3 制服/自己紹介クライシス
「ほらさっさと起きるのよ。
全く、これだから奴隷は……」
「……??」
ぺちぺちとほっぺたにあたる優しい感触。
何事かと目を開ければ、そこにいたのは額にしわを寄せてこちらを睨む赤髪の少女。彼女の背後に広がる鮮やかな新緑が、朝の到来を告げていた。
ああ、そうだ。
俺、こいつのアンドロイドと融合して、地球征服の一翼を担うことになってーーって、これが全部事実ってマジ?
昨日のあれは夢じゃなかったのかよ……。
人智を越えた状況に呆然とする中、その張本人たる少女は不躾に何かを差し出してきた。
折り畳まれた黒いブレザー、白いYシャツ、そしてチェックのスカート。
俺はそれらに、何よりブレザーの胸元に付いた校章に何となく見覚えがあった。
「学生、服? それも近くの空ヶ丘高校の制服だよな?
え、今から俺がこれを着るのか?」
「それ以外に何があるのよ。
それともお前には別のナニかに使う趣味でもあったのかしら?」
「勝手に俺を変態野郎にするんじゃねえっ。
ただ本当に入学するくらいしか制服を着る理由が思い浮かばなくて、だな……」
「だから最初からそう言ってるのよ。
馬鹿なのかしら? いえ、馬鹿だったわね」
やれやれと肩をすくめ、嘆息する少女。
見れば彼女もまた同じ制服に身を包んでいた。
??? これから俺たちは地球征服するんだよな?
そんなやつらが学校に通う理由とは一体……?
「はっ、まさか高校生として潜り込み、生徒を人質に政府と交渉をするつもりとか?
流石はドS宇宙人っ。えげつない方法を取りやがるっ」
「……そんな手段を思いつくお前の方が十分鬼畜なのよ。
ただ私はこの世界の文化や社会常識を知りたいだけなのよ。あまねく宇宙の中の全ての文明を完全に監視できるほど、王国の人員は十全じゃない。
例えば他の星に攻め入ったりしないか、宇宙崩壊を齎す兵器を開発してはいないか等の脅威度を計るのも、私たち征服官の役目かしら」
「なるほど、ねえ。
因みに王国っていうのはーー」
続く言葉は、少女の鋭い眼光により遮られる。
どうやらこれ以上話すつもりはないらしい。
うーむ。今の話はどれだけ信じていいもんのかねえ。宇宙人とかについては正直今も半信半疑だから、判断がつかないだよなあ。
まあ、とにかくだ。
「お前にも一応守るべきルールがあるんだな。
それなら少しは安心だ」
「はっ。これほど愛国心に満ちた人間は他にいないのよ。
お前は私と何だと思ってるのかしら?」
「見ず知らず男をTS奴隷にして喜ぶクソ野郎」
「それはお前がっ……はあ、もういいのよ。
時間は一秒だって無駄に出来ない。早く学校に行くのよ」
「わかったよ。
全く、これほどご主人様思いの奴隷も他にいないんだから少しくらいは優しくしてくれてもいいじゃないか?」
「その言葉は少しでも私に報いてから言ってほしいかしら」
そんなやり取りを挟みつつ、少女から制服を受け取る。
って、ちょっと待て。俺がこれを着るのか? この明らかに女性用の服を?
「な、なあ。今からでも変えれないか、これ?
確か空ヶ丘高校だと女子はスラックスタイプも選べてだな……」
「……なるほど、お前の主張は分かったのよ。
自分一人では着れないから手伝ってほしいと。全く、それならそうと早く言ってほしかったのよ」
「え、いやそんなこと一言も言って、んにゃっ」
堰を切ったように動き始める俺の体。
主導権を奪われたと気付いたのもつかの間、そのまま彼女の前しかも森の中で来ていた宇宙服を脱ぎ始めてーー
「うう、酷い辱めを受けた。
俺の名誉を深く傷つけたお前に損害賠償を要求するっ」
空ヶ丘高校二階、2-1と書かれた教室の前にて。
俺は野外ストリップショーを開催したクソご主人様に詰め寄っていた。
それに彼女は眉をハの時にして答える。
「いつまで言ってるのよ。
周りに誰もいなかったんだし、別にいいじゃない」
「い、いや、そういう問題じゃないだろっ。
女の子として、何の仕切りもない外で着替えるとか、何かあれだろっ!?」
「?」
心底不思議そうに瞳を瞬かせる少女。
え、まじで? そういうの普通は気にしないもんなの?
女の子になった事がないからわっかんねえっ。
「それでは入ってきてください。
転校生のアン・ドローゼさんとキャロ・ネヴィルさんです」
担任の安藤先生(♀)に促され、会話を中断して教室へと入る。
そう、謎の宇宙人的パワーにより色々捻じ曲げられ、俺たちはここ空ヶ丘高校2年1組に、4月中旬という中途半端な時期に転校してきたのだ。
教室の中にいたのは約30名の生徒たち。
見た目だけは麗しい俺たちの登場に男子連中は等しく目を輝かせ、女子連中は警戒するように睨んできたり、興味深そうに眼を見開いたり千差万別。
視線の中には明らかに俺の胸や腰辺りを直視するものもある。
こ、これはあれだな。
何か女装してるみたいで、めちゃくちゃ恥ずかしいわ。何か急にスカートが心もとなく感じてきたし……ああもう。だから嫌だったんだってっ。
そんな俺の苦労を知らずして、ご主人様はいつもの冷笑で話し始めた。
「私は名前はキャロ・ネヴィル。
授業を受けに来ただけでお前たちには露ほども興味ないから、勝手にするといいかしら。私もお前たちとは一切かかわらないのよ」
少女、キャロの初手ディスコミュニケーション宣言に、しんと静まり返る教室。
助け舟を出すべき安藤先生ですら、笑顔のまま固まっている。まあ、うん。これだけセンセーショナルな自己紹介をされちゃあなあ。
仕方ない。ここは俺が一肌脱いでやりますか。
えーと、確か俺たち二人とも帰国子女っていう設定だったか? それならーー
「おれ、じゃないわたしの友人が失礼しました。
今日からお世話になるアン・ドローゼです。父親がフランス人、母親が日本人のハーフで、仕事の関係で日本に戻ってきました。
キャロのことは古くから知っていて、こんな性格ですが根は多分悪い子じゃないので、お、わたしともども仲良くしてくれると嬉しいです」
出来るだけ朗らかな笑顔を浮かべて、ゆっくりと頭を下げる。
額越しにも感じる「良かった、まともな人が来た」という安心した気配。
ふ、これぞご主人様の失敗をカバーする奴隷の鏡。
どうよ。流石にここまでされたら無下にはできないだろと、優越感に浸りながらキャロの方を見てーー
「なーんて、うそぴょん。
私はキャロ様の奴隷っ。ご主人様かわいいいよ。ぺろぺろ」
!!!????
突如、変態と化す俺のお口。反転する周囲の視線。視界の端で、小さく口角を上げるキャロ。
てんめえ、やりやがったなあああああ、
おい、どうすんだよ、これ、全然と止まらないだけどっ!?
「キャロ様に近づく人間はぶちのめすので、そこんとこ夜露死苦ゥ!」
凍えるほど冷たい空気の中、
まっじで、嫌いだわ。こいつっ。
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