5 ランチタイム
「おおー、今日はカレーとハヤシライスの二択みたいだなっ」
大勢の生徒たちで賑わう食堂。
その入り口に掲げられた本日のメニュー(写真付き)を見て、クラスメートのひなたが嬉しそうに声を上げた。
対して、自称宇宙人のキャロは若干青ざめた表情でボソッとつぶやいた。
「……この、排〇物みたいなのが食べ物なのよ?
流石は未開文明、料理まで野蛮なのかしら」
「おいこら、流石に今の発言は看過出来ねえなあ。
世界も驚く日本料理の洗礼、受けてみるといいぜ」
義憤に駆られて、目の前の生意気な小娘に笑いかける。
脳裏に浮かぶのは、漫画とかでよくある「宇宙人/異世界人が地球の料理を食べて、そのあまりのおいしさに感動する」例のあれ。
俺は信じてるぜ、国名やら冠しながらもそれとは全く別の料理に変化させる日本人の創意工夫を(他人任せ)。
「はあ。他に選択肢もなさそうだし、仕方ないのよ。
それで、どっちがおススメかしら?」
「お、わたしはカレーの方が好きかな。
二人はどう? キャロがどっちがおススメかだって」
「あたしは両方好きだぞ。
ただ今日はカレーの気分だなっ」
「私はハヤシライスの方が好きかな~。
ただ確かキャロちゃんはドイツ人だったよね? それならカリーヴルストっていう料理は聞いたことないかな?
ほら、あれもカレー粉を使ってるんだよ。もし知ってたらカレーの味も想像しやすいかも」
「……ふん、それならカレーにするのよ」
暫く考え込んだ後、さっさと食堂の中へと入ってしまうキャロ。
恐らく彼女にドイツで暮らした経験はないだろう。それでも志穂の助言に従ったのは自身の設定を守りたかったからか、あるいはただの気紛れか。いずれにせよ、変な諍いが起きないならそれに越したことはない。
ある程度のコミュニケーションを取る意思はあるようだし、このまま二人に絆されて地球征服なんぞ止めてほしいものである。
と、それはともかくだ。
「カリーヴルスト、だっけ? よく知ってるね、志穂は。
わたしなんかソーセージくらいしかドイツ料理について知らなかったよ」
「志穂ん家は駅前の商店街でカフェを経営してるんだ。
だからそーゆー料理関連のうんちくに詳しいんだぞ?」
「ははあ、なるほど。
因みにカリーヴルストっていうのはどういう料理なの?」
「本場のソーセージにカレー粉とケチャップを掛けたって感じかな。
買うと大体ポテトが付いてきて、ドイツ人の中ではファストフード兼ソウルフード的な扱いなんだって」
「おおっ、いいね。
伝統料理とかより、そういう好きなもの詰め込みましたみたいな食べ物の方が美味しいんだよねえ」
「分かるぞ。あたしも和食よりマ〇クの方が好きだ。
昔、旅館で食べたかす汁とやらが驚くほどまずかったからな」
先に列に並ぶキャロに追いついた後、うんうんと頷く俺とひなた。
そんな俺たちを見て、志穂は困ったように「ファストフードだけじゃなくて、ちゃんとバランスよく食べなきゃだめだよ」と忠告してくれた。
うーん、ママぁ。
志穂が元気っ娘ぽいひなたの世話を焼いてきた光景が目に浮かぶぜ。
くるるるる。
刹那、可愛らしい腹の音が辺りに響いた。
一瞬俺かと思ったけど、多分違う。発生源の方に目を見れば、そこには口を真っ直ぐにして腹をさするひなたがいた。
「うう、志穂のせいで物凄くお腹がすいてきたぞ。
そうだ。今日の放課後、みんなで志穂ん家のカフェに行ってみるのはどうだ? 理穂ねえなら例のカリーヴルストも作ってくれるんじゃないか?」
「あ、うん。私の方は多分大丈夫だと思う」
二人が期待半分不安半分といった感じで俺たちの方を見る。
あー、俺として渡りに船な話なんだけどなあ。
俺の事なのに俺に決定権がないのが悲しきところよ。やっぱり生殺与奪の権は他人に握らせるべきじゃないな、うん。
「……私の指示がない限り、勝手にすればいいかしら。
お前なんか最初から期待してないのよ」
前を向いたまま、なかなかに強烈な言葉を告げてくるキャロ。
その棘はあえて無視すれば、どうやら俺には結構な自由が与えられているらしい。正直休む間もなくこき使われるのを想像してたからマジでありがたいな。
「ってことで、参加できることになったみたい。
今日はよろしくね、ひなた、志穂」
「あ、相変わらず二人は不思議な関係だね……」
いちいちキャロに許しを請う俺を見て、ぎこちなく笑う志穂。
うう、その同情するような視線が何とも痛いぜ。
「?? あれ、キャロは一緒に来ないのか?
理穂ねえの料理は絶品だぞ? 所謂、一緒に一度を食べておきたいってやつだ」
「……」
ひなたの十中八九善意からの提案にもキャロは答えない。ただ黙って己の注文の番を待つばかり。どうやらこれ以上何かを話すつもりはないらしい。
全く、仕方ない奴だなあ。適当に誤魔化しといてやるか。
ついでにさっきの説明もできるように……。
「あーと、実はキャロは親の仕事をもう手伝っていてさ、色々と忙しいんだ。
それで、時々わたしも呼ばれて足を引っ張ってるから奴隷だのなんだの言われるってわけ」
「あ、そういう事情だったんだ」
「うむ、なら仕方ない。
また忙しくない時に一緒出来るといいなっ」
ホッと胸をなでおろす志穂と、優しい声をかけるひなた。
それにキョロが小さく頷いたのを確認して、志穂が学生鞄からポケットからスマホを取り出して操作し始めた。
「それじゃあ、お姉ちゃんに連絡しておくね。
新しい友達を連れていくから用意よろしくって。アン・ドローゼちゃんっていう……
「っ!?」
ぺろりと舌を出しておちゃらける志穂に、身が縮む思いがする。
あれ、まてよ。もしかして本当にそれが語源だったりする? だとしたらネーミング適当すぎるだろ、おい。
と人知れず戦々恐々としていると、ひなたがニシシと笑いかけてきた。
「気にしなくていいぞ、志穂のあれはただの親父ギャグだからな。
普段からお客のジジババを相手にしてるから感覚が絶望的に古いんだ」
「あ、あー、なるほど。だから謎のオカン感があったんだ、納得」
「ふ、二人とも酷いっ。
こんなぴっちぴっちのJKを捕まえて古いオカンとかいうなんてっ」
若干涙目の志穂を前に、俺とひなたは得意げに頷きあった。
語るに落ちたとはこのことよ。今時JKがぴっちぴっちとか自分のことをJKなんて言うわけないんだよなあ……多分きっとっ。
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