仇敵

「見込みの有りそうな奴はいたか? エル」浅黒く日に焼けた肌の、黒い瞳に短い金髪の少年が豪奢なソファに腰掛けて言った。


 皇都ネクラナル皇城おうきの一室だ。


「ここでは殿下と呼べ、勇者ショウ=セトル=ライアン」皇子エレオナアルは友人をたしなめた。


「身分問わずに仲間を募り冒険者として活動する――あの忌まわしき〝狂王〟も少年時代それで名を上げ後の権勢の基盤とした。我らはそれを越えねばならん」


「書類選考は終わったんだな――面接で振り落とされない強者がいれば良いがな、〝殿下〟」ショウは生真面目な口調になった。


亜人デミ共は仲間に加えない――人間の人間による人間の為の大活動だ」


「〝いずれ皇国のみならず、世界ディーヴェルトから亜人共を駆逐する。その基礎固め〟だったな、俺は全面的に賛同するぞ」


「帝国の人間にも門戸を開く、共闘できるなら奴らも仲間だ。エルフ共の世界征服の野望をくじく為には全人類の意志統一が不可欠だ」言葉を続けようとしたエレオナアルだったが、それはさえぎられた。


「殿下、面接の時間です。練武場までお越しを」重い樫作りのドアの向こうから近衛騎士の声がした。


「分かった――」エレオナアルとショウは鎧を従者に着けさせると、各々の得物を持って練武場へ向かった。


 エレオナアルは三十人程の志望者たちの顔を眺めた。


 女は居ない、残念だが、そう思ったが実際はエレオナアルたちの女癖の悪さを知っていた側近がわざと女性を落選させたのだ。


 実力のある女冒険者が皇子たちに捨てられ、恨みを持って二人を害する可能性は有った。


 玉の輿狙いの冒険者もいるだろうが王族の血統でもない限り愛人になるのが関の山だ。


 それでもいいという者もいるのだろうがならば後宮に入ればよい、側近はそう思った。


 エレオナアルもショウも十二になる前に後宮に出入りする事を覚えていた。


 冒険者の様に情報が大事な職業ではその位のことはすぐ分かる筈だった。


 浮ついた思いで仲間になられ皇子たちが死ぬ事があれば側近の首が飛ぶのは間違いなかった――。


 一方エレオナアルは自分の背中を預けられそうな相手を探していた。


 エレオナアルの目を引く男、自分とさほど変わらない歳だろう、がいた。


 波打つ長めの黒髪に女の様な白い肌、信じられないほど深い藍色の瞳、背はエレオナアルより5センチほど低い。


 黒い鎧に身の丈よりも長い両手剣、長弓を携えている。


「貴様、名は? 」


「アトゥーム」エレオナアルの目を射貫かんばかりの強い視線だった。


 その様相にエレオナアルは圧倒された。


 態度も言葉遣いも不遜だが、冒険者にはこれくらいの胆力が必要だろう、そう思わせる男だ。


「よし、まず一匹合格だ」


 アトゥームを含め四名が選抜された。


〝皇国の盾〟と名づけられた冒険者パーティの誕生だった。


 結成祝いの宴が開かれたが、アトゥームだけが欠席した。


「気に入らん餓鬼だ」ショウは不満をあらわにする。


 アトゥームはショウやエレオナアルより一歳ほどだったが年下だった。


「まあそう言うな、あの目は並の男ではない。いざとなれば――」エレオナアルは親指で首を掻き切る動作をした。


 皇族に顔を覚えられる機会チャンスを逃す間抜けはアトゥーム位のものだった。


 戦皇リジナスが〝皇国の盾〟に祝辞を送る――エレオナアルとショウ以外のメンバーは緊張しいしい戦皇の言葉を聞いた。


 エレオナアルたちはまさかアトゥームが復讐の為に自分たちに近づいて来たとは知らなかった。


 皇族ではただ一人エレオナアルの双子の姉アレクサンドラ皇女だけが欠席した。


 皇女はアトゥームを皇城で見かけていた。


 侍女に聞いて、愚弟の冒険者パーティに加わる為に来た平民だと知ったのだ。


 傭兵なんか似合わない、皇女にそう思わせる程繊細な容貌の持ち主だった。


 つまるところ皇女はアトゥームに一目惚れしたのだ。


 愚弟への態度から彼女はアトゥームを更に好ましい人物だと思うようになった。 


 皇女はエレオナアルを嫌悪していた――その人格と識見、何より彼女を強姦しようとした事が決定的だった。


 戦皇ちちは皇女の言う事をまるで信じなかった――それどころか二度と口にするなと𠮟りつけた。


 父が生きている内は自分の離宮にこもることも出来ない。


 いつからか皇女はアトゥームが皇家から自分を助け出しに来てくれる事を夢見る様になっていったのだった。


〝皇国の盾〟は翌日から活動を始めた。


 最初は皇都近くのゴブリンの集落を襲ったり、数体のゾンビを作り出した死霊術師ネクロマンサーを捉えたりといった雑魚狩りが主だった。


 しかしアトゥームの戦いの技量――小部隊としての戦術を立案する頭脳――と勝機、それに撤退する潮時を読む才覚に〝皇国の盾〟はみるみるうちに名前を上げていった。


 大袈裟にエレオナアルたちを褒めそやす仲間と違い、アトゥームは仕事こそ抜群に出来たが愛想はまるでなかった。


 エレオナアルにもショウにも敬意を示さない。


 面と向かってなじられると如何にも慇懃無礼な返答を返す。


 実力が有るからと目こぼしをするのも無理があった。


 エレオナアルとショウは虐殺や掠奪、強姦を好んだ――そんな時アトゥームは無表情に彼らを見るかその場から黙って立ち去るか、面と向かって止めろという事さえあった。


 遠征で最古の国リルガミンの〝金剛石ダイアモンドの騎士〟の迷宮に挑んだ際に現地の大地母神グニルダの巫女の神託を受けた――この時からショウはアトゥームを決定的に憎む様になった。


 混沌の侵略からこの惑星を救う〝永遠の戦士〟の称号がショウではなくアトゥームに冠されたのだ。


 龍の王国の勇者の称号を持つ貴族には平民出が自分を追い抜く事は許せない事だった。


 一方アトゥームは自分の属した傭兵団を罠に嵌め、初恋の人エルフィリスを殺したのは戦皇リジナスだといまだ思っていた――実際はエレオナアルが立案した作戦だった。


 知ればアトゥームはエレオナアルを許さなかったろう。


 エレオナアルはそれを知り、アトゥームは生かしておくには危険すぎると確信した。


 それだけではない――彼の想い人、姉アレクサンドラがアトゥームに惹かれている事はエレオナアルには許し難かった。


 アレクサンドラはアトゥームの私室に通い――肉体関係こそなかったが――アトゥームを想って自らを慰める事も有った。


 姉を見張っていたエレオナアルは気も狂わんばかりだった。


 アトゥームを殺す動機はショウにもエレオナアルにも十分にあった。


 うなぎ登りに上がっていく冒険者としての評判にアトゥームを無暗に殺す事も出来ない。


 しかしアトゥームに過去の因縁を気付かれれば自分の命が無い。


 アトゥームはショウやエレオナアルが自分を疎ましく思っている事は知っていたが、よもや命を狙う程とは思っていなかった――余りにも若かった。


 戦皇リジナスさえ除ければいい、その企みさえ気付かれなければ――。


 一年近く、アトゥームはエレオナアルたちと共に冒険者として過ごした。


 危うい均衡だった。


 暇をぬってアトゥームは義弟ラウルに手紙を出した。


 そうしなければ本気でラウルは自分を探すだろう。


 今年はオラドゥール村に帰れないと言う事と同時に復讐を果たすことが出来るかもしれないと言う内容だった。


 ラウルからの返事は間に合わなかった。


 アトゥームの実力を更に利用したいエレオナアルたちと、アトゥームを排除して上の覚えを良くしたい冒険者たち、リジナスに近づくチャンスを狙っていたアトゥーム。


 表面上の慇懃なやり取りも虚しく、〝皇国の盾〟は崩壊への道をひた走っていたのだった。

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