時空超常奇譚6其ノ四. 銀河パトロール☆ミルキーズⅡ/宇宙を征く者

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚6其ノ四. 銀河パトロール☆ミルキーズⅡ/宇宙を征く者

銀河パトロール☆ミルキーズⅡ/宇宙そらく者


 果てしない漆黒の闇の中に激しく律動する聖青あお呪赤あか黒緑みどりの三重の光が螺旋状に交錯しながらどこまでも続き、その一点に置き去られた「小さな子供」が震えながら立ち竦んでいる。どこからか「何者」かの声がした。

"光の子よ"

 呼ばれた白い小さな子供が「何者」かに問い掛けた。

『……あ・なたは・誰・です・か』

"私は宇宙の意識です"

『……ここは・どこ・ですか』

"今、アナタは暁闇の中に居ます"

『……ワタシ・は・誰ですか』

"アナタは、大いなるイヒトの意思に拠って誕生する光の子です。アナタにこの世界の全てを凌駕するもう一つの光、白い龍の力を授けましょう"

『そんなの・い・りません』

"光の子よ、その時アナタは金色の光と暖かな手に包まれるでしょう。そして聖なる鍵は開らかれ、白い神の戦士が目覚めるのです"

『……ワタシ・は・誰ですか』

 小さな子供が何かに声を掛けたが、再び声がする事はなかった。

『……誰か・いません・か……誰か・いません・か』

 三重の光に金色の光が絡み付き溶けると、光は次第に白い光となって輝き始めた。小さな子供は、泣きながら白い光の螺旋の中でいつまでも佇んでいた。


               

◇第1話「光る天空の扉」

 漆黒の闇に煌めく宝石を散り嵌めたように星々の群れが輝いている。

「宇宙海賊カッパラ軍から地球を救え大作戦」を完璧に遂行し、東本部への帰路を急いでいた銀河パトロール☆ミルキーズの一同と黄色い宇宙船エクレア号は、途中で「やっぱり、ちょこっと惑星キマルにジャモン星人を見に行こうよ」というミルキーの提案で、帰還ルートを変更する事にした。

 前方に、星の半分が抉れた封印の星キマルが見え、その上空にゆらゆらと薄緑色に揺れ動く薄い光を纏う球形の天体、黒孔こっこうが浮かんでいる。

          

 パイロットロボット助手のテイルが、またもやいきなり人懐こい顔で独り言を喋り始めた。

「皆さん、こんにちは。また御会いしましたね、ロボットクルーのテイルです。ボクが生まれるずっと前に勃発し1000年間続いた悲惨な宇宙大戦、別名「千年戦争」は、キマルという星で終結しました。あそこに見えるのが惑星キマルで、封印の星とも呼ばれています」

「テイル、誰に言ってるっスか?」

「あっいえ、独り言です」

「あの黒孔が光り出すと、その中に超時空間の扉XWONクオンが現れるっスよ」

 今度はポップが説明した。宇宙の向こう側から何者かがやって来ると、黒孔の深い闇の中に超時空間XWONが光り輝いて見えると言われている。黒孔周辺エリアは進入禁止の為近づく事は出来ないが、既に薄緑色に揺れ動く天体の中に何かが薄っすらと輝いているように見える。

 ポップとバルケは、宇宙の中に揺れる不気味な黒孔を食い入るように凝視した。いつも寝ている正体不明の丸型生物バルケが今日は珍しく起きている。因みに、惑星キマルを見ようと言い出したミルキーは熟睡している。

「黒孔はいつ見ても気味が悪いっスね」

「そうでんな」

「あの黒孔の中にXWONが光ると、気味の悪い声が聞こるらしいっス、寒気がするっスね」

 黒孔から声がした。

「今、何か聞こえたっス。何となく光ってるようにも見えるっスけど、気のせいっスかね。ガム、確認出来ないっスか?」

「光ッテマスネ。デモ、正確ニ確認スル機器ガアリマセン」

 超時空間XWONが光り出しているのかどうかは不明の為、一応その旨を本部に連絡してエクレア号は先を急いだ。言い出しっぺは相変わらず寝ている。

「中光速カラ高光速航行ニ切リ替エ発進シマ・」

 ガムがエクレア号の発進を言い終わらない内に、激しい警戒音が響き渡った。

「注意、前方ニ未確認ノ宇宙船ガ異常接近シテ来マス。所属確認中デス」

 非常警報が鳴る中で爆発音が聞こえ、エクレア号の船体が揺れた。

「前方カラノ攻撃ト思ワレマス。所属ハ不明デス」

 前方に、赤いDマークが付いた白色の宇宙船と銀色に光を放つ機械兵団が見えている。どうやら、攻撃は前方の未確認宇宙船からのようだ。エクレア号のモニターに映し出されたDFデータファィルが、攻撃を仕掛けた宇宙船と機械兵団の正体を告げている。

「あれは、北宇宙連邦軍の艦と戦闘機兵団AMSアーマード・ソルジャーっスね」

 ミルキーの「何それ・」の疑問を遮り、エクレア号のモニター画面に赤いDマークの制服の北宇宙連邦軍司令官らしき男の姿が映った。銀河パトロール東本部所属の船に北連邦軍の通信が強制的に割り込んで来る意味はわからない。☆ミルキーズが北連邦軍と話す事など何もない。

「東宇宙所属銀河パトロールの船に告ぐ、ワシは北宇宙連邦軍第115戦闘軍司令次官のナンナメ・ゾーネだ。この空域から立ち去れ、この空域は我等北宇宙連邦統治空域である。直ちに立ち去れ」

 ポップは、その一方的で強圧的な主張に反駁した。

「違うっス。黒孔の周辺はどの連邦にも属さない宇宙連合政府が管轄する未確定空域エリアっス、北宇宙連邦統治空域なんかじゃないっス」

「煩い、北宇宙連邦政府が黒孔周辺を北連邦統治空域と決めたのだ。命令に従わなければ威嚇では済まさんぞ」

 北連邦軍ナンナメ・ゾーネの高飛車な物言いに、寝起きの悪いミルキーがモニターに向かって噛みついた。

「偉そうに言ってんじゃない。ワタシ達銀河パトロール東本部所属の船は宇宙連合と東宇宙連邦以外の命令に従う義務はない」

「生意気な、宇宙連合の犬め。攻撃開始だ」

 薄笑いのナンナメ・ゾーネの言葉と同時に、戦闘機械兵団が円を描いてエクレア号を囲い込み、一斉にロケット弾とビーム弾を撃ち込んだ。爆裂の光輪がエクレア号を包む。当然の成り行きにナンナメ・ゾーネは満足げに呟いた。間一髪でバルケの万能バリアが作動しエクレア号に損傷はない。バルケのドヤ顔が見える。

「ポップ、こいつ等頭が変なの?」

 宇宙連合に属している北宇宙連邦軍が同様に宇宙連合に属する銀河パトロールの船を攻撃するなどという事自体が信じ難い。その思考回路が理解出来ない。

「変て言うか、これが北連邦軍のやり方っスよ。ガム、直ぐに逃げるっス」

「了解、緊急タキオン超光速ジェット発進シマス」

 何にしても、触らぬ神に祟りなしという事で、眩しい光輪の中から薄紫色の軌跡を残して無傷のエクレア号が飛び去った。

「何だと?」

 戦闘機兵団AMSのロケット弾とビーム弾のダブル攻撃は宇宙船など簡単に破壊する。北連邦軍が誇るその攻撃に全く効果がない事にナンナメ・ゾーネは驚きを隠せない。銀河パトロールに、いや宇宙連合にさえそんなバリアが存在するなど聞いた事もない。

「何がどうなっているのだ?」

 置き去りにされたナンナメ・ゾーネと北連邦軍は、呆然と黄色い宇宙船エクレア号を見送るしかなかった。逃げるエクレア号の中で、口がへの字のままのミルキーが悔しげに言った。

「あんなヤツ相手に唯で逃げるのは癪だね、どうしてやろうかな」

 ミルキーは悪戯な目で「そうだ」と呟いて無邪気に笑い、武器庫から時空間ビーム砲を引っ張り出した。

「何してるっスか。余計な事をしちゃ駄目っスよ」

 ミルキーは素直に返事を返したが、返事とは裏腹に目が笑っている。

「異時空間の彼方に吹っ飛ばしてやる。バルケ、位置修正頼んだよ」

「了解でおます。時空間ビーム弾+爆撃弾の着弾位置修正、準備完了でっせ」

 巨大な時空間ビーム砲から薄紫色の雷光が狂ったように踊り、鈍い重低音を引きずりながら発射された閃光は一瞬だけ輝いて消えた。

 その直後、北連邦軍第115司令次官ナンナメ・ゾーネの目前で、無敵を誇る戦闘機兵団AMSの1機が自爆して炎に包まれ砕け散った。

「何だ、何だ、AMSが自爆した?そんな事があるものか、何がどうなったのだ?」

 ナンナメ・ゾーネは不可解な現実に呆然と立ち尽くした。

         

 100年前に終結した壮絶な千年戦争の後、東、西、南、北、中央の五大宇宙連邦は中央連邦を中心に統合されて宇宙連合となった。宇宙連合政府は、宇宙合議局、宇宙科学局、宇宙戦略局の三つの中央局に分かれてそれぞれで各宇宙連邦を従えている。更に、各宇宙連邦はそれぞれ連邦議会と連邦軍、及び連邦アカデミーで構成される。

「黒孔に予兆あり」の報せは、既に宇宙全体を監理する情報管理室のモニタールームの黒孔監視衛星ミルーダとミルダスからの映像が届き、騒然となっていた。光り始めた黒孔の映像は室内の巨大モニターに映し出され、局員や研究員達が叫び捲って収拾がつかない。

「黒孔がが光っている……もう駄目だぁ」

「次に扉が現れて輝き始めたら……この世の終わりだぁ」

「また悪魔がやって来て宇宙大戦が始まるんだ、悪魔が来たらもう終わりだぁ」

「宇宙神ティラはもういない。今度こそ、この世の終わりだぁ」

 研究員達が叫ぶ間にも黒孔は輝きは増し、その深い闇の中に小さな異時空間の扉、XWONクオンらしきものが輝き始めている。

「こちら時空監視センターです。また悪魔がやって来たんだ、もう駄目だぁぁぁ」

 報告官は、時空監理本部への連絡の途中に、いきなり発狂した。

「こちら本部、落ち着け。落ち着いて監視を継続しろ」

「りょ、了解しました。でも……きっともう駄目なんだ……駄目だぁ」

 宇宙情報管理室からの報せは宇宙連合関係部局へと伝えられ、即刻全宇宙の関係者達を集く「宇宙連合緊急中央会議」が宇宙連合本部で開かれる事となった。

             

 新ピキン星は中央宇宙連邦内に位置し、歴代宇宙神の王宮と宇宙神ティラの宮殿が置かれていた。大戦後、惑星再開発によって新たな戦略星として変貌を遂げ、名称もピキン星から新ピキン星へと変更された。そして、宇宙連合政府の中枢機能が集約された事で、更に急速に近代化し全宇宙最大の文明を誇る星となっていた。星の中央に宇宙を優しく見守る宇宙神ティラの白い像が立っている。

 宇宙神ティラの宮殿跡に建てられたドーム型の中央会議場には、宇宙連合政府指導者と各宇宙連邦指導者が招集された。ドーム型会議場は上下二層に区分され、下部階には関係局の職員と市民の傍聴席があり、上部階の東西南北の位置に各連邦の指導者達、中央の丸く仕切られた位置に宇宙連合政府の各指導者達のそれぞれのブースが置かれている。

 宇宙連合中央会議の出席者は次のメンバーとなった。

《宇宙連合政府代表》

 宇宙連合統合司令長官

 エライン・ボーク

 宇宙神代理、兼宇宙連合副司令長官、兼宇宙連合宇宙科学局長 

 ロバンガ・ペル

 宇宙連合宇宙合議局長、兼宇宙情報管理室長官

 イナラシ・ニモーナ

 宇宙連合宇宙戦略局長、兼宇宙政府軍司令官長官

 シルカ・ロカバーヤ

《宇宙連邦代表》

 北宇宙連邦統轄審議官、兼北宇宙連邦軍司令長官

 ザナケル・イメテ

 東宇宙連邦統轄審議官、兼東宇宙連邦軍司令長官

 ケスボナ・ボーケ

 西宇宙連邦統轄審議官、兼西宇宙連邦軍司令長官

 ナヨキワ・ヨメーヤ

 南宇宙連邦統轄審議官、兼南宇宙連邦軍司令長官

 ノナンソ・ラナシイ


 以上に向って、宇宙連合主席議長アクハヤ・メキーロが本会議の主旨を告げた。

「本会議の決議が宇宙連合の最終決定であり、全宇宙の意思となる。何人も決して本会議の決定事項に不従する事は認められない。唯今より、宇宙連合中央会議の開催を宣言する」

 続いて、宇宙合議局長、兼宇宙情報管理室長イナラシ・ニモーナが状況を簡潔に説明した。

「列席の諸君は既に周知の事と思うが、時空監理室より「黒孔に予兆あり」の報告があった。予測では数日の内にXWONから、即ち宇宙の向こう側から何者かがやって来ると思われる。その何者かにどう対応するべきかに関する諸君の意見を集約した上で、宇宙連合の総意が決定される事となる」

 まずは、待ち切れないと言いたげな顔の北宇宙連邦統轄審議官ザナケル・イメテが、自信満々で口火を切った。

「どう対応するかもクソもないだろう。XWONから翔来する何者かが「奴等」か否かを問わず、出て来たその瞬間に消滅する事となるのだ。我等北宇宙連邦軍の驚異の実力をお見せしよう」

 北宇宙連邦ザナケル・イメテは、指導者の中で最も若く統率力があり、北連邦内部では絶大な人気と指導力を誇っていたが、この会議の出席者で唯一「千年戦争」を経験していなかった。

 強硬姿勢を主張する北連邦に対し、東連邦ケスボナ・ボーケが慎重論を唱えた。

「XWONから来る者が「奴等」、つまりジャモン星人だと仮定するが、そんな簡単に殲滅せんめつなど出来るのだろうか。我々は、の大戦で奴等の戦力を嫌と言う程知らされたのではなかったか。尤も、再び来る輩が奴等とは限らぬが……」

 その言葉を、北宇宙連邦ザナケル・イメテが鼻で笑い飛ばした。

「何をふざけた事を言っているのだ。それでも連邦指導者か、腰抜けめ」

 言われた東連邦ケスボナ・ボーケが即座に言い返した。

「小僧、お前如きに何がわかるのだ。威勢のいい事を言うだけなら子供にでも出来るわ、馬鹿め」

「何、馬鹿だと、今の言葉を取り消せ。さもなくば戦争だ、東連邦など完膚なきまで叩き潰してやるわ」

「付け上がるな、北連邦軍など東宇宙の守り神リトル・ホワイト・デビルに震え上がるのが関の山だ」

「煩い、戦争だ」

 到底、議論とは思えない子供同士の喧嘩に、出席者一同は「またか」と呆れた。北連邦と東連邦の反目の裏には永く悲惨な戦いの歴史があり、連合中央会議の度に幼稚な言い争いが当然のように起こるのだった。窘めるべき立場である宇宙連合統合司令長官エライン・ボークがいつものようにオロオロしていると、隣から大きな声が飛んだ。

「やめんか馬鹿者共、この会議を何だと思っておるのだ。この会議は全宇宙を統括する崇高なる宇宙連合中央会議だぞ、口を慎め」

 議長アクハヤ・メキーロが子供染みた喧嘩を諫めて会議を進行させた。

「では次に、西宇宙連邦の考えを示していただきたい」

 西宇宙連邦統轄審議官ナヨキワ・ヨメーヤは、北連邦と東連邦の反目など我関せずの姿勢で静かに話し始めた。

「我々西連邦にも強硬派も慎重派もいる。特に若い兵士達の中に強硬派が多いのはどの連邦も同じではないかと思う。儂は、例え臆病者と言われようと腰抜けと呼ばれようとも、ジャモン星人との戦いに強硬に討って出る事に決して賛成する事はない」

 西宇宙連邦が、かつての宇宙大戦で西連邦の属する惑星ごと破壊された歴史がある事は、誰もが知っている。

「仮に、儂の意思決定により同じ悲劇が繰り返されたなら、彼の大戦で犠牲となった先人達に会わせる顔がない。そもそも、奴等の戦力は我等の比ではない。北宇宙連邦ザナケル・イメテの勇む気持ちがわからぬではないが、儂は西連邦の指導者として同じ過ちを繰り返す事は出来ない。奴等との戦いを慎重に進める事を主張する」

 過去の経験に裏打ちされた尊く重い言葉だったが、北連邦ザナケル・イメテが納得する様子はない。

「それで良く連邦の指導者でいられるものだな、腰抜け爺め」

 議長アクハヤ・メキーロが再び激怒した。

「北宇宙連邦の小僧、いい加減にしろ。それ以上言うと叩き出すぞ」

 南宇宙連邦統轄審議官ノナンソ・ラナシイが右手を上げた。

「我々南連邦は、連合政府の方針に従う」

 南連邦が自論を主張する意思のない事を伝えた。決して各連邦指導者が臆病なのではない。かつての千年戦争の壮絶な戦いの過去と宇宙神ティラの不在という現実から予測される悲惨な未来がそこにあるのだ。そんな新たな戦いに各連邦指導者達が率先して突き進む事はない、北連邦を除いては。

 議論の流れを読み切った宇宙連合統合司令長官エライン・ボークは、早々に会議の纏めに入った。

「それでは、この件については各連邦で議論し、それぞれに対応するという事で良いのではないだろうか。そもそも、未だ奴等が来るかどうかさえ不明なのだからな。ドクター・ペル、それで良いだろう?」

「否、それは、為らぬ」

 宇宙の絶対的な指導者であった宇宙神ティラを失った後、全宇宙の尊厳と信頼を一身に受けて宇宙神代理、兼宇宙連合副司令長官、兼宇宙連合宇宙科学局長となったロバンガ・ペル、別名ドクター・ペルと呼ばれる白髭白髪の老人が厳しい顔で答えた。エライン・ボークは言葉の意味を理解出来ない。

「ドクター・ペル、何が駄目なのですか?」

 白髪の老人が一層険しい顔で言った。

「本件について各連邦で議論する必要などないと言っておるのじゃよ。この件については、既に答えは出ている。無意味な動揺を避ける為に、既に『その日の禁句令』を出している事は皆も知っている筈じゃ」

 宇宙連合政府は「その日の禁句令」の名の下に、ジャモン星人との戦いについて議論する事自体を禁止する法令を厳しい罰則とともに既に施行している。

「現在、異宇宙からXWONを抜けてこの宇宙に侵入しようとしている何者かがいる。それがジャモン星人なのかどうかは確定してはいないが、恐らくは奴等に違いないであろう。奴等が再度やって来るのは必然であり、何ら不思議な事ではないのだ」

 ドクター・ペルは確信に満ちた口調で続けた。

「ワシは既に奴等を二度この目で見ている。一度目は4900年前、XWONから複数の巨大宇宙艦船団がこの宇宙に侵入した直後、その宇宙艦船は互いに激突し大破して消え失せた。にも拘わらず、1100年前に再びXWONから同様の形の複数の巨大宇宙艦船団が来空した。そしてあの千年戦争が勃発し、どれ程悲惨な状況となったかはここにいる誰もが知っている通りじゃ。更に今、三度目の奴等の侵入が現実となろうとしている。やって来る者は奴等以外にあり得ぬ」

 言葉の端々に経験に裏打ちされた絶対的な信念が溢れている。

「そもそも、ティラ神がいなければ、千年戦争でこの宇宙は既に統一され消滅していたじゃろう」

 意味不明な「統一」「消滅」という突然の聞き慣れない言葉に、出席者の誰もが耳を疑った。

「ティラ神は卓越した能力で奴等から知識や力を得る事が出来た。そのティラ神が奴等から得た知識によれば、奴等の目的は「聖輪せいりん」と呼ぶ宇宙の統一なのじゃ」

 エライン・ボークを含む関係者全員が目を丸くしている。

「「宇宙を統一する」とはどういう意味なのですか?」

「諸君も知っての通り、宇宙は一つではない。奴等は無数に存在するであろう宇宙の全てを一つの宇宙にしようとしているらしいのじゃ」

「何の為にですか?」

「神になる為じゃ」

「ジャモン星人如きが神になるなど笑止千万、馬鹿げておるわ」

 ザナケル・イメテは笑い出し吐き捨てたが、エライン・ボーク他関係者の疑問が消える事はない。

「そんな事で、ジャモン星人が神になれるのですか?」

「それはワシにもわからぬが、奴等が信ずる絶対神から与えられた「邪悶じゃもんの教義」という啓示がそう語っているのだそうじゃ。奴等が宇宙統一の為に命賭けで宇宙を破壊し続けている以上、奴等に諦めるという文字は存在しない。故に奴等は必ず、何度でも来る」

 納得のいかない興奮気味の北連邦ザナケル・イメテは自制出来ない。

「何が邪悶の教義だ、聞いて呆れるわ。我等が崇拝する白神たるホタイ神様こそが、この宇宙の唯一絶対神だ。邪教の輩、ジャモン星人など我等北宇宙連邦軍の敵ではない。いつでも来い、一捻りにしてくれるわ」

 そう叫ぶザナケル・イメテの声を打ち消す程の声でドクター・ペルが疾呼した。

「為らぬ、為らぬ、奴等が来たなら決して戦っては為らぬぞ」

 ドクターペルの必死の形相に関係者一同は驚いた。何かを伝えようとする心慮が見えている。尚もドクター・ペルは諭すように続ける。

「その理由は、既に各指導者の皆から話のあった通りじゃ。千年戦争で我等は甚大なる、いやそんな生易しいものではない、我等の存在さえ危うくなる程の極大なる損害を受けた。決して、同じ轍を踏んではならぬのじゃ」

 北連邦ザナケル・イメテが執拗に反論した。

「ドクターペル、それは間違っている。我等にどれ程の損害があったかを問題にしてはならない。損害とは、ここにいる今は腰の抜けた指導者達を含めた偉大なる先人達が果敢に戦った栄誉ある結果だ。それを否定する事は先人達への侮辱に他ならない、何故否定するのだ?」

「否、違う。それは果敢にではなく、我等が奴等の戦闘力を予見せず無謀に戦いを挑んだ結果に過ぎぬ。各連邦がティラ神の戦闘指揮プランに従ってさえいれば、あれ程の損害を受ける事はなかった。今、既にティラ神はいない。それが何を意味するかは皆の理解の内じゃろう。奴等と我等では戦闘力の差は歴然、戦いを挑んでも戦いにさえならぬのじゃよ」

 自論を否定されたザナケル・イメテが感情的に食い下がる。

「奴等に戦いを挑んでも戦いにさえならぬと、何故そう言い切れるのだ?」

 ドクター・ペルは尚も諭す以外にない。

「それは、ここにいる誰もがジャモン星人との悲痛な戦いをその身に刻んでいるからじゃ。それがわからぬか?」

「他の連邦がどうかは知らないが、北連邦はそんな腰抜けではない。しかも、我等には核爆弾P1の改良型P2の開発にも成功している。ジャモン星人など蹴散らしてやるわ、我等北連邦の勝利が揺らぐ事はない。ここにいる腰抜け爺共がやらぬと言うなら、我等北連邦だけでジャモン星人の殲滅を宣言しよう」

 宇宙神ティラとともに直接「千年戦争」を戦ったドクター・ペルは、誰よりもその悲惨さを知っている。宇宙神ティラがいて尚その悲劇は起こったのだ、ティラを失った状況での新たな戦いが更なる悲劇を齎すだろう事は予想に難くない。だからこそ、ドクター・ペルには何としても勇む者達を諭さねばならないという使命感があるのだ。

「北連邦ザナケル・イメテよ、兵器に裏打ちされた自信など何の役にも立たぬ。P1やP2爆弾程度の兵器如きで奴等に勝てると思う事こそ愚かじゃよ」

 そもそも、P系爆弾とは宇宙神ティラが神の力として「弱い核力」によって開発した核融合爆弾に過ぎない。だが、1100年前に既にジャモン星人は惑星を破壊する程の核融合爆弾を操っていた。1100年を経過した今、ジャモン星人は「弱い核力」から「強い核力」へと物理的進化を実現しているだろう事は容易に予想出来る。

 それでもザナケル・イメテは更に反駁する。

「そんな筈はない。確かに俺はあの大戦を知らないが、ここにいる全ての指導者達は1000年の間ジャモン星人と互角に戦い続けたという輝かしく誇るべき事実があるではないか?」

 一瞬、会場の時が停止した。ザナケル・イメテのその単純な問い掛けに、その場にいる誰もが虚を突かれ心が波打つ程に動揺した。ザナケル・イメテを除く全ての指導者達は、「各宇宙連邦が1000年間ジャモン星人達と互角に戦い続けた」という言葉が意味する真実を知っている。だが、誰もそれを口にする事はない。

 宇宙神代理であるドクター・ペルが宇宙連合決議事項を述べた。

「皆良いか、宇宙連合中央会議の意思は既に決している。ジャモン星人との戦闘は厳に慎む事。決して戦ってはならない」

「それなら訊くが、奴等が来たら戦わずに逃げろと言うのか。我等北連邦軍に尻尾を巻いて逃げろと言うのか。この宇宙がぶち壊されるのを、指を衛えて見ていろとでも言うのか。そんな事では、決して奴等を叩き潰す事など出来ないではないか?」

 不満顔のザナケル・イメテは執拗にドクター・ペルに詰問したが、それでも決議が覆る事はない。

「どう表現するかは自由じゃが、決してジャモン星人と戦ってはならぬ。これが宇宙連合としての最終決定事項じゃ。これに不従する者は例外なく厳罰に処す」

 仕方なくザナケル・イメテが悔し紛れに舌打ちして矛を収めると、宇宙神代理である老人は、目を閉じて静かに改めて自らの思いを列席する関係者達に語り始めた。

「敬愛する諸君、この件については全てワシに一任してもらいたい。その理由は簡単じゃ。ティラ神なき今、奴等を倒すにはワシがテイラ神から譲り受けた神の力を以ってする以外に方法はないからじゃ」

 ドクター・ペルの実意の言葉が宇宙連合政府と各宇宙連邦指導者達の心に響いた。誰もがその「決意」を覚った。

「ドクター・ペル、貴方はそこまで覚悟を決めておられたのか?」

 議長アクハヤ・メキーロの目に涙が光った。各連邦指導者達が胸を熱くする中で、ザナケル・イメテは聞き分けのない子供のように、再び自論を吐いた。

「ドクター・ペル、神の力とは何なのだ。自ら奴等を倒すというのなら、いつまでに何をどうするのか、この場で明確に言うべきではないか。そもそも、爺が独りで奴等を倒す事など出来るものか」

 議長アクハヤ・メキーロは激昂した。

「おい小僧、舐めた事を言いやがって。唯で済むと思うなよ」

 アクハヤ・メキーロだけでなくその場にいた全ての指導者達が激怒したが、各連邦代表の中で最も感情的になったのは、意外にも優柔不断と思われていた宇宙連合統合司令長官のエライン・ボークだった。

「黙れ、黙れ、黙れ小僧。それ以上言うなら、この俺が宇宙連合軍の全戦力で北連邦軍を叩き潰すぞ。二度と俺の前に顔を見せるな!」

 そして、エライン・ボークは確実に惨劇が予測されるこの緊急事態に対応する選択枝が一つ以外にない現状を嘆きながらも、宇宙連合の最終決定、全宇宙の意思を告げた。

「何も言わずとも、諸君はドクター・ペルの「決意」を十分に理解する事が出来る筈だ。従って、この一件は全てドクター・ペルに一任する事で宇宙連合の決議とする。本来ならば、宇宙連合の総力を挙げて奴等に対抗すべきなのだが、現在の宇宙連合にその力はない。唯々ドクター・ペルの成功を祈る以外にないのだ」

 議長アクハヤ・メキーロが強い口調で言った。

「これを以って、宇宙連合緊急中央会議を閉会する」

         


◇第2話「勇み立つ者」

 宇宙連合緊急中央会議終了の翌日、北宇宙連邦は大戦後の「新北宇宙連邦創設100周年」を祝う記念式典を開催した。式典には、宇宙連合副長官兼宇宙神代理であり宇宙科学局長であるロバンガ・ペルが迎えられていた。

 北宇宙連邦はタキニアル銀河系恒星セイブ系属クロブ星に主府を置くタキニア帝国を中枢国としており、人種的にはほぼ90%がグーマ人で占められている。

 グーマ人は宇宙四人種の内の一つであり、体型的には大柄で全体に黒か茶色掛かった体毛を有し性格的には荒っぽく理知的とは言い難いが、集団的行動力は宇宙でも群を抜いている。グーマ人の中でも特に北連邦を支配し続ける神の階級パルディアは、タキニア帝国及び北連邦政府と北連邦軍の全要職を悉く独占しており、北連邦内では「パルディアに有らずば人に有らず」と称されている。

 千年戦争後、タキニア帝国の思想家カナンナ・ゾーネが白神ホタイを崇拝する教義を示すと、政治体制は一変し白神ホタイを絶対神とする「白神革命」が起こった。

 その後、白神ホタイの使いとして北宇宙連邦最高指導者となったカナンナ・ゾーネは旧指導者達を容赦なく粛清し、新国名をタキニア神国とした上で自らの一族のみをパルディアの進化型人類である神聖階級イントロンと呼び、「イントロンこそは白神の使い、神に選ばれし者だ」と説いた。

 しかし、その後に勃発した東宇宙連邦とのかつてない大規模な第12次北・東宇宙紛争に敗戦すると、主力軍を失った北連邦内で「新白神革命」が起こり、政治体制は再び一変される事となった。新白神革命を主導するゾゴイス・イメテは、「我等は神の化身であり、我等こそは神聖階級イントロンの中の神の種族スナイプ、天空人だ」と宣言した。

 新最高指導者ゾゴイス・イメテは、旧体制と旧思想の全てを否定しつつ白神教の新教義「白神の詔」を発布し、旧指導者達を悉く粛清すると同時に北連邦を独裁的に掌握し、スナイプの絶対的指揮権の下で万事一体となって遂行する集団的武闘集団を誕生させた。そして、ゾゴイス・イメテは自らを「白神ホタイの化身」と称した。

 その後継者となったゾゴイス・イメテの長男ザナケル・イメテは、独自の戦闘思想により北連邦軍の集団的武闘集団のスキルを飛躍的に向上させ、若くして連邦統轄審議官に登り詰めた英雄として絶対的な人気を誇っている。

             

 クロブ星タキニア帝国白神大宮殿に北連邦軍の兵士達が一同に介し、「新北宇宙連邦創設100周年」記念式典が始まろうとしていた。

 事前の発表では、宇宙連合副司令長官、兼宇宙神代理を迎える記念式典として連邦統轄審議官の出席が予定されていたが、ザナケル・イメテは体調不良を理由に当日になって欠席を通告した。前日の宇宙連合中央会議がその理由である事は誰の目にも明らかであり、これを宇宙連合政府に対する不敬と見なして厳罰に処すべしと主張する連合政府関係者は多かったが、ドクター・ペルは些事と一笑に付した。

 ドクター・ペルはそんな状況など気にする素振りもなく、集う下士官達に宇宙連合軍人としての有るべき姿を力説した。

「かつて、英雄宇宙神ティラはこう言われた」

『人は本来的に自由に生きるべきであり、何物にも縛られてはならない。しかし、自由とは何物にも縛られていないと言う概念に既に縛られている。即ち、自由とは無秩序に生きていくという意味ではなく、一定の規律と目的の下で闊達に生きていく事を言うのだ。それは、無限の可能性と人としての尊厳を認める事でもある』

「君達は一人々無限の可能性を持っている事を決して忘れてはならない。北宇宙連邦、そして宇宙連合の未来は君達が拓いていかねばならぬのだ」

 会場全体が感動的な空気に包まれいる。若者達の拍手が鳴り止まない。記念式典は北連邦軍下士官達の士気を高め、予定通り成功裏に終わる筈だった。

 記念式典の終了を見計らったように、北宇宙連邦軍副司令官カノンヤ・ラーコは厳しい口調で挑戦的に問い掛けた。

「ドクター・ペル、御教示願いたい議がある」

 式次第に予定のない唐突な事態に会場の関係者達が戸惑う中、カノンヤ・ラーコは続けた。

「黒孔に変化の兆しがあり、再びその日が来るかも知れぬと聞いている。我等の中には、禁句令が出ているとは言えども、その日が来るかどうかを熱く議論する者達も多い。俺は北宇宙連邦軍副司令官として、その者達に対して「仮にその日が来たら我等北連邦軍が蹴散らしてやれば良い」と諭している。その日は来るのか否か?」

 挑発する男とざわめく会場に向かって、ドクター・ペルは力強く言い切る。

「その日は来る。必ずその日は来る、必ずだ。ワシは、4900年前と1100年前の二度に渡り奴等の侵入を見ているが、奴等は再度やって来るじゃろう。何故なら、奴等が命に刻む神から与えられた教義がそう語っているのだそうじゃ。奴等に諦めるという言葉はない、その日は必ず来る」

 老人を見据えるカノンヤ・ラーコが続けた。

「ドクター・ペル、聞くところによれば、アナタは「奴等が来たら戦わずに尻尾を巻いて逃げろ」と宣っているそうだが、真実か?」

 カノンヤ・ラーコの強圧的で悪意に満ちた問い掛けに、ドクター・ペルは神の啓示のように言った。

「もし、その日が来たなら、決して奴等と戦ってはならぬよ」

 カノンヤ・ラーコの顔が俄に曇った。

「本気で言っているのか?ドクター・ペルと言えば、かつて中央宇宙の白い魔人と謳われた戦士。あの大戦でもティラ神とともにジャモン星人と勇猛に戦った英雄ではなかったか。その英雄がいつから腰抜けになったのか。戦わずして生き恥を晒すなど、我等北宇宙連邦軍人に出来るものか。俺は、例え何が来ようとも決して逃げようとは思わん。そして、ここにいる者達の中には一人たりともそんな腰抜けはいない」

 軍人としての耳触りの良い正義を説くその言葉に、会場からは必然として歓喜の渦が湧き起こる。

「否、為らぬ。奴等が再びこの宇宙に来たとしても、決して戦っては為らぬ」

 歓喜の渦に包まれ掛けた会場は、ドクター・ペルの言葉で一瞬の内にどよめきに変わった。 カノンヤ・ラーコは更に煽動的に言い放つ。

「聞いておれんわ。ジャモン星人など我々北宇宙連邦軍の敵ではない」

「為らぬ、決して戦っては為らぬぞ」

 その時、立ち上がった一人の若者の問い掛けに、会場の視線が集まった。

「ドクター・ペル、アナタは命に替えてでも守らなければならない仲間や家族や愛する人が奴等に傷付けられても、それでも戦うなと言われるのか?」

 ドクター・ペルは、眉一つ動かす事もなく当然だと言わんばかりに繰り返した。

「そうじゃ。我等とジャモンとの力の差は歴然、出来る限り犠牲は出してはならぬ」

 カノンヤ・ラーコの拙劣な詰問が続く。

「では、我々はどうすれば良いと言われるのか?」

「その件については、宇宙連合の決議に基づき全てがワシに一任されている。ワシが宇宙神の代わりに奴等の侵略を止めよう」

「ドクター・ペル、アナタは今「我等とジャモン星人との力の差は歴然」と言われたではないか。そんな奴等をアナタに止める事など出来るものなのか?」

 会場から、タイミングを合わせたように声が飛ぶ。まるでシナリオがあるような展開が続いていく。

「そうだ、そんな事が出来るのか?」「そんな事が出来る筈がない」

 カノンヤ・ラーコは高らかに叫んだ。

「奴等を止める事が出来るのは、我等以外にない」

「その通りだ」「その通りだ」

 ドクター・ペルは、止まらない会場のどよめきを静めるように答えた。

「己の力を過信してはならぬ。そもそも、強力なる神の力を持つジャモンと戦える者などティラ神以外にはいない。そのティラ神も既にこの世にいないのだ。仮に我等がジャモンに立ち向かったところで、赤子が手を捻られるだけじゃ。だが、ティラ神がワシに残した神の力は、確実に奴等の力を遮断する事が出来る。その神の力を操れるワシがティラ神に代わって奴等を倒すのじゃ。だが、仮にワシがそれを成し遂げられなかったとしても、決して奴等と戦ってはならぬ」

 噛み合わない話に、カノンヤ・ラーコが苛つく顔で不満を表した。

「ドクター・ペル、アナタの言っている事が理解出来ない。仮にアナタが奴等の侵略を止められなかったなら、我等はどうすれば良いと言うのだ?」

「その時は、「白い神」の降臨を待つ以外にない」

 ドクター・ペルが口端を上げ、満足げに答えた。

「アナタが北宇宙の絶対神であり白い神である白神教のホタイ神様に、縋りたいと願う気持ちは良くわかる。だが、ホタイ神様は決して我等に「尻尾を巻いて逃げろ」とは言わぬぞ」

「いや違う。白神教ホタイ神を否定はせぬが、この宇宙を救う「白い神」はホタイ神ではない」

 ドクター・ペルはカノンヤ・ラーコの言う宇宙の絶対神論を一蹴した。白い神の降臨発言に他意はなく未来の予言された真実なのだが、それはカノンヤ・ラーコだけではない白神教を信仰する全ての者への敵対的侮蔑と受け止められざるを得ない。

「何だと、ふざけるな。白い神とはホタイ神様以外にはあり得ない。ホタイ神様は、この宇宙の絶対神だぞ。それとも、我等に邪神に祈れとでも言うのか?」

 一瞬で講演会場に嫌悪の風が吹き、不満の嵐に変わっていく。

「馬鹿な事を言うな、天才科学者の名が廃るわ!」「邪神に祈れと言うのか!」

「そうだ、ふざけるな!」「邪神になど祈れるか!」「ふざけるな!」

 怒号の嵐が吹き荒れ会場を包む。

「邪神の加護を待てとはどういう意味なのだ、我等を愚弄する気か!」

 予期せぬ不本意な状況となった会場は騒然となった。講演は急遽終了となったが、怒号が収まる気配がない。次第に、過激な発言が会場を飛び交う。

「白神様を愚弄するな!」「俺達は腰抜けではないぞ!」「そうだ!」

「このまま帰すな、殺せ……」

 会場に物騒な一言が響き渡ると、嵐のような怒号がピタリと止んだ。会場に冷気が張り詰め、北連邦軍の兵士達の視線が一斉にドクター・ペルに向かった。兵士達の目が血走っている。

「博士、危険です、こちらへ」

 ドクター・ペルは、危険を察知した宇宙連合政府スタッフの機転で事なきを得て会場を出たが、ドクター・ペルの去った会場にはカノンヤ・ラーコの煽動の叫声が響き渡っている。

「諸君、聞いてくれ。今し方、黒孔を継続監視しているナンナメ・ゾーネ第115戦闘軍司令次官から連絡があった。ジャモン星人の件だ」

 兵士達が何事かと耳をそばだてる。

「黒孔の中に現れたXWONの光が限界に達している。即ち、「その日」が数日の内にやって来る確率が高い、奴等がやって来るという事だ。黒孔に最も近い我等北連邦軍は、今より奴等を迎撃する準備を完了し早々に決戦の地へ向かう。「尻尾を巻いて逃げろ」というドクター・ペルの言葉など気にする必要はない、腰抜けは要らぬ。我等でジャモンの輩を叩き潰し、誇り高き北連邦軍の強さを全宇宙に知らしめてやろうではないか!」

 会場に、同調する歓喜の烈風が吠え狂った。

「ま、待て、駄目だ。それは宇宙連合の決議違反になり、北連邦議会の承認を経なければ連邦法違反にもなる。絶対に駄目だ」

 北宇宙連邦議会議長ヨダメダ・アカヤンが必死の形相で制止したが、聞く耳を持つ者はいない。会場は興奮の坩堝と化している。会場の中央にいた一人の兵士が立ち上がり、高らかに鼓吹する檄を飛ばした。まるで新興宗教の集会のようだ。

「俺達が腰抜けではない事を、全宇宙に知ら示める時が来たのではないか?」

「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」

「俺達は腰抜けか?」

「違う!」「違う!」「違う!」「違う!」「違う!」「違う!」「違う!」

「俺達は断じて腰抜けではない、そうだろう?」

「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」

 会場の緊張が極限に達した。過誤の正義が歓喜に姿を変え、全ての兵士達の理性を喰らっていく。既に集団心理の坩堝の中で溶け出した硬直的な意志の流れは止まらない。カノンヤ・ラーコの煽動の終わりに一人の兵士が立ち上がり、その場に集く兵士に向かって剥き出しの闘志を見せて鼓舞した。

「皆聞いてくれ、ここには一人たりともジャモン星人を前に逃げ出すような腰抜けはいない筈だ。あの宇宙の英雄宇宙神ティラが命を賭して宇宙を守ったように、俺達も北連邦軍人の誇りに掛けてジャモン星人を叩き潰し宇宙を守るのだ。今度は、俺達が宇宙の英雄になるのだ!」

 計ったようなタイミングの一兵士の言葉に、会場は一層大きな錯誤の歓喜に呑み込まれていった。

 会場を後にしたドクター・ペルは、危険を承知で北宇宙連邦の中枢タキニア神国王でありザナケル・イメテの父であるゾゴイス・イメテに面会し、ザナケル・イメテのジャモン星人との戦闘抑止を下命したが、残念ながら思うような成果を達するには至らなかった。

 ドクター・ペルは、何としても再び始まる宇宙の惨劇を止める方法を見出さなければならないのだが、明確な打開策はない。この宇宙は、三度やって来るだろう狂った悪魔に破壊の限りを尽くされ、潰されて消えていく以外にない。



◇第3話「悪魔の降臨」

 遂に、その日は来た。

「来るのはやっぱりジャモン星人の奴等だろうな?」

「そうに違いない」

 宇宙連合政府内に緊急に設置された監視衛星ミルダス、ミルーダのモニタールームは、既にジャモン星人の再来に怯える大勢の関係者達でごった返している。緊張感が渦巻くモニタールームで一人の監視員が叫んだ。

「ああ、どうせ来るなら早く来い。いや、来ないでくれ。いや、やっぱり早く来い、今直ぐ来い。いや、来ないでくれ」

 不安と恐怖が極点に達しようとする広いモニタールームの中には、一人叫び捲る監視員以外に誰も叫ぶ者はいない。席巻する異様な空気のせいなのだろうか 、人々は不思議な興奮に包まれている。

 監視員が、声を張り上げた。

「来た、来た、来た」

 叫び声とともにモニタールームがどよめくと、宇宙空間が何かの到来に絶叫するように激しく震えた。

「こちらは時空監視センター、宇宙科学局本部応答願います。黒孔の中にXWONと思われる扉のようなものが眩しく輝いています。その光の中に何かが見えています。未確認飛行物体です、何者かが、今、侵入して来ます」

「こちら本部、更に監視を継続せよ」

「り、了解しました。でも駄目だぁ」監視員達が声を張り上げた。


 宇宙医療艦タクードに備え付けられているドクター・ペルの緊急ホットラインが、激しく鳴り響いた。受けた助手が相手を告げた。

「ペル博士、宇宙連合のエライン・ボーク長官から緊急連絡です」

 エライン・ボークが慌てふためいている。

「ドクター・ペル、大変です。その時が来た、今、XWONが激しく反応している。ジャモン星人かどうかは不明だが、数分の内に宇宙の向こう側から何者かがやって来る。我等はどうすれば良いのだろう?」

「奴等に間違いない。先日の宇宙連合会議の決議通り、決して攻撃などせぬように」

 気が動転するエライン・ボークに、ドクター・ペルの言葉が届かない。

「あれが奴等なら、XWONを飛び出した瞬間に撃破するのが良い、絶対にそれが良いのではないだろうか?」

「否、力の差は歴然。撃破どころか対抗する事すら出来まい、決して、決して無駄な犠牲を増やすような事をしてはならぬ」

「では、では我等はどうすれば良いのだろう?」

「今は状況を見る以外にない。きっと「白い神」もこの状況を見ているじゃろう」

「白い神とは?ドクター・ペル、冗談を言っている場合ではない」

「冗談ではない。もし奴等が再びやって来たのなら、宇宙神ティラを失なった我等に直接対抗する術はない。ワシが宇宙神となり奴等を封印するか、白い神が降臨する以外にないのじゃ」

「意味がわからないが、白い神は助けてくれるだろうか?」

「それはわからぬが、出来る事ならば出番なしに終ってほしいものじゃ」

 ホットラインを切った後も、ドクター・ペルは宇宙医療艦の中で一人苦悶していた。 北連邦軍を率いるザナケル・イメテは宇宙連合決議など無視し強引にジャモン星人に立ち向かっていくだろう。その父親であり北宇宙連邦を治めるタキニア神国王ゾゴイス・イメテも力尽くでザナケル・イメテを制止するとは到底思えない。

             

 北宇宙連邦タキニア王国ゾゴイス国王宮に、ロガンバ・ペルが訪れた。

『ゾゴイス・イメテ様、宇宙連合副指令長官ロバンガ・ペル様が御来訪されました』

『ドクター・ペル殿、良く来ていただいた。感激ですぞ』

 ドクター・ペルが厳しい顔で諭す。

『早速だがワシの用件を言う。北宇宙連邦を治めるゾゴイス・イメテよ、お前の子息であり北連邦統轄審議官ザナケル・イメテの愚行を止めよ。良いか、必ず止めるのだ。先の宇宙連合緊急中央会議でザナケル・イメテは「XWONから翔来するだろうジャモン星人を北宇宙連邦軍が殲滅して見せる」と言い、ワシが一蹴した。しかし、ザナケル・イメテが宇宙連合の意思に従うとは思えぬ。北連邦軍がジャモン星人に攻撃を仕掛けるのは必至じゃ』

『その話ならば聞いております』

『ゾゴイス・イメテよ、お前以外にそれを止められる者はおらぬ。ジャモン星人との交戦は、即ちお前の息子の死を意味するのじゃ』

 ゾゴイス・イメテは、興奮気味のドクター・ペルの深慮を理解する事もなく、軽く往なすように返答した。

『ドクター・ペル殿、我等北宇宙連邦の民は誇り高く、ザナケル・イメテはその代表者として連邦統轄審議官となった。従って、ザナケルの意思は国民の総意であり、儂が制止するような事ではない。例え、貴方の言われる事が宇宙連合の意思であろうと、或いは宇宙連合の実質的な支配者である貴方の個人的な考えであろうと、我等が国民とその代表者の総意を一概に愚行と決めつけるのは如何なものか。しかも、それを儂が制止すべき道理もない。それを無理矢理に止めては面子が立たぬ』

『何を言っておるのだ、愚か者め』

 ドクター・ペルは怒りを覚え、声を荒げた。理屈など議論している場合ではない。

『連邦の面子も理屈もどうでも良い。もし、ザナケル・イメテの愚行を止めなければ、お前の息子が死ぬのだぞ。そんな事もわからぬのか、お前もジャモン星人の力を知らぬ訳ではあるまい?』

 鬼気迫るドクター・ペルの言葉には、何としても止めねばならないとの強い思いが込められていたが、ゾゴイス・イメテにその心緒が伝わる事はなかった。

『ドクター・ペル殿、決して貴方の言う事がわからぬではない。しかし、儂の制止でザナケルが志を曲げる事はないであろう。後は、絶対神たる白神様に祈る以外にないのです』

 愚か者の言葉にドクター・ペルは天を仰いだ。

 

 その日以来、宇宙医療艦の中で苦悩する日々が続いている。

「何か彼等を止める手立てはないものか……」と独りごちるドクター・ペルに助手が告げた。

「ペル博士、時空監視センターから届いている映像をモニターに転送します」

 転送された黒孔の映像を見ながら、研究助手の二人が不思議そうに尋ねた。

「ペル博士、あのですねぇ」

「ん、何じゃ?」

「何故、ジャモン星人と戦ってはいけないんですか?」

「それは、全く戦いにならぬからじゃよ。奴等は神の力を持っておる、我等の戦闘力など屁の突っ張りにもならぬよ」

「でも博士、100年前に終わった千年戦争が1000年続いたって事は、1000年間そこそこいい戦いしたって事じゃないんすか?」

「そうですよね。今度だって、やって見なけりゃわからないじゃないですか?」

 ドクター・ペルが感情を露にした。

「それは違う。宇宙政府や連邦の指導者達は、政策的に「千年戦争を戦い抜いた」などと言って自らを賛美しておるが、実際にはジャモン星人に「1000年の間見逃してもらっていた」と言うのが真実なのじゃ。我等が戦った相手の殆どは今は宇宙海賊となっている暗黒同盟軍であって、ジャモン軍本隊と戦う事が出来たのはティラ神だけじゃった。あの宇宙神ティラが育て上げた宇宙屈指のピキン戦士ですら、奴等には全く歯が立たなかった。我等は到底ジャモン星人と戦うなどというレベルにはなかったのじゃ」

「えぇぇ、そうなんですか?」「そうなのか」

「そして、あの封印の日の10年程前のある時、何故かはわからぬがジャモン星人の本隊が一斉にこの宇宙の至る所で破壊の限りを尽くし始めた。その勢いは凄まじく、各連邦軍は次々に主力艦隊を破壊された。急に奴等本体の破壊行動が開始された理由は不明じゃが、西宇宙連邦はその頃「西宇宙の悲劇」で消滅した」

「ジャモン星人達は何故990年も見逃してくれたんですか?」

「理由はわからぬが、奴等には奴等の事情があったのじゃろう。偶々あったと言うべきなのかも知れぬ。そもそも、我等が奴等と戦う事自体が無謀と言わざるを得ぬのじゃ」

「でも、この宇宙にも結構凄い武器があるじゃないですか?」

 ドクター・ペルが首を横に振った。

「兵器の類いも同じ事じゃ。今ある我等の武器の殆どは、かつてティラ神は創造られたものの改良でしかない」

「そうなんですか」

「かつて、ティラ神はこの宇宙にない不思議なものを次々と創造られた」

・神の火炎の力、恒星系をも破壊する「強い核力」の核融合爆弾

・神の光輝の力、タキオン光速を超えるタキオンβによる宇宙船

・神の電磁の力、物質を原子破壊するプラズマビーム、物質を遮断する電磁バリア

・神の時空の力、時空間ワームホール、物質を時空間で透過する時空間バリア

「ティラ神は、それ等を神の力と呼び、ジャモン星人達も同じような武器を使っておった。しかし、我等にはティラ神が造られたそれ等の神の力を使い熟すどころか理解する事さえ出来なかった。あれから100年が経ったが、今でもそのテクノロジーの殆どは理解不能で、やっと惑星を破壊する程度の核爆弾、初歩レベルのタキオン光速とタキオンα通信、制御不能な時空間移動らしきものを理解したに過ぎぬ。だが、恐らくジャモン星人達はこの間にも進化を遂げているじゃろう。所詮、我等が立ち向かえる相手ではない。今度も奴等が見逃してくれる事情があれば、多少は時間を稼げるじゃろうが、そうはいかぬ。奴等は全力でこの宇宙を侵略するじゃろう。そうなってはもう戦いにはならぬ、大人と赤子以上の力の差は如何ともし難いのじゃ」

「そうなんですか」「絶望的っすね」

 二人の助手が肩を落とした。

「それじゃあ博士、どうしたらいいんですか?」

「ワシが、ティラ神に代わって宇宙神となる以外にないじゃろうな」

「博士、無理っすよ」

「そうですよ、無理。博士って、昔は伝説の戦士だったかも知れないですけど、今は唯のジジイじゃないですか」

「何を言うか、ワシはまだ現役の戦士じゃ。痛たたた、腰が痛い」

「まったくもう。ジジイなんだから、無理しちゃ駄目ですよ」

「博士がジャモン星人をぶっ飛ばせなかったら、この宇宙はもう終わりっすか?」

「その時は「白い神」の降臨を待つ以外にないな。そんな事よりも、北連邦軍を止める方法を一刻も早く探さねばならぬ」

「でも、博士に信仰心があるとは知りませんでしたよ」

「信仰心?」

「神様を信じているのですよね?」

「北連邦軍を止める方策はないものか。やはり、白い神に縋る以外に手はないのじゃろうな」

 ペルの言葉に助手が笑い出した。

「全宇宙科学の最高峰って言われるこの宇宙艦タクードで、しかもペル博士は宇宙連合の頭脳って言われてるのに「白い神」ですか、笑っちゃうな。博士、神様にはちゃんとお願いしたんすか?」

 助手の茶化したボケに、意外な答えが返って来た。

「いや、それは出来ぬ」

「何故っすか?」

「それぞれの生き方があるからじゃ」

「神様の生き方?」

「それに本音を言うのなら、戦って欲しくはない。約束もあるからの。今どの辺を飛んでいるのかのう」

「戦ってほしくない、約束?」「神様が飛んでいる?」

          

 輝く青い光の筋を後方へ飛ばしながら、光の巨塊となって超時空間の中を凄まじいスピードで翔ぶ宇宙クジラを思わせる程の青と黒の宇宙戦艦が数隻。

 薄暗いその艦内に、青黒く光る岩石のような悪魔が赤い双眼を怪しく光らせて玉座に座っている。隣に侍るもう一人の黒い悪魔が告げた。

「大王様、もう暫くで時空間を抜けます」

 大王と呼ばれた青黒い悪魔は、半身に構え窓から外を見据えながら何かに気付いて驚いた。

「この宇宙は何とも興味深い。この宇宙には既に同志が二度聖輪せいりんし、それ以前にも、我等の先人達が宇宙に放ったバイオクローン戦士モノボランも時空を越えて来空している。しかも、一度目の聖紋は我等の絶対的尊厳たる初代皇帝陛下のものだ」

「では、初代様は再び聖輪されず、この宇宙に留まっておられるという事なのでしょうか。それとも、有り得ない事ではありますが、相応の戦闘力を持つ者がこの宇宙にいるのでしょうか?」

「宇宙に、我等邪悶じゃもんを超える者など存在せぬよ」

 青と黒の巨大な艦船は、独特の飛行音を後方へ弾きながら時空間の嵐の中を疾駆して行く。

「大王様、時空間を抜けます」


 時空監視衛星ミルーダのデータを基に、時空監視センターでは刻々と変化する状況を関係する部局に配信していたが、愈々その時が来ると監視員の一人が発狂した。

「来た、来た、来た、来た。もう駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だぁ」

 黒孔に現れたXWONの反応が極大となった。直視出来ない赫々たる光が、怖気立つ戦慄を運んで来る。

「出ます、出ます、出ます、出たぁぁぁぁ」

 地に響く重たい衝撃音が響いた。XWONから轟音とともに巨大な光の塊となった飛行物体が飛び出し、8つに分離した後2つが接触して光の海で大破した。

「1、2、3、4、5、6隻の未確認飛行物体を確認」

 正体不明の光の塊は、途轍もないスピードであっという間に宇宙の四方に消えて行ったが、飛び出した光の塊の1つが宇宙空間に停止したまま動かない。光を纏ったその姿は突起部のない楕円体であり、宇宙のどの連邦にも類例を見ない。

「1隻だけ動きません、理由は不明」

「どうしたんだ?」

 予想も出来ない理解を超えた事態に、モニターを見ている誰もが驚き身体を硬直させ息を呑んだ。青く輝く正体不明の宇宙櫛羅が宇宙空間に停止する姿を見せる横で、別のモニターには更に予想を超える光景が映った。

「今度は何だ?」「何だ?」

「あっ、あれは……」「そうだ、あれだ。来た、来た、来たぁ」

 銀河に煌めく星々を背にして、数え切れない程の宇宙戦艦のシルエットが現れた。全ての艦に赤い光とDの印が見える。モニターを見ていた全員が、その船とその印に釘付けになった。正に、正義の味方、救世主の登場だった。モニターを見ている宇宙連合関係者の嬉々とした絶叫が響き渡る。

「あの印は、北宇宙連邦軍の艦隊だ」

「北宇宙連邦軍だ」「北宇宙連邦軍が来た」「北宇宙連邦軍だ」

 突然現れた北宇宙連邦軍の勇姿に、モニターを凝視する誰もが身体の奥から込み上げる熱い衝動に震えた。目映い星々の中から出て来た北宇宙連邦軍の戦艦の群れは、真っ直ぐにジャモン星人の宇宙戦艦と思しき青い光に向かって行く。

 一瞬にして歓声の渦に包まれた時空監視センターのモニター画面に、見計らったかのように北宇宙連邦軍指令長官ザナケル・イメテの得意満面顔が映し出された。映像はリアルタイムのニュースとして全世界に放映されている。宇宙連合関係者だけではない宇宙のあらゆる人々があらゆる場所でその姿を見ているに違いなかった。薄笑いを浮かべる自信に満ち溢れたザナケル・イメテの口がジャモン星人の殲滅を宣言する。

「賢明なるこの宇宙の諸君、我等は誇り高き北宇宙連邦軍である。今より、諸君に北連邦軍の確固たる実力をお見せする。ジャモン星人など我等の敵ではない。我等北連邦軍は全宇宙最強の軍団である」

 時空監視センターから再び歓声が沸き上がった。だが、宇宙連合長官室でその状況を見ていたエライン・ボークは仰天し、椅子から転げ落ちそうになった。

「あ、あの馬鹿は一体何をしているんだ。宇宙連合中央会議の決議を無視する気なのか、今直ぐ宇宙戦略局長を呼べ」

 宇宙戦略局長室では、局長シルカ・ロカバーヤが神に祈りながら泣いていた。

「誰か、あの馬鹿を止めてくれ、神よ……」

 宇宙空間に鶴翼の陣形で広がり勇壮にジャモン星人の戦闘艦との対戦に臨む北宇宙連邦軍艦隊。その最後尾に位置する指令艦の中で、副司令官カノンヤ・ラーコが長官ザナケル・イメテに告げた。

「ザナケル閣下、エライン・ボーク連合長官及びシルカ・ロカバーヤ戦略局長からの緊急連絡が入っております」

「そんなものは無視しろ。それより我等北宇宙連邦軍艦隊は全て集結したか?」

「完了しております」

「為らば、全艦隊に告ぐ。鶴翼の陣形を崩さずに囲め」

 北宇宙連邦軍戦艦の群れは、微動だにしないジャモン艦を遠巻きに取り囲んだ。

「閣下、あれがジャモン星人の軍艦のようです」

「思ったより遥かに大きいが、我等の前では小動物に過ぎぬな」

 想像を越えた大きさに驚愕しつつ、偵察機が出撃した。偵察機はジャモン艦の遥か上空から一挙に急降下し、下腹の辺りに回り込むと再び上空に飛び上がった。どうやらジャモン艦は上下の二層構造になっているように見受けられ、艦全体が輝いているのはバリアと思われた。

 ザナケル・イメテが指揮し、連戦連勝で敗北という文字を知らない夥しい数を誇る北宇宙連邦軍。対峙する巨大なジャモン艦に武器らしき部分は見当たらない。

 ジャモン艦を見下す茶髭の大男ザナケル・イメテは、宇宙連合会議での非議を回想し、悔しさに歯軋りした。

「俺はな、宇宙連合中央会議の場で腰抜けの爺共から死ぬ程の恥辱を受けた。爺共の決議は、何と「ジャモン星人を見たら逃げろ」なのだぞ。今の宇宙連合には能無しの腰抜けしかおらん。しかも、ドクター・ペルは親父殿に「必ず俺を止めろ」と言いおったのだ。絶対に唯では済まさんぞ」

「閣下、その悔しき胸の内、御察し申し上げます」

「ラーコよ、憐れな連合政府と連邦指導者共に「本当の指導者とはどうあるべきか」を教えてやる為、そして我等北連邦が宇宙連合を変革していく為にも、先ずは目の前にいるこの化け物を叩き潰さねばならぬ」

 ザナケル・イメテの言葉に、強く激しい闘志が漲っている。

「閣下、その通りで御座います。その暁には、閣下がこの宇宙を導く新しい宇宙神と成りましょう」

「うむ。俺は宇宙神などに興味はないが、我等北連邦が宇宙連合の一部などという愚かなる態様は、必ずや変えねばならぬ。俺の力でジャモン星人を殲滅し、宇宙連合そのものを変革するのだ。俺こそ神に選ばれし者だという事を、親父殿にそして全宇宙に認めさせてやる」

             

 北宇宙連邦タキニア神国ゾゴイス国王宮。

『親父殿、ジャモン星人を叩きに行って参ります』

『ザナケルよ、適当にしておけよ』

『親父殿、ジャモン星人など俺の敵ではありませぬよ』

『ザナケルよ、決して侮ってはならぬ。今の北連邦には、儂以外にの千年戦争でジャモン星人と直接戦った者はおらぬ。その時儂は一兵士だったが、奴等の力は化け物級じゃ。慎重に進めるが良いぞ』

『親父殿、案ずる事など微塵もない。俺は神に選ばれし者だ、ジャモン星人如き瞬時に蹴散らしてくれるわ』

『ザナケルよ、儂はお前のその強腕もその強勢も否定はせぬ。だが、相手を知らぬ戦い程に恐ろしいものはないのだ。慎重に、そして引き際を忘れてはならぬぞ。過日、ドクター・ペルがお前のジャモン星人殲滅行動を予見し、儂に「お前を制止しろ」と言って来た。さもなくばお前は死ぬ、それが予定された未来なのだそうだ』

『何だと、ドクター・ペルめ。度重なる侮辱、俺の本当の力を見せてやる』

 血気に逸るザナケル・イメテに不安を抱く国王ゾゴイス・イメテは、忠実なる次将カノンヤ・ラーコに厳しく言い含めた。

『ラーコよ、良く聞け。万一の時は、お前が副司令官としてザナケルを止めねばならぬぞ。必ず引かせるのだ、良いな』

『国王様、御心配には及びません。ザナケル閣下は、無敵で御座いますよ』

『いや、ザナケルは負ける事を知らぬ。だからこそ、引くタイミングを誤ってはならぬのだ。況してや、相手があのジャモン星人である事を考えるなら、誇り高き北宇宙連邦と、そしてタキニア神国の未来はお前の制止に掛かっているやも知れぬのだ』

             

 ザナケル・イメテが悔しさをぶつけた。

「親父殿は何故俺の強さを認めてくれぬのだ、俺は神に選ばれし者だぞ」

 猛り立つ自称神に選ばれし者は、悔しさを爆発させて唐突に殲滅作戦の遂行を促した。

「偵察などもう不要だ、ここからは俺が直接指揮を執る。まずは目前のジャモン艦に向け、全艦全機、発進しろ」

 副司令官カノンヤ・ラーコは一抹の不安を感じていた。国王ゾゴイス・イメテの指摘する事には一理ある。相手を知らない戦いに勝利の可能性はどの程度あるのだろうか。司令官たるザナケル・イメテの指揮は冷静な判断に裏打ちされているだろうか。感情のままに作戦を見誤ったりはしていないだろうか。とは言え、異を唱える事で攻撃の勢いを止める事になってはならない。勢いこそが勝利を導く力なのだ。だが……根拠のない嫌な予感が頭を過る。

「全機全艦、ビーム弾の集中攻撃、用意。手加減をするな」

 北宇宙軍の戦艦から、更に戦闘機の群れが宇宙空間に飛び出した。目標を捉えた戦闘機は宇宙空間に左右二枚の翼のように広がり、その後方にも翼を広げた主力戦艦の砲門が控える最強の二重の鶴翼の陣形を整えた。

「いける、いけるぞ」

 攻撃において最も重要視される最強布陣の完了に、ザナケル・イメテが高らかに吼えた。一気に相手を完膚なきまで叩き潰す、勝利のイメージが既に頭にある。

「俺は神に選ばれし者だ。全機全艦、攻撃開始、撃て、撃て、撃て」

 北宇宙連邦軍全機全艦から、ジャモン艦に向けて嵐のようにビーム弾が放たれた。狙い撃たれた巨大なジャモン星人の宇宙艦は、ビーム弾の灼熱の光輪に包まれ白煙の中で目視出来なくなった。

「報告、ジャモン艦に全弾着弾確認」

「閣下、全弾、命中しました」

 ザナケル・イメテは、興奮気味の荒い息遣いの中で再び薄笑いを浮かべ、戦闘の勝利と終結を確信した。

「どうだジャモン星人め、我等北連邦軍の力を思い知ったか」

 余りにも呆気ない終結、作戦通りの成り行きと結果に無敵の指揮官の笑いが止まらない。だが、そこにある筈のないもの、あってはならないもの姿が出現した。光輪の中から、輝く巨大な宇宙艦が姿を見せたのだ。北連邦軍兵士が驚き叫ぶ。

「報告、ジャモン艦に損傷なし」

 ザナケル・イメテとカノンヤ・ラーコは、その言葉に耳を疑った。そんな筈はなかった。全戦闘艦から放たれ命中したビーム弾は北連邦軍が誇る鎧袖一触がいしゅういっしょくのP1核融合爆弾であり、宇宙艦など簡単に破壊する威力がある。

「何、そんな馬鹿な事があるものか……」

 茶髭の大男ザナケルは、目前の現実を信じる事が出来きない。絶句したまま立ち尽くすしかない。

「ラーコよ、どういう事なのだ?」

「わかりません。全艦、再攻撃を準備・何だ?」

 全機全艦に再度の攻撃命令が発出されようとしたその時、突如としてモニターに青と黒の異形の悪魔が姿を現した。北連邦軍の兵士達はその異形さに震え上がり、恐怖し、状況の把握どころではない。

 モニターから、骨伝導の地に響く悪魔の声がした。モニター画面を切る事も声を遮る事も出来ない。

「・この宇宙の我等に抗う者達に告げよう・我等は・邪悶ダレス軍である・」

「煩い、切れ。全てのモニターを切れ」

「報告、モニター切断出来ません」

 モニターに映るジャモン星人の声、重音が全身の神経系を掻き乱す。

「・我・等は・全宇宙を支配する神の使いである・お前達は・直ちに我等邪悶の教えに帰依し・「聖空の鍵」を我等に・渡さねばならな・い・何故なら・我等は神の使いとして・この宇宙の全ての人間の苦しみや悲しみを消し去る事が出来る・その完遂を以て・我等は再び宇宙の向こう側へと旅立つ事となるだろう」

 途切れ途切れの殺気に満ちた言葉が頭の中を突き抜けていく。

「戯れ言だ。ジャモン艦に向けてクラスタービーム砲発射、同時に最終兵器P2核爆弾をぶち込め。一瞬でケリを付けてやる。撃て、撃て、撃て」

 北宇宙連邦軍が装備する全ての武器が一斉に火を噴いた。最終兵器P2核融合爆弾の塊が巨大なジャモン艦の中腹に命中した。

 北連邦軍が威信を掛けて改良した宇宙最強兵器P2核融合爆弾は、極大光輪と漆黒の爆煙の中に、ジャモン艦と周辺の宇宙空間を無理矢理に引きずり込んだ。

「今度こそ、木っ端微塵だ」

「当然……」

「……何故だ。ラーコよ、どういう事なのだ?」

「わかりません。信じられない……」

 再び、北連邦兵士の信じ難い声が響く。

「報告、ジャモン艦に全く損傷ありません」

 黒煙の中から、宇宙クジラの如き巨大なジャモン艦の姿が悠々と浮かび上がった。背筋が凍る不気味さに血の気が引くのを感じる。モニターに映る青と黒の悪魔が、冷然と告げる。

「・今の拙劣な攻撃がお前達の返答か・愚者達よ・神はお前達を見放した・相応の後悔と死を以て償うが良い・」

 ザナケル・イメテは呆然とするだけで、自らの経験と想定を遥かに超える現実を消化出来ない。P2核融合爆弾はこの宇宙最強であり、最終兵器である筈なのだ。

「俺は夢を見ているのか。P1どころかP2核爆弾が全く効かないとはどういう事なのだ。奴等には宇宙最強であり最終兵器さえも蹴散らす力がある、と言う事なのか。

俺達は踏んではならない虎の尾を踏んでしまったのか。いや、そんな筈はない。我等は宇宙最強の軍団、無敵の北宇宙連邦軍なのだ……」

「閣下、まだ勝負はこれからです」

「そうだ、我等は宇宙最強だ。だが、最終兵器P2核爆弾を蹴散らす奴等と、どうやって戦えば良いのだ……」

 ザナケル・イメテの目の焦点が合っていない。次第に、困惑と怖気が膨れ上がり、勝利のイメージが脆くも崩れ去る。

「こんな事はあり得ない。いつだって俺が一声命ずるだけで、唯それだけで敵は全て粉々に砕け、消え去ったではないか、いつだって……」

 この宇宙に存する最強の軍隊と超絶兵器に裏打ちされた自信を失った北宇宙連邦の絶対的指導者は、悲壮感を纏って呆然とした。既に戦いの先は見えている。

「閣下、悄然は未だ早う御座います。我等には、「白神様の化身」がおられるではありませんか?」

 気息奄々きそくえんえんの絶対的指導者は、天啓の言葉「神の化身」に縋るように反応した。

「そうだ、神の化身、海神グレートワームがこの絶望的状況を救ってくれるに違いない。そうだ、そうだった」

 北宇宙アナリエ銀河の惑星イデッカに棲む巨大な白い芋虫であるグレートワームは、全体に白色金属外骨格の鎧を纏い、前部に口腔と無数の光る触手、上部に貝に似た殻を背負っている。白い芋虫は、その巨体を変化させて凡ゆる物質を呑み込み消化してしまう。ビーム系、爆裂系の攻撃など全く効果がない。北宇宙連邦では白神教ホタイ神の化身、海神として崇められている。

 絶対的指導者ザナケル・イメテは、信じ難い現実を振り払うように叫んだ。

「そうだ、神の化身、ホタイ神の化身たる海神グレートワームよ、ジャモン星人など神の力で艦ごと喰ってしまえ」

 呼応するグレートワームが即座に動いた。ジャモン艦の後方から狙いを付け、音もなく口を開けて無数の光る触手を伸ばすと、徐にそして確実にジャモンの巨艦を吞み込み始めた。大蛇が小動物を喰らうようにジャモン艦が芋虫の腹の中に入っていき、その姿が見えなくなる。喰らった後は、ゆっくりと溶解するだけだ。

「喰え、喰え、喰え、喰い尽くせ……何だ、何だ、あれは?」

 最後の切り札に歓喜していたザナケル・イメテは、瞬く間に絶望の淵へと追いやられた。ジャモン艦を呑んだ芋虫全体から青いプラズマと炎が噴き出したのだ。またも予想を超えた現実を目の当たりにしたザナケル・イメテは硬直した。

 芋虫の背で燃え上がった青白い炎は、次第に勢いを増して神の化身を殻ごと焼いた。焼き尽くされた芋虫の残骸の中から、炎を発出し続けるジャモン艦が勇猛な姿を現した。

 ザナケル・イメテとカノンヤ・ラーコは、その姿に再び驚愕した。

「駄目だ、もう駄目だ。神の化身が焼かれた。神よ、神よ、我等が絶対り神、白神のホタイ様、何卒御救けください……ホタイ様、ホタイ様、ホタイ様……」

「俺は夢を見ているのだろうか。海神グレートワームが焼き尽くされるなど、あり得ない……」

 神の化身を焼き尽くした青白い炎が消えいくと、今度は青いプラズマが急激に勢いを増し、北連邦艦隊に激しい雷光の如き電磁の光弾が飛び、張り付いた。

 神に祈り続ける指導者ザナケル・イメテ。その横で、カノンヤ・ラーコは一瞬気を失いそうになったが、正気を取り戻し国王ゾゴイス・イメテに諌められた言葉を思い出した。仕方なく、全軍への即時撤退を下命した。

「これ程の力の差があるとは、考えもしなかった。全機全艦、退却」

 即応すべき兵士達が、それぞれに虚しく叫ぶ。これも予想を超えている。

「報告、全艦、操舵不能」「報告、全機、操縦不能」

 それぞれに張り付いた青い電磁の光弾は、姿を触手に変化させ北連邦軍の全ての戦艦と戦闘機を掴み込んだ。戦闘機と戦艦は通信以外の機能を奪われて宇宙の闇の中で孤立した。一切の抵抗する術を奪われ嬲り殺されるしかない。

 北連邦軍司令艦の床で白神に祈り続ける絶対的指導者であるザナケル・イメテの横で、カノンヤ・ラーコは冷静にこの状況を整理し、そして絶望を口にした。

「これでは戦いにならん。この状態で攻撃されたら、虐殺ではないか。俺は生まれて初めて恐怖と後悔を感じている。今更遅いが、ドクター・ペルの忠告に従うべきだったのだのだ……」

 北連邦兵士が再び叫んだ。

「ジャモン艦に変化があります。敵艦上部より何かが出て来ました」

 北連邦軍を鼻で笑うジャモン艦から青い電磁の光が現れ激しく弾けて踊った後、雷光は一気に膨れ上がり巨大な青色の光塊となった。

「何だ、あれは?」

 青色の光塊は、徐々に翼を広げて鳳凰の姿に変化した。青い鳳凰が北連邦軍の軍艦群を見据えた。

「神よ、神よ、神よ、ホタイ様、ホタイ様、ホタイ様……」

 北連邦軍の主力全艦隊りモニターに、絶対的最高指導者ザナケル・イメテが無様に泣き叫ぶ姿が伝わると、通信以外の機能を失った北連邦艦隊の兵士達は宇宙の闇の中で戦慄した。戦いに必要なものは、無敵の武器と何事にも揺るがない確固たる信念、そして何者にも怯まない絶対的な指導者なのだが、今や北連邦軍には全てが存在していない。

 青く光る巨大な鳳凰が北連邦の軍艦に襲い掛かっていく。青い鳳凰は白い軍艦の群れの中を悠々と飛翔し、翼の電磁の雷光に触れた軍艦は青い光輪に包まれ一隻また一隻と消え去っていく。

 異形の悪魔が再び告げた。

「我等に逆らう愚か者達よ・我が青い光に触れたものは全て原子崩壊する」

 北連邦兵士が、更に何かを目に捉えて叫んだ。

「報告、ジャモン艦上部より何かが出て来ます。また別の青く光る鳥です。群れを成して我々に向かって来ます。数は不明」

 青い鳳凰を追うようにジャモン艦から出て来た青く光る鳥の群れは、円を描くように宇宙の闇の中で震え上がる北連邦艦隊を全方位から囲い込んだ。

「この鳥に触れても消滅するのか、それとも違う攻撃か。どちらにせよ、我々には抗う術はない……」

 北連邦艦隊全ての戦闘機と戦艦を取り囲んだ青い鳥の群れは、何の合図もなく突然に周辺の星々を巻き込み激しく爆裂した。北連邦艦隊は巨大な炎と虹色の爆光の中で、宇宙局時空監視衛星ミルダス、ミルーダとともに消えた。            


 宇宙医療艦タクードに転送された映像を見た助手達が泣きそうな声を出した。

「あぁ駄目だぁ。やっぱり博士の言う通りになった。全然駄目だぁ」

「じゃあ、やっぱりこの宇宙はもう終わりなんじゃん。駄目じゃん」

 北連邦軍の戦いの行方を映像で見守る以外になかったドクター・ペルは、悔しさと己の無力さを嘆きながら、これから確実に始まるだろう惨劇を憂い断腸の思いで目を閉じた。



◇第4話「愚劣なる者」

 苦もなく北連邦艦隊を消し去った邪悶ダレス軍司令艦の青黒い悪魔、大王ダレスが告げる。 

「龍王ジガルよ、こんな奴等などもう良い。飛べ」

「御意」

 司令艦の青黒い悪魔ダレスは、即座に宇宙に飛び去っていたダレス軍艦へと下命した。この宇宙に来空したジャモン星人には何よりも先に為すべき事がある。それは、この宇宙に存する筈の全ジャモン星人の尊厳たる初代ゲロス・ティラス皇帝の行方を捜す事だった。

「全艦、総力を上げて初代ゲロス・ティラス皇帝陛下の行方を捜すのだ。この宇宙の「聖空ノ鍵」は、その後で良い」

 ジャモン星人達が捜し始めた初代ゲロス皇帝は、全ジャモン星人にとっての象徴であり、崇高で特別な存在だった。そして、その初代ゲロス皇帝がこの宇宙に留まっている事が明白なのだ。

 その後、宇宙の向こう側からやって来た「邪悶ダレス軍」と名乗るジャモン星人は、初代ゲロス皇帝の捜索に全勢力を傾けた。だが、初代ゲロスの行方は杳として知れないままだった。


 ジャモン艦の中。プラズマの弾ける薄暗い王宮の中で、不気味に光る青黒い悪魔が怪訝そうな顔をした。

「龍王ジガルよ、初代様の行方は未だ不明か?」

「精神波も感知せず消息は全く掴めないのですが、不思議な事があります。この宇宙には、理由は不明ながら我等を崇拝する海賊と呼ばれる者達が多数おります。その者達によれば「宇宙の向こう側からやって来た大魔王を100年前に宇宙神がキマル星に封印した」らしいのです。おそらくは、同志の戦いを伝えているのではないかと思われます」

「それは興味深い話だな。初代ゲロス様の行方の一端でも判明するやも知れん、そのキマル星とやらへ行って見るとしよう」

 漆黒の宇宙空間に光の縦筋が現れてワームホールと思しき時空間が開いた。眩しい光の中へ巨大なジャモン司令艦が吸い込まれた。

             

 惑星キマルは、中央、東、北宇宙境界に位置する浮遊惑星黒孔こっこうを公転する小さな衛星だった。宇宙神ティラの封印により、全体のほぼ半分が吹き飛び内側に抉れた形をしたその星の周りを球形に硝子状物質が包んでいる。大戦後に、黒孔と惑星キマル周辺を宇宙連合政府が進入禁止エリアに指定した事もあり、行き交う宇宙船の姿は殆どない。


 時空間が縦に開き、巨大な宇宙クジラのジャモン艦が姿を見せた。目前に封印の星キマルが銀河の光に照らされて浮かび上がり、その上空には薄緑色に揺れ動く光を纏った天体、黒孔が見えている。

「大王様、あれが「宇宙神が大魔王を封印したという伝説の星」と思われます」

「うむ、見事に星ごと封印されているな」

「しかし、この星の崩壊の形状は何でしょう。何故|抉れて半壊なのか……」

「うむ。半壊の理由は不明だが、あれは「聖輪せいりん」の星の位置だ。あの星は聖輪する直前に封印され、その直後に星の半部が吹き飛ばされたのだ」

「という事は、封印した宇宙神は我等同志が行う聖輪の星の位置とその時期を知っていたのでしょうか?」

「宇宙神がそれを知り得るなどあり得ぬ事だが、何らかの方法でそれを知ったのかも知れぬ。この星に生きている同志はいるのか?」

 惑星キマルの北の端に白い城のような建造物が見え、城の搭の上で何者かが叫んでいるのが見て取れる。

「白い建造物の上に何者かがいるようです。限界まで接近します」

「ほぅ、この状況で生きている者がいるとはな」

「大王様、私が確認して参りますので暫くお待ちください」

「いや、ワシも行こう」

 巨大なジャモン艦の腹の真下から小さな穴が開き、そこから海豚のような偵察機が出て惑星キマルに向かって飛んだ。搭の上の何者かは止む事なく叫び続けている。

 偵察機はキマル星上空で停止した。眼下の建物の上にフードの付いた黒い衣服のヒトガタの生物が見える。フードで顔は見えず、地球人なのかジャモン星人の生き残りなのか、或いは全く別の生き物なのかは判別が出来ない。

「おいこら、ここから出せ。ピキン星人ミルキー・アールグレイを連れて来い。早く出せ、封印の鍵を持って来い。海賊共、早くしろ。いつになったらこから出られるのだ。約束を守れ、私は暗黒大魔王軍総統ゲロスを継ぐ者であるぞ。この宇宙は私のものだぞ」

 惑星キマル上空に待機する偵察機から生存者を凝視していた邪悶大王ダレスと龍王ジガル、そしてジャモン兵士達の誰もが聞き覚えのあるその言葉に驚いた。

「大王様、これは我等邪悶の言葉です。この者は我等の同志のようです」

「確かに我等の同志のようだが、言っている事が支離滅裂で意味不明だ。思考機能に何らかのダメージがあるようだな」

「大王様、私が「思考の同化」を試みます」

 ジャモン星人ダレス軍龍王ジガルは、惑星キマルのバリア限界まで近づくと、右手を翳して「思考の同化」に取り掛かった。右手から出た雷光が生存者へと飛ぶ。

「同志よ、手を合わせよ」

 ジャモン星人は、遮蔽物越しにでも手を合わせるだけで意識が繋がり意識と記憶を感知共有する事が出来る。互いの意識が青い雷光で繋がった。

「ここから出られるのか、早く出せ、早くしろ」

 雷光の繋がりの中で意識のパルスが相互に伝播した。嫌な色の付いたパルスだった。暫くして過去の記憶が同化された途端、龍王ジガルは顔を顰めた。

「何だ、これは?」

 惑星キマルのヒトガタが叫び続ける。

「何だ、お前は私より下位ではないか、早くここから出せ。無礼者、早く出せ」

 思考を同化させた龍王が苦痛に耐えている。

「どうしたジガル、記憶に何かあったのか。構わぬ、そのままパルスを送れ」

 龍王ジガルが苦味を噛み締め、頭を振った。

「いえ、ダレス大王様……これは消去します」

「構わぬ。送れ」

「いえ……」

「ジガル、命令だ」

「ぐぐ……御意。では大王様、同化した記憶をパルスで送致します」

 雷光が激しく踊り、息絶え絶えのジガルからダレスへと記憶のパルスが伝播した。

「何だ、これは……」

 大王ダレスの顔が悲痛に歪んだ。

 

 1100年前、輝く赤い光の筋を後方へ飛ばしながら異宇宙から超時空間XWONを抜けて複数のジャモン艦が光の塊となって駆けて行く。α宇宙に二度目の悪魔が侵入しようとしていた。

『ゲロス・トートス大王様、そろそろ時空間を抜けます』

『うむ』

 突然、艦が激しく揺れた。

『どうしたのだ?』

『ゲロス・トートス大王様、原因判明しました。我等の聖輪ラインに、他の同志と思われるラインが重なったようです』

 前方に光塊の群が見える。相手からの通信が消魂けたたましく鳴った。

『我等はゲロス軍1821e4s9prscs65432131821‐13系である。貴系列を確認したい。我等はゲロス軍1821e4s9prscs65432131821‐13系、そちらの系列を確認したい』

『何、何だと?』

『トートス大王様、どうされたのですか?』

『次王ガルスよ、1821‐13系とは俺の兄ゲロス・アニダスだ。あの気の狂った憎きアニダスだ。こちらにはまだ気付いていない、今の内にぶち殺してやる』

『トートス大王様、為りません。例えどんな理由があろうとも、上位同志の指揮を受けるのが我等の鉄の掟。決して為りません』

『煩い。ガルス良く見ろ、幸いにもアニダスは我等の前方を翔んでいる。XWONの時空間は後方から前方にのみ流れている。つまり、奴等がこちらに攻撃する事は出来ぬのだ。これこそ神の思し召しに違いない。全ビーム砲、未確認飛行物体に発射準備、発射しろ』

 前方の光塊の群に嵐のようなビームの雨が吸い込まれ、閃光が見えて消えた。

『全着弾』

『やったぞガルス、これは聖輪に未確認物体が侵入した特別な緊急避難行為なのだ。これは必要な行為であり、決して同志を殺めたのではない緊急避難行為だ』

『御意』

『ライン上の未確認飛行物体除去を完了、時空間を抜けます』

 超時空間XWONに流れる幾つもの光の筋が見える。XWONの光の筋は、超時空間を抜けて今までにこの宇宙に来空した者達の軌跡を飛行紋として示している。それを知るゲロス・トートスは仰天し、狂ったように叫んだ。

『ガルス、マズい、マズいぞ』

『トートス大王様、どうされたのですか?』

『この飛行紋は、あの初代ゲロス・ティラス皇帝陛下のものだ』

『では、この宇宙に初代様がおられるという事で御座いますか?』

『それはわからぬが、少なくとも初代様がこの宇宙に来空された事、そして未だ聖輪されていないのは間違いない』

『時空間を抜けました。トートス大王様、大変です』

『今度は何だ?』

『磁気嵐です。3号艦が6号、4号艦に接触大破。5号艦が2号艦に接触大破しました。残5隻』

 XWONを抜けた光の塊同士の軌道が大きく揺れ、それぞれの光が衝突を繰り返して爆裂して消えていく。

『このままでは全滅します』

『煩い、そんな事などどうでも良い。一刻も早く時空間を抜け、必ず初代様を捜すのだ。この宇宙をぶち壊してでも、初代様を捜すのだ。「聖空ノ鍵」など今は要らん。この事が初代様に知れたら、我等は打ち首にされるぞ。必ず初代様を捜してこの船に御連れするのだ。「聖空ノ鍵」などそれからで良い、わかったか』

 超時空間XWONを抜けた後、5隻の残った光の塊は猛烈なスピードで宇宙の四方八方へ飛び去った。そして、即刻ジャモン星人達の初代ゲロス捜索が始まった。

『初代様はまだ見つからぬか?』

『トートス大王様、初代様の行方は未だ判明しておりません。我等だけでなく、その昔に初代様が核宇宙に放ったバイオ戦士モノボランのクローン達がこの宇宙に多数おり、その者達が組織する暗黒同盟軍と海賊達も初代様捜索に全力を注いでおります。しかし、未だ初代様の行方は掴めておりません。またこの宇宙の者達が我等に抗い続けております』

『この宇宙の者達など蹴散らせば良い。何としても、初代様を捜すのだ』


 初代皇帝ゲロス・ティラスの捜索は、ゲロス・トートスの厳命によりトートス軍の全勢力を以って行われたが、990年近くもの懸命の捜索にも拘わらず、成果を達する事はなかった。

『初代様は未だ見付からぬか?』

『トートス大王様、初代様は見付かっておりません』

『ふざけた事を言うな。初代様を見付けられなければ、キサマ等全員の首を俺が跳ねてやるわ』

 常軌を逸したゲロス・トートスは、気も狂わんばかりに怒声を発した。

『トートス大王様、探索隊の報告によれば、東宇宙の星で初代准帝ジクード様に御会いしたが、初代ゲロス皇帝陛下の行方は知れずとの事です』

『何、この宇宙に准帝ジクード様がおられるのか。その准帝様に「ゲロス皇帝陛下の行方は知れずと」と言われたと?』

 ゲロス・トートスは、何一つ決する事のない状況に絶望した。

『我等の990年余りの捜索にも行方は知れず、血を分けた准帝ジクード様も行方を知らぬという事は、初代様は既にこの世におられぬのか。そして、初代様を超える者がこの宇宙にいると言うのか?』

 トートスは、不都合な事の成り行きの連続に困惑した。自らが犯した罪深き事実を隠蔽するには何としても初代ゲロスの謀殺は必須だったが、その主体の行方は依然として不明であり、更にはその初代を超える者がこの宇宙にいるかも知れないのだ。

 焦燥ばかりで何らの成果も得られないトートスは、遂には是非なく本来の目的を達する以外になかった。

『初代様の捜索はもう良い。こうなったら、一刻も早くこの宇宙を聖輪し、別宇宙へ翔ぶのみだ。それ以外に我等が生きる道はない、990年余りも無駄に時を経てしまった』

『ゲロス・トートス大王様、この宇宙の軍事統治システムと軍事力分析が出来ております。この宇宙の軍事力は取るに足らず、指揮系統についても五大宇宙連邦が互いに争い続けており、我等にとっては赤子の手を捻るも同然です』

『うむ、良いぞ』

『唯、気になる事があります……』

『何だ?』

『この宇宙の宇宙神を名乗る者が、何やら我等邪悶と似た武器を使っているとの報告があります』

『そんな輩など我等の敵ではない。まずは五大宇宙連邦軍とやらを潰せ。同時に、宇宙神と名乗る輩を討ち取り「聖空ノ鍵」を奪え。我等に刃向かう者は何人たりとも容赦はするな』

 暗黒大魔王軍による本格的な進撃が開始された。全戦力を以て破壊の限りを尽くすゲロス軍を相手に、五大宇宙連邦軍は為す術なく駆逐された。

『西宇宙連邦政府軍なる艦隊、惑星ごと撃破』

『南宇宙連邦政府軍なる全艦隊、撃破』

『それで良い、全てぶち壊せ。「聖空ノ鍵」を手に入れるのだ』


 本格的にジャモン星人の進撃が開始された数日後、ゲロス・トートス軍に同士からと思われる特殊な精神波が届いた。それは、通常ジャモン星人同士が手を合わせて互いの記憶を感知する同化とは違う、特別なテレパシー通信の類だった。

『何事だ?』

『トートス大王様、同志と思われる邪悶精神波なのですが、当該波形による特定が出来ません。まさか、ゲロス・アニダス様が生きておられたのでは?』

『いや違う、1821系波形ではない。この波形は初代ゲロス皇帝陛下のものだ……』

『初代様は生きておられたので御座いますか』

『そうだ、全て終わりだ……』

 初代ゲロス皇帝は生きていた。それは即ち、初代皇帝との「思考の同化」によってゲロス・トートスの「決して知られてはならない事実」が白日の下に晒される事であり、極刑は免れない。厳格な初代ゲロス皇帝と厳粛なる邪悶の掟に例外は存在しない。

 既に対応策が尽きている放心状態のゲロス・トートスに、初代ゲロスが精神波で告げた。

『ゲロスを継ぐ者よ、私は初代ゲロス・ティラスである』

『初代ゲロス皇帝陛下、1822ゲロス・トートスに御座います』

『私は初代ゲロス・ティラス。聖輪せいりんの為の「聖空ノ鍵」は私の手にある。今より聖輪の準備をせよ。聖空ラインを結び、235宇宙時間後にXWONのC13方位にある惑星キマルに、全ての同志を集めるのだ。記憶の同化後、我等は聖輪する。私はゲロス・ティラスである』

 精神波は切れた。初代皇帝からの唐突な下命、ゲロス・トートスの置かれた状況は好転する気配がない。

『トートス大王様、本物の初代様なのでしょうか?』

『間違いなく、本物の初代ゲロス皇帝陛下だ。初代様がこの宇宙におられる事は間違いない。990年余の間の捜索で見付からなかった理由は不明だが、初代様が生きておられるという事は……』

如何いかが致しますか?』

『どうするか……』

 ゲロス・トートスは熟考した。だが、既に考え尽くされた以外に方策のない中で、その帰結、究極の選択へと辿り着く事は至極当然だったかも知れない。

以外に方法はない』

『大王様、まさか?』

『ガルスよ、それ以外あるまい。初代皇帝陛下は既にいないのだ。この宇宙にいるのは、あくまでも単に「聖空ノ鍵」を持っているだけの宇宙神なのだ。潰す事に何の躊躇があろうか。それ以外に方法はない、そうであろう?』

『初代様はいない……という事なのですね』

『そうだ。我等の敵たる憎き宇宙神が我等の下へ訥苟訥苟のこのことやって来るのだ。丁重に出迎えてやろうぞ』

             

 235宇宙時間後、初代皇帝ゲロス・ティラスは惑星キマルに到着した。惑星キマルには、巨大な6隻の戦闘艦と全てのジャモン星人が集結している。「聖空ノ鍵」以外、異宇宙へ翔ぶ聖輪の準備は整っている。

『ゲロス・ティラス皇帝陛下様の御成りです』

 大王ゲロス・トートスと次王ガルスは、ジャモン司令艦に単身やって来た初代皇帝ゲロス・ティラスを迎えた。

『初代ゲロス・ティラス皇帝陛下、ご来艦戴き誠に恐縮で御座います。我等はゲロス軍ゲロス軍1821e4s9prscs65432131821‐14系、我が名はゲロス・トートスと申します。御目に掛かれ光栄に存じます。我等同志、心より喜んでおります』

『挨拶は不要だ。言った通りに全ての同志を呼び集めたか、聖輪をする準備は出来ているか?』

『御指示通りスターシップへのエネルギー充填、その他万端整っております。共に聖輪致しましょう』

『うむ。では、思考の同化により確認をしようぞ』

『御意』

 ジャモン星人同士の記憶の同化が始まろうとしたその瞬間、惑星キマルの空に轟音が響いた。突然の事に、音の正体も状況も理解出来ないゲロス・トートスは慌てて確認を指示した。

『何事だ?』

『大王様、報告致します。この惑星全体が硝子状の物質に覆われた模様です』

『何だと、どういう事だ?』

 動揺するゲロス・トートスに、初代皇帝ゲロス・ティラスが告げた。

『ゲロス・トートスよ、狼狽えるな。この星をバリア物質で包含しただけだ』

『何故?』

『ここに集う全ての同志諸君、今より初代ゲロス・ティラスの名に於て思考の同化を行う』

 初代の強靭な精神波のパルスは有無を言わせず伝播し、全ジャモン星人の意識と記憶が同化した。その途端、ゲロス・トートスは初代ゲロス・ティラスの正体を知って発狂した。

『誰だキサマは、キサマは誰だ、キサマは初代様なのか……違う、キサマは初代様ではない』

『騒ぐな。私は初代ゲロス・ティラスであり、同時にこの宇宙を治める宇宙神だ』

『宇宙神だと、ふざけるな。初代様が憎き宇宙神であるなどと、戯れ言を言うな』

 ティラは嘆息するとともに怒りを顕にした。

『そう言うお前は、何とも愚かな事をしておるな。同志の殺戮など、我が気高き邪悶を愚弄する行為以外の何ものでもない。しかも、その事様を隠す為に初代ゲロスを手に掛けようなど、人として腐っておるぞ』

『煩い、煩い、煩い』

 一瞬にして惑星キマルに張られたバリア。そして思考の同化によって知るところとなった同志殺戮の事実に、集結したジャモン星人の誰もが仰天し狼狽した。

『何だこの記憶は?』『この記憶は何だ?』『トートス大王様が同志を殺した?』

『初代様を殺そうとした?』『トートス大王様は、初代様を殺そうとしたのか?』

『同志殺しは邪悶の愚弄ではないか?』『初代様は我等の命ではないか?』

 ゲロス・トートスは、悔しさに声を荒げた。

『違う。あれは同志ではない、こいつも初代様ではなく憎き宇宙神なのだ!』

 ゲロス・トートスとジャモン星人達の狼狽が止まらないが、ゲロス・トートスが同志を殺したという事実を消す事は出来ない。

『我等邪悶の崇高なる初代様の名を騙る愚者め、唯では済まさんぞ』

『そうか、トートスよ。為らば、これならどうだ?』

 硝子状のバリアが現れ、ティラとゲロス・トートスを囲い込んだ。

『何だこれは、何がどうなっている???』

 ゲロス・トートスの思考が現状の変化に追いつかない。更にティラの意識の中に  「それ」を見たゲロス・トートスは囲い込まれた硝子状のバリア空間で唯首を傾げるしかない。

『ゲロス・トートスよ、私の話を聞け。私は、宇宙神となり神のことわりを知った後、失っていた初代ゲロス・ティラスとしての記憶を再び取り戻した事により、「邪悶の真理の意味」を知るに至った。その内容は、既に思考の同化で伝わっている通りだ』

 思考の同化で伝わった内容の中に「邪悶の真理の意味」が含まれていた。

『何だ、この記憶は?戯れ言を記憶に縫合し同化させるとは小賢しい』

『トートスよ、我等の同化の記憶に縫合など出来ぬ事は、お前自身が知っておる筈ではないか?』

『煩い』

 ティラは、「それ」即ち「邪悶の真理の意味」を語り出した。ジャモン星人を突き動かす邪悶の教義が示す聖輪が何を齎すのか。邪悶の真理の意味とは何か。

『我等は命に刻む「邪悶の教義」により聖輪を行う。邪悶の教義はその意味をこの宇宙の悲しみや苦しみを消し去る事だと説いている。だがそれは方便に過ぎず、聖輪とは唯単純に宇宙を消滅させる以外に何の意味もないのだ』

『違うぞ、それは違う。我等が聖輪して来た宇宙は悲しみや苦しみが消え幸福に導かれるのだと邪悶の教義に示されている。邪悶の神の御言葉に嘘などあろう筈はない』

 ティラは続ける。

『聖空ノ鍵でXWONを開けるという事は、宇宙を収縮ビッグクランチに向かわせて消滅させる事に他ならない。我等は「聖輪こそが宇宙の悲しみや苦しみを消し去り人々を幸福に導く唯一の方策である」という邪悶の教義の詭弁に踊らされただけなのだ』

『為らば、邪悶の神は何故そう教えるのだ。詭弁かどうかなど検証すれば容易に判断出来るではないか』

『何故ならば、我等が聖輪した後の宇宙を見る事はないからだ。聖輪した後、宇宙は消滅する。それこそが「邪悶の教義」であり「邪悶の真理の意味」なのだ』

『宇宙神め、詭弁を弄しているのはキサマの方だ。そんな戯れ言を誰が信じるものか、そんな事が真実である筈がない』

『信じられぬだろうが、それこそが真理なのだ』

『宇宙神め、そもそもキサマが初代ゲロス様であろう筈はない』

『私は、この宇宙を司る宇宙神ティラであり、初代ゲロス・ティラスでもある』

『何が目的だ?』

 初代ゲロス・ティラスは、迷える仔羊であるジャモン星人を優しく包み込む。

『目的……か。それはな、全ての同志の愚行を止める事だ。だが、私には例え同志を殺める愚劣な馬鹿者であろうとも、責める資格はない。全ての責めを負うべきはこの私なのだ。邪悶の深底にある真理を理解し得なかった自らの未熟の故に、同志を正道に導く者として生まれながら、誤った方向へと引きずり込んでしまった私の責めは重い。そんな愚昧な私に、どうして同志を責められようか』

『愚劣な馬鹿者だと?あれは、唯の正当なる行為だ、聖輪を邪魔する者を排除したに過ぎないのだ。我に非はない』

『それなら、何故初代を手に掛けようとする。その非道の故ではないのか?』

『煩い。あれは同志の資格はない輩だ。ゲロス・アニダスは、人を人とも思わぬ人非人だ、だから、あれは当然の報いなのだ。我等は何を犠牲にしてでも聖輪する、それこそが使命、我等が命に刻む命たる邪悶の教義に従い、宇宙を救う事に何の躊躇があるものか』

 ゲロス・トートスに真理の言葉は届かない。それが是非もない事はティラには痛い程理解出来る。何故ならその元凶は初代ゲロス自身にあるのだ。

『ゲロス・トートスよ、もう良い。私は今この場で同志の信念までも説得しようなどとは思わぬ、我等が命に刻んでいる信念を今ここで捨て去る事など出来る筈もない。聖輪が愚行である事を知らずに同志を導いたのは、私自身の不徳だ』

 ティラは右手を上げた。再び強靭な精神波が全ジャモン星人に伝播した。

『ここに集う同志諸君、まずは初代ゲロス・ティラスの名に於て詫びを言う。全ての真実は同化した意識と記憶の通りだが、今、私は邪悶の真理が詭弁であった事を同志諸君に瞬時に理解させ、再び行われるであろう聖輪という愚行を止める術を持っていない。私は愚かな指導者であったのだ。時は満ちた、皆全てを終わりにしてくれ、私も皆と共に逝こう。同志諸君、会えて嬉しかったぞ』

『煩い、煩い。キサマは憎くき宇宙神であり、初代様ではない。俺は、ゲロス大王だぞ。キサマは初代様ではない、俺はゲロス大王だ、何だこんなバリア如き・』

『無駄だ』

『煩い。俺は宇宙最強のゲロス・トートス大王だぞ、例えここで倒れようと俺は必ず復活する。既に、この星のクローンシステムの中には俺を継ぐ者が生まれている。しかも防御システムの中にあり、破壊される事はない。キサマから得た記憶も含め、全てが自動的に俺のクローンにダウンロードされるようにセットされている。俺を継ぐ者が必ずこの決着を付けるだろう。必ずだ、覚えておけ、必ずだ』

 その言葉にティラの顏が歪んだ。

『お前を継ぐ新たな同志が生まれている、我が子ミルキーのような赤子がいると言うのか。私は初代ゲロスとして、愚かな指導者として、この惑星キマルにすだく同志達を消さねばならない。だが、我が子のような赤子を、私に消し去る事が出来るだろうか……私には出来ない。否、やらねばならぬのだ……』

 心の葛藤がティラの全身を突き刺し、躊躇する手の震えが止まらない。それでもティラは意を決した。次の瞬間、惑星キマルと全てのジャモン星人が炎と爆光に包まれ、この宇宙で破壊を繰り返す滅亡の病巣が消え去った。

             

 星の大半が抉れたまま硝子状の物質に包まれて見捨てられた惑星キマルに、宇宙の彼方から近づく巨大な宇宙海賊船があった。宇宙船から姿を見せた海賊がキマルに向かって叫んだ。

『我は宇宙海賊暗黒大帝軍の参謀ドクター・デスと申す者。この宇宙に唯一残っているジャモン戦士の貴方の下僕として御仕え致しましょう。我等の計画に力を御貸しください』

『海賊よ、待っていたぞ。私はゲロス・アマン、暗黒大魔王ゲロスを継ぐ者である。この星の封印さえ解ければ、再び暗黒大魔王ゲロスと暗黒大魔王軍が復活するのだ。この星の「封印ノ鍵」は宇宙神を次ぐピキン星人のミルキー・アールグレイが持っている。そいつを捜し出して、ここに連れて来い。「聖空ノ鍵」も忘れるな』

『そんな事は我等の力を以てすれば容易い事、即刻その者を連れて参りましょう』

 暗黒大魔王ゲロスを継ぐゲロス・アマンが只管叫び続ける。

『ピキン星人ミルキー・アールグレイめ、私はゲロス大魔王を継ぐ者であるぞ。憎きピキン星人ミルキー・アールグレイめ、早く来い、早く来い、早く来い』

 かつて、異宇宙から侵入して破壊の限りを尽くしこの宇宙を恐怖のどん底に陥れた悪魔ジャモン星人。封印の星にいるというその生き残りを見た宇宙海賊暗黒大帝軍兵士はその様子に愕然とした。

『ドクター・デス様、このジャモン星人変ですぜ。こんなぶっ壊れたので役に立つんですかい?』

『壊れていようと構わん。我等の目的は、ジャモン星人のDNAを確保し、宇宙最強のクローン戦士軍団として復活させ操る事。こいつが壊れていようが何ら問題はない。それより、何としてでも「封印ノ鍵」を持つミルキー・アールグレイとやらを捜し出し、封印を解くのだ』

 巨大な宇宙船に乗る海賊が光を纏って飛び去った。

            

 宇宙の悪魔、邪悶ダレス軍を率いる大王ダレス・ワシーダの表情が冴えない。

「ジガルよ、もう良い。事様はわかった、もう良い」

 龍王ジガルからのパルスを受け取った大王ダレスは、惑星キマル上空に待機する偵察機から憐れむように呟いた。暗黒大魔王ゲロスを継ぐ者が叫び続けている。

「こらお前等、私を早くここから出せ。私は偉いんだぞ」

「大王様、こんな者でも一応我等の上位者ですが、如何致しましょう?」

「いや、その者は上位者に値しない。もう相手にするな、永遠に封印の中で悔いるが良い。我等とは何の関わりもない」

「おいこら待て。私は暗黒大魔王軍総統ゲロスであるぞ、偉いんだぞ、お前等は下位ではないか、どこへ行くのだ?」

「愚かな同志よ、そこで永遠に悔いながら朽ちるが良い。それがお前の宿命だ」

 龍王ジガルは、そう吐き捨ててジャモン艦に戻った。

「大王様、あのような下衆如きで貴重な時間を無駄にしてしまいました。誠に申し訳御座いません。それにしても同志を爆殺するなど何と愚かな。初代様がそれが故に逝かれたのは、何にも代えがたい程の痛恨の極みで御座います」

「うむ、吐き気がするがもう良い。あのような下劣な同志の事など知りたくもなかった。しかも、その為に初代様が……そう思うだけではらわたが煮え返りそうだ」

「その通りで御座います」

 大王ダレスが龍王ジガルに確信に満ちた言葉を投げた。

「だが、この宇宙に初代様を次ぐ御方がおられる事がわかっただけで良いではないか。初代様がゲロス皇帝陛下が御心を失われて宇宙神になってしまっていたのは、驚きであり残念な事でもあったが……」

「はい、悲しい事に御座います」

 ダレスの赤く輝く双眼に微かな喜びが見える。

「ワシは初代様にお会いした事はないが、人として深く尊敬している。初代様は我等邪悶の先頭に立って、自らの命を賭して戦われた方だった。記憶を失われ宇宙神となってからも、立場こそ違えど自らの命を賭して戦われたに違いないのだ。例え、宇宙神となり邪悶の敵となろうとも、ワシの初代ゲロス・ティラス皇帝陛下への尊厳は些かも揺らぐものではない。初代様を次ぐ御方に一刻も早く御会いしたいものだ」

「大王様、私も同様に御座います」

 邪悶ダレス軍大王ダレス・ワシーダは、早々に次王ダレス・ティマルに命じた。

「ティマル、お前に申し付ける。初代ゲロス・ティラス皇帝陛下を次ぐ御方を探し、ここへ御連れするのだ」

「御意」

 


◇第5話「悪魔の系譜」

 宝石を散り嵌めたように星々が瞬く宇宙空間を、一隻の黄色い宇宙船エクレア号がいつものように帰路を急いでいる。

「ねぇポップ、またジャモン星人が来て暴れてるんでしょ。今度のジャモン星人もやっぱり凄く強いのかなぁ?」

 ポップが冷静にそして諭すように答えた。

「そんな呑気な事を言ってる場合じゃないっス。大変な事になっているっス。また、あの悲惨な千年戦争が始まるっス。僕も戦うっス。ミルキー、食べてる場合じゃないっスよ」

「ポップだって食べてるじゃん。それに、いつもみたいに「僕は信じないっス、絶対信じないっス。ジャモン星人なんかいないっス」って言わないの?」

 ポップが食べながら達観している。

「来てしまったものは騒いでも仕方がないっス。前のヤツ等もとんでもなく強かったっスけど、今度の奴等はレベルが違うらしいっス。「自分達は神の使いだ」って言った後、青く輝く鳥が出て来て、北宇宙連邦軍の主力艦隊が一瞬の内に原子崩壊で消滅したっス。同時に、惑星キマル周辺の殆どの星が消えて、エライン・ボーク宇宙連合長官が腰を抜かしたらしいっス」

「へぇ、今度も強いんだね」

「ミルキーも余り驚かないっスね」

「「来てしまったものは騒いでも仕方がない」でしょ?」

「そうっスね。あれれ?」

「pc.pc.」

「な、何っスか、この子供は?」

 いつの間にか、見慣れぬ子供がミルキー達と一緒に食事をしている。見た事もない青と黒に光る戦闘服のような出で立ちの子供が、何かを言っている。目は青く、見た目は地球人に似ていて顔は人懐こい、髪が虹色に輝いている。ポップには言葉が全くが理解出来ない。

「jwmg.ajupglmxa@.lalaenxhkatgjm.?」

「何て言ってるっスか?」

「IEzjwncKba@A.xpf.」

 身元不明の子供は、自分の翻訳機械らしきものを出して話し始めた。

「僕はダレス・ティマルです・upg・を捜しています・gp・ミルキー・アールグレイという人はいませんか?」

 翻訳機が慣れたせいか言葉が通じるようになった。見知らぬ子供は宇宙食を美味しそうに食べながらミルキーの事を尋ねた。

「こらっ、勝手に食うなっス。どこから入ったっスか?」

「ミルキーはワタシだよ、用は何?」

「僕はダレス・ティマルです。邪悶ダレス軍大王ダレス・ワシーダ様の厳命により、御迎えに参りました」

 突然、虹色の髪の子供が訳のわからない事を言い出した。

「邪悶ダレス軍って、あのジャモン星人っスか?」

 邪悶という余りにホットで唐突なワードに、ポップは驚いたまま対応が出来なくなった。

「ポップ、煩さいよ」

「で・で・でも今、「邪悶ダレス軍」って言ったスよ、ジャモン星人っスよ」

 虹色の髪の子供は青い目を輝かせてミルキーを見つめている。ミルキーは険しい顔をしたが、邪悶という言葉に反応する事もなく平然と問い掛けた。

「何故、ここにワタシがいるってわかったの?」

「あっ、えっと、僕の精神波で感知しました。結構、時間掛かっちゃいました」

 虹色の髪の子供が緊張気味に言った。

「緊張しなくていいよ。精神波かぁ、本物だな。それで、どうすればいい?」

 ミルキーは驚く事もなく言った。こんな日がいつかきっと来るだろう予感はあった。ミルキーはジャモン星人に特別な興味はないし会いたいなどとは更々思っていないのだが、彼等が銀河ほしぐ者であるミルキーを放っておく事はないに違いない。来いと言うのなら、ジャモン星人の頭に話を付けに行くしかない。

「邪悶ダレス軍指令艦へ御同行いただきたいのです」

「えっ、えっ、ひゃぁ」

「ポップ、煩さいってば。ここに来るって事は、ジャモン星人はワタシが何者か知っているって事だよね?」

「はい、えっと、キマルという星にいた邪悶の同志と思考の同化を行い、その結果から「邪悶ゲロス軍初代様の事」と「宇宙神ティラの事」そして「初代様を次ぐ御方の事」が判明しました。その内容はダレス大王様と一部の者だけが知っています」

「そうなんだ、ジャモン星人とワタシの関係も知っているのかぁ」

「えっ、何、何、何っスか?」

 話の流れに確実に存在するポップの疑問を素通りして、事態は流れるように進んでいく。ミルキーは気が進まないが、ジャモン星人が殆どの事情を知っている状況で、行かないとという選択肢は残されていないようだ。

「知っているなら仕方がない。ポップ、ちょこっと邪悶ダレス軍とかいうヤツの指令艦まで行って来る。心配しなくていいよ、直ぐに帰って来るから。バルケ、行くよ」

 ダレス・ティマルと名乗る子供が呪文を唱えると、奇妙な音が響いて目の前に光の縦筋が開いた。どうやらワームホール時空間で移動するようだ。

「これは、邪悶指令艦に繋がる時空間エレベーターです。どうぞ、御乗り下さい」

「あぁぁぁ、隊長として僕も行くっスよ」

 唐突な展開に追いつけず呆気に取られていたポップは、我に返ると気を取り直して後を追いワームホール時空間に飛び乗った。同時に時空間は閉じ、光の空間が上昇した。ミルキーは、何かを思いながら神妙な顔をしている。

 ポップは、こんなに真剣なミルキーの顏を見るのは初めてだった。

「ポップ、これから何が起きても、何を見ても、聞いても、知っても、絶対に誰にも話しちゃ駄目だからね、いい?」

「わかったっス」

 ポップが緊張の中で答えた。ポップの知らない何かが始まろうとしている。

「でも、無事に帰れたらの話だけどね」

「えっ、帰れない可能性もあるって事っスか。来るんじゃなかったっス」

「もう遅いよ、その時は諦めるしかないね」

「ひょぇっ」

 ポップがひっくり返った。


 光の空間が止まり、時空間が開いた。そこには薄暗い大空間が広がっている。天井辺りに幾つかの光源があり、その間を青白い雷光が飛び交っている。

「ここがダレス大王様の王宮です」

「これがジャモン艦の中っスか、薄気味悪いっス。でも、何か凄く清々しい匂いがするっスね」

 冷気とともに、青緑の樹木の快い匂いが足元から吹き上がって来る。

「この宇宙艦の内部にある若い樹木の匂いです。このフィトンチッドには精神安定の効果があります」

 ティマルはミルキーとポップを奥へと導き、誰かを呼んだ。流れからすると悪魔と言われるジャモン星人が出て来る筈だ。

「大王様、初代ゲロス・ティラス皇帝陛下を次ぐ御方をお連れしました」

「「大王様」って誰っスか、「初代ゲロスを継ぐ御方」って誰っスか?」

 ポップの理解が宙を舞い、困惑の向こう側にある理解不能の沼に嵌っている。

「ダレス大王様、ジガル龍王様の御成りです」

 高らかな声が響き、稲妻のような激しく輝く青い雷光が王宮の中を走ると、王宮の奥から、人ではない青黒い悪魔と黒い悪魔の二人が現れた。二人の悪魔の背丈は優に3メートルはあるだろう、赤く怪しく光る双眼、幾つもの鋭利な龍の角が頭から突き出ている。全身が岩石のような鱗に覆われている。その厳つい姿に、ポップは理解不能の沼を通り越して断崖絶壁から落ちそうになった。二人の悪魔から迸る熱気が異様さを増大させている。

「ほ、本物のジャモン星人を見るのは初めてっス。龍人って言われているっスけど、違うっス、龍の化け物っス、怖いっス」

「ポップはん、大丈夫でっか?」

 その昔、神の使いだったポップは震えながら意識が遠くなり掛けている。

「大丈夫じゃないっス、眩暈がするっスよ。それから、耳鳴りもするっス」

 二人の悪魔の強圧的な殺気が漲っている。威嚇するように爛々と光る双眼。二人の悪魔が近づくと、声のような鈍く重い耳鳴りがした。

「あっ、これっス。JPSで起こる耳鳴りはこれっス。気持ち悪いっス、頭の中で誰かが叫んでいるみたいっス」

 JPSジャモンパニック症候群と称される奇病は、地球の若い銀河パトロール隊員の間で急に流行し始めた病気だった。突然耳鳴りが起こり頭の中に人の叫声が響き渡る事で精神的なパニックを引き起こされるのだが、その原因は不明だった。それがジャモン星人の殺気だったのだと、ポップは今確信した。

「ティマルよ、大義であった」

 虹色の髪のティマルが奥へ下がり、二人の悪魔は一層強圧的な殺気を放った。

「今より、我等の同志の儀式たる「思考の同化」を行わせて戴く」

 ミルキーは、この王宮に着いた時から口がへの字になっている。ミルキーは、否応なしに強要される事が最も苦手だが、成り行き上仕方なく横を向いたままで右手を翳した。時を置かずに精神波のパルスが青黒い悪魔と黒い悪魔そしてミルキーの三人の意識に伝播し合った。青黒い悪魔は、地に響く声で感嘆した。

「何と、これは驚きだ。貴方は紛れもなく、初代ゲロス・ティラス皇帝陛下の血を直接引いておられる」

 二人の悪魔は深々と首を垂れ、ミルキーの前に跪いた。黒い悪魔、龍王が告げた。

「我等は邪悶ダレス軍da35657e8s56prscs87‐01系に御座います。こちらに居られる方が大王ダレス・ワシーダ様、私は龍族ダレス・ジガルに御座います」

 続けて青黒い悪魔である大王ダレスが言った。

「我等は一世系前に遺伝子の進化を迎え、ゲロス系世からダレス系世となりました。我等邪悶の鉄の掟により、この宇宙の翔来上位者である貴方が我等ダレス軍を従える事となります。貴方の下位として、命を懸けてお仕え致しましょう。初代皇帝陛下の直系世でおられる貴方であれば、ダレス軍皆の志気も上がりましょう」

 勝手に流れる水のように進む展開を、ミルキーは仮借なく断ち切った。

「勝手な事を言うな。ワタシはジャモン星人なんかじゃない、お前達みたいな愚か者共を従えるなんて嫌なこった。だが、ワタシの質問に答える事が出来たなら、考えてやらない事もない」

「御意、何成りと」

 ミルキーが二人の悪魔に問い掛けた。

「為らば、問う。「宇宙の真理」とは何だ?」

 黒い龍の悪魔ジガルが答える。

「この宇宙に存在する自我によって、苦しみや悲しみが生まれる事です」

「それなら「邪悶の真理」とは何だ?」

 再び、黒い龍の悪魔ジガルが答えた。

「この宇宙に存在する苦しみや悲しみを、全て消し去る事です」

 更に、問答は続く。

「では、どうすればその苦しみや悲しみ消し去る事が出来るのか?」

「「聖輪」を以て行います」

「「聖輪」とは何だ?」

「宇宙に聖なる光の輪を結び、XWONに「聖空ノ鍵」を刺して異宇宙へ翔ぶ事です。同時に、この宇宙の悲しみや苦しみは消滅します」

「為らば、お前達は何故破壊と殺戮を行う?」

「それが聖戦だからです」

 悪魔の発した聖戦という言葉に、ミルキーが激怒した。

「聖戦だと、惚けた事を言ってんじゃない。お前達が聖戦と呼ぶ破壊や殺戮によって、宇宙に新たな苦しみや悲しみが生まれている。「神の使いだ」「苦しみや悲しみを消し去る」などと言いながら、破壊、殺戮によって「更に苦しみや悲しみを生み出している」その矛盾をどう説明するのだ、言って見ろ」

「それは……」

「答えられまい。何が聖戦だ、この世に正義の戦争などあるものか。お前達は神の使いではなく、唯の破壊者であり人殺しに過ぎないではないか」

 龍王ジガルが慌てた。

「初代ゲロス・ティラス皇帝陛下を次ぐ御方に申し上げます。我等邪悶は、神との約束により宇宙の悲しみや苦しみを消し去る為、聖輪を続けていかなければなりません。尊崇すべき邪悶の教義に従う事こそ、我等の宿命なのだと神は言われました」

 ミルキーの怒りが膨れ上がっていく。

「間抜けめ、そんな教義を本気で信じているのか。そんなものは、最初から嘘っぱちだ。邪悶の教義にも、聖輪にも、この宇宙の悲しみや苦しみを消し去る力など端から存在しない。邪悶の教義なんかで、聖輪なんかで、この宇宙にある人間の悲しみや苦しみを消し去る事なんか出来る筈がないだろう、愚か者」

「例え次代様であろうと、我等の宿命を否定する事は出来ません」

 ミルキーの怒りは収まらない。

「何故、邪悶が聖輪という儀式を必要とするのか、その理由をワタシは知っている。聖輪とは核宇宙そのものを消滅させる為のものだ。つまり、邪悶の教義に従ってお前達がやり続けて来た聖輪とは、唯単に無理やりビッグクランチを引き起こし宇宙を潰すだけの事でしかないのだ」

「次代様、御言葉が過ぎます」

 ミルキーが平然と続けるが、その表情には虚しさ以外何もない。

「何故、宇宙を潰す必要があるのかは知らない。だが、少なくとも「聖空ノ鍵」を開き別宇宙に翔んだ瞬間、残った宇宙はビッグクランチに入って消滅する。それこそが、「邪悶の真理」の本当の意味だ。宇宙自体を潰してしまえば悲しみや苦しみを消したと言えるかも知れないが、そんなものは詭弁に過ぎない」

「初代様を次ぐ御方が何を言われるのですか」

「宇宙ごと消し去る事に意味などあろう筈はない。そんな詭弁に踊らされている事さえ理解出来ない間抜け共が偉そうな事を言うんじゃない」

 龍王ジガルが狼狽した。

「次代様、我等は神聖宇宙の神、絶対唯一の神になるのです。それが邪悶の教義であり、神と我等の契約なのです。例え初代皇帝陛下の血脈を引かれる御方と言えども、邪悶の教義を愚弄する事は決して許されませんぞ。邪悶の教義を命に刻み、イヒトの栄光と永遠の未来を拓く事こそ、我等の唯一絶対の使命である筈・」

 ミルキーがジガルの反駁を遮る。

「まだわからないか、愚か者。その邪悶の教義がインチキだって言っているんだよ。そのインチキ教義に従ってやり続けてきたのは、宇宙を潰していくだけの事だと言っているんだ。そんなインチキ教義で、イヒトの栄光と永遠の繁栄を実現する事など出来るものか。そんな事よりも、イヒト人でもあるお前達にとっての「取り返しのつかない大いなる過ち」を良く考えてみるがいい」

 ミルキーの言う「取り返しのつかない大いなる過ち」とは何か。二人の悪魔が立ち竦んだ。

「大王ダレス、龍王ジガルよ。そもそも、人とは他人の為、そして自分の為に生きていくべきものであって、殺戮や破壊の為に生きる機械じゃない。そんな子供でもわかるだろう事を否定する邪悶の教義こそが間違っている事に、何故気づかないのだ」

「我等は神になる為に・」

 ミルキーの怒りが天を突く。

「馬鹿者、お前達は人として何の為に生きていくのだ。もし、お前達が本気で「宇宙を救う為に生きていくのだ」「神になる為に生きていくのだ」「聖戦や聖輪の為に生きていくのだ」などと思っているなら、況してや「殺戮や破壊の為に生きていくのだ」などと本気で言うなら、お前達など生きていく価値もない、死んでしまえ!」

 二人の悪魔は返す言葉を失っている。

「もし、お前達が「邪悶の教義という詭弁で人が人として生きる意味を説明出来る」のなら、「聖空ノ鍵」なんかいつでもくれてやる。ワタシが言いたい事はそれだけだ。帰る」

 龍王ジガルがミルキーの行く手を遮った。

「退け、ワタシはお前達の指図など受けない」

 ミルキーの全身から迸る怒りのオーラに、龍王ジガルが後退りした。二人の悪魔は、邪悶王宮を後にするミルキーの姿を見送る以外になかった。

「待ってくれっス」

 ポップが後を追った。開いている時空間エレベーターの前に虹色の髪のティマルが立っている。ミルキーは優しく言葉を掛けた。

「ティマルよ、覚えておけ。人は、人の為そして自分の為に生きていくんだ。決して神になる為なんかじゃない、してや人を殺める為でなどある筈がない」

「あっ、はい。有難う御座いました」

「また、いつでもエクレア号に遊びにおいで」

 ミルキーとポップが時空間に消えた。

 

 ミルキーが去った大王宮で、二人の悪魔は呆然として互いの顔を見据えていた。

「龍王ジガルよ、今の御方をお前は何と見る?」

「大王様、あの御方が初代ゲロス・ティラス皇帝陛下を次ぐ者である事は間違いありませんが、それよりもあの力は何でしょう?」

「そうだな、戦闘力の底が見えなかった。流石は初代ゲロス皇帝陛下を次ぐ御方という事か。しかも、あの華奢な身体に「戦神」の憑依とは驚きだ。初代様が聖輪の儀の際にどこかの宇宙神を従えたものなのだろうな」

「はい、ですが……」

「うむ……」

 二人の悪魔はミルキーの言葉に互いに当惑するしかない。龍王ジガルが先に言った。

「大王様、次代様の言われた「聖輪が宇宙を救うのではなく消滅させてしまう」というのは本当なのでしょうか?」

「ジガルよ。思考の同化で、お前も既にそれが真実である事はわかっているだろう」

「はい。しかし、それは……」

「そうだ……次代様の言われたイヒト人でもある我等にとっての「取り返しのつかない大いなる過ち」とは、その事であろう」

「それでは……」

「何とも悲嘆すべき事ではあるが、真実に違いない」

 それは、惑星キマルでのジャモン星人の生き残りとの思考の同化、次いで初代を次ぐ者との思考の同化によって知り得た初代ゲロス・ティラスの記憶でも裏付けられている。神の使いたるジャモン星人として行う聖輪とは、即ちビッグクランチで星を銀河を宇宙を潰し、罪無き人々を殺戮する事に過ぎない。だがそれは、ダレス軍、いや全てのジャモン星人にとって、余りにも衝撃的な事実を意味している。

「神よ、何と言う事だ……」

 龍王ジガルは、信じ難い、そして決して信じたくない真実に狼狽した。ジャモン星人が命に刻む邪悶の教義は「邪悶は神聖宇宙で神になるのだ」と教え、その手段として只管に聖輪を行って来た。だが、ジャモン星人の真の願いは、神になる事ではなく況してや聖輪そのものでも宇宙を破壊する事でもない。

「……だが、例えどれ程の悲嘆すべき真実があろうと、例え何が起ころうとも、我等は邪悶ダレス軍として前進するのが必定なのだ。かつて、初代様は「進め、我等の道を阻む者は何人たりとも蹴散らせ」と言われた。ワシは、邪悶としてその言葉に従いこの宇宙を聖輪する。何故なら、それが初代ゲロス様の下命であり、我等が為すべき天命であるからだ」

「しかし、それでは我等は尊厳たる初代様を次ぐ方と戦う事になりましょう」

 ダレスは決然とジガルを見遣り、無言で思いを返した。それは、ジャモン星人ダレスの決意の表れであると同時に、「永い間くすぶる自らの葛藤への挑戦」でもあった。

「ジガルよ、それで良いのだ。キマル星の同志との思考の同化から得た初代様の記憶の通り、初代ゲロス・ティラス皇帝陛下はこの宇宙の翔空時に爆裂して逝去されたが、それは自ら天命を試されのだ」

「自らの天命を試されたので御座いますか?」

「そうだ。それは皇帝陛下御自身が永期に渡り持っておられた「思惟しい」の検証なのだ」

「思惟とは何で御座いますか?」

「それは、端的に言うならば「邪悶の教義に対する疑義」であり、次代様が言われた「邪悶の教義という詭弁」と同義だ。そして、初代様はその疑義を自ら検証する為に運を天に委ねられたのだ」

「疑義と検証で御座いますか?」

 初代皇帝ゲロス・ティラスは、この宇宙への来空時に自らの消滅を運命に委ねて宇宙神として復活し、ゲロス・トートス封印時にはその後の宇宙の成り行きを運命に委ねた。その結果として、次代たるミルキーが存在している。

「そうだ。ジガルよ、本来大王たるワシが口にすべき事ではないが、お前にだけは言っておく。我等が命に刻む邪悶の教義にはジャモン軍が進むべき道が示されているが、それが正道であるのか邪道なのかを知る術はない。何故なら、次代様が言われた通り我等が後ろを見る事はないからだ」

「はい。我等の使命は只管前進する事であり後ろを振り向くなど愚行の禁事に他なりません。そして、それは邪悶の教えの前提でもあります」

「そうだ……だが、その深淵には決して理解出来ない矛盾がある。それは教義を極めし者ならば行き着く必然でもある」

「はい。龍王として決して言ってはならない事ではありますが、そもそも何故宇宙神と戦い宇宙を破壊する必要があるのか、それが宇宙を救う事になるのか、そんなわだかまりが私の内にもあり、消える事がないのです。私はそれを自身の智慧のなさが故と考えて来たのですが未だ答えを見出せません。しかし、決して信じたくはありませんが、次代様の言われた邪悶の真実で考えるならば私の蟠りは全てが消え去るのです」

「ジガルよ、それはワシも同じなのだ」

 ダレスとジガルの目に確信に満ちた悟りの光が見える。

「それ故に、ワシも初代様と同様に決断せねばならぬ、我等の進むべき道を自らの運命に委ねる事とする」

「大王様、何をどのように委ねられるのですか?」

「次代様には失礼だが、まずあの御方が初代ゲロス・ティラス皇帝陛下を次ぐに相応しいかどうかを試させて戴く。同時に、その勝敗によって我等の進むべき道を決する事とする。我等が次代様より勝利を得る事が出来たなら、我等ダレス軍は邪悶の教義に従い今まで通り神の道を進んで行こう。そうでなければ、我等は新たな道を模索せざるを得ないだろう」

「御意」

「さて、それには次代様に本気になってもらわねばならぬな。ワシから次代様に細やかな贈り物を差し上げるとしよう」


            

◇第6話「邪悶の真実」

 エクレア号の船内に通信音が響いた。

「宇宙科学局カラノ緊急連絡デス、誰カ出テクダサイ」

 エクレア号のモニター画面が宇宙科学局長ロバンガ・ペルを映し出した。白衣に白髭と白髪の品の良さそうな老人がモニターの向こうに座っている。

「ミルキーはいますかな……誰も出ないのぅ」

「宇宙科学局カラノ緊急連絡デス、誰カ出テクダサイヨ。アレ、ソウカ誰モイナインダッタ」

 エクレア号にはパイロットロボットのガムとロボットクルーのテイルだけで、他には誰もいない。テイルは倉庫の資料整理中。老人は応答のない状況に困惑気味の顔をしている。

「仕方ガナイナ、ワタシガ出マスヨ。ハイ、ハイ」

「ワシはペルという者だが、その船にミルキー・アールグレイはおりませんかな?」

 困惑気味の老人に、ガムが驚いた。

「アレレ、ペル博士デハアリマセンカ?」

「ん、ガムではないか、元気かの?」

「ハイ。調子ハ上々デスヨ」

「ガム先輩、どうしたんですか?」

 倉庫からテイルが戻って来た。老人の姿に今度はテイルが驚いた。

「あっ、ペル博士。お久し振りです」

「テイルか、お前も調子はどうじゃ?」

「はい、凄く調子いいです」

「そうか、そうか。テイルは国家プロジェクトじゃからな、調子が悪いのは困るがの。ガムと同じ船に乗っておるとは偶然じゃな。ところで、ミルキーは出掛けておるのかな?」

「はい、出掛けています。行き先は聞いたら驚く場所なんですけど、絶対に、絶対に秘密だって言ってました」

「そうか、ではまた後にするかの」

 空気のひずむ音がして、時空間が縦に開いた。

「あっ、帰って来たみたいです」

 光る時空間が現れ、ジャモン司令艦から戻ったミルキーとポップが姿を見せたが、ポップが消化不良の顔でブツブツと文句を付けている。

「だから、ミルキーが何者か、それが問題っスよ」

「煩いな、ポップは何も知らない方がいいんだって言ってんじゃん。お腹空いたぁ」

「連絡ガ入ッテマスヨ、ロバンガ・ペル博士デス」

 ポップが最初に気づいた。懐かしい尊敬するその顔に、思わず声が漏れた。

「あっあああ、貴方はペル博士ではありませんかっス?」

「おぉ、ポップではないか?」

「ペル博士、お久し振りっス。またお会い出来るなんて、凄く嬉しいっス」

「ポップ、元気でやっておるのか?」

「はい。博士に直していただいたティラ神の船に、今でも乗っているっス」

「そうか、そうだったの。何年ぶりかの、ワシも会えて嬉しいぞ」

 白髪の老人は、嬉しそうな顔でポップの顔をモニター越しに覗き込んだ。老人とポップの目に涙が光る。感動的な再会の場面が繰り広げられるだろうと思われたその横で、軽い調子のミルキーとバルケが老人に話し掛けた。

「あれ、ペルじいちゃん」

「あらま、じいさんやおまへんか?」

「ミルキーにバルケ、元気そうではないか?」

「うん、元気だよ」「ワテも元気でっせ」

「銀河パトロールはどうじゃ?」

「えっと、まあまあかな」「ワテもまあまあやね」

「そうか、そうか。それは良かった」

 ペルが嬉しそうに笑った。ミルキーは、ペルとポップの関係を問い掛けた。

「ペルじいちゃん、ポップを知ってるの?」

「知っているとも」

 ポップの懐かしさの涙が止まらない。既に涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

「僕をバイオロイドとして生き返らせてくれたのは、ペル博士っスよ。名前も博士から貰ったっス。ついでに、ガムを造ったのもペル博士っスよ」

「ワタシハ、序デナンデスカ?」

「あっ、ガムご免っス。兎に角、ティラ神とペル博士がいなかったら、僕は今生きていないっスよ」「序デノワタシモイマセン」

 ドクター・ペルは、こうして偶然にも面々が一同に揃っている事に不思議な感覚を覚えた。

「ミルキーを銀河パトロールに入れたのはワシじゃが、まさかティラ神のケルバ号に乗っているとは思わなんだ。しかも、あのポップと一緒とは何とも不思議じゃの。ティラ神があの時「運命が交錯する日が来る」と言われたのは、こういう事だったのかも知れぬな」

 エクレア号に柔らかく優しい空気が流れた。

「ミルキーもポップもガムもテイルも、皆元気で何よりじゃよ」

「じいさん、ワテもおるやん」

 バルケが拗ねたが、ツッコむ事もなくミルキーが老人に訊ねた。

「ところで、じいちゃん。どうしたの?」

「実はの、「封印ノ鍵」を6つ程、創ってほしいのじゃよ」

「6つ?ちょっと時間かかるけど了解」

「えっ、ミルキーが封印ノ鍵を創るって、どういう事っスか?」

 また、ポップが驚いた。怪訝そうな顔をするミルキーは、ポップの疑問もさらりとかわしてドクター・ペルの真意を訊いた。

「でもさ、何にするの?」

「いや、研究材料じゃよ」

「6つも?」

「そうじゃな。それより、あの話の決心は未だ付かんのか?」

「まあね。だってさ、宇宙政府に入っても爺さんばっかじゃん、やっぱり嫌だな」

「宇宙政府に入る?」

 ポップが耳を疑った。

「宇宙政府にも若者はおるじゃろ?」

「面倒臭いから、銀河パトロールでいいや」

 二人の会話が、追いつかないポップの理解を素通りしていく。

「ミルキー、再びあのジャモン星人がこの宇宙にやって来た事は、もう知っておるじゃろう?」

「うん、知ってるよ」

「ジャモン星人がお前の事を知るのは時間の問題じゃ、奴等は決してお前を放ってはおかぬぞ」

「それなら、もう行って来たよ。ジャモン星人が迎えに来てさ、ダレスとか言う大王に会って、今帰って来たところなんだ。ヤツ等はもう全部知ってた」

「それは驚きじゃ。それで、何と?」

 老人はミルキーの言葉に面食らった。恐らくはそんな流れになるだろうと想定はしていたが、ジャモン星人の行動の素早さは老人の予想を超えている。

「ヤツ等に「初代ゲロスの代わりにジャモン星人の指導者になってくれ」って言われたからさ、「ふざけんな馬鹿」って言ってやった」

「何とも、お前らしいの」

 老人が目を細めた。

「それでどうするのじゃ、奴等は全力で「聖空ノ鍵」を取りに来るぞ。奴等が諦める事はないからな」

「わかってる。次は戦争だね」

「ジャモン星人は、お前の思う以上に手強いぞ」

「大丈夫だよ、そうなったらギタギタにしてやるからさ」

「ミルキーよ、お前は本来この宇宙を導く宇宙神となるべき者だが、ティラ神との約束じゃからの。お前の好きにするが良い」

「うん。ジャモンのヤツ等なんかよりワタシの方が強いから、全然大丈夫だよ」

 ミルキーの目が自信に満ちている。

「そうじゃな……」

 ペルの返答に暫くの間があった。ポップは、今ここで交わされた会話に首を傾げたままペルに訊ねた。

「あのう、ペル博士。教えて欲しい事があるっス」

「何じゃ?」

「ミルキーが封印ノ鍵を創るってどういう事っスか?ミルキーが宇宙政府に入るってどういう意味っスか?ミルキーが宇宙神となるべき者って本当っスか?」

「ポップよ、それは国家機密じゃ。教える事は出来ぬよ、すまぬな」

「そうっスか、了解っス。そう言えば、ティラ神とジャモン星人初代ゲロス皇帝が同一人物だっていうのは本当っスか?」

「ポップ、それを誰に聞いたのじゃ?」

 白髪の老人は、ポップのいきなりの質問に目を見張った。それは、決してジャモン星人に知られてはならない機密事項である。

「ポップも一緒にジャモン星人の司令艦に行って来たんだよ」

 ミルキーが答えた。

「そう言う事か。奴等は既にそれを知っているのか……それなら話しても良いかの」

「知らない方が、百倍いいと思うけどね」

「知りたいっス、絶対知りたいっス」

 老人が国家機密を語り出した。

「正確に言うならば、皆が知ってるあのティラ神は宇宙神ティラ3世で、その2代前のティラ1世が、ジャモン星人初代ゲロス皇帝本人らしいのじゃ」

「えっ、らしいっスか?」


 4900年前、宇宙神ゼリスがロバンガ・ペルに言った。

『ペルよ、儂の遺伝子としての終わりは近い。光の神の啓示によれば、「今より1年後の宇宙時間00時00分に、宇宙の向こう側からワシを継ぐ者が運命に導かれてやって来る」という事じゃ。しかも何故かわからぬが、光の神が宣うには「その者を出向かえに行くのは、ロバンガ・ペルでなければならない」との事じゃ。その時、儂は既に逝っているだろう。後は頼んだぞ』


「前宇宙神ゼリス様の御言葉通り、その日その時間に、確かに光り輝く何者かがXWONを抜けてやって来た。そして、何故光の神が「ワシでなければならない」と言われたのかを知ったのじゃ」

             

 宇宙時間00時00分。ロバンガ・ペルは、宇宙医療艦タクードに乗って黒孔こっこうを臨む宇宙空域にいた。

『ペル博士、黒孔の中のXWONクオンが反応しています』

『うむ、来るぞ』

 凄まじい大轟音が響き渡り、光の塊が飛び出した。

『博士、XWONから光り輝く飛行物体が飛んで来ます』

『あっ、来ました』

『1、2、3隻、宇宙艦船のようです。デッカいですねぇ』

『凄い、北宇宙周辺を飛んでいる宇宙クジラをもっと大きくしたみたいだ』

『うぅむ、想像以上じゃな』

『あれれ?博士、宇宙クジラの軌道が何か変です』

『あっ、あっちのは、何か凄くヤバイですね』

 XWONから翔び出た複数の灰色の巨大な飛行物体が互いに接触すると、巨体に赤い光の亀裂が走り、恒星爆発のように目映い光の中で全ての艦が砕け散った。遥かに飛んで行く一筋の微かな光の筋が見えた。

『あらら、全艦木っ端微塵だ、バラバラだ』

『博士、全部粉々のバラバラですよ』

『煩い、そんな事は見ればわかる』

 飛んで行く一筋の光の筋が見えなくなると、宇宙空間には粉々になった宇宙艦が瓦礫のように漂うだけになった。


「結局、宇宙の向こう側から来たゼリス神を継ぐ筈の者は、海の藻屑と消え失せてしまったのじゃ」

「えぇぇっ、何てこったいっスね」


 爆裂の光輪が消えると周辺に砕け散った大量の残骸が漂っていたが、その瓦礫の中に光の神が何故ロバンガ・ペルでなければならないと言ったのか、その理由が存在していた。

『博士、何かオレンジ色の粒子みたいなものが集まって来ますよ。何だろう?』

『あぁっ博士、残骸の後ろに何かいますよ』

『あっ、化け物だ』

 助手達は一目散に宇宙医療艦タクードへ逃げ帰った。それは不思議な光景だった、木っ端微塵になった残骸の中に巨大な戦士の姿が見えたのだ。それは実体ではなく幽体と思われる大岩のような黒鋼鉄の戦士だった。戦士は悲しみに堪え、何かを懇願するようにペルに語り掛けた。

『我同志中瓦礫、我願我同志復活(この瓦礫の中に同志がいます。救けてください)』

 黒鋼鉄の戦士はそう言って虚空に消えた。戦士に促されるままに瓦礫の中へ入って行くと、オレンジ色に光る粒子が待っていたかのようにペルを取り巻いた。

             

「その時、不思議な事じゃが、ワシはそのオレンジ色に光る粒子が「神の意識に包まれた何者かの遺伝子」である事、その復元がワシの役割である事を覚ったのじゃ」


 そこから宇宙医療艦タクードでの再生作業が始まった。果たしてその者がゼリスの予言の者であったかどうかは最早わかりようもなかった。

 宇宙の向こう側から今正にこの宇宙を蹂躙しようとするジャモン星人が乗る宇宙艦と同様の飛行物体に乗った何者かこの宇宙に侵入し宇宙の藻屑と消えた後、ロバンガ・ペルがその残骸から細胞を集めて再生する事になった。

 オレンジ色の遺伝子のクローン化による再生は着実に進み、ある日クローン培養装置の中の「別宇宙からやって来たのだろう生命体」は、驚く事に地球の言葉を理解した。

『お前はどこから来たのじゃ?』

『ワ・カ・リマ・セン・デモ・神様ハ・ボクニ・オマエハ宇宙神ニナル・ノダト言ワレマ・シタ・』

『お前は何者じゃ?』

『ボク・ハ・ティラ……ス・』


「こうして、宇宙神ティラ1世が誕生した」

 ポップは、疑問を呈さずにいられない。

「それなら、何故ティラ神は味方であるジャモン星人を封印したっスか?」

「それはな、宇宙神ティラ1世として復活したその者には「重大なあるもの」が欠けていた。そして、それを取り戻した事で「ある真実」を知るに至ったからじゃ」

「欠けていた重大なあるものって何っスか?」

「「ジャモン星人初代ゲロス皇帝としての記憶」じゃよ」

           

 宇宙医療艦タクードに宇宙神ティラが訪れた。

『ペル博士、宇宙神ティラ様が到着されました』

 ペルが親し気に宇宙神ティラを迎えた。

『ティラ神、こんなところまで御足労いただき、申し訳ありませんな』

『ドクター・ペル、貴方は私にとって親も同然。こうして御会い出来るのも楽しみの一つです。しかし、身体が鈍ってはおりませんかな?かつて中央宇宙の白い魔人と呼ばれた宇宙屈指の戦士の貴方にX計画遂行に専念していただき、誠に恐縮至極です』

『これは、これは。ティラ神の世辞が聞けるとは思わなんだ、長生きはするものじゃのぅ。ところで、この宇宙大戦の先行きは見えましたかな?』

『ドクター・ペル、この大戦は私が宇宙神として必ずや勝利に導きましょう』

『ティラ神、それは本心ですかな?』

『ん、私の弱音でもお聞きになりたいのですか?』

『ティラ神、実は貴方にどうしても確認したい事があり、こうして来ていただいたのじゃ。それは、これからのこの大戦の行く末、そしてこの宇宙の未来を左右するやも知れぬ』

『大戦の行く末、宇宙の未来を左右するとは、どういう事なのですか?』

『うむ。ティラ神、心してお聞きくだされ。貴方が前宇宙神ゼリス様の御胤子いんしでない事は、昔話した通りなのじゃ。そして、貴方は4900年前に|XWONを抜けて、宇宙の向こう側からジャモン星人の艦に非常に良く似た飛行物体に乗って、この宇宙にやって来た』

『ドクター・ペル、何が言いたいのです。まさか、私がジャモン星人だとでも言われるのですかな?』

『そうじゃ』

『うっ……うぅぅ、うぅむ』

 ティラが何かを思い返し、口籠った。

『驚かれぬとは、何か思い当たる節でもあるのですかな?』

 暫くの間、ティラは目を閉じ思い詰めた顔をしていたが、決心したように胸の内を吐露した。

『実は、私は4900年前に貴方に新たに生命を頂戴して以来、今日まで思い続けて来た疑問があるのです』

『疑問?』

『それは、私はどこから何の為にこの宇宙にやって来たのか。そもそも、私は何者なのか。それが、わからないのです。それは、まるで記憶の一部が欠落しているような感覚なのです……』

 今度は、ペルが神妙な顔をした。

『ティラ神、まずは貴方に詫びておかねばならぬ、大変に申し訳ない』

『何を謝るのです?』

『ティラ神、貴方の疑問の全答となるのかどうかはわからぬのだが、4900年前のあの日あの場所で、ワシは「あるモノ」を見付けていた。その時点ではそれが何なのかわからずに、以来長い間そのままとなっていた。だが、復活したティラ神の細胞と同様である事から、次第にそれがティラ神の細胞の一部であるのではないかという思いに居たり、データ化するのに500年を要した。未だに、その内容の全ては解読出来ておらぬが、記憶の一部ではないかと考えられる』

『記憶の一部?』

『それは、貴方の失われた記憶じゃ。貴方がジャモン星人と同様の飛行物体に乗ってXWONからやって来た事を考え併せれば、かなりの確率で貴方はジャモン星人であるのだろう。そして、それこそが、貴方の失われたジャモン星人としての記憶に違いないと思われる』

『私の、ジャモン星人としての記憶……』

『それを解析しそれが記憶情報らしいとわかって以来、今日まで貴方にこの話をするのを躊躇してきた。もし、この大戦が始まらなければ、貴方にこの話をする事さえなかったかも知れぬ』

『記憶の欠片……』

 宇宙神ティラは、己の感情を抑えるように目を閉じた。

『ティラ神、データ化した記憶らしきものを貴方にダウンロードする事は可能なのだが、全内容を解析出来ていない。故に、これが貴方の記憶でない可能性、そして貴方自身の脳がこのデータに順応出来ない可能性がある』

『私の……ジャモン星人としての記憶……』

『しかし、ワシは貴方にそのリスクを負っていただいて尚、その記憶を渡さねばならぬという強い衝動に駆られている。そして、それはこの宇宙の未来を左右する事になるやも知れぬのじゃが、ワシには答えを出す事が出来ぬ。ティラ神に今日ここへ来ていただいたのは、自ら選択してもらう為じゃ』

 宇宙神ティラは予想もしていなかった突然の事に面食らった。そして同時に、自らが探し求めていた欠落した記憶を取り戻せるかも知れないという期待に心が躍るのを感じた。

『何と、そのような話が聞けるとは驚きです。ドクター・ペル、最初から答えは一つしかない。今直ぐに、それを私にダウンロードしていただきたい』

『リスクは決して低くはない、本当に良いのですかな?』

『はい。私の身体的、精神的耐性が並外れて高い事は、ご存知の筈です』

『うむ。しかし、万一の場合は即刻停止致しますぞ』

 例え何が起ころうとも、恐らくはそれが自ら選ぶべき道に違いないのだ。

 ティラは記憶装置に座った。身体は完全に固定され、脳へとデータをダウンロードする為の頭部を包み込む装置と記憶装置本体が接続されている。

 記憶の欠片のデータ容量は計る事が出来ない。もし宇宙神ティラの脳が耐えられなければ、重篤な損傷を受ける或いは生命に関わる危険を齎す可能性さえ否定出来ない。

 ドクター・ペルは神に祈った。記憶装置のスイッチが入り、記憶装置の規則的な機械音が聞こえた。出力が上がり記憶装置が唸り音を出すと、ティラの身体に軽度の硬直症状が見えた。記憶装置が小さく唸り始め、今度は徐にティラの反応が消えていく。全身が硬直したまま微妙な震えが見て取れ、体温と心拍数が上昇し、脳はレム睡眠の中で休息眼球運動と骨格筋活動低下を繰り返し示している。

 どれくらいの時間が経過しただろうか、突然ティラの顔が苦痛に歪んだ。

『ここはどこだ……私は誰だ……そうだ、私は邪悶神の使いだ……』

『博士、大変です。装置の出力MAXを超えて更に記憶の欠片からデータが噴き出して来ます』

『ティラ様の体温、心拍数、自律神経系がデッドラインを超えます。血圧低下、これ以上は危険と思われます』

 記憶装置が激しく揺れ出したが、記憶の欠片からのデータが止まる様子はない。

『直ぐに止めるのじゃ、記憶の欠片の容量が予想を遥かに超えておる』

 突然の事態に焦るペルの制止を掻き消す、ティラの振り絞るような声がした。

『……止めては駄目です……もう少しで見える……全てが見える、もう少し……もう少し……そうか、

そうだ、私はイヒトの王子ティラス……何という事だ……私は何という事をしたのだ……我等が……』

 強制的に電源が停止されて記憶装置が止まった。意識を失ったままで動く事が出来ないティラだったが、ドクター・ペルと研究員達が事態を見守る中で意識を取り戻した。

 ティラは、突然目を見開き一点を見据えて大きな溜め息を吐き、再び目を閉じた。それが、長い間ティラの心を揺らしていた疑義から煩悶への明解を得た瞬間だった。

『貴方の予想通り、データは私のジャモン星人としての記憶に他なりませんでした。私は、かつてジャモン星人初代皇帝ゲロス・ティラスだった者です』

 ドクター・ペルは、緊張の中でティラに訊ねた。

『では、貴方はジャモンの支配者となるのか、それとも宇宙神としてこの宇宙の指導者となるのか?』

 その問いに、ティラは微笑い出した。その顔は、清々しささえ漂わせている。

『案ずるには及びません。私は、例え何があろうとも宇宙神ティラ以外の何者でもない。邪悶神の使いジャモン星人初代皇帝ゲロス・ティラスは、既にこの世に存在していないのです』

             

「それが、ティラ神とジャモン星人初代ゲロス皇帝の意識が同化した瞬間じゃ」

 再び、ポップが疑問を呈した。

「記憶を取り戻した事で知った「ある事実」って何っスか?」

「ティラ神とジャモン星人初代ゲロス皇帝の記憶が融合した事によって、ジャモン星人達の知らない「一つの真実」が白日の下に晒されたのじゃ」

「真実?」

「ティラ神は、宇宙神の知識によって「「聖空ノ鍵」でXWONを開ける事で、この宇宙がビッグクランチに入り消滅する」という事実を知っていた。そして、ジャモン星人初代皇帝の記憶が融合する事で、「聖輪という儀式が宇宙を救うものではなく単に宇宙を消滅させるだけのもの」という事実を知ってしまったのじゃ。それを知ったティラ神は大層嘆かれた」

 ポップの頷く声とミルキーの寝息が聞こえる。

「邪悶の真理の意味を理解し得なかった己の未熟が故にと言って、ティラ神が心を痛めたのは全ての同志を誤った方向へと導いてしまった事だった。ティラ神は、苦悩の末に決断し、そして実行した。それが、あの「封印」だったのじゃよ」

「なる程、そうだったっスか」

 ポップが大きく頷いた。

「ティラ神が、宇宙神として宇宙の平和を願い自らの命を賭してジャモン星人を封印してこの宇宙を救ったのは事実じゃ。しかし、それ以上にそれは初代ゲロス皇帝としての責を負い、ジャモン星人達のこれ以上の愚行を止める事でもあったのじゃよ」

「深い話っスね」

 頷きなから納得するポップの横で、ミルキーが大きな欠伸をした。

「じいちゃん、聞いてて疲れた。」

「まぁ、面白い話ばかりではないからの。この話はこれで終いじゃ」

 話を手仕舞しようとするドクター・ペルに、ポップが興味津々の顔で訊いた。

「あっ博士、もう一つ教えて欲しいっス。宇宙大戦七不思議の事っス」

 ミルキーがまた欠伸をした。

「あの宇宙大戦には、今も解けない幾つもの謎があるっス」

 の宇宙大戦が終結した後、人々は宇宙神ティラの叡知に歓喜したが、同時に幾つかの解けない謎についての論争を展開した。

「謎って何?」

「例えば、「ジャモン星人は、何故この宇宙に来たのか」とか、「何故、ティラ神はあれ程の力を持っておられたのか」って事なんかを、宇宙大戦七不思議と呼んでいるっスよ」

 ポップの疑問にミルキーが答えた。

「ジャモン星人はさ、邪悶のインチキ教義に騙されてこの宇宙を潰しに来たんだし、正義の味方の宇宙神が悪者の宇宙人なんかより強い力を持っていても不思議じゃないじゃん?」

「ティラ神の力は、ジャモン初代皇帝だったと考えれば納得がいくっスけど、最大の謎は「宇宙に散在していたジャモン星人達をどうやって惑星キマルに一人残らず集めて封印したのか」「そもそも何故惑星キマルなのか」って事っスね」

「じいちゃん、何で?」

「うむ。詳細はティラ神でなければわからぬが、ティラ神はそれを「必然」と言っておられたな」


『邪悶の真実が顕かとなったからには、私が全てを封印致しましょう』

『ティラ神、宇宙に散らばるジャモン星人達を、一度に封印など出来るものなのですかな?』

『出来ます。聖輪とは異宇宙へ翔ぶ儀式であり、その為には「聖輪の星」というものが必要となります。即ち、全てのジャモン星人達は一度は聖輪の星に集結しなければならないという必然があるのです。そして、その星は出来る限り黒孔の近傍でなければならないのです』

「なる程。惑星キマルは別宇宙へ翔ぶ儀式の為の必然の星って事っスか。何となくわかったっス」

 ポップがすっきりとした顔をした。ミルキーは既に飽きている。

「では、またの。封印の鍵が出来上がり次第、宇宙科学局に連絡をくれ。二人共、偶には宇宙局に顔を出すのじゃぞ」

 モニターに映るドクター・ペルの姿が消えた。

             

 ポップとミルキーは暫くお互いの顔を見ながら、何かを言い出すタイミングを計っていた。ポップが先に言い出した。

「ペル博士は何を言いたかったスかね。何か言いたそうな感じがしたっスよ」

 窓の外の煌めく銀河を見ながら、ミルキーが何か思い詰めたような顔をしている。

「ずっと前から「宇宙政府に入れ」って言われていてさ、一度だけ宇宙合議局に入ったんだけど、爺と婆しかいなくてつまらないから脱走した。その後、ペルじいちゃんのコネで銀河パトロールに入ったんだよ。だから、きっと心配で一応様子を見たかったんだろうけど、「封印ノ鍵6つ」っていうのは流石に変だよ。研究材料なら1つで十分だからね」

「ミルキーは宇宙政府にいたっスか。「宇宙神となるべき者」「宇宙を継ぐ者」だから当然っスね」

「そんなの、ワタシには関係ないね。宇宙神になるなんて考えた事もない」

「ミルキーには色々あって驚く事ばっかりっス。封印ノ鍵まで創れるっスか?」

 愕然とする事が多過ぎ、しかもその殆どがポップの常識を超えている。ミルキーが平然と言った。

「うん、時間があれば100個でも創れるよ。じじいから創る力を貰ってるからね」

「ぎょぇ、100個?」

 ポップがまたまた驚いたが、かなり驚き疲れている。

「多分、ペルじいちゃんが連絡して来た本当の理由は、「アレ」なんだろうなぁ」

「アレって何っスか?」

「ワタシにはわかるんだよ。ペルじいちゃんはさ、いつも優しいんだ。ワタシは我が儘で好きなように生きているから、いつもじいちゃんに心配ばかり掛けてる」

 ミルキーが神妙な顔で涙汲んだ。ポップには知らないミルキーの過去があるに違いない。

「本当は、ワタシがティラのじじいとペルじいちゃんの代わりに、ヤツ等と戦わなきゃいけないのはわかってるんだ……」

「えっ、どういう意味っスか?」

「じいちゃんが欲しいって言った封印ノ鍵が6つ、今この宇宙にいるジャモンの艦が6隻。つまり、ペルじいちゃんがジャモン星人のヤツ等を全部封印しようとしているって事だよ」

「ぎょえ、そんなの無理っスよ」

「そうだよね。ジャモン星人を封印するなんてそんなに簡単に出来っこない。そんな事をしたら、今度はじいちゃんが死んじゃうんだよ。ワタシは、じいちゃんから「お前が宇宙神となって戦え」なんて言われた事は一度もないけど、でもきっと色々事情があってじいちゃんも悩んでいるんだと思うんだ。それって誰が悪いんだろう、ワタシか?ポップか?」

「僕じゃないっスよ」

「じゃあ、ヤツ等か?」

「多分、そうっスよ」

「そうだ、やっぱり、ヤツ等のせいだ。ヤツ等が悪い、絶対に」

 話の流れでミルキーが腹を立てたその時、エクレア号に警戒音が響きモニターに何者かの姿が映った。

             

 新ピキン星中枢都市ヨグール・セントラルシティ。高層建物が聳える街の中空には飛行艇が列を成し、地上では人々が忙しそうに先を急いでいる。

 戦後100年、宇宙連合政府の主要施設が置かれた事もあり、街には宇宙海賊さえも侵入することのない平穏が続いている。

 そんな街で、何の予告もなく人々の頭の中で耳鳴りのような何者かの鈍い声が跳ねた。同時に人々の各住戸や街のあちこちに設置されたモニタービジョンに何者かの姿が映った。

 人々はモニタービジョンを興味深く覗き込んだ。映し出された何者かのその姿と重く鈍い声がそこかしこに響き渡る。

「宇宙の民よ、我等は△《デルタ》宇宙からやって来た邪悶ダレス軍である。この宇宙にある「聖空ノ鍵」を即刻我等に渡せ。そうすれば、我等邪悶はこの宇宙の苦しみと悲しみを消し去り、再び別宇宙へ旅立つであろう。だが、もし不従を示すのならば、我等は宇宙連合政府を潰した上でこの宇宙を消し去る事になるだろう」

 頭に響く突発的な声、精神を掻き乱すような不快な音にも似たその声は、頭の奥に容赦なく土足で踏み込んで来る。

「宇宙の民よ、我等に従うのだ。この宇宙のかつての支配者であった宇宙神ティラを次ぐ者、銀河パトロールのミルキー・アールグレイの持つ「聖空ノ鍵」を即刻我等に渡せ。期限は宇宙時間00時までだ。宇宙の民よ、これは脅しでない。その証拠に、今から面白いものを見せてやろう」

 地に響くジャモン星人ダレスの一声で攻撃が開始された様子が映し出された。宇宙を行き交う輸送艦と思われる船が容赦ない攻撃を受け、数え切れない輸送艦が目映い光とともに宇宙の藻屑と消えていく。

「これは決して脅しではない。「聖空ノ鍵」を渡せ、00時00分までだ。さもなくば、次は宇宙連合政府が消滅するだろう」

 そう言い放ったダレス大王の姿がモニターから消えた。



◇第7話「新たな宇宙戦争・前編」             

 宇宙空間を滑るように飛ぶエクレア号の中で、突然強制的にモニターに映って消えたジャモン星人にポップが腹を立てた。

「今のは、何っスか。民間輸送船がジャモン星人の攻撃で消えたっスよ。気が狂ってるっス、こんなヤツ等と戦わなければならないっスかね?」

「多分、戦わなければならないんだろうね」

 消えた民間輸送船の映像が本物なのかどうかは定かでなかったが、ジャモン星人が挑戦的であり攻撃的である事は確かだった。ポップの正義の憤りが伝わって来る。

「ジャモン星人のダレス大王がミルキーの事を言っていた映像をこの宇宙のそこら中の人間が見たって事っスよ」

「姉さん、有名人やんか」

 バルケが冗談交りに笑ったが、そんなものなど耳に入らない程にミルキーは憤慨している。


 消滅を予告された宇宙連合政府のある新ピキン星では、突然の不気味な映像を見た人々は当惑し、街はパニック状態に陥っていた。宇宙船の発着場であるセントラル宇宙ステーションには、ジャモン星人の攻撃を逃れようとする人々が先を争って押し寄せ、どうにもならない状況となっている。

「明日の朝には、宇宙連合政府と新ピキン星が攻撃されるらしいぞ」

「今日の内に逃げないと、明日は皆殺しにされるぞ」

「ジャモン星人の攻撃が来るぞ」

 騒然とする宇宙船搭乗ゲートに我先にと殺到する人々の怒号と悲鳴が渦巻き、宇宙船が次々に飛び立っていく。その一方で、宇宙船に乗れず逃げ惑う無数の人々は宇宙へは飛べない飛行艇に乗ったまま、新ピキン星の中空を真っ黒に埋め尽くすしかなかった。           

 

 宇宙連合政府では、既に蜂の巣を突ついたような大騒ぎになっていた。宇宙連合政府宇宙戦略局長兼宇宙政府軍司令官長官であり、銀河パトロール統合司令長官でもあるシルカ・ロカバーヤは、心配顔で部下に命じた。

「銀河パトロール統括本部長を呼べ」

 銀河パトロール統括本部長バタレク・カオーバから、シルカ・ロカバーヤに即座に連絡が入った。

「司令長官殿、統括本部長のバタレク・カオーバであります」

 シルカ・ロカバーヤが緊張気味に強い調子で命じた。

「バタレク・カオーバ、良く聞け。世間のパニックを抑える為、今日中にも宇宙連合政府より「ジャモン星人など恐るに足らず」とする旨の宣言が出る。関係各部署に、落ち着いて行動するように早急に伝えるのだ、慌ててはならぬぞ。それから、至急銀河パトロール隊員ミルキー・アールグレイの身の安全を確保しろ、宇宙神代理ドクター・ペルが心配されているに違いない。ついでに「封印ノ鍵」もな」

「了解致しました。お任せください」

 バタレク・カオーバは、冷静を装いながら指令の本旨に戸惑いつつ叫んだ。

「直ぐに、ミルキー・アールグレイの所属を確認しろ、直ぐにだ、早くしろ」

 暫くすると、バタレク・カオーバに連絡が入った。

「統括本部長殿、ミルキー・アールグレイなる者の所属が東宇宙本部東銀河センターと判明致しました。東本部長のプライド・ナッシュと繋がっております」

「君がナッシュか?」

「はい、東本部長のプライド・ナッシュです」

「そうか。私の用件は簡単だ、君の部下のミルキー・アールグレイが持っているという「聖空ノ鍵」を今直ぐに統括本部長の私の部屋まで持って来なさい。「聖空ノ鍵」を宇宙戦略局に呈出すれば、私は宇宙政府の中枢に入る事が出来るだろう。そうなった暁には、君を統括本部長のポストに推薦しよう」

 バタレク・カオーバの薄笑いが止まらない。

「どうだ、君にとっても悪い話ではなかろう。今直ぐに「聖空ノ鍵」を持って来るのだ、万事理解したね?」

「はい、承知致しました。推薦の件は何卒、何卒宜しくお願い致します」

「うむ。隊員の生死など問わんから、出来る限り早く持って来なさい」

「御意」

 禿げた赤ら顔の東本部長プライド・ナッシュが口端を上げ、にやりと笑った。

「これはまたとないチャンスだ、私の統括本部長への道が開けるに違いない。東銀河センター所長のラディッシュ・ライキに連絡をとれ」

 東銀河センターに東本部からの通信が入った。

「ラディシュ所長、プライド・ナッシュ東本部長からです」

「はい、ラディッシュです」

 モニターの向こうで禿げた赤ら顔の男がいきなり叫んだ。

「ラディッシュよ、お前の部下のミルキー・アールグレイに「聖空ノ鍵」を持って、大至急東本部の俺の所へ来るように言え、直ぐにだ。もし命令に従わなければお前が持って来い。隊員の生死は問わん。わかったか?」

「東本部長、「生死は問わん」というのはどういう意味ですか?」

「煩い。その言葉通りだ、直ぐにやれ」

 赤ら顔の男の映像が一方的に消えた。

「何だと、豚野郎」

「ラディッシュ所長、声がデカイですよ。豚野郎の子飼いが、この東センターにもいるって事を忘れないでくださいよ。豚の耳に入ったら大変ですよ」

 副所長ベジッタ・シイオイが興奮気味のラディッシュ・ライキを諌めようとしているが、怒りは収まらない。

「いいんだよ、禿豚野郎が「隊員の生死は問わん」と言ったんだぞ。命を懸けて海賊と戦っている隊員に、そう言ったんだぞ。人の命を何だと思っていやがる、ふざけるな。ミルキーに繋げろ」

 ラディッシュが怒りと悔しさに叫んだ。

「ミルキーを説得するんですか?」

「煩い。俺がそんな事をする訳ないだろ、早く繋げろ」

 東銀河センター所長のラディッシュ・ライキは、普段口は悪いのだが現場上がりの苦労屋で、上からの理不尽な命令を無視する事で有名だった。ラディッシュが悔しさの余り、所長室の壁を蹴り飛ばした。

 エクレア号の通信機が鳴った。

「ラディッシュ所長からっス」

 ラディッシュ・ライキの顔がエクレア号のモニターに映った。ミルキーが応答したが、優れない表情のラディッシュ・ライキが思い詰めた顔で言った。

「いいかミルキー、良く聞け。たった今、禿豚野郎のプライド・ナッシュ東本部長から「どんな事をしてでも、ミルキー・アールグレイの持つ「聖空ノ鍵」を東本部へ持って来い」との指令があった。「どんな事をしてでも」というのはな、いいか、お前を殺してでもという意味だ。どいつもこいつも狂ってやがる。俺には今どんな状況なのか正確にはわからないが、お前が危険な状況にある事は間違いない。お前の船をいつ誰が襲って来るか予想も出来ない。いいか、戦わなくていいから兎に角今直ぐ逃げろ。俺が言える事はそれだけだ」

「あっ、はい。了解しました」

「ミルキー、俺にはお前を救ける事が出来そうにない、す、すまない……」

 ラディッシュの声が涙で掠れた。

「ミルキー、絶対に死ぬなよ、絶対にだ。これは所長命令だぞ、所長命令は絶対だからな、以上……」

「はい所長、有り難う御座います」

 ラディッシュからの通信が切れ、エクレア号に感傷的な空気が流れた。

「所長、泣いてたっスね」

 ミルキーが目を閉じながら唸り声を上げた。何故こんな事が起こるのだろう、何故悲しみは終わらないのだろう。そんな思いが身体を突き抜けていく。

「ミルキー、どうしたっスか?」

「凄く悲しくて、腹が立つんだよ。今度の事で、ペルじいちゃんやラディッシュ所長が泣いてた。誰が泣かした、誰が悪い。ワタシか、違う。ポップか?」

「違うっス、僕じゃないっス、ヤツ等っス」

 ミルキーは激しく頷き、全ての元凶を確認した。

「そうだ、ヤツ等だ。絶対ヤツ等のせいだ。全部ヤツ等のせいだ。ワタシがちょっと太ったのも、全てヤツ等が悪いんだ」

「それは、食べてばかりいるからっスよ」

 エクレア号の通信機がまた鳴った。

「東宇宙連邦中枢国バルキア連邦国パルス・エノウ国王カラ、緊急連絡デス」

 モニターに懐かしい男の顔が映った。

「おいミルキー、元気か。俺だパルスだ」

「ミルキー様、儂もおりますぞ」

 バルキア連邦国王パルス・エノウと東連邦相談役メナンナ・メーテが、モニターの向こうで微笑んだ。

「あっパルス、チビ爺」

「前に会って、エノウ皇国で宴会やったっスよね。東宇宙連邦パルス・エノウ国王と言ったら、今や凄い有名人っスよ」

「そうなの?」

「確か、義理のお兄さんで、ミルキーはエノウの出身っスよね?」

「違う、違う。昔エノウ皇国にいた事があるだけだよ」


 東宇宙連邦エノウ皇国の王宮庭園で、ミルキーが別れの挨拶をした。

『じゃぁ、ワタシもう行くね』

『ミルキー、本当にいいのか?超人軍の奴等やミランダが寂しがるぜ」

『うん、皆の顔を見たら行けなくなるし、ワタシにはやらなければならない事があるから』

『そうか。やっぱり奴等は来るのか?』

『うん、必ず来る』

『ミルキー、前にも言ったが俺達はお前の仲間なんかじゃねぇ、同じ穴の貉だ。お前に何かあったら、いつでも命懸けで救けに行ってやるからな』

『うん、ありがとう』

『じゃぁね、パルス、アマンダまたね』

『待てよ、ミルキー。まだ、私との勝負がついてねぇじゃねぇかよ。それに何だよ、やる事って?』

『へへ、内緒だよ』

『ふざけんな。これじゃぁ勝ち逃げじゃぁねぇかよ?』

『当然じゃん。150勝149敗でワタシの勝ちだね。今度会ったらまたやろうね』

『バカ野郎、二度と勝負なんかしてやんねぇよ』

『じゃぁね』

『パルス、あいつがやらなきゃならない事って、何だ?』

『この宇宙を背負うんだって、爺が言ってたな』

『何だ、そりゃ?』

 ミルキーがエノウ皇国を去った。

             

「ミルキー、愈々いよいよこの宇宙を背負って奴等とケンカするんだろ?俺も超人軍も加勢してやる、一緒にジャモンの奴等ぶっ飛ばそうぜ」

 勢い余るパルスに、期待と違う言葉が返って来た。

「駄目だよパルス、駄目なんだよ」

「何、何故だ?俺達超人軍は、今や宇宙最強って言われる軍隊だぜ、まさかそれでも足手纏いだとでも言うのか?」

「うん、奴等は神の力を持っている。だから、駄目なんだよ」

「何だと、くそっ……」

 ミルキーのストレートな言葉がパルスの胸を刺した。込み上げる悔しさでパルスは言葉に詰まった。

「……わかった。ミルキー、昔からお前には救けられてばかりだったな。これが、昔爺が言ってた「大嵐」なんだろう、自信はあるのか?」

「わからない。でも、大丈夫、ワタシは宇宙で一番強いから」

「そうか、そうだったな。お前はあの宇宙神ティラを次ぐ者で、しかもあの北連邦軍30万を一人で潰した無敵のリトル・ホワイト・デビルだったな。頑張れよ、負けるなよ、けどヤバいと思ったら無理せずに逃げろよ」

「うん、パルス心配してくれて有り難う」

「心配するのは当然だ。何と言っても俺はお前の義兄貴アニキだからな、大して役には立たんが。いいか、絶対に無理するんじゃねぇぞ、わかったな」

「了解」


 バルキア連邦国王宮殿のモニターから懐かしいミルキーの姿が消えた。関係者に状況が伝わると、宇宙に名を響かせる東宇宙連邦新超人軍の猛者達が一斉に国王宮に押し駆けた。

「おいパルス、ミルキーに加勢しないって本当なのかよ」

「お前頭が狂ってるのかよ、相手はあのジャモン星人なんだろ?」

「そうだよ、何故行かないんだよ?」

「ミルキーが一人で戦おうとしてるのに、俺達が戦わなくていいのかよ?」

「そうだぜ、ミルキーを見殺しにする気かよ?」

「そうだよ、ミルキーだけじゃヤバイじゃねぇかよ?」

 メナンナ・メーテがパルスに諭した。パルスはミルキーに加勢する事が何を意味するのか知っている。

「パルス様、決して行ってはなりませんぞ」

「わかってるよ、俺は北連邦の能無しクマ野郎とは違って賢いからな」

 パルスは、納得のいかない超人軍に思いをぶつけた。

「超人軍の皆、良く聞いてくれ。今ミルキーがジャモン星人と戦おうとしている」

「そんな事はわかっている、だから・」

「まぁ聞けって、今直ぐ行ってミルキーに加勢したい気持ちは俺だって皆と同じなんだ。だが、違うんだ」

「何が違うんだよ?」

「俺達がミルキーに加勢したいと思うなら、行っちゃならないって事なんだよ」

「何でだよ?」

「あんな華奢な女の子のミルキーが、昔千年戦争でこの宇宙を潰そうとした奴等と同じジャモン星人なんて悪魔と一人で戦おうとしてるんだぜ」

「そうだよ、行こうぜ」

 パルスが呆れた顔で言った。

「お前等、何か勘違いをしてるぞ。あいつは千年戦争のジャモン星人を封印したあの宇宙神ティラと同じ力を持っているだけじゃない、あのリトル・ホワイト・デビルだ。あんな顔をしているが、中身は悪魔以上の悪魔だぞ」

「そうか、そうだった」「うん、そうだった」「そう言えば、そうだった」

 かつて、突然勃発した第12東・北宇宙紛争で東宇宙に侵攻した北宇宙連邦軍30万を、東宇宙の守り神リトル・ホワイト・デビルと呼ばれる悪魔が粉砕した。それは今や伝説として語り続けられているが、現在でも北宇宙ではその悪魔の名を聞いただけで誰もが震え上がると言われている。超人軍の猛者達は知っている。伝説の悪魔である東宇宙の守り神リトル・ホワイト・デビルが実は一人の女の子であり、その名がミルキー・アールグレイである事を。

 そして、その悪魔のミルキーでさえも奴等相手に絶対に勝てるとは言い切れない。ジャモン星人の力はそれ程に強いと予想されるのだ。そんな戦いに加勢に行ったとしても足手纏いになるのがオチだ。

「俺がミルキーに「加勢するぞ」と言ったら何て言われたと思う、「駄目だ」とさ。俺には頑張れとしか言えなかったよ」

 宇宙に名を響かせる新星超人軍の誰もが泣きながら納得した。


 エクレア号の船内に、今度は警戒音が響き渡った。

「応答しろ、我等はアマンダ宇宙海賊団」

「アマンダ宇宙海賊団カラ通信デス」

「海賊からっス、しかも海賊十神と言われるアマンダ・エスパーダっス」

 船長と呼ばれる女の名前はアマンダ・エスパーダ(別名、狂気の天使)、アマンダ海賊団として宇宙を暴れ廻っている。

「ミルキー、生きてるか?」

「あっ、アマンダ」

「ミルキー、イエラ爺様の葬式以来だな、元気か。お前一人でジャモン星人ぶっ飛ばしに行くつもりだろ?」

「当然じゃん」

「加勢して欲しけりゃ加勢してやるぞ」

「パルスからも連絡があった。「加勢してやる」って言われたから「邪魔だから要らない」って言ったら「わかった」って言ってた」

「パルスがそう言ったのか……ジャモン星人ってのはそんなに強ぇのか?」

「うん、神の力を持っているからね」

 アマンダには、ミルキーが何を言いたいのか、手に取るように理解出来る。

「そうか、わかった。頑張れよ、でも無理するなよ」

「アマンダ、有り難う」

 ミルキーにもアマンダの思いが伝わった。唯一人、アマンダ宇宙海賊団の司令艦でアマンダの妹ミランダ・エスパーダ(別名、天使の核弾頭)が叫び捲った。

「アマンダ姉ちゃん、何で行かないんだ。私達の敵討ちが終わって、臆病風に吹かれたのか。姉ちゃんが行かないんだったら、アタシ一人でもあのバカミルキーに加勢しに行くぞ」

「ミランダ、駄目だ。行く事は許さない」

「何故、駄目なんだよ。ミルキーのバカが一人であのジャモン星人と戦うんだぞ、一人で行ったらじゃヤバイじゃねぇか、何で駄目なんだよ?」

 アマンダ・エスパーダは、神妙な顔で言った。

「ミランダ、良く聞け。おそらく、私達が加勢に行っても役には立たない。私達は、確かに宇宙海賊最強の戦闘力を誇っているが、多分ジャモン星人の力は桁外れなんだろう。私達など相手にはならないどころか、邪魔になるだけだって事だ」


 東宇宙連邦最高指導者、千視の眼を持つ宇宙の賢人と謳われるイエラ・エノウは、エノウ皇国を出て行くアマンダ・エスパーダに言った。

『アマンダよ、いつの日かエノウ皇国だけではなく全宇宙を襲う大嵐が来る。その時お前は勇気を持って決断しなければならぬ。良いか「堪えるのじゃ」ぞ』


「イエラ爺様が言った意味が今やっとわかったような気がする。北連邦軍は堪える事が出来なかったから叩き潰されたんだ。だから私達は行っちゃならないのさ、何よりの証拠にアホのパルスは出て来ない。それがどういう意味か、お前なら理解出来るだろう?」

「……わかったよ。いつだって、私以上にイケイケの姉ちゃんがそう言うならそうする。確かに一番に出てくる筈のパルスのアホが出て来ないもんな。けどさ、ミルキー大丈夫かな、あいつバカで無茶苦茶だからなぁ」

            

 エクレア号の船内にまたもや警戒音が響き渡った。

「注意、前方ヨリ未確認ノ宇宙船群ガ異常接近中デス。所属確認中」

 ガムの非常警報の途中で、エクレア号が激しい衝撃に揺れた。

「前方ノ未確認宇宙船群カラノ攻撃デス。海賊ト思ワレマス」

 宇宙空間に、夥しい数の宇宙海賊の迷彩色の軍艦が集結している。

「皆の者、目の前の宇宙船には「聖空ノ鍵」を持つ憎き宇宙神ティラを継ぐ者が乗っている。そいつから「聖空ノ鍵」を奪い、新たな暗黒大魔王であるダレス様に献上するのだ」

 宇宙海賊団を束ねる海賊王キング・クゾイカ・ホアが高らかに叫んだ。

「ミルキー、ラディッシュ所長の言った通り、海賊なんか相手にしちゃ駄目っスよ」

 ミルキーは、ポップの制止を聞く事もなく宇宙空間に移動した。バルケが当然の如くバリアで包み込む。

「いっぱいいるなぁ」

 バルケのバリアで白く輝く戦士ミルキーは、いつも通りに元気良く言い放った。

「おいこら海賊共、ワタシは怒っている、凄く怒っているんだ。来るなら相手になってやるぞ、準備運動に丁度いい」

 海賊王が強気に叫んだ。

「ミルキー・アールグレイよ、俺の顔を忘れはしないだろう。宇宙海賊王のキング・クゾイカ・ホア様だ。今度こそ、キサマも終わりだ」

「またお前か、懲りない奴だなアホ。また凹凹ボコボコにしてやる」

「ミルキー・アールグレイ、残念だな。我等には北宇宙連邦から盗んだ新型バリアがある。あの時とは違う、お前のビーム砲など我等には効かんぞ。それから俺はアホではない、ホアだ、ホア」

「ミルキー、このアホみたいな海賊知っているっスか?」

「知ってるよ。昔ピキン星に攻めて来てぶっ飛ばしたら、その後東宇宙連邦にまで攻め込んで来たんだ」

「姉さん、こいつ等どないしまひょ?」

「撃て、撃て、撃て、撃ち尽くせ」

 バルケがミルキーに海賊対策を訊いている間に、いきなりアホのビーム弾が飛んだ。バルケは一瞬でエクレア号を白いバリアで包み込み、再び戻ってミルキーを包んだタイミングで、周辺が海賊のビームの光の渦に吞み込まれた。ミルキーとエクレア号に当たった数え切れない光弾が跳ね返った。万化の盾バルケにガードされて全く損傷はないが、礼儀知らずのビーム弾攻撃にミルキーが怒り出した。

「いきなり撃って来るとはやっぱりお前はアホの卑怯者だ。我呼・神砲・出現」

 宇宙空間のミルキーが呪文を唱え、自分の背丈程もあるいつもの巨大ビーム砲を出した。ミルキーの全身がいつもに増して白く輝いている。

「ヤバい」

 ミルキーの巨大ビーム砲の怖ろしさを知る海賊王キング・クゾイカ・ホアの軍艦は小惑星に隠れた。

「アホの卑怯者はどこかな、あれだ。卑怯者、消えてなくなれ」

 白く輝くミルキーはビーム砲を小惑星目掛けて撃ち放った。無敵のビーム砲が海賊自慢のバリアごと軍艦を粉砕した。海賊王の軍艦が次々に消えていく。

「ヤバイぞ、逃げろ」「俺達も逃げようぜ」「逃げろ」「逃げろ」

 僅かに残った海賊達が一斉に逃げ出した。海賊王が白旗を上げた。

「反省するから許してくれない?」

「駄目」

 ミルキーの怒濤の攻撃が続く。波状のように撃ち捲るビーム砲の光束が自称海賊王キング・クゾイカ・ホアと逃げ出した宇宙海賊達の軍艦を予定通り全て消去した。

「愚か者、ワタシに逆らうなど100万年早い」

「ミルキー、そんな事言ってる場合じゃないっス。ヤツ等が「宇宙連合政府を消す」って言ってたという事は、ヤツ等は新ピキン星ごと消滅させる気っス。新ピキン星は元はピキン星っスよ」

 高らかに勝利を叫んでいたミルキーは、ポップの言葉に慌てた。ミルキーの顔が俄に曇っていく。新ピキン星は駄目だ。

「そうか、そうだ。駄目だ、駄目だ、絶対に駄目だ。駄目なんだよ、絶対に駄目なんだ。他の事は許せても、それだけは絶対に許さない」

「他の事は許せるっスか?」

「絶対に、絶対に許さない。ピキン星にはワタシの大切なものがあるんだ。ワタシの中のたった一つのじじいとの思い出があるんだ。ワタシには、ワタシには、それしかないんだ」

「そうか、ミルキーはティラ神の王宮に住んでいたっスね」

 ミルキーの唸り声が咽ぶような声に変わった。そして、何かが弾ける音がすると同時に怒りは頂点に達した。

「ふざけやがって、ふざけやがって、ジャモン星人なんかワタシが潰してやる。覚悟しろ、ジャモン星人」

 ミルキーが両手を叩くと、奇妙な音を残して姿が消えた。

「ミルキーは、多分瞬間移動で宇宙連合のある新ピキン星に行ったっスよ」

「ほな、ワテも行きまっさ」

「バルケ、ミルキーを頼むっスよ」

「はいな、任せてチョンマゲ」

 バルケがミルキーを追って瞬間移動した。

「僕達も行くっス。ガム、新ピキン星へ飛ぶっス」

「了解デス。新ピキン星ヘ向カッテ、超光速タキオンワープ発進シマス」

 銀河パトロール・ミルキーズの一同が後を追った。

            


◇第8話「新たな宇宙戦争・後編」

 旧中央宇宙連邦管轄エリアにあったピキン星は、かつて宇宙神ティラが王宮を構えた星だった。現在は名称を新ピキン星とし、そこに宇宙連合政府の全施設が集中している。

 その宇宙空域に、ミルキーと一瞬遅れて時空間を飛んだバルケがいた。遠くに見える新ピキン星から、避難する宇宙船が光の群れとなって次々に飛び去っていく。

 前方には悪魔のジャモン艦が見え、後方には新ピキン星から出撃したと思われる宇宙政府軍戦艦群が対峙している。周囲には、一触即発の緊張感が漂っていた。

 何やら宇宙空間のミルキーの様子がおかしい。

「ミルキー姉さん、大丈夫でっか?」

「うぅぅん、息が苦しくなってきた。息が……」

「そらぁまぁ、この辺りはまだ幾らか空気がありまっけど、相当薄いですさかいに息は出来んようになりますわなぁ。おっとっと、ボケとる場合やなかったわ。バリア包含、酸素供給バージョン」

 青色丸型生物バルケが全身を包んだが、ミルキーの息が荒い。

「はぁ、はぁ、死ぬかと思った。もっと早くやらんかい、死んじゃうだろ」

「すんまへん。けど姉さん、何も考えんとこんな空気の薄い宇宙空間へ、いきなり瞬間移動するんもどうかと思いまっけどねぇ」

「煩い。やるぞ、まずは宇宙政府軍だ」

 名実ともに宇宙の守護者として威光を示さざるを得ない宇宙連合政府軍は、後方に鶴翼の陣形で迎え撃とうとしている。北宇宙連邦と同じ陣形では芸がない。

 全宇宙連合政府を統べるドクター・ペルに向けて、ミルキーが外郭がいかく精神波で呼び掛けた。

「ペルじいちゃん?」

「ミルキーか、どうしたのじゃ。「封印ノ鍵」にしては随分と早いではないか。それに、外郭精神波とは珍しいな、何か緊急な事でも起きたか?」

「あのね、今新ピキン星の外宇宙にいる。今からジャモン星人をぶっ飛ばす事にしたんだけど」

「お前がか?」

「うん。だってさ、ワタシがやらないとじいちゃんが「ワシが封印する」なんて言い出しそうだから」

「それは……」

「それでさ、お願いしたい事があるんだ」

「何じゃ?」

「ヤツ等の前に出撃している宇宙連合軍の事なんだけど」

「援護が必要なら、いつでも宇宙政府軍からの攻撃は出来るぞ」

「そうじゃなくて、意味がないし邪魔だから退却してほしいんだけどね。それにさ、じいちゃん、皆に「ジャモン星人と戦ってはならぬ」って言ってなかったっけ?」

「それは、そうじゃが」

「宜しくね」

 宇宙連合軍を退かせたミルキーは、周囲にパルス&超人軍、アマンダ&ミランダ、その他余計な者達がいない状況を確認した上で、改めて神の最強軍団ジャモン星人を迎え撃つ準備を完了した。

「じゃぁ、思いっ切りいくぞ」

「はいな、気合い入ってまっせ」

 モチベーションMAXのミルキーは、不気味に沈黙する邪悶ダレス軍艦隊に向かって精神波で叫んだ。

「ダレスよ。戦闘開始だ、覚悟しろ」

 緊迫した状況を見守る宇宙政府戦略局長シルカ・ロカバーヤは、ロバンガ・ペルの命令で宇宙連合政府軍主力艦隊を退却させた上で、司令官ウロソヤ・ソナンノに厳しく言い含めた。

「退いたその位置で待機しろ、余計な事は決してするな。わかったな」

「閣下、承知致しました・ちっ」

 宇宙連合政府艦隊司令官ウロソヤ・ソナンノは、悔し気に舌打ちしながら宇宙連合艦隊全艦に待機を命じた。

「退いたその位置で待て。但し、念の為に全艦スーパープラズマビーム砲の集中攻撃を準備しておけ」

 宇宙連合全艦隊は徐に退却しながらも、照準は未だ新ピキン星の前に立ちはだかるジャモン艦を捉えて続けている。

「大王様、前方の宇宙政府軍艦が退却しつつ砲口を我等に向けています」

「そんなもの、相手にする必要はない。宣告の宇宙時間00時00分だ、前方の星及び周辺の星ごと破壊するぞ」

 ダレス軍が宇宙連合艦隊など無視して新ピキン星を射程に入れた。攻撃は新ピキン星と宇宙連合政府の消滅を意味している。

 シルカ・ロカバーヤは、再びウロソヤ・ソナンノに厳しい口調で命じた。

「余計な事はするなよ、我等は宇宙連合中央会議の決議事項を絶対遵守せねばならぬ立場にある。従って、我等から攻撃してはならぬのだ。決して北宇宙連邦軍のように早まった行動をするな、俺の指示に従え。わかったな」

「閣下、承知しております」

 宇宙連合艦隊全艦、前方の邪悶艦に向かって待機する事。命令なく発砲してはならんない事。それ等の命令事項を確認した司令官ウロソヤ・ソナンノは、悔しそうに唇を噛んだ。

 宇宙政府軍は一時的撤退により一触即発を免れたと考えているが、邪悶ダレス軍はそんな状況など眼中にない。攻撃準備を完了しダレス軍全艦に攻撃命令が下った。

「宣告した宇宙時間00時00分となった。誇り高きダレス全艦に告ぐ、我等は宇宙政府軍を排除し宇宙政府の属する惑星及び周辺星系を全て破壊す・待て」

「御意・あっ」

 攻撃命令の途中で、大王ダレスに精神波が届いた。同時にダレス軍兵士が宇宙空間の人影を視界に捉えた。

「前方に人がいます」

 ジャモン星人ダレスが嬉しそうにミルキーの精神波に答えた。

「ダレスよ、ワタシをこの宇宙で有名にしてくれて有り難う。礼を言うぞ」

「礼には及びませぬ。かつて初代ゲロス皇帝陛下は「手加減をするな、邪悶の行く手を阻む者は誰であろうと踏み潰せ」と言われました。これは初代ゲロス様と次代様に対するワシの深い尊厳の表れで御座います」

「煩い、黙れ。ワタシはジャモン星人でもなければ初代ゲロスを次ぐ者でもないし、お前達如きと遊んでいる程暇人でもない。お前が宇宙政府を攻撃したいのなら思う存分にやればいい。だが、このピキン星を攻撃する事だけは何人たりとも絶対に許さない。お前がこの星を攻撃し消滅させるというのなら、その前にワタシが今ここでお前達を真っ二つにしてやる」

「次代様、我等ダレス軍相手に本気で言っておられるのですかな?」

「冗談でこんな事が言えるか。ダレスよ、出て来てワタシと闘え。それが出来ないなら、お前達など纏めて今直ぐここで艦ごと消滅させてやるぞ」

「ミルキー駄目っスよ、一人でジャモン星人に勝てる訳ないっス」

 やっと追いついたポップは、相変わらずのミルキーの無鉄砲振りに、いつもの通り通信機で声を張り上げ叫んだ。

「宇宙政府軍の連合艦隊に任せた方がいいっスよ」

 ミルキーは冷静にポップの提案を拒否した。

「宇宙政府の連合艦隊で勝てる程ヤツ等は甘くないよ。それに今止めないとピキン星が消えてなくなる。ピキン星を消させない為には私が止めるしか方法はない」

 ミルキーが精神波でダレス大王に告げた。

「ダレスよ、良く聞け。ワタシは、かつてお前達の同志を封印する為に自らの命を賭した宇宙神ティラ、いや初代ゲロス程優しくはない。お前達だけを、きっちりと消してやる」

 ダレスからの返事がない。腹立たし気にミルキーが叫ぶ。

「もしもダレスが腰抜けなら誰でもいい、度胸のある者が出て来い」

 宇宙連合艦隊司令官ウロソヤ・ソナンノは、悔しさに歯ぎしりをしながら攻撃命令を待っていたが、混線して飛び込んで来たポップとミルキーの通信に突然発狂した。

「何、宇宙政府の連合艦隊だと?ふざけるな、我等を誰だと思っているのだろ、宇宙連合軍だぞ。ふざけるな、ふざけるな、全艦隊、ジャモン星人の艦に向けて攻撃開始だ。撃て、撃て、撃て、撃って、撃って、撃ち捲れ!」

 突然、宇宙連合艦隊に全面砲撃が発令された。

「宇宙連合軍最終兵器、スーパープラズマビーム砲発射。序でに全ての核ミサイル弾をぶち込んでやれ」

 耳を劈く轟音と夥しい青白い閃光が辺り一帯を包み、ジャモン艦が白い光輪と黒煙に呑み込まれた。

「どうだ、ジャモン星人め。お前達など取るに足りぬわ、ざまぁ見やがれ」

 白い煙の中で、核爆弾の爆音と青白い閃光が止目処なく続いた。

「凄いっス、やったっス、やったっス」

 ミルキーの冷静な声が聞えた。

「駄目だよ。そんな幼稚な武器でジャモン軍に立ち向かうなんて、余りにも無謀だし、無駄だ」

 宇宙戦略局長官シルカ・ロカバーヤは、余りにも唐突な司令官ウロソヤ・ソナンノの攻撃命令に絶叫した。

「何て事しやがるんだ、ウロソヤ・ソナンノの野郎。絶対に攻撃するなと言っただろう、宇宙連合の決議違反だぞ、唯で済むと思うな」

 白い煙が消えた。宇宙連合艦隊に、聞き慣れたお約束パターンの無情な言葉が響き渡った。

「ジャモン艦に損傷なし」

「何、どうなっているのだ?」「信じられん、どういう事だ?」

 白煙から出て来た巨大ジャモン艦を見据え、宇宙戦略局長官シルカ・ロカバーヤと司令官ウロソヤ・ソナンノは怒りを忘れ、呆然となった。

 ダレス軍龍王ジガルは、今し方の宇宙連合軍の攻撃など歯牙にも掛けず、ミルキーの宣戦布告に反応した。

「次代様、何やら虫螻共が煩そう御座いますが、私ジガルが御相手致しす」

「来るなら、とっとと来い」

 戦闘体勢に入った龍王ジガルを、大王ダレスが遮った。

「待てジガル、次代様の御相手はワシが務めよう。煩い虫螻むしけら共はお前が蹴散らせ、任せたぞ」

「御意。大王様、万一に備え「アレ」を用意しておきますので」

 宇宙に時空間が開き、赤黒い岩石を思わせるヒト型生物、怪しく赤い双眼を光らせる邪悶ダレス軍大王ダレス・ワシーダが姿を現した。モニターに映るジャモン星人のその異形の姿に、宇宙連合軍関係者だけでなく見た者全てが例外なく恐怖し泣き叫び、気絶した。

 遂に、漆黒の宇宙空間に宇宙神ティラを次ぐミルキーと邪悶ダレス軍大王ダレスが対峙した。ダレスの大きさが際立っている。目前の現実にウロソヤ・ソナンノは理解不能に陥いるしかない。宇宙政府軍兵士が宇宙連合軍本部へ状況を告げる。

「報告、新ピキン星外宇宙でジャモン星人と何者かが対峙中。何者かは不明です」

 誰もが目を疑う光景が、今そこで繰り広げられている。

「己の拳で闘うのは何百年振りであろうか。次代様、ワシの力は邪悶の神力の一つ、神雷の力。その究極奥義たる「闘気の衣」です。手加減は致しませんぞ」

「ダレスよ、当然だ」

「姉さん、いつものアレでいてこましたらへんのですか?」

 バルケが珍しくミルキーのやり方に疑問を呈した。

「うん、アレじゃなくてソレで一気にケリを付ける」

 ダレスの全身から青白く燃えるような闘気の衣が噴き出した。闘気は電磁の雷光を纏い青白い鳥に、更に翼を広げる青く輝く鳳凰となった。宇宙最強の悪魔ジャモン星人ダレスがミルキーに狙いを定めた。

「次代様、ワシは邪悶一強いですぞ。即ち宇宙一強いという事です。例え貴方が初代様の直系と言えども、ワシはその上を行く進化型だ。ワシに敵う者などいない」

「お前はワタシとお喋りでもしに来たのか。それなら、ワタシも良い事を教えてやる。お前がどんなに強くとも、お前より強い者など幾らでもいるのだ。それを今から身をもって教えてやろう」

 青く輝く鳳凰ダレスに向かっていくミルキーに迷いはない。「ダレス、いくぞ」と叫ぶと同時にダレスの目前に瞬間移動したミルキーは、左右の拳で思い切りダレスの顔面を殴り飛ばした。殴られたダレスがジャモン艦の側部に激突した。ポップは口を空けたまま唖然とし、龍王ジガルとジャモン星人達は、その現実に仰天した。

「信じられん。大王様が殴られる御姿など今までに見た事がない。大王様の電磁の力、闘気の衣に触れた者は、瞬時に陽子であるハドロンが電子レプトンに変化し原子崩壊してしまう筈だが、何故次代様に何の変化もないのだ。次代様の戦闘力がダレス大王様を凌駕しているという事なのか……あり得ない」


「報告、何者かがジャモン星人を素手で殴り飛ばしています」

 再び、兵士が淡々と宇宙連合軍本部へと現状を告げた。目前で続く信じ難い状況にシルカ・ロカバーヤとウロソヤ・ソナンノの理解が宙を舞っている。二人だけではない誰もが信じ難い光景を目の当たりにしているのだ。宇宙を潰す程の力を持った悪魔のジャモン星人を素手で殴り飛ばす人間など、この宇宙にいる筈がない。


「ワシとした事がその華奢な御姿に油断してしまいました。貴方は初代様の直系血統者でしたな。では、改めていきますぞ」

 ダレスは改めて全身から青く燃える闘気の炎を出し、電磁の雷光が踊る拳を高々と上げて吼えた。再び、ダレスとミルキーの拳が真正面から激しくぶつかり合い、今度はダレスの拳でミルキーが近くの小惑星まで吹き飛ばされた。ミルキーが悲痛な声を上げながら小惑星に激突すると、小惑星が砕け散った。

「ミルキー、大丈夫っスか?」

 砕けた小惑星の残骸の中から声がした。

「痛いけど、大丈夫だよ。でも、ゲロス級と闘うのは、やっぱりキツいな」

「流石はダレス大王様だ」「おぉ、流石は大王様」

 ジャモン星人達が歓声を上げる中で、龍王ジガルは驚愕し続けている。

「何故だ、何故次代様はあれで無傷なのだ、あり得ない、絶対にあり得ない。次代様とはどれ程強いと言うのだ……」

 黒い悪魔龍王ジガルは、触れた者を原子崩壊させる最強の闘気の力を持つダレスを相手にするミルキーの戦闘力に驚嘆するしかない。

「凄いぞ、凄いぞ」

 ミルキーのその姿に、もう一人の青黒い悪魔である大王ダレスが宇宙空間で涙を流して感激に震えている。

「ジガル、お前ならわかるであろう。次代様は強いぞ、力の底がまるで見通せん」

 ジガルが呆れながら嬉しそうに呟いた。

「次代様の戦闘力の飛び抜けたレベルの高さが伝わってくるが、それ以上にあのように楽しそうに闘う大王様を見たのは初めてだ」

「ミルキー、生きてるっスか?」

 小惑星の中からミルキーが出て来た。

「大丈夫だよ。でも痛ったいなぁ、もう無理」

 ミルキーは、両手を叩いて何かの呪文を唱えた。

「我呼・鋼鉄戦士・即出現(ドドンガよ、直ぐに出て来い)」

 勇壮な大太鼓の音が虚空に響いた。即座に、黒鋼鉄色に輝く戦士が儀式なしに姿を現した。

「うわわわわ、ドドンガっス」

 宇宙連合政府軍兵士が状況を告げるが、理解出来ない状況は伝わらない。

「報告、新たに、別の、巨大な戦士が現れました」

「あれは、黒鋼鉄戦士ドドンガではないか。一体、何が、どうなっている?」

「何だ、何で黒鋼鉄のドドンガが現れるんだ?」

「全くわかりません」

 シルカ・ロカバーヤとウロソヤ・ソナンノは、報告と目前の現実を呆然と見ながら言葉を失い掛けている。

 ミルキーが戦士に命じた。

「我告・黒鋼鉄戦士・即倒奴(ドドンガよ、奴をぶちのめせ)」

「御意」

 現れたドドンガに、青黒い悪魔ダレスが興味を示した。

「お前が次代様の戦神か。良い面構えをしておるな」

「お誉めに預かり光栄です。我が名はドドンガ、では参ります」

「待て、待て」

 悪魔ダレスが不敵な笑みを浮かべ、黒鋼鉄戦士を制した。

「まぁ慌てるな。次代様が休まれるのなら、ワシも小休止させていただく事とする。ドドンガよ、良いものを見せてやろう」

「?」

 奇妙な音がして、瞬間的に鏡のような光が出現して消えた。そして、巨大な怪物が現れたが、怪物の姿がはっきりと見えない。

「ソクリス、頼むぞ」

 青黒い悪魔は、現れた怪物に下命し、時空間に姿を消した。黒鋼鉄戦士ドドンガが怪物に問い掛けた。

「我が名はメタル星人ドドンガ、キサマは何者だ?」

 怪物の姿がはっきりと見えて来ると、その姿に誰もが驚いた。

「どうなっているっスか、ドドンガが二人いるっスよ」

 全体の色こそ違うが、ドドンガと瓜二つの戦士の姿がそこにいる。一人は黒鋼鉄色でもう一人はブルーメタリックに輝いている。兵士が宇宙政府軍本部に状況を報告し続ける。

「報告、更に新たな戦士が現れました。違うのは色だけで、そっくりです」

「また出たぞ。何なのだ、あれは?」

「夢でも見ているのか?」

 新ピキン星周辺宇宙空域に集結する宇宙連合軍司令官ウロソヤ・ソナンノは、想定を超える成り行きに唯呆然と状況を見ている以外にない。宇宙空間に現れた何者なのかわからないブルーメタリック戦士が礼儀正しく名乗りを上げた。

「我が名は、ミラー戦士ソクリスである。ドドンガよ、これからはこの宇宙で二番目に強いと言うが良い。いくぞ」「来い」

 怪物と怪物の闘いが始まった。二人の怪物が拳を合わせる度に宇宙空間が激しく揺れたが、互角の力で闘う同じ姿の怪物同士に勝負が付く気配がない。予想も出来ない不思議な事態に、宇宙連合軍に言葉を発する者はいない。

 上機嫌な大王ダレスが微笑んだ。

「やはり、良い勝負だな」

「ダレス大王様、ソクリスは相手の全てを写し取る戦士、当然で御座いましょう」

「そうか、そうだな。同位体が互角なのは当然であった」

 同じ姿の二人の怪物が拳をぶつけ合う激震が続く。ダレスは、精神波でミルキーに問い掛けた。

「次代様、如何で御座いますか。あの者は、我等ダレス軍が造り上げた同位体という戦闘バイオヒューマノイドに御座います。相手の攻撃能力を瞬時に写取致しますので、戦闘力は同位となり決して負ける事のない戦士なのですぞ。唯、余り長く闘えないのが弱点ではありますが」

「下らない。そんな木偶人形の余興では1000年経ってもワタシには勝てないぞ」

「大した自信ですな、そろそろ互いに最後の決着を付けましょうぞ」

「ワタシに勝つ気でいるのか、愚か者め」

 最後の決戦に向かうミルキーは悪魔相手に当然勝つ気だ。再びポップがやる気満々顔のミルキーを制止した。

「ミルキー、やっぱり駄目っス、駄目っス、絶対駄目っスよ」

「大丈夫だよポップ、ワタシは宇宙一強いんだから。だって、宇宙神のじじいが言ったんだ「お前は宇宙一強い」って」

「えぇぇ、根拠薄過ぎっス。バルケ、お前も止めろっス」

「うぅぅん。大丈夫ちゃいますの?」

 ダレスとミルキーの最後の勝負、新たな宇宙大戦が始まる。そこにミルキーが条件を付けた。

「おいダレス、良く聞け。今から本気で決着を付けてやるぞ。あり得ないが、もしもお前が勝ったら「時空ノ鍵」はくれてやる。聖輪でも何でもするするがいい。その代わり、ワタシが勝ったらワタシの言った事をちゃんと考えろよ」

 ミルキーの一言に、ダレスが子供のように無邪気な目をした。宇宙を破壊し続ける悪魔ジャモン星人を相手に怯む事のない銀河ほしぐ者が身構える。

「何とも小気味が良い。これ程心踊る闘いは初めての聖輪以来だ。それでは、この宇宙と「我等の命運」を賭けた本気の闘いをしましょうぞ」

「我等の命運?」

 最後の決戦の為ダレスが宇宙空間に現れた。既に青い電磁の雷光を纏っている。

「次代様、これが神の電磁の力の最終型たる「電磁の神龍」、未だかつてこの力を凌駕した者はおりませぬ、ではいきますぞ」

 ダレスの青い鳳凰の雷光が踊り出し、暴れながら神龍の型に変化していく。

「ダレスよ、電磁の力をそこまで進化させるとは大したものだ、誉めてやろう。だがお前はワタシには勝てない。全ては一瞬で終わる。いくぞバルケ」

「了解でっせ。無敵バージョン発動」

 バルケがミルキーを包み込むと、瞬時にその姿が白く輝く戦士に変わった。全身に白い炎が揺れる無敵の戦士は、神龍のダレスと6隻のジャモン艦を見据えて冷ややかな笑いを浮かべた。

「出でよ、万絶の剣。神の白炎を纏い、全てを断ち切る為に」

「うむ、これは神炎の技か」

 神器を導く言葉とともにミルキーの右手に現れた剣は、白炎を螺旋状に吹き上げて燃え盛り、生き物のように暴れながら白い光になった。そして、ミルキーが手を翳して「-時空間・閉鎖-」と呟いた次の瞬間、輝く白光は一瞬の閃光となってジャモン艦に向かって飛び、四角い空間に姿を変えてダレスとジャモン星人の6隻の艦を囲い込んだ。

「何っスか、あの空間は?」

 ミルキーが静かに告げる。

「時空間を閉鎖した。何人たりともその閉鎖空間ソレから逃れる事は出来ない」

 更に、ミルキーが「-時空間・震動-」と告げると、ソレは原子核を結合する核力を激しく震動させた。

「まさか、これは……」

「大王様、これは時空間奥義に違いありません」

 大王ダレスと龍王ジガルは仰天した。閉鎖された空間が揺れ出した途端に二人の悪魔は驚愕した。大王ダレスが慌ててミルキーに問い掛けた。

「次代様、時空間を操れるのですか?」

「当然だ。ワタシの時空間制御はお前の電磁の神龍を切り裂く事が出来る。これで全ては終わりだ。-時空間・断・裂-」

 ミルキーの右手から新たに紅炎が燃え滾る剣が出現し、容赦なく震動する時空間を縦に切り裂いた。

 予想を超える成り行きにダレスは驚きを隠せない。聖輪により幾つもの宇宙を渡り、極端に強い力を持った宇宙神達にも悉く勝利して来たジャモン星人邪悶ダレス軍は、敗けるという言葉を知らない程に強い。だが今、レベルの顕かな違いを見せつけられたダレスは、改めて初代ゲロスを次ぐ者の戦闘能力に驚きの声を上げざるを得ない。

「御待ちください、御待ちください、次代様」

「何だ、お前の負けを認めるのか?」

「次代様、時空間奥義は初代ゲロス様の究極の神の力、我等に勝ち目などあろう筈は御座いません。楽しい時を頂戴し、有り難き幸せに存じます。我等は退散致しましょう。また御会い出来る時まで御自愛ください」

 レベルの違いを見せ付けられて尚も余裕をますダレスに、ミルキーの冷笑は止まらない。例え邪悶最強を誇るダレス軍と言えど、神の力で単一に閉鎖した時空間から抜け出る事は不可能だ。単一に閉鎖された絶対時空間とは即ち外部から施錠された空間であり、内部から開錠する事もその空間から転移する事も出来る筈がないのだ。

「間抜けめ。ワタシが閉鎖したその時空間から出られるとでも思っているのか。何人もそこから出る事は出来ない、出られるものなら出てみるがいい」

「御意、仰せのままに」

 何故かダレスが余裕綽々として言った。ダレスの余裕が虚勢でない事を表すように、絶対時空間の中に新たな時空間が現れて揺れ出した。

「全軍、撤退」

 ダレスの言葉とともに、6隻のダレス艦が新たに出現した時空間に消えた。

「あっ、ワームホールを事前に準備していたのか。生意気な」

 ミルキーが本気で悔しそうな顔をした。

 

 流れるようにダレス艦が時空間を飛んでいる。龍王ジガルが九死に一生を得た悲壮感漂う顔をしている。

「ダレス大王様、次代様のあの強さは何でしょう。あの身体に戦神を従えるだけでも驚きではありますが、大王様の闘気に触れて原子崩壊しない者がこの世にいるとは未だに信じられません。大王様の力を弾くなど、まるで化け物のようではありませんか。しかも、時空間を操れるとは……」

 ダレス大王が嬉しそうに答えた。

「あれは宇宙神が持つ三種の神器の一つである万化の盾の進化系だ。それにしても、このワシを時空間奥義で子供扱いするとは、流石は初代ゲロス皇帝陛下を次ぐ御方だけの事はあるという事か」

「はい、しかも次代様は「神火の力」と「神空の力」の二つの神力を同時に繰り出す事が可能なのですね。未だ驚きが止まりません」

「ジガルよ、お前がワームホールを予め用意した事が幸いした。そうでなければ、我等は宇宙の塵と消えていただろう」

 二人の悪魔は未だに放心状態が続いている。

「あの御力は、初代ゲロス皇帝陛下から、そして宇宙神から受け継がれたものなのでしょうか?」

「うむ。確かに万絶の剣は宇宙神の持つ三種の神器であり、時空間断裂は我等邪悶の力だ。その両方を使い熟すあの強さは、初代ゲロス様レベル、いやそれ以上かも知れぬ。だが、我等邪悶の力とは何か異質のような気がするな」

「次代様は、初代ゲロス皇帝陛下と宇宙神、更にそれ以上の別の力を持っているのでしょうか?」

「そうかも知れぬな。どちらにせよ、再び次代様に挑んだとしても、我等が勝利を得る事はないだろう。ジガルよ、ワシの腹は決まった」



◇第9話「宇宙そらく者」

 銀河が煌めく漆黒の宇宙空間にジャモン艦6隻が浮かんでいる。宇宙クジラと見紛うジャモン艦の上に、邪悶ダレス軍次王ダレス・ティマルと、教育係でありダレス軍の最高相談役でもあるホメル・ジジの二人の姿が見えた。ティマルが大の字になって上空の溢れそうな星々を見つめている。

「ジジ先生、星が綺麗ですね」

「ティマル王子、星はどの宇宙でも美しいですな。この美しい星が宇宙の中に無数にあり、そしてその宇宙もまた多元宇宙の中に数限りなく存在するのです」

 茶髪の老人、ホメル・ジジが天空の星を指差した。

「我等は、その宇宙に蔓延る苦しみ悲しみを消し去るという大義の下で、神の使いとして無敵を誇って来たのです」

「はい。ホメル先生、我等邪悶は昔から無敵だったんですよね。だって、邪悶に敵う者などいる筈がないですもんね?」

「いやいや、それが違うのですよ。さて、今日はその話をしましょうか」

「はい、我等邪悶無敵艦隊の話を聞きたいです」

 ティマルが丸い目を輝かせた。

「今から5500年程前の事です。x宇宙の北の端に小さなナルメナ銀河がありました。その銀河の片隅にこれまた小さな恒星ザクヤがありまして、その3番目に惑星ワルモがあり、その7番目の衛星イヒトに気高き我等の文明がありました」

「えっ、我等の母なるイヒトは、そんな小さな星だったんですか?」

「それだけではありません。気高きイヒト星は、偉大な王ガルバ様と正義感が強く賢く働き者の民の星でしたが、惑星ワルモに住む爬虫類型人類ワルモ星人とナルメナ銀河連合軍の侵略により植民地となったイヒトの民は、奴隷のように過酷な支配を受けておりました」

 ティマルの口がへの字に曲がった。

「「イヒト人など人間ではない」と叫ぶワルモ星の統治者イメディール9世によって辛く苦しい時代が永く続き、次第にイヒトの民は減っていきました。何故なら、子供が生まれなかったからです。そして、イヒトに種の限界が迫ったある時、ガルバ様の前に神が現れたのです」


『我は邪悶じゃもんの神なり。偉大なイヒトの王ガルバよ、聞くが良い。これより100年後、お前の血脈を継ぎイヒトの新たな未来を創生つくる運命の子が生まれます。但し、その為の試練がこれから100年間続くのです。如何に辛くとも諦めては為りません。絶望しては為りません。この試練を乗り越えた時、イヒトの未来は永遠に光り輝くのです』


「神の啓示を受けたガルバ様は、イヒトの民とともに血を吐き這いつくばりながらも何とか生き抜き、100年後に神の啓示通り一人の男の子が生まれました。男の子はイヒト・ティラスイヒトの運命の子と名付けられ、イヒトに光り輝く未来が訪れる筈でした。それから10年後、再び神が現れてティラス様にこう言われたのです」


『我は邪悶の神なり。運命の子ティラスよ、お前は気高きイヒトの新たな未来を拓いていかねば為りません。運命の子として生きる覚悟はありますか、その身を賭してイヒトの未来を拓く覚悟はありますか?』

『はい、あります』

『言うのは容易い事です、死ぬ覚悟はありますか?』

『はい、この身がどうなろうとも、僕が必ずイヒトの未来を拓いていきます』

『為らば、お前の後ろを見なさい』

 ティラスの後ろに、黒緑の化け物と言われる龍魔人ゴンラッドが赤い双眼を光らせている。

『喰われて死ぬが良い』

『神よ、待ってくだされ。これでは約束が違います。我等の未来を拓くティラスが死んでしまう』

 黒緑の化け物が今正に飛び掛からんと口を開けた。

『ティラス、逃げるのだ』『逃げて』

『王様、王妃様、大丈夫です』

 運命の子ティラスは、気丈に立ち向かい目を閉じ覚悟を決めた。

『ティラス、逃げるのです』

 その時、ティラスは毅然として言った。

『いえ僕は逃げません。魔人ゴンラッドに喰われて死ぬのならそれも運命です。僕は運命の子ティラス、運命からは決して逃げません。大丈夫です、イヒトの未来は僕が変えて見せます』

『ゴンラッドよ、喰って良いぞ』

 神の非情な声が響き渡った。ティラスは心の中で呟いた。

『恐くなんかない、僕は運命から絶対に逃げてはいけないんだ。僕がイヒトの未来を変えるんだ。恐くない、恐くなんかないぞ』

 悲鳴とともに、イヒトの運命の子ティラスの身体は龍魔人ゴンラッドに喰い千切られた。血飛沫が中空に撒き散らされ、赤色の煙となって辺りを包み込んだ。


「我等イヒトの運命の子、ティラス様の最後でした」

「先生、ティラス様は死んじゃったのですか?」

 ティマルが今にも泣きそうな顔をしている。

「いえいえ、違います。我等邪悶じゃもんはそこから始まったのです。赤色の煙が消えた時、そこには運命の子ティラス様も魔人ゴンラッドの姿もなく、黒緑色と黒赤色の大きく厳つい龍角と鱗を全身に纏う二人の聖なる戦士が立っていたのです」

「それが初代様なのですか?」

 ティマルが目を輝かせた。

「そうです。その御二人こそが、初代邪悶皇帝ゲロス・ティラス様、そして初代准帝ゲロス・ジクード様でした。本来的には、ゲロス・ティラス様とゲロス・ジクード様の御二人の総称を初代様と言うのですが、准帝ゲロス・ジクード様御自身が深い尊厳を込めてゲロス・ティラス様を初代様と御呼びになった事から、我等は初代皇帝陛下ゲロス・ティラス様のみを初代様と御呼びしています」


 赤色の煙から現れたゲロス・ティラスは現状を理解出来ない。

『これはどういう事なのだ、全身から力が溢れ出てくる。私は何者なのか?』

 その時、邪悶の神は二人の戦士に6つの神の力を授けながら告げた。

『二人の戦士よ、今お前達は我が邪悶の力を宿す神の使いたるジャモン星人と成りました。お前達に、邪悶の6つの神の力を授けましょう』

 1つは、神示の力。邪悶の教義として、全ての身命に刻印しなさい。

 2つは、神身の力。分身の創技にして、全ての同志を降誕させなさい。

 3つは、神火の力。豪火の炎技にして、全ての物質を燼滅じんめつしなさい。

 4つは、神光の力。煌輝の光技にして、全ての物質を熔融しなさい。

 5つは、神雷の力。電磁の防技にして、全ての物質を消滅しなさい。

 6つは、神空の力。時空の道技にして、全ての時空を制御しなさい。

『お前達は、この神の6つの力で核宇宙を統合し、神のステージで絶対神と成らなければ為りません。さあ、宇宙そらく者となりなさい』

『邪悶神よ、我等にとってイヒトこそ命。その未来を拓く為に、我等は邪悶の教えに従いジャモン星人ゲロス・ティラスとゲロス・ジクードとして、イヒトの為に、邪悶の為に、宇宙を征く者となる事を誓う』


「こうして、イヒトの運命の子ティラス様は初代皇帝陛下ゲロス・ティラス様と初代准帝ゲロス・ジクード様から神身の力、分身の創技によって神聖ジャモン軍を誕生させ、僅か1隻の宇宙戦闘艦で出航しました。まずは忌まわしきワルモ軍と対決したのです」

 

『ゲロス皇帝陛下、11時の方向にワルモの大軍が見えます』

『ゲロス皇帝陛下、2時の方向にナルメナ銀河連合軍と思われる戦闘艦が集結しています』

 星々と見紛う程夥しい数のワルモ帝国軍大艦隊がワルモ星外宇宙に結集し、敵対するようになったナルメナ銀河連合軍と一触即発の状態になっている。

 接近するジャモン軍艦に気づいたワルモ軍が後方に退いていく。

『ゲロス皇帝陛下、ワルモ軍が我等の後方へと回り込むように移動し、ナルメナ銀河連合軍からの盾にしようとしています。如何致しますか?』

 初代皇帝ゲロス・ティラスが勇猛果敢に叫んだ。

『構わん、今より忌まわしきワルモ軍を殲滅する。宣戦布告でもしてやれ』

 遠巻きに対峙するナルメナ銀河連合軍など歯牙にも掛けず、神聖ゲロス軍は前方のワルモ帝国大艦隊に向かって、怯む様子もなく意気揚々と突き進んで行く。

『愚劣なるワルモ軍に告ぐ。我等は神の使い神聖ジャモン軍である。今より攻撃を開始する。ワルモのゲス共よ、くたばれ』

『イメディール閣下、イヒトの奴等が神聖ジャモン軍などと言い、生意気に宣戦布告しています』

 イメディール9世が激怒した。

『何だと、何が神の使いだ、何がジャモン軍だ、間抜けな勘違い野郎共め。イヒト星人如きに何が出来るものか。我等ワルモ帝国軍の最強兵器超光速核ロケット弾で皆殺しにしてくれるわ』

 宣戦布告に激怒するワルモ軍が、総攻撃体勢に入った。

『イメディール閣下、我精鋭飛行部隊、攻撃準備完了』

『今よりイヒトの艦を盾にして、超光速核ロケット弾をナルメナ銀河連合軍に撃ち、その勢いで総攻撃の開始だ。超光速核ロケット弾、発射』

 ワルモ帝国軍飛行部隊から数え切れない光速を超える核ロケット弾が発射された。ワルモ軍からの核ロケットがジャモン軍ではなく遠巻きに対峙するナルメナ銀河連合軍を標的にしている事は誰の目にも明らかだ。対峙するナルメナ銀河連合軍も、ワルモ軍からのロケット弾を迎撃するように嵐のようなビーム弾攻撃を始めた。

『ゲロス皇帝陛下、ワルモ部隊から超光速の核ロケット弾が発射されました』

『ゲロス皇帝陛下、ナルメナ銀河連合軍からビーム弾が発射されました』

『ゲロス皇帝陛下、挟撃を受ける形になります、如何致しますか?』

『慌てる事はない、神雷の力「電磁の盾」発動せよ』

 瞬時に、青いプラズマの球体がジャモン艦を包み込んだ。ワルモ飛行部隊から飛んだ数え切れない核ロケット弾が通り過ぎ、ナルメナ銀河連合軍の艦に着弾した。対するナルメナ銀河連合軍からもとんでもない数のビーム弾が襲って来る。

 飛び交うロケット弾とビーム弾の挟撃の嵐の中でも、防御する神の力である電磁の盾によってジャモン艦が損傷する事はなかったが、ジャモン軍兵士達が首を傾げた。

目前に奇妙な光景が映っている。

『あれれ、何か変です』『何だ?』『何だ?』

 兵士達は不思議そうに首を傾げた。ワルモ軍の超光速核ロケット弾が、ナルメナ軍のビーム弾が、何故かスローモーションのように見える。

『何故だ、何故あんなにスピードが遅いんだ?』

 ワルモ軍の核ロケット弾は超光速であり、ナルメナ軍のビーム弾も光速である筈なのだが、邪悶の神の力越しに見る全ての攻撃がゆっくりと光跡を描きながら目前を過ぎて行く。

 初代皇帝ゲロス・ティラスが豪胆に叫ぶ。

『全てを蹴散らしてしまえ、神光の力「光輝の槍」発動』

 ジャモン艦から光り輝くビーム状の槍が次々と発射され、一瞬の内にワルモ軍の核ロケット弾とナルメナ銀河連合軍のビーム弾を粉砕した。

『これが神の力なのだ、神の力を得た我等に敵う者などいない』

『皇帝陛下、ワルモ軍が「磁界バリア」を発動すると思われます』

『笑止、そんなものなど蹴散らしてしまえ』

 超光速核ロケット弾を一蹴されたワルモ帝国軍イメディール9世は、発狂しながらも兵士の士気を鼓吹した。

『核ロケット弾を止めたからと言っていい気になるな。その程度で我等ワルモ帝国軍に歯向かうとは勘違いも甚だしい。我等は銀河最強のワルモ軍団だ』

『イメディール閣下、我等の超光速核ロケット弾を破壊したヤツ等の光り輝くビーム弾がこちらに向けて発射されました』

『そんなもの我等ワルモ帝国軍鉄壁の「磁界バリア」の敵ではないわ』

 ジャモン軍の光り輝く電磁のビーム弾は、左翼から取り囲むワルモ帝国西、東軍に飛び、更に右翼から取り囲むナルメナ銀河連合軍に飛び、鉄壁を誇るバリアを突き破って爆裂した。ワルモ軍艦隊とナルメナ軍艦隊が次々と炎と光の中に沈んでいく。

『初代様、ワルモ軍艦隊西軍、続いて東軍を撃沈しました』

『初代様、ナルメナ軍艦隊西軍、続いて東軍を撃沈しました』

 ワルモ帝国軍艦とナルメナ銀河連合軍艦の殆どが炎と光に包まれて、戦意を喪失している。初代皇帝ゲロス・ティラスが大胆不敵に叫んだ。

『構わん、全てを燃やし尽くしてしまえ。神火の力「豪火爆裂の炎」発動』

 神の第三の神火の力。豪火の炎技「豪火爆裂の炎」が発動された途端、劫火の玉が出現し、膨張して爆裂した。宇宙空間に点在していたワルモ帝国軍とナルメナ銀河連合軍の戦闘艦は、極大の火の玉に包まれて宇宙の塵と消えた。

 

『我等神聖ジャモン軍に損傷なし、我等の大勝利です』

 ジャモン軍の兵士達が誇らし気に叫んだ。この勝利こそ、崇高なるイヒトが侵略という忌まわしい呪縛から解放され自由を手にする為に必達すべきものであるとともに、神聖ジャモン軍が神の教義を得て進み行く為の初陣でもあった。

 初代ゲロスが満面の笑顔で高らかに告げた。

『我等はこれよりワルモ本星を破壊し、次いでナルメナ銀河を統一し、そしてx宇宙を聖輪せいりんする』

 初代ゲロス皇帝の確信に満ちた言葉が、全てのジャモン戦士を奮い立たせた。

『我等に刃向かう者に手加減はするな、誰であろうと叩き潰してしまえ。我等は常に栄光の中に君臨しなければならない。栄光の邪悶、万歳』

 ジャモン軍戦士達の誰もが目を輝かせた。

『同志諸君、私の話を聞いてくれ。邪悶の教義に従うならば、我等は聖輪した後にそれぞれどの異宇宙へ翔ぶかは予測出来ない。だが、どの宇宙へ翔ぼうが我等が再び聖輪し、いつの日か神のステージで絶対神となる事に変わりはない。異宇宙での指揮統帥は、上位者が行う事を鉄の掟とする。我等は神の使いとして、宇宙最強戦士として誇り高く進もう。イヒトの為に、邪悶の為に』

 こうして、神聖ジャモン軍となって初めての聖輪が行われた。

『母なるイヒトよ。必ずや神聖宇宙の大統一を成し遂げ、偉大なる星イヒトに帰ってくる事を誓う。今より、邪悶の崇高なる教義に従い、我等は宇宙そらく者となる』

 虚空に光る黒孔こっこうの中に開かれた時空間の扉XWON。その中へ赤と黒の巨大なジャモン艦隊が吸い込まれ、異宇宙の彼方へと翔び去った。


「こうして、初代様と准帝様の遺伝子から生まれた邪悶第一世代の乗る邪悶ゲロス艦隊、そして初代様が創造されたバイオヒューマノイドのモノボラン群がXWONを抜けて異宇宙へと旅立ったのです」

「我等邪悶には永い歴史があるのですね」

「その後、邪悶第一世代から代を重ねる度に種属の変異が起こり、金龍族、銀龍族、赤龍族、青龍族、黒龍族、白龍族、緑龍族、茶龍族、木龍族、土龍族、天龍族などが生まれ、更なる変異により、我等ダレス族やホメル族のような同志が生まれているのです」

「我等邪悶は凄いのですね」

「そうです。しかし、初代ゲロス様が何度かの宇宙での戦いと聖輪を終え、Γ宇宙からこのα宇宙への時空間転移したその時、それは起こったのです」

「何が起こったのですか?」

「これは先日惑星キマルにいた同志との思考の同化で得られた初代様の記憶です」


 光の筋が後方へ流れ、複数の巨大なジャモン艦が時空間の中を翔んでいた。

『初代ゲロス皇帝陛下、超時空間を抜けます』

『うむ。准帝ジクードよ、何か変だ』

『初代様、何が変なのですか?』

『いや、妙な予感がするのだ。この宇宙には既に幾つもの来空の跡が見える。その一つにモノボランの飛行紋があるのだが、何故再聖輪をしていないのだ?』

『モノボランは初代様がクローンミックスによって造られたバイオ・ヒューマノイド戦士ではありませんか』

『そうだ。モノボランを超える力を持った者が、この宇宙にいるのだろうか?』

『初代様、それは考えられません。モノボランの戦闘力は、相当に高い筈です』

『うむ。他にも我等邪悶ではない高い戦闘力の者がこの宇宙に飛来した跡もある。どちらにしても、早々に聖輪する方が良いかも知れないな』

『御意』

『初代様、超時空間を抜けます……が』

『どうした?』

『時空間内の磁気嵐の数値がかなり高く、各艦の位置確定が不安定です。2号艦の軌道が定常値から極端に外れています。2号艦が4号艦に接触します。5号艦が3号艦に直撃、この司令艦も危険です』

 超時空間に響く鈍い爆震に、司令艦が揺れた。

『2号艦、4号艦大破、5号艦大破、6号艦がこの司令艦に直撃します』

 巨大な艦と艦が激突し、炎と光に包まれていく。

『初代様、このままでは全艦が大破します。初代様とこの司令艦だけでも残らなければなりません』

『愈々「その時」が来たのかも知れないな』

『初代様、准帝として邪悶神から我が身に特別に授かった神器「時空孔じくうこう」で異宇宙へ翔びます』


「その時、初代ゲロス様が突然に驚くべき事言われたのです」

「驚くべき事?」


『ジクードよ、私は「天命」を試してみようと思うのだ』

『初代様、それはどういう意味で御座いますか?』

『……私は邪悶初代皇帝として聖輪により宇宙の統一を果たさねばならぬ「天命」を受け、今日までその責務を全うして来た。だが、私にはどうしても蟠る事があるのだ。その蟠りを払拭する為に、私は運命を試さねばならぬのだ。私が時空孔で異宇宙に翔ばずに、この艦で生き残る事が出来たならば、「天命」を疑った私が愚かだったという事になる。そうでなければそれまでなのだ』

『初代様、それはなりません。私は、准帝として特別な神器である時空孔を邪悶の神より授かっております。時空孔は、XWONを抜ける事なく異宇宙へ移動出来る唯一の手段、それは初代様をお護りする為にのみ存在するのです。初代様を御護り出来なければ授かった意味がありません』

『ジクードよ、良いのだ。いつか、この時が来る事はわかっていた。ここで終わるならそれも運命なのだ。さらばだジクードよ、お前だけでも異宇宙へ翔べ』

『何を言われるのです。初代様は、常に我等邪悶の先頭に立たねばならないのです』

『うむ。だがジクードよ、同様に私が「天命」を試す事もまた邪悶の先頭に立つ者としての運命のような気がするのだ。私の我が儘を許せ』

『為らば、初代様とともに生まれた私も、初代様の「天命」とともに進むのが筋とというものでしょう』

『愚か者め』

『私は筋金入りの愚か者です』

『ジクードよ、何故私が「天命」を試すのか、お前だけには言っておく事にしよう。私は、初代邪悶ゲロスとなって5000年の間消えぬ疑問があった。我等邪悶は命に刻む邪悶の教義により聖輪して来たが、聖輪した後を知る事はない。我等は、本当に人々を宇宙の悲しみ苦しみから救って来たのだろうか。我等は聖戦と称して、銀河を星を破壊し人々を殺める事を正当化するが、そこに大義はあるのだろうか?私は、邪悶を正当に導いていく者として、その蟠りを消去する為に聖輪が己の「天命」である事を試さねばならぬのだ』

『初代様、為らば尚更御供致しましょう。私は初代様の一部であり、常に初代様とともにあらねばならない存在なのですから』

『お前は本当の愚か者だな』

『はい』

 Γ宇宙から光の塊となってα宇宙に飛来したジャモン艦は、時空間の扉XWONから出た途端その巨体をぶつけ合い大破した。その時、初代ゲロスは遠退く意識の中で、確かに何者かの声を聞いた。

"私は宇宙の意識です。光の絆を持つ者よ、貴方は全てを知る為に試練を越えなければ為らない。そして、貴方は此の宇宙の宇宙神と成らねば為らない、それこそが貴方の天命なのです。貴方に神の意識を授けましょう。大いなる意思によって貴方は試練を越え、貴方を次ぐ者は時空へ旅立つのです、全ては宇宙の為に"

 初代ゲロス・ティラスの司令艦は木っ端微塵に爆裂し、一瞬の閃光の内に虚空に砕け散って宇宙の藻屑と消えた。


「初代様に問い掛けた宇宙の意識と名乗る者が果たして誰だったのかは未だに不明ですが、それが初代ゲロス皇帝陛下の最後でした」

 ティマルが泣いている。

「初代様って、凄いですね。感動しました。僕は初代様に御会いした事はありませんが、とても好きです。初代様を次ぐミルキー姉ちゃん、じゃなかった次代様も好きです。次代様は僕と同じ匂いがするのです」

 ホメル・ジジが目を細めた。

「初代ゲロス様は我等にとっての父であり、兄であり、全ての尊厳の源である事を、決して忘れてはなりません。ティマル王子、この意味がわかりますか?」

「えっと、わかりません」

「ダレス大王様は、常々初代様についてこう言われています。「初代ゲロス様は我等にとって絶対的存在であり、如何なる理由があろうとも我等が初代様を否定する事などあってはならない。初代様は我等にとって尊厳すべき貴い存在であるとともに我等自身でもある。即ち、初代様を否定する事は自らを否定する事なのだ』と」

 ティマルが頷きながら聞いている。

「我等邪悶同志が一様ではなく、多様な考え方を持っている事は、否定されるべきではありません。しかし、決して忘れてはならない事があります」

「それは何ですか?」

「それは、所詮我等は神身の力によって初代ゲロス・ティラス皇帝陛下から生まれた唯なるクローンに過ぎないという事です。それを忘れた時、我等は我等ではなくなるのです」

「「我等が我等でなくなる」ってどういう意味ですか?」

「それは、「我等が存在する意味を失い、進むべき道を見失う」という事です。何故ならば、我等の進む道を標すものは邪悶の教義以外にないからです」

 ホメル・ジジの高説が続く。

「読み解く者によって、教義の解釈が異なるのは仕方のない事ではあります。だからこそ、最終的に我等は教義に従うのではなく導くべき指導者に従わねばならないのです。でなければ読み解く者によって行く道が異なってしまうからです」

「そうですね」

「最も重要なのは、我等は邪悶の神に従う者でも教義に従う者でもなく、唯一絶対的指導者である初代ゲロス皇帝陛下に従う者だという事です。それさえ忘れなければ、我等は永遠に初代ゲロス様に従う者として、そして人として生きていけるのです。今後とも、我等ダレス軍の初代ゲロス様に対する考え方が変わる事は決してありません。それは次代様に対しても同じ事です」

「先生。では、ダレス様は何故次代様と闘ったのですか?」

「ティマル王子、それはとても良い質問ですね。それは、深い意味を持っています。実は、ダレス様は次代様と闘ったのではなく、次代様即ち初代ゲロス様に教えを乞うたのです」

「何の教えを乞うたのですか?」

「では、質問をします。邪悶の真理とは何か知っておられますかな?」

「はい。宇宙の真理を求め、宇宙に秩序を吹き込み、唯一絶対神となる為に宇宙へと旅立つ事、即ち聖輪する事です」

「そうですね。では、我等は聖輪した宇宙を本当に救って来たのでしょうか?」

「えっ、えっと……わかりません」

「そう、正解です」

「?」

「わからないのです。邪悶の教義は、それを知る必要のない事だと教えています」

「ジジ先生、何故知る必要がないのですか。我等が命に刻む邪悶の教義とは、神が我等に与えてくれた道標なのですよね。知らなくて良い事なのですか?」

 ホメル・ジジの高説が真理に迫っていく。 

「邪悶の教義とは、神が我等に与えた6つの神技の一つ、神示の力です。では、邪悶の教義序章を復習しましょう」


『序章:崇高なる邪悶の子よ。私は大いなる意志に従い、貴方を宇宙の真理に導きます。そして、貴方が神と成り神聖なる宇宙の扉に邪悶の聖志こころざしを刻む迄、私は貴方の傍らに立つでしょう』

『序章:崇高なる邪悶の子よ。神聖なる宇宙に人の悪意の自我が満ち溢れています。宇宙の存在が源となり、悪意の自我に因って生み出された苦しみや悲しみが満ち溢れているのです。貴方は宇宙の真理を解き明かし、この宇宙に蔓延る全ての苦しみや悲しみを消し去らねば為りません』

『序章:崇高なる邪悶の子よ。貴方は宇宙に満ちるこれら全ての悪意の自我を消し去る為に、自身が神と成り、宇宙に存在する貴方以外の全てを支配しなければ為りません。全ての星と、全ての銀河と、全ての宇宙を支配しなければ為らないのです。そして、貴方は宇宙から全ての苦しみや悲しみを消し去る為に、神と成るべき貴方以外の全ての存在を消し去らねば為らないのです』

『序章:崇高なる邪悶の子よ。貴方は宇宙に聖なる輪を描かなければ為りません。貴方以外の人類と全ての宇宙に、聖輪の力を与えなければ為りません。全てを唯一とする為に、全ての宇宙に聖輪の力を与えなければ為らないのです。その為に貴方は黒孔に現れるXWONを開けねば為りません。宇宙を治める者が持つ聖空ノ鍵は貴方を大いなる宇宙に導くでしょう。貴方は決して後ろを振り向いては為りません。貴方は唯一絶対の神と成る迄振り向いては為らないのです』

『序章:崇高なる邪悶の子よ。貴方は邪悶の真理を解き明かし宇宙の真理を知るでしょう。そして、貴方は遥かな宇宙の彼方へ旅立つのです。貴方は宇宙の真理を求め、宇宙に秩序を吹き込み、唯一絶対の神と成る為宇宙に旅立つのです。何故なら全ての宇宙に貴方以外が存在する理由がないからです。それが邪悶の真理です。そして、貴方はXWONを開き更に全ての宇宙を支配するのです。それが宇宙の真理です。聖輪に拠って全ての物象と全ての宇宙を支配する時、貴方は宇宙の意志に導かれ唯一絶対の神と成るのです』

『序章:崇高なる邪悶の子よ。貴方は神聖なる宇宙に貴方が神と成った姿と見るでしょう。そして、自身が存在する理由を知るのです。それが貴方の天命なのです』


「ティマル王子、この邪悶の教義序章の本旨を、十分に理解出来ていますかな?」

 ティマルは首を振った。

「あっ、えっと、実は良く理解出来ません」

 ティマルが己の未熟さを素直に謝ると、ジジから意外な答えが返った。

「その通り、理解出来ないのです」

 ティマルは驚いた。

「神の啓示として神から頂戴したこの教義によって、我等は神の使いとしての使命を知るに至っています。しかし、邪悶有史以来この教義の本旨を、全て解き明かした者はいません」

「えっ、いないのですか?」

 ホメル・ジジが頷きながら続けた。

「かつて、初代ゲロス様は「宇宙の真理も、邪悶の真理も全ては永遠に我等が探し求めて行くものなのだ」と言われましたが、その解釈はいつの間にか歪曲されてしまい、各大王同志は「真理は全て解き明かされた。我等は教義を命に刻み、聖輪によって宇宙の統一を果たす為に只管戦い続ければ良い」と嘯き、それが主流となったようです。本当にそうなのでしょうか?」

 ティマルは、食い入るようにジジを凝視する。

「真実は違うのです、我等は宇宙の真理も、邪悶の心理も解き明かしてなどいないのです。わかっている事は唯一つ、「我等が聖輪する事を神から天命として授かった」という事だけで、それ以外は何一つ解き明かされてはいません。故に、それは当然の如く盲目的で短絡的な解釈とならざるを得ないのです。「只管戦い続ければ良い」という解釈が正しいなど、ちゃんちゃら可笑しいと言わざるを得ません」

 ティマルは突然の内容に、目を丸くして言葉が出ない。

「それについて、ダレス大王様はこう言われました。「我等が真理を解き明かしたなど傲りでしかない。何故なら、我等は我等が聖輪した後にその宇宙がどうなったかさえも知り得ないではないか。銀河を、星を破壊し、人を殺める事、そのどこに大義があるのだろうか。そもそも、聖輪する事により宇宙に平和と幸福を齎す事が可能ならば、聖空ノ鍵を持つ宇宙神は何故自らそれを行わないのか」と。ダレス大王様が指摘されるこの矛盾に答えられる者は邪悶の中には誰一人いないでしょう。そしてこの矛盾こそが、初代ゲロス様が苦悩されこの宇宙で天命を試された理由でもあります。初代様と同様に、真理と現実との狭間でダレス大王様も日々苦悩されて来たのです」

「そうなんですか……」

「そして今、その矛盾に対する「驚愕の真実」がキマル星にて判明し、ダレス大王様も「新たな天命」を試す為、尊厳たる次代様との闘いに挑まれたのです。しかしそれは、決して初代様、次代様を否定するものでも敵対するものでもありません。それどころか、我等は初代様、次代様から御教示を頂戴する事を目的として、あの闘いがあったのです」

「ジジ先生、「驚愕の真実」って何ですか?」

「我等邪悶の根幹を揺るがす真実です。近々、ダレス大王様より直々にお話があるでしょう」

 ホメル・ジジが悲しそうに銀河を見上げた。その真実が何なのか、どんな意味を持っているのかティマルには予想も出来なかった。ジジが気を取り直してティマルに問い掛けた。

「では、質問を変えましょう。我等が生きていく理由、或いはその目的とは何でしょうか?」

「えっと、それは「人は人の為、そして自分の為に生きていくのだ」と次代様が言っておられました」

「その通りですね。それを慈愛と言います。例え、我等の目的が宇宙の統一であろうと、神からの教えであろうと、決して戦いや破壊を生きる目的としてはなりません。我等は常に人であって、人として生きていかねばならないのです。それが初代ゲロス様の崇高なる思想であり、ダレス大王様の御意志でもあります」

「ジジ先生、僕もそうだと思います。実は、僕は戦いが嫌いです。いつも戦いの後に胸が苦しくなるのです。出来る事なら戦いのない宇宙で生きていきたいと思っています、僕は邪悶のダメ戦士ですね」

 ホメルが優しい顔で笑った。

「そんな事はありません、それで良いのです。ダレス大王様も常々「我等は戦士である前に人である」と言っておられます。戦いを生きる目的にするなど絶対にあってはならないのです」

「はい、僕もそう思います」

「その昔、聖輪により我等から離空した同志クルテス族は「我等邪悶の目的が宇宙の統一であるなら、その為の銀河の破壊や人々の殺戮は当然であって、それが我等の生きる理由なのだ。抗う者など全て駆逐すれば良い」という信念を持っていました。敢えてそれを否定はしませんが、明らかに我等ダレス軍とは違う考えと言えるでしょう。あって欲しくはない事ですが、いつか思想の違う邪悶同志が互いに敵対し戦う事もないとは言えません。また、それは既にどこかの宇宙で勃発しているのかも知れません」

「嫌だな」

 ティマルが悲しそうな顔で呟いた。

「どんなに生きる環境が変わったとしても、人として最も大切なのは「常に人が人である事」です。我等ダレス軍には、これからもその思想が受け継がれていく事でしょう。何故だかわかりますか?」

「えっと……」

「その答えは、ティマル王子自身にあります」

「どういう意味ですか?」

「貴方が、新たに進化した人として生まれたからです」

「新たに進化した人とはどういう意味ですか?」

「そもそも我等邪悶は、全て初代ゲロス様の遺伝子からクローン化されて生まれました。そのクローン体から約1000年ごとの身体的限界を超越する為に更にクローン化されて系世を重ねていく事は今も変わりありません。しかし、その為にクローン体には生まれて間もなく記憶の入れ替えが行われます。見方を変えるなら、クローン体は人ではなく記憶の入れ物とも言えるでしょう」

「記憶の入れ物ですか……」

「我等邪悶は、それによって一系世1000年の身体的限界を超えて、邪悶5000年に渡る脈々たる記憶を先代から受け継いでいるのです。我等は思考の同化によって記憶を共有する事が出来ますが、得られる容量は限定的です。先代から記憶の注入をされたダレス様は、5000年前から今日に至るまでの邪悶の全記憶を持っておられます」

「大王様も凄いのですね」

「これは我等が宇宙の神となる為に必須だ信じられてきた儀式なのですが、ダレス様はティマル様に記憶の注入を行いませんでした。何故なら、それによってティマル様の自我意識が阻害される可能性があるからです。邪悶ゲロスとしての極大な記憶を生まれたての赤子の記憶媒体に無理矢理注入する事は、時にはキマル星で見た同志の生き残りのように意識に深刻な損傷を与えてしまう事も少なくないのです。注入されるゲロスとしての記憶量は、系世を経るに従って増えていきます、比例して増加する記憶量の大きさに耐えきれず発狂してしまうリスクも高くなるのです」

「恐いですね」

「ダレス大王様は、「記憶の注入を行わずに系世を継いで生きていく事こそ、最大の進化なのだ」と言っておられます。間違いなくダレス様は我等邪悶の中の最高の指導者でしょう。そして、貴方はその方を継ぐ立派なダレス軍の主導者とならねばならないのです」

「はい」

 ティマルが清々しい顔で星空を見上げた。



◇第10話「不可測な未来」

 幾重もの防御層に包まれた邪悶ダレス軍司令艦の最深層部に、大王宮が広がっている。王宮に、大王ダレス・ワシーダ、龍王ダレス・ジガル、次王ダレス・ティマル、准将ダレス・シラム、准将ダレス・シラネス、准将ダレス・ネガルテ、准将ダレス・クルーネ、准将ダレス・デンノルの各司令官達が一同に会した。

 薄暗い王宮には丸いドーム型ホログラムが置かれ、漆黒の宇宙を映し出し、その周りに規則正しく置かれた玉座に8人の悪魔一同が座っている。

 龍王ジガルは立ち上がり語り出した。

「皆も知っての通り、我等はこの宇宙に聖輪して以来、惑星キマルに封印された同志と思考の同化を行い、初代ゲロス皇帝陛下を次ぐ御方との同化、そして闘いを経た。それらにより、我等は驚愕する真実を知るに至り、そして重大な岐路に立たされている。その真実を踏まえ、我等が進むべき道について皆の考えを確認したい」

 准将シラムが不思議そうな顔をした。

「大王様、龍王様、申し上げます。そもそも、我等はダレス軍として生まれた者達に過ぎません。我等の進む先は、例え如何なる棘の道であろうともダレス大王様の仰せのままに進むのが我等の使命と考えております」

 龍王ジガルが頷きながら訊いた。

「シラネスよ、お前はどう思う」

「申し上げる事など何ら御座いません。我等は、元より大王様に命を預けております。大王様の御意向に従う事こそ、我等が使命と考えております」

 ネガルテが言葉を被せた。

「大王様、龍王様、改めて我等の意向など確認いただくには及びません。ダレス大王様の仰せのままに進み行く、それが我等の総意、邪悶の天命に御座います」

 大王ダレスは、目を閉じたまま謝意を表した。

「皆の言葉が胸に響く、まずは皆のこれまでの忠義に礼を言う。だが、真実を知るに至った今、我等は聖輪する以外の道を選ばねばならぬだろう」

 大王の言葉に悪魔達が驚きを隠せない。

「大王様、龍王様、申し上げたき議が御座います」

 クルーネが不思議そうな顔で訊いた。

「我等が先程より申し上げております事には、誰一人として一寸足りとも偽りは御座いません。しかし、何故我等が誇り高き聖輪以外を選ばねばならぬのでしょう?」

 龍王ジガルの口が重い。

「それは我等が知るに至った真実の故だ。全ては今より行う思考の同化により明らかとなるが、我等は神の使いとして聖輪により幾つもの宇宙を救い、いつの日か宇宙を統一し神となる事を願い、命を賭して戦い抜いて来た。その志は、我等だけでなく他の宇宙に聖輪した我等以外の同志も違うまい。我等は、邪悶の教義を命に刻み、戦いの中で生きる事こそ真理と思ってきた。だが……それが違うのだ」

「龍王様、違うとは?」

「龍王様、違うとはどういう事で御座いますか?」

 核宇宙に侵入し破壊の限りを尽くす畏怖の存在である悪魔ジャモン星人は、聞いた事のない憂色を浮かべる龍王の声に戸惑いを隠せない。

「過日、この宇宙におられる初代ゲロス皇帝陛下を次ぐ御方たる次代様をこの王宮にお迎えした。その際、次代様は「聖輪は宇宙を救う事にはならない。我等邪悶が聖輪した宇宙は消滅した」と言われたのだ」

「龍王様、消滅とはどういう意味で御座いますか?」

「我等邪悶は、宇宙神の持つ「聖空ノ鍵」でXWONを開いて聖輪し宇宙を救って来たが、実は我等が去りXWONが閉じると同時に宇宙はビッグクランチに向かい消滅するのだ」

「宇宙が消滅、で御座いますか?」

「それは本当なので御座いますか?」

 悪魔達は半信半疑の顔をした。龍王ジガルの辛そうな声が続く。

「それは、正に信じ難い事ではあるが、真実なのだ。キマル星で同志の生き残りと思われる者と思考の同化をしたのだが、その中に初代ゲロス様の記憶があり同様の内容が存在した。そもそもそれは宇宙神の知識なのだが、初代様はこの宇宙で宇宙神となられていた事でそれを知り得たのだ。即ち、我等は聖輪により宇宙を救って来たのではなく、宇宙を、銀河を、星を、そして人々を全て殲滅した事になる」

「殲滅した?」「殲滅……何という事だ」

「大王様、龍王様、御待ちください……」

 悪魔一同が唐突な話に当惑する中で、シラネスが重大な事に気づいた。

「それは……決して、決して、あり得ない事に御座います。そんな事はあり得ないのです、決して……」

 悪魔達がシラネスの狼狽振りに驚いた。それが何かはわからないが、シラネスは確実に何かに絶望している。

「シラネスよ、どうしたのだ?」「何があり得ない事なのだ?」

「宇宙を聖輪したというなら……我等は……x宇宙を最初に聖輪している……」

「x宇宙?」

「そうだ……我等はx宇宙を最初に聖輪した」

「x宇宙は……我等の……」

「……そうか」「……うむ、そうだ」「x宇宙は我等イヒトの宇宙……」

「……では、我等が母なる星イヒトは?」

「我等が母なる星イヒトと敬愛すべきイヒトの民は一体どうなったのだ?」

「まさか……」

 龍王ジガルは目を閉じ、続けて言った。

「我等が母なる星イヒトと敬愛すべきイヒトの民は……既にこの世に存在しない」

「何と?」「イヒトが、既に、ない……?」「しかも……我等がこの手で?」

 一同は動揺を隠せない。自らの命に刻む協議が意味を持たない、そして最も根幹である命そのものの母なるイヒト星が、既にない。更にそのイヒト星を、イヒトの民を自らの手で消滅させたのだ。

「我等は、自らの手で母なるイヒトと我等の敬愛なる祖先を殲滅し、延々と宇宙を銀河を星をそして救うべき罪もなき民を殺め続けて来た、という事に他ならない」

「何と、真実なのだろうか?」「信じられない」「イヒトがない?」

 およそ収拾の付かない一同の言葉を遮り龍王ジガルが言う。

「今より思考の同化を行う。全ての真実はその中にある」

 王宮の中にプラズマの光が充満した。一同がそれぞれに両手を翳し同化が始まると、一同の動揺は絶望と悲嘆に変わり王宮は騒然となった。

「あり得ない……」「あってはならない……」「そんな馬鹿な事が……」

「我等の母なるイヒトが既に存在しない、そんな事が真実である筈がない……」

「我等が、自らの手で母なるイヒトを消滅させたなど、あり得ない……」

 ジガルは自らの悲嘆を抑えながら一同を諌めた。

「皆、気を確かに持ってくれ、真実は記憶の通りなのだ」

「龍王様、教えてください。イヒトを消滅し、宇宙を潰していく聖輪に何の意味があるのでしょうか?」

 龍王ジガルは肩を震わせ、張り裂ける思いの中で言った。

「意味は……ない。我等邪悶はイヒトの艱難辛苦の上に生まれた。我等にとって邪悶の教義は命に刻んだ尊い教えだが、母なるイヒトは命そのものだ。教義によりその命を自らの手で消滅させたという事は、最早我等が邪悶として生きていく理由が存在しないという事なのだ」

 重過ぎる空気が満ちた広い大王宮で、ジガルが続けた。

「皆、聞いてくれ、ここから我等が進む道は三つ以外にないだろう」

 動揺する悪魔一同が聞き入った。

「一つは、無意味である事を承知の上で、この宇宙の聖空ノ鍵を得て次宇宙へ聖輪する事だ。だが、我等が聖輪し神聖宇宙の神となるのは我が気高き母なるイヒトの新たな未来を拓く為だった筈であり、イヒトが存在しないのならば我等が再び聖輪する事に意味などあろう筈もない。この宇宙の全てを消し去り、意味もなく聖輪する大義などないのだ。そんな愚かしい事が賢明なる我等ダレス軍に出来るだろうか?」

 既に一同が言葉を失っている。

「二つは、我等がこの宇宙の全てを支配し、この宇宙に邪悶ダレス帝国を建てる事だ。それは、我等の力を以てすれば容易い事に違いない。しかし、この宇宙に我等が邪悶帝国を築いて何とするのか。我等がこの宇宙の民を奴隷のように従えるならば、かつてイヒトを蹂躙したあの忌まわしきワルモ星の下衆共と同類と成り下がるのだ。そんな下劣な真似が誇り高き我等ダレス軍に出来るだろうか?」

 誰もが目を閉じた。

「三つは、この宇宙で我等のみで生き永らえていく事だ。だが、この宇宙で我等のみで生きていく事自体には大義も意味さえないのだ。そんな虚無なる事が我等栄光のダレス軍に出来るのだろうか?」

 ジガルは、そう言いながら身体を震わせ続けた。

「では、宇宙最強の我等ダレス軍はどう生きるべきなのか……」

 得体の知れない絶望感が大王宮に満ち溢れている。余りにも驚愕の真実に一同は愕然とし、持っていき場のない思いが現実に追いつかない。目を閉じて逡巡していた大王ダレスの重苦しい声が響いた。

「皆、ワシの話を聞くが良い」

 ダレスの声にも惑いが隠し切れない。

「真実は、思考の同化により皆に伝わったであろう。信じ難いがこれが真実である。過日、同化により見えた次代様の御心にも偽りはなかった」

 大王ダレスの声には、自らの心痛に耐えながら指導者としての任に堪える強い意志が感じ取れる。

「主導者としてのワシが言う事でない事を了知の上で言うが、実はワシの中にも同質の疑問は生まれていた。「我等は何故戦わねばならないのか」「銀河を、星を破壊する事が何故宇宙の苦しみや悲しみを消し去る事になるのか」「我等が聖輪して来た宇宙の民は本当に救われたのか?」「聖輪する事により宇宙に平和と幸福を齎す事が可能ならば、聖空ノ鍵を持つ宇宙神は何故自らそれを行わないのか」という疑義の答えを永い間求め続けて来たのだ。だが、キマル星の同志の記憶に残っていた初代ゲロス様の御心、そして次代様の御言葉とその記憶に残る初代様の思いを拝見した時、ワシの中の疑問が全て溶解した」

 一同の意識に失望が絡み付いている。言葉を発する者はいない。

「驚愕すべき事であり信じ難い事ではあるが、それは真実だ。聖輪は唯宇宙を消滅させるのみであり、愚かにも我等は自らの手で母なるイヒトを消し去ったのだ。初代様御自身がこの驚愕の真実を覚られた時の御心を察するに、涙が止まらない。さぞや心を痛められた事だろう。結果として、その御心で同志をキマル星に封印したのだ」

 ダレスの目に光るものが見える。

「今、我等にとって最大の問題は、聖輪に意味がない事を理解した上でこれからどう進むべきかという事だ」

 先の見えない闇の中を歩いている一同の前に、断崖が口を開けている。

「大王様、我等はどうすれば良いのでしょう?」

「大王様、我等に御命令ください」

 ダレスは怯まない。例えそこに絶望が待ち構えていようと、ダレス軍は勇壮に誇りを持って進んでいく。

「うむ。具体的な道はジガルが言った通りの選択肢にならざるを得ないだろう。それが無意味であろうが馬鹿げていようが、それでもワシには邪悶を導く者として聖輪せねばならぬ宿命がある。為らば、我等はどうするべきなのか」

 ダレスは苦悩しながらも、導く者としての誇りを捨てる事はない。宇宙最強の邪悶最強の大王ダレスが先の見えない闇に微かな光を灯す。

「それは、尊厳たる初代ゲロス様の記憶の中にあった」

「それとは何で御座いますか?」

 悪魔達は、戸惑う子供のように自らの行く道を知るべくダレスに縋った。

「それは、即ちこの宇宙に聖輪された際に天命を試す為に命を賭けられた初代様と同様に、我等も次代様との闘いの勝敗に我等の天命を託す事だった」

 ダレスが続けた。

「我等が勝利したならば、真実を伏せ聖輪したであろう。しかし、次代様の強さは我等を遥かに凌駕した。そして、我等は「これから選択すべき答え」を得るに至ったのだ。我等が再び聖輪する事はない」

「大王様、我等が「これから選択すべき答え」とは何で御座いますか?」

 ダレスが告げた。

「我等は……この宇宙で初代様になる」

 ダレス軍の絶対的指導者たるダレス・ワシーダは決断を下命し、その意味を説いた。悪魔達は激しく同意した。ダレス軍の渾然一体とした結束は鉄石の如き堅固さを誇っている。どんなに迷った時でさえ、常にダレスの決断こそがダレス軍が進むべき明確な道標となるのだ。

「ティマルよ、次代様をこの王宮へお連れするのだ」

「御意」

                  

 銀河パトロール東本部へと帰路を急ぐエクレア号が漆黒の宇宙を快活に飛んでいる。いつものように忙しそうに動き回るポップの横でミルキーが寛いでいる。

「あれから、ジャモンのヤツ等どこかへ消えてしまったらしいっスよ」

「へぇそうなんだ」

「ミルキー、ジャモン星人がどこに消えたか知らないっスか?」

「知らないし、興味もないね」

「そうっスか、北宇宙連邦は大変らしいっスよ」

「何で?」

「北連邦は、ジャモン星人との戦いで指導者と連邦軍の主力の殆どを失って、昔から仲の悪かった東連邦軍にイジメられて、国内では新しく北連邦革命軍なんてのが台頭して内戦状態になっているらしいっス。ミルキーは東連邦のエノウ皇国にいた事があるっスよね。また東連邦と戦争が勃発ったりしないといいっスね」

「東連邦はさ、昔から散々北連邦に戦争吹っ掛けられて来たから、その仕返しなんじゃないかな?」

「東連邦の主要国バルキア連邦国のパルス国王は、ミルキーの義理の兄貴っスよね。東・北戦争は勃発しないっスか?」

「そんなの、絶対に起きないよ。パルスはアホだけど、馬鹿じゃないからね」

「そうっスか、良かったっス。海賊アマンダ軍は暴れないっスか?」

「さぁ、それはわからないね。アマンダはないだろうけど、妹のミランダは火の玉みたいなヤツだから、いつジャモン星人相手にケンカ売るかわからない。バカだし」

「ミルキーの知り合いって、そんなのばっかりっスよね。そう言えば、ジャモン星人のティマルは来ないっスね?」

「うん、来ないね」

「もう来ないっスかね?」

「さぁね」

 ポップが何かを思い出した。

「あっ忘れてたっス、さっき宇宙連合のエライン・ボーク統括指令長官から直々に連絡があったっスよ」

「何の用だったの?」

「エライン・ボーク統括指令長官が、ペル博士に「ジャモン星人と互角の力を持っているミルキーを宇宙連合軍に呼んでほしい」って頼んだら、「頼みたいのなら自分でやれ」って言われたらしいっスよ」

「ジャモン星人と互角じゃないんだけどね、まぁいいか。大体さ、ワタシが宇宙政府なんかに入る訳ないじゃん。一度で懲りちゃったよ、爺ばっかりだしさ。ずっと今のまま銀河パトロールでいいよ」

「ジャモン星人と互角なんだから、宇宙政府に入ったらきっと偉くなれるっスよ」

「互角じゃないってば。それに偉くなってどうするの?」

 ミルキーは相変わらずそんな事には興味がないし、互角と言われるのは心外だと本気で思っている。

「でも、このまま銀河パトロール隊員ではいられないっスよ」

「駄目なの?」

「駄目っスよ」

「どうして?」

「だって、ジャモン星人の奴等がまたいつ攻撃して来るかわからないし、奴等と互角の力を持っているのはミルキーしかいないからっスよ。それに、そもそもミルキーは本来宇宙神となるべき人間なんだから、宇宙政府に入るのは当然っスよ」

「何故だか、意味わかんない。そんなの、面倒臭いだけじゃん。ずっとこのままがいいよ」

「無理っスよ。世の中に、ずっとこのままなんてないっスよ」

「ポップだって、バイオロイドになってから、ずっとチビ助のまんまじゃん」

「それは関係ないっス。それにチビ助じゃなくて小柄って言うっスよ」

「小柄のチビ助?」

「違うっス。でも、これからミルキーはどうするつもりっスか。銀河パトロールにいられなくて宇宙政府に入らなかったら、宇宙海賊になるくらいしかないっスよ」

「えっ、海賊?うぅぅぅん、海賊かぁ、それもいいかも知れない」

 ミルキーが宇宙海賊の一言に反応した。目が輝いている。

「そうっスよ、だから海賊になって……ん、違うっス」

「海賊いいじゃん、アマンダみたいにカッコいい海賊になろう。この船も海賊船にしよう」

 ミルキーが一人嬉しそうに叫んだ。

「えぇぇ、何を言ってるっスか。バルケ、お前からも言えっス」

「海賊でっか、格好エエでんな」

「ひぇっ、ガム・テイル、お前等反対しろっス」

「ワタシハ、面白ソウダカラ、ミルキーニ付イテ行キマスヨ」

 ガムが躊躇する事なく言い切った。

「ガム、何言ってるっスか?お前は元々この船の一部っスよ」

「ぼくは、ミルキーが海賊でも一緒がいいです」

 テイルも迷わず決断した。

「テイル、お前は国家プロジェクトのロボットっスよ。国家プロジェクトの海賊なんてあり得ないっス」

「宇宙海賊デ決マリデス」「ボクも宇宙海賊だ」「宇宙海賊やで、格好エエやん」

 ポップ以外の一同が同意した。ミルキーが駄目押しの一言を放つ。

「ポップ、決まりだね、諦めなよ。ワタシ達皆一緒でミルキーズだし、ポップはその隊長じゃん」

「ぎょえっ、僕も海賊になるっスか?嫌っス。絶対海賊なんかならないっス」

 そう言いながら、ポップはある事を思い出し、頭を抱えた。

「ヤバイっス」

 ポップは宇宙神ティラとの約束を思い出した。しかも、それはケルバ号を預ける条件となっていた。


 宇宙神ティラがミニモ(ポップ)に訊いた。

『ミニモ・プリンズ、一つ確認したい事がある。私が君にこのケルバ号を預けた後、乗るべき者、銀河ほしぐ者が現れたらどうする?』

『はい、命を賭けて付いていきます』


「あぁぁぁ、ミルキーが乗るべき者で僕が海賊にならないとすると、僕はティラ神との約束を反古にした噓吐きという事になるっスよ。それは駄目っス。絶対に絶対に駄目っス。海賊になるっス」

「あれっ?諦めが早いじゃん」

「当然っスよ。僕は昔、光の神様から神石を預かる護る者で神様の使いだったっス。海賊にはなれるっスけど、噓吐きにはなれないっス」

「神の使いが海賊ってのもどうかと思うけどね」

 ミルキーが嫌味を言ったが、果たしてその話の発端は何だったか。

「えっ、海賊になるのをやめてくれるっスか? 」

「残念でした、やめないよ。ワタシもアマンダと同じ海賊だぁ」

「神様、僕はどうしたら良いのでしょうか?」

 ポップは泣きそうな顔で天を仰いだついでに、「でも海賊っていうのもいいかも知れないっスね」と小さな悟りを開いた。


「笑っちゃいますねぇ」

 人懐こい聞いた事のある笑い声がした。いつの間にか、見た事のある子供が隣にいる。虹色の髪が輝いている。

「あっ、ティマル、食うなっス。いつ来たっスか?」

「相変わらず、お二人の掛け合いは面白いですね」

「面白くはないと思うんだけどね」

「皆さん、ご無沙汰しました」

 虹色の髪を靡かせて、ティマルが突然やって来た。ティマルの後ろから、青い子供の龍が顔を出している。

「わぁっ、龍がいるっス。でも小っちゃくて可愛いいっス」

 全体が青く輝き、流れるような白銀色のたてがみがある。

「僕の双子の弟のファルコンです。「皆さんこんにちは」って言ってます」

「えっ、弟っスか。随分見た目が違うっス、でも格好いいっス」

 ポップが羨望の目で見ると、輝く子供の龍は人慣れした子犬のようにポップの顔を舐めた。

「ファルコンは、ポップさんが気に入ったみたいです。良かったですね」

「良くないっス」

「あっそうだ、用件を忘れてました。ミルキー姉ちゃん、じゃなかった次代様」

「ミルキーでいいよ」

「あ、あのですね、ダレス大王様がちょっと来てくださいって言っておられるんですけど、時間ありませんか?」

 青い鬣の龍がティマルと一緒に宇宙食に被り付いている。

「ファルコンも「美味しい」って言ってます」

「だから、食うなって言ってるっス。わぁっ、舐めるなっス」

 青い鬣の龍がポップの顔を舐める横で、ミルキーが険しい顔でティマルに告げた。

「ダレスが顔貸せだって、生意気なヤツめ。今度こそ決着を付けて宇宙の塵にしてやるぞ」

 一瞬で戦士の顔に変化したミルキーのオーラに、ティマルが慌てた。

「あ、あっ、違います。そうじゃなくて、ミルキー姉ちゃんにお願いしたい事があるって言ってました。用件は、大王様が王宮で申し上げるそうです」

「そうなのか、じゃあ行くしかないじゃん。ケンカ売るならいつでも買うぞ」

 エクレア号の船内に見た事のある縦に光る時空間が開いた。ティマルとミルキーが時空間エレベーターに乗り込んだ。当たり前のように同乗しているポップの横で、青い龍ファルコンが顔を舐めている。その頭の上には、何故かバルケが乗っている。

 ミルキーは、ティマルの頭をぐりぐりと撫でながら訊いた。

「ティマル、ダレスがお願いしたい事って何?」

 ティマルは猫のように喉を鳴らした。

「あっ、あのですね、これは言ってはいけないんですけど、キマル星の封印を解いて欲しいんです」

「ひぇっ、ひょぇ、ひょぇ、ふぅっ、疲れたっス」

 ポップが叫び捲って疲れたが、まだ時空間を飛んでいるので、また叫んだ。

「ポップ、煩いよ」

「だ、だってあの惑星キマルっスよ。ジャモン星人がいるかも知れないと噂されているキマルっス星っスよ」

「邪悶の同志ならいますよ」「ひょぇ」

 ティマルが当然と答えた横で、ポップがひっくり返った。


 カツンと音がして時空間エレベーターが停止し、時空間が開いた。目の前には相変わらずプラズマ光が飛ぶ薄暗い邪悶王宮の大空間が広がっている。中央部に置かれたモニターには、惑星キマルとその上空に浮かぶあの薄気味の悪い黒孔こっこうが見えている。

「大王様、次代様をお連れしました」

「次代様ってミルキーの事っスよね」

「ダレス大王様、ジガル龍王様の御成りです」

 大王宮の奥から、再び大きな青と黒の悪魔が姿を現した。

「これはこれは次代様、過日は楽しい時を有難う御座いました」

 悪魔が平然と言ったが、雰囲気が違う。以前の強圧的な鬼気迫るものが感じられない。

「ふん、勝手に終わらせておいて何が楽しい時だ」

「当然ですな、時空間断裂など身体が幾つあっても足りませんぞ」

 いつでもいいから掛かって来いと言わんばかりにミルキーが身構えている。

「そんな事よりも、惑星キマルの封印を解いていただきたいのです」

「惑星キマルの封印を解いて何をする気だ?」

「そうっスよ。封印を解いてキマル星にいるジャモン星人と暗黒連合軍を組織して、再び宇宙戦争する気っスか?」

 ポップが言葉を被せた。惑星キマルの封印解除は未だこの宇宙のリスクとなり得る可能性がゼロではない。

「いやいや、あの星にいる壊れた同志など何の役にも立ちません。他に大いなる意味があるのです」

 ポップが間髪入れずに問い質す。疑念が顔に表れている。

「他の大いなる意味って何っスか、怪しいっス」

 ダレスが中央部のモニターに映る惑星キマルを指差した。

「あの星、キマル星は聖輪を行うには適度な位置に存在しています。という事は、即ち「聖輪を迎える」にも最適な星となるのです」

「聖輪って、ジャモン星人が別の宇宙に行く事っスよね」

「「聖輪を迎える」とはどういう意味だ?」

 ミルキーとポップが首を傾げた。

「次代様、我等は「初代ゲロス様になる」と決意したのです」

 更に理解が出来ない。

「ん、「初代ゲロスになる」とはどういう意味だ。宇宙神にでもなるのか?」

「いえ、滅相もない。次代様も御存じの通り、邪悶の同志達は教義を命に刻み未だ核宇宙で聖輪を続けております。邪悶の同志に諦めるという文字は存在しないのです。即ち、この宇宙に「その日」は確実に、再び、そして永遠に来るという事です」

「なる程、そうだよね」「そうっスね」

 ミルキーとポップが頷いたが、未だにダレスの言わんとする意味は理解出来ない。

「初代ゲロス皇帝陛下をワシ如きが語るのは大変恐れ多い事ではありますが、ワシには初代様の御気持ちが手に取るようにわかるのです。初代ゲロス様は邪悶の真実を知り、宇宙神としてではなくジャモン星人初代ゲロス・ティラス皇帝陛下として同志をキマル星に封印されました。何故なら、初代様は自らの導きにより我等同志が延々と続ける事となった愚行たる聖輪を、命を賭してでも止めねばならないと思われたからに他なりません」

 ダレスが続ける。長い話の要旨がやっと見えた。

「我等は初代様のその御尊志を継ぎ、邪悶の同志の「聖輪を迎える」為にこの宇宙の「護り人」になると決断したのです。尊厳たる初代ゲロス様と同じ道を選ぶ事、即ち「初代ゲロス様になる」事こそ、我等ダレス軍の宿命だと考えております」

「「護り人」とは何だ?」

「聖輪が愚行である事は最早疑いのない真実。我等は、この宇宙にやって来る同志に宇宙の真理と邪悶の愚行を説く事にしたのです」

「そんな簡単にはいかないぞ」

「承知しております」

「戦いになるぞ」

「想定の内です。しかし、これは戦いではなく正道への啓蒙なのです」

 ダレスの目が確信に満ちている。かつて全身から溢れ出ていた邪悪な殺気など欠片もない。

「キマル星の封印を解いていただきたくお願い申し上げます。御疑いの議は、思考の同化にて」

「必要ない。疑う気なんかないし、「封印ノ鍵」が欲しけりゃあげるよ」

 ミルキーが呪文を唱えた。バルケの中から、ティマルの背丈の倍はあろうかと思われる大きな十字形の鍵が出現した。

「ティマルはん、これがキマル星の「封印ノ鍵」やで。大きいから気ぃ付けてな」

 ティマルが重そうに鍵を受け取り、ズルズルと引きずっていく。

「次代様、有難う御座います。何れ、この宇宙を統べるペル殿にも御挨拶に御伺い致しましょう」

「いや、ペルじいちゃんはそういう形式張った事が嫌いだからいらない。ワタシが話しておく」

「恐縮に存じます」


 ダレスの申し入れは、ミルキーからドクター・ペルを通じて宇宙連合政府に伝えられ、宇宙政府は惑星キマル及びその周辺空域を完全飛行禁止空域及び治外法権とした。事実上、宇宙政府はジャモン星人による宇宙の部分的支配権を容認した。

 宇宙政府はこれを以って「新たに来襲した悪魔ジャモン星人を宇宙神ティラに代わり宇宙連合政府が再び惑星キマルに封印した」と大々的に喧伝し、勝利宣言を行ったのだった。

 惑星キマル及び周辺空域の支配権を得たダレス軍は、早々にキマル星の総合開発に着手し、惑星の名称を惑星キマルから新イヒト星へ、自らをイヒト人へと改変した。新イヒト星の開発は驚く程のスピードで着実に進んでいった。


 一年後、ミルキーとポップは新イヒト星に建設された巨大ドーム型大王宮の最上階にいた。

「凄いっスね」

 ポップが変貌を遂げる街並みに感嘆する隣で、天空の黒孔を眺めながらミルキーが深い溜息を吐いた。

「そうかぁ、そうだよな。何となく色んな事が上手くいったような気がするけどさ、結局、黒孔とXWONがある限り「その日」は永遠に続くって事なんだよねぇ」

「そうっスね」

 ミルキーは、ダレス大王の玉座に座りながら無邪気にダレスに問い掛けた。

「全ての元凶は黒孔なんだからさ、あの黒孔を消滅させてしまえば新たにジャモン星人がこの宇宙に来る事はないよね。黒孔を消滅させてしまう手立てはないものなのかな?」

 ミルキーの問い掛けに、ダレスが驚いた。

「何とも突飛な事を御考えになりますな。流石は次代様で御座います。我等にはそもそも黒孔を消滅させるという発想がありません。それ故に、我等にそれを問うのは無茶というものでしょう」

「そうか、やっぱりないよなぁ」

「……いや、そうとも言えぬやも知れません」

「ダレス、回りくどい言い方をするな」

「これは、申し訳ありません。唯一つ思い出される事があるのです。ワシは、過去に相当数の核宇宙を聖輪しているのですが、その内の一つで宇宙神と語り合う事がありました」

「悪魔が宇宙神と語らうとは、随分緊張感のない話だな」

「その宇宙は聖輪ではなく既に宇宙の理によってビッグクランチに入っており、消滅が時間の問題であったからなのですが、その宇宙神は光の神から宇宙の成り立ちについて教えられた話を語っておりました」

 ダレスは、他宇宙の宇宙神に訊いたと言う宇宙の成り立ちを話し始めた。ミルキーの耳が興味津々のダンボになっている。

「その話によると、「宇宙には光の神と邪悶の神がおり、更にその上に大神と言われる神がいて、全宇宙を治めながら新たな宇宙を創造している」というのです。その大神が宇宙を創造する術を用いれば、核宇宙に存在する黒孔とXWONを消滅させる事が可能となるのではないかと考えられるのです」

 ミルキーが半信半疑で訊いた。

「何だか良くわからないけど、具体的にどんな方法で消滅させるんだ?」

 ダレスが続けた。

「それは、まず神が核宇宙に翔んで、持っている時空孔じくうこうという時空間移動装置で宇宙の黒孔を呑み込み、自らが異宇宙に翔ぶ。すると、他宇宙と繋がりのない単一宇宙が誕生し、そこに神のエネルギーであるインフラトンを注入すれば単一宇宙が多元宇宙へ進化していくという仕組みです」

「核宇宙で黒孔を呑み込んで別の宇宙に翔べばいいのか」

「はい。核宇宙は黒孔で他の核宇宙と繋がり、インフラトンが素粒子となって移動する事でビッグバンとビッグクランチを交互に繰り返します。従って、単一宇宙となる事で他の核宇宙と関わりを持たない存在となるらしいのです」

 ミルキーは、取りあえず仕組みは納得したが、現実の壁の前に不満を表した。

「仕組みは理解出来るが、神が行うような天の仕組みを我等人間如きが出来るものなのか。そもそも、時空孔などお前もワタシも持っていないではないか?」

「確かに仰る通りではありますが、神の力である時空孔を持った御方なら唯一人おられます」

「時空孔を持つ者とは、初代准帝ジクードの事か?」

「はい。時空孔さえあれば、黒孔を呑み込んでこの宇宙を他の宇宙と繋がりを持たない単一宇宙にする事は可能と考えられるのです」

「だが、ジクードは4900年前に初代ゲロスとともに死んだのではないのか?」

「生きておられる可能性は極めて低いと思われますが、ゲロス・トートスの記憶には、100年前にトートス軍が東宇宙の辺境の星で初代准帝ジクード様に御会いしたという意識が存在しています」

「それはワタシも見たが、余りにも薄くてはっきりとはわからない。ジャモン星人の寿命が約1000年である事を考えれば、幾ら何でもジクードは生きてはいないだろう。それに、時空孔は初代准帝ジクードのみが邪悶神から授かった神の力だから、初代ジクード以外は例えクローンであっても時空孔を持つ事はないんだよな」

 流石に4900年前に初代皇帝ゲロス・ティラスとともに宇宙の塵となったであろう初代准帝ジクードを探し出す事の困難さは、ミルキーにもダレスにもわかる。だが、それさえ可能ならば懸念は払拭されるのだ。

「初代准帝ジクード様を御捜しする以外に方法はありません。実は、既に別動隊にて初代准帝様の捜索を続けております」

「見つからないだろ?」

「はい。未だに……しかし諦めてはおりません」

「そうだよな、引き続き捜してくれ」

「御意」

 上空に見える黒孔を眺めるミルキーがまた深い溜息を吐いた。 

「やっぱり気になるのは「アレ」か……」

「「アレ」で御座いますな……」

 ミルキーとダレスの表情が優れない。初代准帝ジクードが見つかればそれで全てが解決するかも知れない。とは言え、それには相当の時間を要する上に可能性は極めて低い。そして、それ以上に喫緊の課題「アレ」がそこにある。いや、あるかも知れないし、ないかも知れない。

「「アレ」だよな……」

  ポップとバルケが話に加わった。

「「アレ」って何っスか?」

「「アレ」はアレやないですか?」

「そうっスよ、「アレ」はアレっスね、ね?」

「「アレ」はアレですやん」

 ポップが話を合わせると、今度はバルケが知った被りをした。ミルキーは喫緊の課題たる「アレ」がそこにあるかも知れないと思うだけで、鼓動が高鳴るのを感じた。それは最強の悪魔ダレスもまた同様だった。

 二人は、黒孔を見上げながら「アレ」の可能性を慨嘆した。

「ダレスよ、「アレ」はいつだろうな?」

「予測するのは大変に難しゅう御座いますが、ワシはもう「アレ」はないのではないかとも思っております」

「何故だ、明日であっても不思議じゃないだろ?」

「確かにそうなのですが、我等ダレス軍が邪悶の遺伝子の限界を迎えて系世の継続が困難になりつつあるように、各宇宙でそれぞれ同志が遺伝子の限界に陥っているようなのです。それを考えるならば、いずれは邪悶の全同志が系世を継ぐ事が出来なくなるでしょう。従って、再び同志がこの宇宙に聖輪する「アレ」の可能性はかなり低いのではないかと思っておるのです」

「なる程な、そうだといいな」

「「アレ」ってそういう意味だったっスか。来ないといいっスね。でも、またあのJPSが流行っているらしいっスよ」

「JPSとは何ですかな?」

「ジャモン星人の強烈な殺気が近づくと、この宇宙の一部の若い奴等の精神に何らかの異常反応が起こって、狂って叫び捲る病気だよ。案外もう新たにジャモン星人がこの宇宙に向かっているのかも知れないな」

「ミルキー、縁起が悪いっスよ」

「大丈夫だよ、またヤツ等が来たらワタシがぶっとば・じゃなかった、ダレスが啓蒙するからさ。それが駄目ならワタシがぶっとばす、何たってワタシは宇宙一強い戦士だから」

「そうっスね。根拠が薄いっスけど」

 殆ど根拠のない力強い言葉を聞いたポップは、ちょっと不安そうな顔で上空に浮かぶ不気味な黒孔をいつまでも見つめていた。


 宇宙医療艦タクードの一室で、ドクター・ペルがある事の理解に苦悩していた。

「あの時、イエラ・エノウは「奴等が再来し白い神の思いが現れて全ての邪悪な色が消えた後、この宇宙が金色に輝く」と言っていた。あれは果たしてどういう意味だったのか?」


 東宇宙連邦エノウ皇国王宮に、中央宇宙連邦のロバンガ・ペルと東宇宙の賢人と謳われるイエラ・エノウの姿があった。

『ペルよ、の大戦は序章に過ぎぬ。この宇宙に更に大きな嵐がやって来る、再び邪悪な色の力が来襲するのじゃ』

『エノウよ、やはりまた来るのか?』

『うむ、奴等は必ず来る。その時を正確に知る事は出来ぬが、奴等は来る。そして、この宇宙を再び蹂躙する。だが今度は白い神の思いが現れて全ての邪悪な色が消えていくのじゃ』

『消えていく?』

『そうじゃ、消えてしまうのじゃよ』

『この宇宙の消滅という事か?』

『いや違う、宇宙は消滅せぬ。もっと温かい意識が全てを塗り替えるような感じになる。だがそれは終わりではない。その後、この宇宙が金色に輝くのじゃ』

『金色に輝くとは、栄光に輝くという事なのか?』

『いや、それも違う。金色の意識は奸智かんちに塗れておる』

             

「うぅぅむ、幾ら考えても全くわからぬな」

 ドクターペルが早々に匙を投げた。更なる大嵐が近づいているのかどうかは誰にもわからない。それは明日かも知れないし1000年後かも知れない、はたまた永遠にないかも知れない。


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