第15話「まずはお友達から」


「ジャネットを殴ってやりたい!」


王太子が拳を握り、机を叩いた。


その振動で机の上の食器がガタガタと揺れた。


「珍しく王太子と気が合ったのだ! アリーには内緒でジャネットには、一日に一回は植物の皮で滑って転ぶ呪いと、鼻毛が伸びて蝶結びになる呪いと、いちごの種が喉に突っかかる呪いと、熟した果物が頭の上に落ちてくる呪いをかけておいたのだ」


フェルったらいつの間にそんな事を……。


「ふたりともジャネットは、祖国の誰かに操られていただけですから……」


「今まで君を邪険にしたきたノーブルグラント王国の人間全員を、殴ってやりたい!」


「僕もそう思っていたのだ! 王太子とは気が合いそうなのだ」


「ふたりとも落ち着いてください。暴力反対です!」


ふたりとも血気盛んでいけないわ。


ハーブティーを飲ませ、二人を落ち着かせた。


ハーブティーの葉は、今日の昼間クレアさんが持ってきてくれたのよね。


とても役に立っているわ。クレアさんありがとう。





☆☆☆☆☆☆





「アリアベルタ王女、君は今まで沢山苦労してきた。これからは幸せになってほしい」


「はい?」


「できれば俺が君を幸せにしたい。アリーと呼んでもいいだろうか?」


「えっ?」


王太子が真紅の瞳をキラキラさせ、見つめてくる。


その目は無垢な少年のようで、とても殺戮の王子と呼ばれている人物とは思えない。


「だめなのだ! アリーと呼んでいいのは僕だけなのだ!」


「妖精殿、そこをなんとか!」


「だめと言ったらだめなのだ!」


「くっ、仕方ない! ではアリアベルタと、そう呼ばせてくれないか!?」


「それならOKなのだ」


どうして、フェルが私の呼び方を決めているの?


「アリアベルタ、俺が君を絶対に幸せにして見せる!」


王太子が私の手を掴み、ほほ笑んだ。


この人、笑えたんだ……。こんなこと言っては失礼かもしれないけど、笑顔は意外と可愛いかも。


「え〜〜と、殿下はなぜ急に私に優しくしようと思ったんですか? やっぱりじゃがいもが目当てですか?」


フェルの育てたじゃがいもはほっぺが落ちるほど美味しい。


その魅力に取り憑かれてもおかしくはない。


「フェルの育てたじゃがいもが美味しいから、彼の友人である私の機嫌を、とりあえず取っておこうとかそういう……」


「そうなのか? だとしたら王太子は最低なのだ」


「違う!」


王太子は動揺しているようだ。


「なら、どうして?」


私に妖精のお友達がいる以外の魅力も、メリットもないはずだ。


「初めて君を見た時、無垢に輝く瞳が美しいと思った。その時からずっと君の事が気になっていた」


自分でも引くほどの酷いメイクを施された私に、王太子は好感を持っていてくれてたんだ……。


ちょっとだけ、ほんの少しだけ、胸がキュンとしてしまった。


「だから君に『化け物』と言われて、ショックだった……」


ジャネットの言葉は思っていたよりも、王太子の心を抉っていたようだ。


「君と距離を置こうとしたのはそのためだ。モンスターの返り血を浴びた手で君に触れたら、君を汚してしまいそうで……」


「そんなこと……」


「だが、それは誤解だとわかった。それだけでなく、モンスターの返り血を浴びた俺を、怪我をしたと思い込み、治療をしようと考えてくれた。君の優しさに触れて、どれだけ嬉しかったか。もし君が許してくれるのなら、最初からやり直したい」


「王太子はこう言っているのだ。どうするのだアリー?」


王太子が雨の日に迷い込んだ小鳥のような、心細そうな目で私を見つめてくる。


そんな目で見られたら、嫌とは言えない。


「では、お友達から」


いきなり夫婦になれと言われても難しい。


王太子は優しそうな人だし、国民の為に率先してモンスター退治にあたる勇敢な人だし、好感が持てる。


夫婦にはなれなくても、お友達にはなれそう。


「ありがとう! アリアベルタ! 君の温情に感謝する!」


「殿下、そんな大げさな」


「その、殿下という呼び方なのだが……友達になったことだし、名前で呼んでもらえないか?」


「名前ですか?」


殿下のお名前は確か、レオニス・ヴォルフハート様。


「ぜひ、レオと呼んでほしい!」


「いきなり相性はちょっと……レオニス様ではだめですか?」


「わかった! 今はそれでも構わない!」


レオニス様が破顔した。


やはりこの人の笑顔は可愛らしい。


もっと国民の前でも笑顔を振りまけばいいのに。


そうすれば「殺戮の王子」と呼ばれて恐れられることも、なくなるかもしれない。



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