時空超常奇譚6其ノ三. 妖怪時乃輪が行くⅣ/禁断ラストウォーズ
銀河自衛隊《ヒロカワマモル》
時空超常奇譚6其ノ三. 妖怪時乃輪が行くⅣ/禁断ラストウォーズ
妖怪
◇
JR蒲田駅東口を出て、間違いなく迷う事請け合いの裏路地を奥へと入った場所に立つ古びたビルの1階に「時を翔ぶ喫茶店タイムトラベル」が存在している。そこにはオーナーであり女店員でもある500歳になった妖怪
二人はソファーに座り、朝の光に微睡みながら談笑していた。
「乃乃、最近景気良さそうじゃない?」
「あぁ、もうウハウハやな。忙しゅうてサボっとる暇もないわ」
「その割にはずっとここに居るね」
「ウチが居らんでも店が回っとるからエエねん。アンタこそ調子はどないやねん?」
「まぁまぁ、かな」
時乃輪が西新宿の超高層ビルの一画を破壊した際に、コールセンターにいた女妖怪達の殆どが今は時乃乃のキャバクラにいる。
「ウチとこはスタッフが仰山増えて景気もエエから、相変わらずスケベ爺達の小銭と寿命をちょこちょこ巻き上げとる。時間は掛かるけど成果はそこそこやで、それよりもやな……」
時乃乃は、胡散臭そうな顔で時乃輪を凝視した。
「喫茶店以外何をしとんのやら良ぅわからんアンタの方が、ウハウハのウチよりも景気が良さそうなのが不思議やわ。こんな喫茶店がそんなに繁盛しとるとは思えへんしな。キャバクラよりも豪華な喫茶店ちゅうのはどう考えてもおかしいやろ?」
確かに、時乃乃が来る度に店内に如何にも豪奢で高級そうな調度品が増えている。カウンターが大理石になり、食器類はローゼンタールで揃えられている。ソファーは世界中に人気を博すフランスのロッシュボボアに変わり、入り口には質感が溢れる洗練されたドイツのヘルムレの柱時計が掛かっている。そして、何と言っても店中央のベネチアンガラスのシャンデリアとペルシャ絨毯が異彩を放っている。
「それはさ、事業案件が多いからだよ」と時乃輪がさらりとタネを明かした。
「事業案件て何や?」
「お祖父ちゃまのお付きの人、会長補佐の
「そやから、案件って何やねん?」
「えぇと、説明するのは難しいな。丁度今から十丸さんが来るから一緒に聞けばわかると思うよ」
「トマルて、会長ジジイといつも一緒におる黒い服の爺さんやろ?」
「お邪魔致します」
面倒臭そうに説明を諦めた時乃輪の背後から、タイミングを計ったように声がした。気配を消した老獪な妖怪が知らぬ間に立っている。全身黒尽くめで、体の一部分が朝の光に溶け込んでいる。
「乃輪様、ご機嫌麗しき事お慶び申し上げます」
「ウチもおるで」
「これは乃乃様、お久し振りで御座います」
「何が久し振りやねん。この前の懲罰委員会の委員の一人はアンタやろ?」
黒尽くめの妖怪
「それで、今日の案件は何?」
時乃輪は、慣れた調子で半分だけ姿を見せた黒尽くめの妖怪に訊いた。
「本日は会長より、直々に重大なご指示が御座います」
「重大な指示って何?」
挨拶もそこそこに、十丸が違和感なく話し始めた。
「実はですね、世界の寿命取引市場の約6割を我が天命創世協会が占め、残り約4割を新興団体の「人間科学アカデミー」が占めているのはご存じかと思います」
「人間科学アカデミーて、あのウチ等の商売仇やな」
「それが、どうしたんですか?」
「はい。今までは大きな問題はなかったのですが、このところちょっと看過出来ない事態が増えておりまして」
十丸の顔が困惑気味だ。寿命市場に何かが起きているのだろうと推測される。
「順を追ってご説明致します。寿命取引には仕入れと販売がありますが、昨今バブル景気による寿命需要の増加で販売は
「そうなんや」
「はい。販売はLCライフカプセルとなりますが、寿命1年入りの一般通常価格は1000万円を超えております。販売に比べて仕入れが追いついていない状況が続いているので御座います」
「そんなに高いんだ」
「寿命10年分の10LCが1億円て事かいな、それだけ爺や婆が買ぅてるんやな」
二人は、改めて自分達が携わっている市場の現状を知った。天命創世協会の寿命取引は、通例として寿命を採取した事業者が直接販売する事はなく、協会が一定価格で全て買い上げるシステムになっている。従って、乃輪や乃乃のような採取事業者が通常の販売価格を知る事はないし、購入者と売買契約を結ぶ事もない。
「では、我が協会に鉄の掟があるのはご存知ですか?」
乃輪と乃乃は、力強く頷いた。
寿命創生法第752条には「人間の寿命は金銭または詐術等の方法により取得してはならない」と厳格に規定され、それは寿命創生協会に所属しているか否かに拘わらず遵守すべき原理としている。
「しかし、ヤツ等は正に金銭及び詐術にて取得しているのです」
「具体的にどんな事をしているの?」
「サラ金や街金などの金銭斡旋による返済対価として寿命を取得したり、河原や公園に居住する者達への直接金銭を支払って取得するので御座います」
「なる程、サラ金債務者やホームレスから寿命を買うんだ。確かに簡単に取得出来そうだよね」
「人間なんちゃらアカデミーのヤツ等に、直接文句言ぅたらエエやんか?」
十丸は力強くきっぱりと言い切った。
「当然の如く即時対応はしているものの、ヤツ等は完全無視で一向に従う様子はありません。しかもそれは日ごとにエスカレートしており、最近ではシングルマザーやその子供を狙った金銭による詐取事案が見受けられる状況です」
「詐取事案?」
「目的である寿命取得を隠すのです。その為に、シングルマザーや子供が何も知らずに自らの寿命を金銭に替えてしまうのです」
「それじゃあ、カード詐欺みたいじゃん」
「シングルマザーか、そら狙い易いわな」
「でも、子供はダメだよ。子供は正しい判断が出来ないんだから、絶対にダメ。もし本当にそうなら私がぶっ飛ばす」
黒尽くめの十丸が続けた。
「我が協会としてもそろそろ直接的行動に出たいのですが、厄介な事にヤツ等は拠点を常にコロコロと移動させており、その特定が大変に難しいのです」
「そうなんだ」
「協会としての今後の対抗策は二つです。一つは、ヤツ等の仕入れ先の遮断と販売先の隔離、それによってヤツ等のルートの壊滅を図ります。そしてもう一つは、ヤツ等の拠点殲滅です」
「それが今回の案件?」
十丸が頷いた。
「具体的に何をすればいいの?」
「乃輪様には、ヤツ等と接触してLCを売却していただきます。ヤツ等に渡すのは当協会で開発したSCスクランブルシードという最新の寿命カプセルです。その中身は、純粋な染色体のテロメアではなく人工テロメア。しかも、チェイス機能でどこに販売されたのかを探り出す事が出来、その流れでヤツ等の拠点をタイムリーに確定する事が可能となります」
「なる程、そういう事かいな」
「このミッションの最重要ポイントは、ヤツ等の販売先を突き止める事。ヤツ等の拠点を探し出す事。ヤツ等の現状の力を見定める事、以上三つで御座います」
「でも、どうやってヤツ等と接触するの?」
「既にヤツ等に50LCを譲る旨の申し入れを行い購入の意思表示を得ておりますので、詳細を交渉して売却するというミッションになります」
「50LCて言ぅたら単価1000万円で5億円が相場やで」
「いえ、ヤツ等が通常価格5億円で買う事はないでしょう。流通経費等を考慮するなら、半値以下でないと利益が出ないと思われますので」
淡々と話を聞く時乃輪の横で、時乃乃は興味津々の顔で話にのめり込んでいる。「幾らで売ったらエエんや?」
「今回のミッションには、幾らで売らなければならないという縛りは御座いません。それよりも、決してヤツ等に怪しまれずに進める事が最重要課題となります」「モノは大丈夫なんか、人工テロメアやろ?」
「確かにSCは人工ですが、天然物と遜色はありません」
「何が違うのですか?」
「効果がありません」
「バレへんか?」
「瀕死の場合や余程の緊急時での使用でない限り、バレる要素はほぼゼロで御座います」
「どう進めたらいいの?」
「手筈は整っております。数日の内にヤツ等の幹部がここにやって来ますので、売買の話を纏めてください。チェイス機能でヤツ等拠点がわかれば、その後は全て我々協会でカタを付けます。因みに今回のギャランティはコストゼロとなります、宜しくお願い致します」
そう言ったと同時に、十丸の姿は消えた。
「今回も面白そう。ねぇ乃乃、一緒にやろうよ」
「ギャラがコストゼロってどういう意味なん?」
「ヤツ等に売った金額が、全て今回のギャラって事だよ」
「それって一番オイシい取っ払いやんか。通常価格が5億、半値で売っても2.5億やで、エグいな」
「じゃぁ、一緒って事でいいよね?」
時乃乃は、人差し指を振りながら言った。
「チッチッ、何でウチがそんな事やらなあかんねん、ウチはメチャ忙しいねんで」「キャバクラは他の子がやってるから、乃乃は暇じゃん」
「まぁ、そうやけどな。アンタがどうしてもて言うんやったら、やったらん事もないけど、利益は折半やで」
言葉とは裏腹に、乃乃の顔にワクワクの字が大きく描かれている。
「では乃輪様、乃乃様、宜しくお願い致します」
「まだ居ったんかい」
どこからともなく、念押しする十丸の声がした。数日の内にミッションが開始される。時乃輪は
「ところで、アンタ幾らで売る気なん?」
「通常、ワタシ達が協会へ卸す価格は、寿命1年当たりで300万円くらいだよね」「そうやな。そやから、500万円くらいが妥当なラインとちゃうかな。それでも2.5億円やで」
手筈は全て整っている、会長補佐の十丸はそう言っていた。後は金額をどうするかが問題だ。
数日後、早朝の喫茶店タイムトラベルに白い仮面で顔を隠した如何にも怪しい男が来店した。モーニングはやっていないので、この時間に来る一般客はいない。
時乃輪が応対した。奥で様子を窺っていた時乃乃は、来訪した男の顔に「あっ」と驚き、胡散臭そうに口をへの字に曲げた。
「人間科学アカデミーの者です」
「お話は聞いています」
「そうですか、それなら話は早い。早速、売買契約を締結したいのですが、約束したモノ50LCの準備は出来ていますか?」
「準備には一日程掛かりますので、明日の同じ時間でどうですか?」
「結構です。価格はどの程度を希望されますか?」
「単価1000万円でお願いします」
時乃輪の提示した価格に、男は驚き眉をひそめた。時乃乃も驚いている。
「これは困りましたね。業者価格の相場は300万円程度、どんなに高くても500万円以下です。多少色を付けたとしても550が限界ですが、どうしても1000でというのであれば、この話はなかった事にしてもらいます」
「1000万円かいな。吹っ掛けよったな、無茶苦茶や」時乃乃が小さな声で言った。「いえ、単価1000万円は譲りません。但し、数は100LCで」
「100?それであれば話は違います。それでも1000は異常だが、まぁこれからも取引していただくと言う事で良いでしょう。100LC、単価1000万円で明日契約という事にしましょう」
白仮面の男が帰った途端に、奥から時乃乃が飛び出した。
「乃輪、残りの50LCはどないするんや?」
「ワタシと乃乃で25ずつ出して合計100にするんだよ」
「協会に黙って直売してエエんかな?」
「直売禁止なんてルールはどこにもないじゃん」
「そらまぁそやけど、それって闇営業なんやないかな?」
「闇営業禁止の決まりもないじゃん。そもそも、直売と取っ払いのギャラとどこが違うの?」
時乃乃の嘆息が止まらない。
「いつも思うけど、アンタ可愛い顔してホンマに怖いモンなしやな」
「褒めてくれて、ありがとう」
「褒めてないがな。それよりさっきの白仮面のアイツ、西新宿の超高層ビルで時乃狐に指図しとったヤツやで。まぁ仮面やから同一人物かどうかはわからんけどな」
西新宿高層ビル破壊事件で残る謎。何故、時乃狐にそんな大掛かりな組織構成と運営が可能だったのか、そして、時乃狐に指示していた正体不明の白仮面男は誰だったのか、その謎に迫る事が出来るかもしれない。
「そうなんだ、それなら尚更ぶっ潰すしかないね」
時乃輪が興奮気味に言った。時乃輪の闘志に真っ赤な火が点いている。
「嫌な予感がするで。アンタがその気になって、マトモに終わった事ないやんか」
時乃輪は時乃乃の心配など端から聞いていない。目には復讐の炎が燃え滾っている。さぁ、戦闘開始だ。
「時乃狐を潰した仇は、ワタシが必ずとってみせる」
「潰したんは、アンタやけどな」
時乃輪が強い決意を胸に拳を握り締めている。その横で、時乃乃は近未来に起こるだろう相当に確率の高い予言をした。
翌日、人間科学アカデミーとの寿命売買契約は恙なく終了した。売買対象の半分が紛い物である事以外は何ら問題はない。
「ではこれで、今後ともご贔屓の程宜しくお願いします。またのご連絡をお待ちしております」
そう言って、白仮面の男は足早に帰っていった。売買契約を締結し協会本部への報告を終了、プロジェクト案件は予定通りに完了した。
喫茶店タイムトラベルのテーブルの上に、1000万円の札束が100個積み重なって並んで光り輝いている。時乃輪と時乃乃は目の前にある光景に、不思議な興奮を抑えきれない。
「ホンマに10億円やで」
「そうだけど、実感がないね」
「乃輪、エエ事教えたる。こういう時はな、思いっ切り使ぅてまうんや」
「使うって、10億円を?」
「そうや、こんなモンいつまでも持っとったら、危のぅてしゃあないやんか」
時乃輪はその言葉に大きく頷いた。
次の朝、札束は消えていた。
「札束どないしたんや、半分はウチのモンやで」
「乃乃の言う通り、買ったよ」
「何を買ぅたん?」
「ビル」
「どこのビルや?」
「ナイショだよ」
「何がなんやらわからんけど、まぁエエわ。いつかその内の5億円は返してもらうからな」
時乃輪と時乃乃の二人は、他愛のない会話を交わしつつも当然の如く白仮面との話がそれで終わったとは思っていない。協会から自信満々に渡された人工テロメアSCは簡単にバレる事はないだろうから、それが1年後になるのか10年後になるのかは定かではないが、どちらにしてもヤツ等はいつか必ずやって来るに違いない。
翌日早朝、血相を変えて喫茶店タイムトラベルを訪れる男がいた。喫茶店のガラス扉が悪意を持って乱暴に蹴り飛ばされ、粗野な言葉が聞こえた。
「開けろコラ、早く開けろ」
それが白仮面の男である事は容易に察しがつく。男の言葉に喧嘩腰の激しい感情が絡みついている。時乃輪と時乃乃の二人は、予想よりも遥かに早い事に驚いたが、
「開いていますので、どうぞ」
扉を開けて入って来た男は、予想と寸分違わぬ白仮面のその顔だ。尤も、顔は白い仮面に覆われているので、正確には同一人物か否かはわからない。仮面の奥に憤怒の赤い炎が燃えているのが犇々と伝わってくる。
「用件はわかっているよな?」
「さぁ、何ですか?」
「
「何の事か、わかりませんね」「知らんな」
白仮面の男は、大きく息を吐き、自らを弛緩させて続けた。
「当方のお得意様に瀕死の方がおられましてね、LCを投与したのですが全く効果がなく、それが全てアナタ方から直接仕入れたLCと判明したのですよ」
「何ですかそれは?」
時乃輪は、眉一つ動かす事なく否定した。肯定さえしなければ、突き詰めたところで証拠となるものなど存在しない。
「「知らない」などという戯言が通用するとでも思っているのか。どんなに否定してもこれが詐術である事は明白だ!」
興奮気味の男は、聞く耳など持たず、一層の怒鳴り声を張り上げる。
「我々人間科学アカデミーとして種々検討した結果、天命創生協会に報復措置を講じたいところではあるが、以下二つの条件を呑むならば穏便に済ませてやっても良いと考えている」
「二つの条件?」
「その一.購入対価10億円返還及び損害賠償10億円、計20億円を当方へ支払う事」
「何やそれ?」
「その二.天命創世協会から当方へ会長名で謝罪文を提出する事」
「20億円と謝罪文って事ですか?」
「以上を即刻実施してもらう。対応なき場合は相応の措置を講じる。タイムリミットは、本日午後11時59分59秒、その時間にもう一度来てやる」
一方的な物言いに二の句が継げない二人に「ナメんなクソ野郎」と言い残し、店の扉を蹴り飛ばして白仮面の男が去っていった。
「こんな朝早ぅに、ご苦労様やな」
欠伸しながら時乃乃が呟いた。
「そうだね、それに「クソ野郎」だってさ。お里が知れちゃうね」
「それくらいは言うやろな。パチモン掴まされて10億円取られてんねんから。いきなり殴られへんだけマシやろ?」
「そうだね。でも、何でいきなり戦争仕掛けて来ないのかな?」
「確かにそうやな。アンタが逆の立場やったら、速攻で店潰して奴等ぶっ飛ばしとるやんな」
タイムリミットが訪れようとしていた。現在の時刻は午後11時57分を過ぎている。喫茶店タイムトラベルには時乃輪と時乃乃の二人以外誰の姿もない。天命創世協会の会長も、理事も、協会本部の関係者さえ誰一人いないし、要求のあった賠償金も謝罪文も一切ない。
何故なら、そもそも二人は白仮面が出した条件を本部に報告していないし、対応する意思など砂粒程もないのだ。
壁に掛かる時計の針が午後11時58分を過ぎた頃、白仮面の男がタイムトラベルの扉を開けた。
「条件の回答を貰いに来てやった」
「折角来たのに残念ですけど、お渡しする物は何もありませんよ」
時乃輪の素っ気ない物言いに、白仮面の男は唖然とした。
「何もないとはどういう意味だ?」
「意味もへったくれもあるかい、何もないて言ぅてるやろ?」
予想も付かない二人の回答に、男の双眼が赤く光る。
「それは拒否、即ち我等に喧嘩を売るという事か、更に戦争になっても良いという事なのだな?」
「どう理解するかは、そちらの自由です」「戦争でも何でもしたらエエやんか」
白仮面の男は、悪びれる様子もなく開き直る二人に驚きながら、正論を吐いた。
「取引には信用が第一だ。虚偽に類する行為は禁断であり、禁断は禁技だ。お前等は妖怪としての
白仮面の主張は正論だ、寸分の反論の余地もない。余地はないが、だからどうしたと言うのだ。そんな盗人猛々しい裏打ちのない言葉に二人が動じる事はない。
「アナタ達こそ散々禁断なんか使っておいて「禁断は禁技」なんて能く言えますね」
「そやぞ。ウチ等はな、妖怪としてのプライドなんぞ最初から持ってへんわい」
時乃乃の中身のない虚しい反論に、白仮面の男の振り翳す正論が霞んだ。
「それで良いのだな、後悔するぞ。我等人間科学アカデミーは、理事長である
正論が今度はチンピラの脅しに変わった。
「戯流族て言うたら、時空を翔び回る殺し屋て言われて有名やんか?」
「何それ?」
「戯流族ちゅうのは、元々はウチ等と同じ天妖界の時翔族なんやけど、
「へぇ、そうなんだ」
「今は金で殺しを請負う結構ヤバいヤツ等やで。そんなヤツ等が寿命売買しとるんかい?」
「へぇ、殺し屋なんだ」
「ジジイが飽きもせんと、毎年々正月に『昔、あの戯流族と戦争した』て自慢話してるやんか」
「そうだっけ?お祖父ちゃまの話長いから聞いてない」
白仮面の男が時乃乃の説明に頷きながら告げた。
「そうだ。我等戯流族は、未だその戦争の恨みを忘れてはいない。我々が人間科学アカデミーを創設した目的も時翔族の長老である時翔覚醒を殺る事だ」
白仮面の男が薄笑いを浮かべて続ける。
「今回のオマエ達の詐欺の件で、我々が天命創世協会を潰す大義が出来た事になる」
「上等や、全面戦争やったろうやんけ」
時乃乃が挑戦的に叫んだ。口角を上げる白仮面の男は、時乃乃の威嚇に怯む事もなく何かを言い出した。
「全面戦争だと?我々はそんな非効率的な事はしない。もっと効率的に、確実に、オマエ達一族全員を一人残らず消すプロジェクトの準備が既に完了しているのだ」
瞬時に理解が出来ない予想もしないその反撃に唯々二人は驚くしかない。時翔族全員を一人残らず消すプロジェクトとは何なのだろうか。
「何をする気?」「勿体つけんなや」
「特別に教えてやろう。そのプロジェクトとは、時翔族の草創期へ翔んで初代である時翔覚醒をぶち殺してやるのだ。それだけで、お前等血族の者全てが消え失せる事になる。どうだ、素晴らしく美しいプロジェクトだろう?」
白仮面の男が得意げに言った。時乃輪には、その言葉の意味が理解出来ない。
「乃乃、どういう事?」
「単純や。過去に遡って、会長ジジイを殺るんやて。そしたらジジイの子孫のウチ等も生まれん事になって、一族丸ごと消滅やんな」
「楽しみに待っているが良い」
白仮面の男はそう言い残して去った。きっと早々に過去に遡っていくに違いない。この展開は予想していなかった。対応を考えられない二人は顔を見合わせて途方に暮れた。
「乃乃、どうしよう?」
「困ったなぁ、ジジイがぶち殺されるのはエエけど、ウチ等まで消えてまうのは嫌やんな。ヤツを追いかけて過去に翔ぶのがエエんちゃうかな?」
「そうだよね、でも準備するのが面倒臭いね」
「そうやなぁ。ほなら、トマルのオッサンに準備してもろぅて、それで行こうや」
十丸を呼んで手短に状況を伝えると、十丸は「事情は全て了解しました」と言って瞬時に理解した。流石は優秀な会長補佐だけの事はある。
「後は協会でカタをつけますので、ご安心ください」
「過去に遡って、子供の頃のお祖父ちゃまを殺るとか言ってましたけど、大丈夫なんですか?」
「ご心配には及びません。我々妖怪の飛翔能力には±500年という限界があります。会長の子供の頃という事は今から1万年程前ですから、約20飛翔が必要です。相当なる時間が必要ですから、今からスタートしても十分に間に合うでしょう」
その言葉に二人は一安心した。
◇
東京駅東口は、西口の大手町とは毛色の違う雑多なビルが並んでいる。駅前の表通りのビルには比較的華やかな店舗が軒を連ねているが、裏通りのビルには得体の知れないテナントも少なくない。裏通りへと入った5階建ての黄色いビル最上階に、小さな「財団法人人間科学アカデミー」の看板が見える。ビル入り口には数人の警備員らしき男が立っている。
黒尽くめの男は、看板を確認しながら警備員と一言二言会話した後、そのビルに入って行き、最上階でエレベーターを降りた。
そこにはガラスで囲まれたスペースがあり、インターホンが置かれ内線番号が書かれている。呼び出すシステムのようだ。受話器を取って該当の番号を押すと、女の声がした。
「はい。こちらは営業部です」
「戯琉成洲さんは居られますか?」
「どちら様ですか?」
「時翔十丸と申します。ご挨拶に伺いました」
「お待ちください」という声で通話は切れた。監視カメラがあるという事は、戯琉成洲はもう既にこの状況を知っているに違いない。
早々に別室に通され、暫くして戯琉成洲と思われる白仮面の男が姿を見せた。形だけの挨拶の後、白仮面が挑戦的に言った。
「随分と余裕だな。知っているだろうが、我等は既に過去へ翔びオタクの会長を抹殺する計画を実行中だ」
「知っていますよ」
「では何故、会長を救けに行かずに、そこで余裕をカマしていられるのだ?」
「そうですね。その理由は、多分アナタと同じだと思いますよ。アナタは、ここにいるが、ここにはいない」
「なる程、手の内はバレているという事か」
「そういう事です。一つだけ聞きたい事があります、アナタ方はこの決着をどうやって付けるつもりですか?」
白仮面は、一瞬だけ考えて答えた。
「我等は決着の仕方に拘るつもりはない。我等の目的は
「随分とアナログな、古臭い考えですね。共存したいという考えはないのですか?」「望めば叶うとでも言うのか?」
「残念ですが、それはありませんね」
「そうだろうな、お前達は常にそうだ。あの戦争でも我等の存在を認めなかった」
かつて、天界にある天妖界で激しい諍いがあった。天妖界を継承する
「何度でも言いますよ。戯琉族の考える新たな変革など認められない」
「何を言う、地上は愚かな人間共の住むべき場所ではない。我等こそ相応しいのだ」
「いや、地上界とはその星の人類が進化すべき場所ですよ。我々の如き
十丸の口調が徐に激しさを増す。
「しかも、お前も知っている筈だが、この星を司る者たる我々妖怪には天ノ川銀河連邦憲章に則り厳守すべき絶対的規範と責務がある」
「黙れ、我等の考える事こそが地上界の規範となるのだ」
十丸は、戯琉洲の余りの低レベルさに嘆息した。話にならない。
「そんな盗人猛々しい理屈が通ると思っているのか。地球人の次元上昇を促し、宇宙人類として天ノ川銀河連邦に属する星へと昇華させる事。それこそが我々の唯一の存在理由ではないか?」
「違う、我等は地球を変革し、更に天ノ川銀河連邦そのものを変革していくのだ」
「笑止!」
◇
協会の時空船が1万年前の過去に遡った。山の向こうに街並が見える。1万年前の地球の山奥に、南イタリアの避暑地アマルフィのような美しい白壁とオレンジ色の屋根の低層家屋が海岸線に沿って遥か遠くまで並んでいる。中央に一棟だけ天を貫かんばかりに
「これが1万年前なんか、今の実家と何も変わんやんか」
「本当、里帰りしたみたいだね」
時乃輪と時乃乃がはしゃぐ中、十丸は周囲を見渡し何かを探している。
「なぁ、トマルのオッサン。オッサンは、1万年前に翔ぶよりヤツ等の拠点に乗り込んだ方がエエんちゃうか?」
「そう言えば、偵察がてら東京駅の近くにある人間科学アカデミーの本社に行って、白仮面の男に挨拶してくるって言っていませんでしたっけ?」
「はい、今頃「私」が行っておりますよ。拠点に白仮面の男、戯琉成洲もいる筈ですから」
「ほな、白仮面はこの世界にはおらんのか?」
「いえ、白仮面の戯琉成洲も私もこの世界におります」
「?」「?」
話の流れに辻褄が合っていない。
「では乃輪様、乃乃様。早速ですが、ここから二手に分かれる事にします。私は覚醒様を探しますので、お二人は戯琉成洲を探して出来る限り邪魔をしてください。危険ですので、無理に戦う必要はありません。お二人が姿を見せるだけで、ヤツは度肝を抜かれるでしょうから。それから、念の為ヤツに会ったらコレを投げてください」
十丸はそう言って時乃輪に短い「杖」を渡して王宮へと向かった。
二人は、この世界にはいる筈のないが、十丸がいるという白仮面を探す事にした。東京駅の本部にいる筈の白仮面がこの世界にもいるらしい。
「どういう事やろな?」
「あっちの世界にいるならこっちにはいない筈だけど、いるんだろうね?」
「そう言えば、「戯琉成洲も私も」って言ってたね」
「白仮面とトマルのオッサンが、あっちとこっちの世界にいるて事かいな?」
疑点の解明は後回しにして取りあえず二人は白仮面探しを始めたが、街と思われるエリア以外は殆どが山であり、二人の目の前にはあるのは樹木の生い茂る小高い丘。この場所のどこを探せば良いのかさっぱりわからない。とは言え、1万年前であっても現在の実家と同じ地形ならば人のいる場所はわかる。
「迷ったら丘の上に行け」と教えられて育った二人は迷う事なく丘に登った。丘の上から全景が一望出来る。
丘の下に時を戻る為のタイムボートらしき時空船が見えた。それがヤツ等のものである事は明白。その船に向かって歩く数人の男と子供の姿が見える。
おそらく高い確率で白仮面の男だと推測される。無理矢理に引きずられる子供が天妖覚醒であるのかどうかは不明だが、取りあえず十丸に言われた通りに白仮面に声を掛けて脅かすのが必定だ。時乃乃が白仮面らしき人影に向かい叫んだ。
「おい白仮面のオッサン、待てや。そのガキ置いてけや!」
振り向いた男が白仮面を被っている。男は想定通り、二人の姿に仰天した。この世界にいる筈のない二人に度肝を抜かれているようだ。
「な・何、何故、お前達がここにいるのだ?」
「驚く事ないやろ。タイムボートなんか、ウチ等の協会にもあるがな」
「お前達がこの世界にいるという事は……」
「何をそんなに驚いてんねん」
「……なる程、我等と同じ作戦という事か」
「何を訳のわからん事言うてんねん?」
白仮面の驚きも、言っている事さえ二人には理解出来ない。
「まぁ良い。天妖覚醒の救出に来たのだろうが、残念ながら既に我等が確保済だ」
やはり遅かったか、万事休すだ。そう言えば、十丸が「これをヤツに投げろ」と言っていた。時乃輪は、訳のわからない状況の中で渡された「杖」を力任せに白仮面に向かって投げた。
回転しながら勢い良く飛んでいく杖は、丘の下の白仮面の肩に当たって足元の地面に刺さった。途端に杖は真っ赤な炎を激しく踊らせて爆裂し、轟音とともに地表を真っ二つに割って、獲物を丸呑みにする程に口を開けたクレバスを出現させた。
余りの突然な出来事に、白仮面は悲鳴を上げる間もなくクレバスに呑み込まれた。残され右往左往する部下達は、天妖覚醒と思われる子供を連れて船に乗り込み時空の中へと消えた。
同じタイミングで、王宮から十丸が戻って来るのが見えた。
「乃輪様、乃乃様、ご無事で御座いますか?」
「私達は無事ですれど、幼少時代のお祖父ちゃまが連れていかれちゃいました」
「多分ジジイやと思うガキんちょを攫っていきよったんや」
二人の言葉に対する十丸の反応が薄い。
「そうでしたか。では、ヤツ等を追いましょうか」
時間がない。天妖覚醒と思しき子供にもしもの事があったら、その時は会長だけではなく一族郎党一人残らず消滅するのだ。天命創世協会の時空船に乗り込みながらも船は中々発進しない。焦る二人は十丸を急かした。
「早ぅせな、ヤバいんちゃうか?」
「そうですよ、早く行きましょうよ」
「まぁまぁ、そう焦らずとも問題はありません」
時翔一族の、天命創世協会の、会長の一大事に、補佐がそんな悠長で良いのか。一刻も早く、天妖覚醒と思われる子供を取り戻さなければならないのではないか。
そんな二人の催促に少しも焦る様子のない十丸が腰を上げ、やっと協会の時空船が時を戻った。
戻った後、時乃輪と時乃乃の二人は十丸に連れられて、東京駅東口裏通りにある10階建ての黄色いビルに向かった。ビルには、「財団法人人間科学アカデミー」の看板が掲げてあるが、警備員らしき人影はない。
ビルの入り口で、十丸が二人に告げた。
「お二人は、ここでお待ちください。ヤツが何らかの罠を仕掛けていると予測されますので、私が話を付けに行って参りますので」
時乃乃と時の輪が不服そうに口をへの字にした。
「ここまで引きずり込んで、それはないやろ」
「そうですよ、私達も行きます」
「いえ、危険がありますので、ここでお待ちください」
「嫌や」「行きます」
暫くの押し問答の末、引かない二人に十丸が根負けした。仕方がなく三人はビルのエレベーターに乗り、最上階で降りた。
特に怪しいと思われる仕掛けは見当たらない。最上階フロアのガラススペースに置いてあるインターホンの番号を押すと女の声がした。
「はい、こちらは営業部です」
「戯琉成洲さんはおられますか?」
「どちら様ですか?」
「時翔十丸と申します。改めてのご挨拶に伺いました」
「お待ちください」という声で通話は切れた。時乃乃が首を傾げる。
「おいオッサン、白仮面の戯琉成洲とか言うヤツ、あっちの世界でクレバスに堕ちてもぅたで」「そうですよ、ここにはいませんよ」
十丸が意味あり気に笑った。
「まぁ見ていてください。白仮面の男と黒幕が出て来る筈です。但し、ヤツ等が未だにここにいるという事は、それは罠だと考えた方が良いでしょう」
「罠?」「?」
「そうです。従って、万が一の場合はこの事務所に外からミサイルを撃ち込み、外にいる者達が救出に来ます」
別室に通された三人は、想定される成り行きに身構えている。暫くして、白仮面が現れた。
「オノレ、クレバスに堕ちたやんけ……」「何故……」
「まだ謎解きが終わってなかったのか?」
「謎解きって何ですか?」「どういう意味やねん?」
「まぁ、それはこちらの問題です。それよりも、今回の件の結論を出しましょう」
時乃輪と時乃乃の疑問を置き去りにして、話が進んでいく。十丸はあくまでも強気な態度を崩さない。
「それは構わないが、まずは天命協会としての誠意ある対応を見せてもらわねば話は進まないだろうな」
「誠意ある対応ですか……」
「当然ではないか」
十丸の強気な対応が止まる事はない。
「こちらから言えるのは唯一つ、今後一切不法なる禁断を使用要しない事。当方に詫び状を出す事。以上くらいにしておいてあげますよ」
「何だと?」と白仮面が感情的に叫んだ。こんなにも強気な態度で良いのかと心配になる。
「どうやら、自分達の立場が理解出来ていないと見える。今の状況が簡単に理解出来るようにしてやろう」
戯琉成洲は、眉一つ動かさずに何かをしようとしている。状況を掴めない時乃乃は、それでも言わないと気が済まない。
「一つだけ言うとく。会長のジジイなんかどうでもエエけど、ウチとコイツに喧嘩売るんはヤメた方がエエで。特にコイツは気が狂っとるから、どうなっても知らんで」
白仮面の戯琉成洲が時乃乃の言葉を鼻で笑った。
「面白い、何がどうなると言うのだ?」
「ほなら、見せたるわ。後悔は先に立たずやで」
準備は既に万端だ。時乃輪の咆哮がビル全体に鳴り響き、周囲に青白いプラズマが輝き始める。
「乃輪、いけ、GOやで!」
「あれれ、凄く眠い。ち、力が入らない……」
白仮面が事前に用意したトラップの成功に口端を上げた。
「それは催眠ガスだ。残念だが、その娘が暴れだす事は西新宿ビルで調査済だ」
「あっそうや。乃輪がビルを破壊した新宿の事件は、こいつが関係してたん……」
「マズそうですね、ちょっと援軍を呼んだ方が良さそ……」
十丸がスタッフに救援を求める前に、全員が気を失った。
意識が戻ると、どこかわからない薄暗い部屋の中にいた。どう見ても、これはヤツ等に拉致されたシチュエーションのようにしか思えない。全員が後ろ手に縛られた状態であるのは当然の如くで、時乃輪と時乃乃も全く身動きがとれない。
更にその横には、見た事のあるような子供が同じように後ろ手に縛られている。
「乃輪、そのクソガキがジジイなんかな?」
「どうなんだろうね」
子供が目覚め、唐突に喋り出した。
「キサマ達は何者だ、この僕が天妖族を継ぐ事になる偉い者と知っての仕業か?こんな事をして唯で済むと思っているのか。この僕は偉いんだぞ!」
子供はのべつ幕なしに喋り続けていて煩い。顔も、言う事も、少しも可愛げがない。決して子供が嫌いではない二人も、流石に辟易する。
「キサマ達、何度も言わせるな。この僕は、天妖族を継ぐ事になる偉い者と知っての仕業か。早く、僕の縄を解け!」
「煩いね」「可愛げのないガキやな、これが子供のジジイなんやろか?」
「十丸さんが起きないとわからないけど、そうなんじゃないかな」
子供は更に喋り続ける。
「直ぐに、ここから出せ。僕の言う事を聞かないと後悔するぞ!」
黙る事を知らない子供は、尚も引っ切りなしに喋り続けている。
「起きたか」
いつの間にか、部屋の隅に白仮面の男ともう一人の背の高い恰幅の良い男が立っている。それが誰なのかはわからない、ここがどこなのかもわからない。
「おい白仮面、ここはどこやねん?」
「ここは人間科学アカデミーの本部だ」
「そっちのオッサンは誰やねん?」
背の高い恰幅の良い男が言う。
「オレは人間科学アカデミーの現理事長で、伝説の殺し屋と言われる戯琉賢醒を継ぐ者、その名は戯流彗星だ。オマエ等でも知っているだろうが、時空の殺し屋と言った方がわかり易いか?」
「聞いた事ない」「知らへんな」
「馬鹿者、理事長は知る人ぞ知る伝説の殺し屋だぞ」
「どうでもエエけど、伝説の殺し屋とか時空の殺し屋とか、オノレで言ぅて恥ずかしないんかい?」
「ワタシ達に何の用があるんですか?」
「一つは、我等を詐術に掛けた罪を償ってもらう」
「今回の事はワタシ達二人がやった訳だから、十丸さんは開放してくれませんか?」
「残念だが、そうはいかない。あくまでもオマエ等は
理屈に合っているようで合っていない。
「もう一つは、同志である戯琉成洲がお前達の罠に掛かり、時空間のクレバスに堕ちた。その罪も償ってもらう」
「戯琉成洲て、誰の事言ぅてんねん?」
白仮面が戯琉成洲の仇を討つと言うのだが、白仮面は戯琉成洲ではなかったか。
「それにな、そんなん勝手に堕ちたんやんか」
「ワタシ達をどうするつもりですか?」
人間科学アカデミーの現理事長であり、自称伝説の殺し屋で戯琉賢醒を継ぐ者だという戯流彗星と白仮面の戯流成洲が余裕綽々で言う。
「全員
「幼少期の時翔覚醒であるこのガキを消し去ったら、オマエ達全員がどうなるのか。もうわかっているだろう?」
「ワタシ達全員が存在しなくなるって事……」
「その通り」
戯琉彗星が抹殺剣を子供の首に立てた。脅しとは思えない程に常軌を逸している。
「目がイっとるで」「ヤバいね」
「やめろ。いや、やめた方がいい」
いつの間にか意識を取り戻した十丸の声がした。
「何だ、自分達の命乞いはしないのか?」
十丸が何かを含むように強い口調で言った。
「命乞いなどする必要はない。兎に角その子供に手を掛けるのはやめるべきだ」
優位な立場の白仮面は十丸の言葉に首を捻った。
「時翔十丸よ、何だその偉そうな言い方は?」
戯琉彗星が言葉を被せる。
「キサマ達のルーツが消えてしまえば、一族全てがこの世から消え去るのだぞ、この期に及んで未だそんな口を利けるとは、愚か過ぎる程に愚かだな」
十丸の上目線が止まらない。
「戯琉彗星よ、我等は元々は同族なるが故に、もう一度だけ忠告してやる。その剣を降ろせ」
「煩い、これで終わりだ」
言うが早いか、戯琉彗星は躊躇なく抹殺剣で子供の首を
子供が消滅したと言う事実が何を意味するのか、考える程に総毛立つ。先祖が消えたら、自らの存在は必然的に否定されるのだ。あな、怖ろしや、怖ろしや。
だが、一族である事が確実の三人には一向に変化の兆しがない、変化のへの字もない。十丸は呆れた顔で言い放った。
「愚かなのはお前達だ、馬鹿者。その子供は天妖覚醒様ではない、あの戯琉成洲が取り違えたのだ」
「何?」「何だと、意味がわからない」
「その子供は、我々時翔族の始祖となられる天妖覚醒様ではなく、お前達の始祖となる天妖憂醒だ」
「何?」「何と」
「覚醒様と憂醒とは双子であり、覚醒様は天妖族を継がれた後で時翔族へと進化され時翔覚醒となられた。一方、憂醒は派生して戯琉族となって戯琉賢生となったのだ。確りとした情報の下に確認すれば当然わかったのだろうが、あの戯琉成洲はそれを怠った。その結果、お前達は自身のルーツである天妖憂醒を自らの手で殺したのだ」
「そうやぞ、アホンダラ。自分で自分の祖先を殺したら、オマエは存在しない事になって、存在しないオマエには過去の自分を殺せないから、子供は殺されなくて、そうしたらオマエが存在するから子供を殺せて、えぇえっと、何やらわからん……」
「それが、タイム・パラドックスです」
時乃乃が叫びながら首を傾げる。
「タイム・パラドックスだと?」
「何だと、ふざけるな、オレはここにいる、ここに……」
「オレは……」
戯琉彗星と戯琉成洲がタイム・パラドックスに堕ち、消えては現れ現れては消えていく。
「戯琉彗星、戯琉成洲よ、さらばだ」
「あっ、忘れてた。十丸さんと戯琉成洲ってヤツがあっちとこっちにいたのは、どういうマジックなんですか?」「そやな」
「マジックではありませんし、その謎を解いても面白くはありません。天妖族の殆どは双子なのです。唯、それだけです」
そう言った十丸の背後から、十丸と瓜二つの老人がひょっこり顔を見せた。
◇
「MHKニュースの時間です。先程、出勤客で混雑する東京駅東口の宇曽八銀行本店で強盗事件が発生し、犯人は近くの「財団法人人間科学アカデミー」に逃げ込み、現在も籠城を続けています。犯人が人間科学アカデミーの関係者であるとの情報もありますが、詳細は不明です」
TVニュースが東京駅の銀行強盗事件を伝えている。
「人間科学アカデミーて言ぅたら、あいつ等やん?」
「そうです。この事件の犯人はどうやらヤツ等の残党の仕業らしいのですが……」
喫茶店タイムトラベルのソファーに座り、微睡みながら談笑する時乃輪と時乃乃の二人。いきなりその背後から時翔十丸の声がしたが、毎度の事なので特に驚く事はない。
人間科学アカデミーは、天命創生協会の下部団体となって決着したが、十丸はその時よりも更に
「残党?」「ヤツ等の目的は何なん?」
「明確には判明していませんが、元々ヤツ等の目的は会長覚醒様に対する恨み、その元となった妖怪戦争の原因は地上界の支配権でした」
「そんなの、協会の力でぶっ潰しちゃえばいいんじゃないですか?」
時乃輪の無邪気な声に、十丸は沈痛な声で答えた。
「それが、現在ヤツ等が拠点としている10階建ビルには最上階だけでなく3階と4階に一般テナントが入っており、その社員が人質になっています。その為に一斉突入が出来ないのです。更に一部に他属人追随の動きがあり、大変に苦慮しております」
「十丸さん、「他属人追随の動き」って何ですか?」
「現在の天上界は、神の神聖界と我々時翔族の天妖界、その他の妖怪の他属界とに分かれておりますが、他属界の者達が地上界に侵攻しようとしており、時翔族と戯琉族のイザコザに乗じて事を進めようとしているのです」
「地上界への侵攻?」「何をしようとしているんや?」
「どうやら、日本での無差別テロ攻撃を画策しているようなのです」
「訳わからんな」「何か凄く腹が立つね」
現地周辺は時翔族の警備スタッフが固めている為、事件の拡大はないと思われるものの、この先の展開は不透明だ。
「覚醒様は腰痛で入院中の為、本件の指揮はこの私が執らせていただきます」
「ヤツ等の拠点、潰すんやろ?」
「当然、ぶっ潰すんだよ。今度こそ、ワタシの出番だ」
嬉々として積極的に参加しようとする時乃輪の横で、時乃乃は複雑な顔をしている。何故なら、時乃輪の積極果敢な姿勢が何を意味するのかを時乃乃は知っている。
終結したと思われたバッドウォーズは、違う思惑が絡みバトルゲームの様相を呈している。十丸は非常事態だと焦り、時乃乃は事態の進捗に不安を見せている。そして事態の悪化にほくそ笑む罰当たりが一人いる。
時乃輪と時乃乃の二人は、再び東京駅東口裏通りにある黄色い10階建のビルの前にいた。ビル周辺を警察官が取り囲み、更にその周りを大勢の野次馬が囲んで事の成り行きをじっと見守っている状況に息が詰まりそうになる。ビルの最上階の窓には「財団法人人間科学アカデミー」の文字が見える。
二人は、十丸の「ヤツラは抹殺剣を持っている可能性がありますので、暮れ暮れもご注意ください」の言葉を受けて、警備スタッフとともに大人しくビルの前で見学していた。
周囲は極度の緊張に包まれている。人質がいるのだから当然なのだろう、数え切れない野次馬が張り詰めた空気に息を呑んでいる。
「エラい、ピリピリしとんな」「凄い人集り」
その時、突然重苦しい静けさの中で一発の銃声が聞こえた。更なる緊張が走る。次の瞬間、ショットガンを携える男と老人を担いだ大男がビルの入り口に姿を見せ、大男は担いでいた老人を無造作に放り投げた。老人はピクリとも動かない。
おそらくは、老人は人質に違いない。道路に放置された老人の傷の程度が気になる、直ぐにも対処する必要があるだろう。
時乃輪と時乃乃は、傷を負っているであろう老人を道路に放り投げるなどという、あり得ないその暴挙に瞬時にキレた。
「乃乃、行くよ」「おぅよ、ぶち殺したるわい」
制止する警備スタッフの声がしたが、もう既に激おこMAXの二人を止める事など出来ない。時ノ輪は、警察官の制止をも振り切り、銃を構える男に近づくと怯む事もなく銃口を手で掴んだ。キレた時乃輪に恐れるものなどない。
男は仰天し「う、撃つぞ」と威嚇したが、時乃輪は戦慄する男を容赦なく殴り倒した。同時に警察官が雪崩を打って男達に覆い被さった。
時乃輪は躊躇う事なくビルの中へと進み、時乃乃は救急車の到着を確認して後に続いた
二人はエレベーターでビルの10階へと上り、フロアを隔てるガラススペースの扉を蹴破った。部屋には、ショットガンを構える男達と20人程の人質らしき男女がいるのが見えた。
突然の事態に驚いた男達は、いきなり時乃輪と時乃乃にショットガンを撃った。弾は二人の身体を透過して壁に穴を空けた。
「アホンダラ、妖怪に鉄砲なんぞ当たるかい」
「愚かだ」と言いながら時乃輪が右手を翳すと、広げた手から青白いプラズマの光が怪しく踊り、次第に強烈な輝きに変貌した。そうしながら左手を後ろ手にして、人差し指で時乃乃に「人質誘導」の合図を送る。時乃乃が人質を徐々に部屋の外へと誘導する。
そこにタイミングを合わせたようにエレベーターと階段で上って来た警察官が20人の人質全員を開放した。
更に一斉に部屋に突入しようとする警察官に向かって時乃乃が叫んだ。
「全員、早急に退避してください。デカい爆弾が破裂します。ビル周辺にいる人達も、直ぐに離れるように誘導してください。このビルごと吹き飛びますから」
爆弾の一言で、周辺に待機していた警察を含む関係者と周囲を取り巻く野次馬達は我先にと逃げ出した。
「お前が天命創世協会の「爆弾娘」だろ?お前が西新宿ビルのフロアを破壊したのは知っているぞ。俺達は戯琉族ではないが戯琉を継ぐ者だ」
「俺達は他属界のトルティアン、元々は恒星カルス第5惑星トルティアンから来た」
「新宿ビルの件でアンタの力は知っている。どうだ、俺達と組まないか?」
「俺達はこの地上を人間から奪う為に革命を起こすのだ。一緒に組もうぜ」
「革命か、条件次第で考えてやろう」
「本当か、何でもいいぜ」
「報酬は?」
「10億、いや100億円でどうだ?」
時乃輪が鼻で笑った。
「そんな
「それなら1兆円でどうだ?」
「それ以上でもいいぜ。幾らでも銀行から掻っ払ってくればいいんだからな」
「乃輪、退避完了やで」と時乃乃の声がした。
準備は完了した。時乃輪は燃え滾る悪魔の「破壊」の力を解放する。
「愚かで不埒な
「何だと、新宿ビルのフロアを破壊した程度でいい気になるな、やれるものならやってみろ」
時乃乃が叫んだ。
「お前等に言ぅといたる。こいつの力はな、新宿ビルのフロアを破壊した程度やないで。こいつは天命創世協会の会長、時翔覚醒の直系で、気に入らんモンは何でも破壊する絶対の神力「破壊」を唯一継承しとるんや。こんなビルなんぞ木っ端微塵じゃ」
時乃乃は無知な男達にこれから始まる天変地異を説明し、脱兎の如く隠れた。
「何、ま、待て」
天変地異に「待て」は通じない。乃輪の右手から放たれる青白いプラズマ光が一気に膨れ上がり、黄色いビルを光の柱が包み込むと、ドン・という爆裂音とともにコンクリート造りの建物が砕け散った。10階建の科学アカデミーのビルが瓦礫の山と化し、両隣のビルが半壊した。
◇
再び、この世界に安穏たる日々が訪れた。
「なぁ乃輪、あっちこっちぶち壊したビルの損害どないすんねん?」
時乃乃の心配に、時乃輪はいつもと変わらない純真な眼をしている。
「お祖父ちゃまに……」
「いやいや、ついこの前の新宿高層ビル破壊の件もあるし、今回で三回目やし。流石に今回は無理ちゃうか?」
時乃輪が破壊したのは、寿命学校の本校舎、西新宿○○タワーに続き三度目なのだが、過去二度の破壊は天命創生協会から「お咎めなし」のお墨付きを得ている。
「そうかなぁ、でもきっと大丈夫だよ」
「何でや?」
「だってあのビル私のだもん」
「えっ、お前が買ったビルてあれか?」
「そうだよ」
「それやったら、半分はウチのやんけ」
「そうだっけ?」
いつものように喫茶店タイムトラベルに来ている十丸に、時乃輪が猫なで声で訊いた。最近では、十丸も定期会議なる名目でタイムトラベルに入り浸っている。
「十丸さん、今回の件ってもう解決済ですよね?壊しちゃったビルは私のだったんだから、問題なしと言う事で、一件落着」
「乃輪様、両隣のビル、更にその隣のビル、合計6棟です。東京駅近くにあるビル6棟を粉砕して10億ぽっちで済むとお思いですか?」
「済まないの?」
「そらそうやわ。そもそも潰してもぅたビルかて東京駅の近くの10階建やで。10億で良ぅ買えたもんやな」
「えぇ、そうなの?」
「まぁ、今回は協会の窮地を救った側面もありますし、会長の特別なお計らいもあって協会が一時的に負担は致しますが、それにしても今回は暴れ過ぎです。今後当分の間、案件のギャラはオールゼロとなります」
「オールゼロって、本当にゼロじゃん。嫌だ、何とかして」
「駄目です」
時乃輪の半泣きの叫びが早朝の喫茶店タイムトラベルに響き渡った。
正義の味方を自負する時乃輪と時乃乃の二人がいれば、きっとこの世界の平穏な日々はまだまだ続いていくに違いない。
◇
妖怪とは物の怪や化け物の類ではなく、
その中には当然のように地球を超える科学力を有し、邪意をもって侵入を企てる異星人もいるだろう。では、何故地球がそんな異星人からの侵略を受けていないのかと言えば、それは既に時翔族という名の意識の高い正義の異星人がいるからに他ならない。
そして、いつか人類は彼等の力を借りて次元を上昇させて宇宙人類となり、天ノ川銀河連邦に属する星へと昇華するに違いない。だが、それはこの地球から「戦争」という文字が永遠に消え去る事が前提となるのだろう。
完
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