骨かもわからない奴に見せるわけにはいかないから、当たり前の対応だよ」
「わたしが場内を歩くためにそこまでする!? 普通に城内を案内できないの!?」
「シルディアを誰にも見られたくないからな」
「減るものじゃないでしょ」
「減る。確実に」
「ちなみに、私を見た人はどうなるの?」
シルディアの質問にはなんでも答えると豪語していたオデルは、にっこりと綺麗な笑顔を浮かべた。
「知りたい?」
「そうね」
「まずシルディアを見たその瞳を抉り出し、声を聞いた耳をそぎ落とす」
「ちょ、ちょっと待って。やりすぎだわ」
「?」
心底何が悪いのか理解できないと首を傾げられる。
その様子に目を見張ったシルディアは立ち上がり、ワゴンに食器を並べるオデルの両頬に手を添えた。
「わたしは、そんなことしてほしくない」
「……」
「今、オデルがわたしを外に出すことに不安を感じるなら、わたしは外に出なくてもかまわない。わたしのせいで人が死ぬのはごめんよ」
「……シルディアは外に出たい?」
「出たいか出たくないかと言われれば、出たいわ。でも、わたしのせいで誰かが傷つくのは……」
「わかった」
説得に成功しシルディアはほっと胸をなでおろした。
オデルの頬から手を離そうとするが、手を取られてしまった。
左手にすり寄る彼に驚き目を向ければ、楽しげなルビーのような瞳と目が合った。
絹のような黒い髪が少しくすぐったい、とシルディアは現実逃避をするが、それも数秒許されただけだ。
指一つ一つに口づけをするオデルを止めることもできず、なすがままになっている。
「ちょっと、や、ひゃぅ。痛っ」
それは五本の指全てに口づけをし、シルディアが終わりかと肩の力を抜いた瞬間だった。
オデルはあろうことか薬指に噛みついたのだ。
首筋を噛まれた時のように血は出なかったが、薬指の根本にはくっきりと歯形が刻まれてしまった。
「よし」
「っ、よしじゃない!!」
振りかぶった手を簡単に受け止められ、シルディアは唇を噛んだ。
オデルの指先がシルディアの唇をなぞり、優しく唇を開く。
「綺麗な唇なんだから、噛んだら駄目だよ」
「誰のせいだとっ……!」
「俺のせいだね」
「理解してるのなら」
「ごめんね? でも、俺のものだって印はつけとかないと」
「はぁー。ここで論争しても無駄ね。部屋、案内してくれるんでしょ?」
「うん。少し待ってて」
そう言い残し、オデルは食器を乗せたワゴンを厨房に戻しに行った。
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