BORDER
SELUM
Chapter 1 - Scouting
Ep.1-1 A Sage / 賢者
2145年 3月某日深夜
深夜の暗闇とは不釣り合いな無数の明かりが都市全体を照らす。都市の周囲を花弁のように重なり合った巨大な外壁群が包み込む。その
アスター・シティ・ステイト
人類が『
そんなアップビート地区の手前、繁華街・ダウンビート地区にて既に閉店している地区最大の複合商業施設『カズナパーク』が、歓楽街の光を一身に受け止めるようにして聳え立つ。そんなカズナパークの屋上で、黒のフード付きオープンショルダーカットのジップアップパーカーを着た女が1人静かに佇む。
女はフードを外すとホワイトシルバーカラーの髪を振り乱し、切りっぱなしウルフレイヤーのショートヘアに一段と無造作感を加える。パーカーのジップを下げると白のクロップド丈Tシャツが顕になり、腹部が覘く。パーカーのだぼっとしたボリューム袖に付着した埃を軽く手で払った後にチャコールグレーのカーゴパンツのポケットに手を突っ込む。
生暖かい風が肌を撫でるように通り過ぎる感覚を彼女が目を瞑って楽しんでいると、彼女の人工電脳への通信を知らせる着信音が脳内に鳴り響く。彼女は煩わしそうにして軽く右手で首筋に触れると通信相手との会話を始める。
——何か用?
自身の落ち着いた時間を邪魔されて少し苛ついた彼女は相手に聞こえるか聞こえないかくらいの舌打ちを打つ。
——何ってお前、仕事の確認に決まってんだろ? それに舌打ちなんかして可愛い顔が台無しだぜ。どうせまた眉間に皺、寄せてんだろ?
女は
——別になってないわよ
——嘘つけ
カークは馬鹿にしたように笑いながら、舌を出して指をこちらに向けてくる絵文字アバターを連続で女に送信してくる。彼女は内心、
——で、仕事の確認って?
カークはため息をついて女に返答する。
——お前なぁ、毎回やってんだろ? もしも本当に覚えてねぇんならテメェの人工電脳と義体をメンテナンスすることをお勧めするぜ、〝
——皮肉言ってる暇があったらとっとと話を進めたら?
カークは「へいへい」と言いながら白髪頭を綺麗に整えた、吊り目の高齢者男性の顔写真をオウルに送る。その後すぐに年齢や生年月日、職業、住民登録IDといったデータが次々に追加されていく。彼女はそれらの情報をそのままカークに伝える。
——名前はマルト=ジンカワ、2069年7月11日生まれの満75歳。住民登録IDはSV66014983。ふーん、ソムニウムヴェレ地区在住……って、シンドウの役員じゃない
カークは
——お前まじか
——標的なんて見た目と名前が分かれば十分でしょ?
——もしもってことがあるだろ。それにこの確認作業、そのもしもの時のためにログ残すんだし見とけよ
——私にそんなもしもなんて今まで無かったじゃない
——別件で何回かあんだよ。面倒くせーんだぞ? ただでさえ清掃屋は俺らのこと嫌ってんだし
——今回は向こうからのリクエスト多めだぞ。覚えてるか?
——もちろん
——電脳への攻撃前に別部位への攻撃必須。その際ハッキングや拳銃はNG、ナイフで直接刺突すること。通りのどの辺にいるとかいう事前情報は提供されない状態での実行。計画性のない通り魔的状況をご希望。あー、あと女性限定。変態ね
——結構、負担でかいぜ。まぁ報酬はその分跳ねるけどな。あ、あと15分以内に現場から離れろってさ
——はぁ? 清掃屋の連中、ヤケになってるわね。どうせエリオットでしょ? まぁ余裕だけど。そう言えば
——5人までの起用は認めさせたよ。交渉大変だったんだぜ? 感謝しろよな
——せめて10人は認めさせるって息巻いてたじゃない
——うるっせーなぁ。お前、そもそもキャストなんかいらねーだろーが
——今回やることないんだし、少しは働けば?
このケーブルは
——とりあえず、おじいちゃん探すわ
そう言うと
——手垢残すなよ
——誰に言ってんのよ
カークの忠告にうんざりしつつ、
——見つけた
——ヒュー、相変わらずお早いこって。さすがはS級ハッカー・
——誰が言い始めたのよ、それ。……早いのは有線でやったからよ
——無線でも30秒くらいだろ? どちらにせよ早えよ
——20秒の差は大きいわよ。……っと、マーキング完了。ついでに全てのカメラと周辺の人間、アンドロイドに
——オーライ。そろそろ始めるか
——了解
そう言うと
ダウンビート地区には百貨店やショッピングセンター、娯楽施設などが建設されており、家族連れの買い物客が多く利用する。21時になると殆どの店舗が閉店し、交差するロックビート・アベニューを境にしてアップビート地区へと賑わいが移行する。
アップビート地区が近付くにつれて華やかさを増す色鮮やかな灯りとは裏腹に、
(相変わらずね)
ロックビート・アベニューを横断して、再びミコ・ストリートに出ると、アップビート地区に入る。オウルは通りを一瞥すると、顔をしかめてダウンビート地区とは比較にならない治安の悪さに辟易する。
鼻をつんざくような不愉快な臭い、怒号混じりの叫び声、歩行者天国となっている道路に倒れ込みながら騒ぐ声、息苦しい光彩、白く透明感のある陶器肌にくっきりとした目鼻と目立つ顔立ちの
「お姉さん、可愛いねぇ! 俺たちと良いことしない?」
——
——OK。キャストさんも準備万端だ。いつでも良いぜ
「……ッ」
その間、5人のキャストは
——完了。これから死ぬまでのデータは私の記憶フォルダに自動転送されるわ
——ご苦労さん
——ハッキングNGなんて指定しなければ仕上げは電脳破壊にしてあげるのに
——嘘つけ。特に指定なけりゃあハッキングしねぇだろ
——ナノマシンαって優秀よね
(勝手なものよね。その辺で倒れてる人たちには見向きもしなかったのに。キャストがわざと掻き回しているとはいえ、自分たちに少しでも危険が及ぶ可能性があると一目散に逃げ始める。そして明日には全て忘れる)
既にキャストの5人はその場から離れており、残すは
その後、程なくして『都市国家捜査局』が到着し、現場の収拾にかかる。
「クソガキが。現場を荒らし過ぎだ。誰が後処理をすると思ってんだ」
エリオット=ファンス捜査官はそう言って、大量に出血して苦しむ眼前の高齢者男性、悲鳴を上げて逃げ惑う人々、それらを落ち着かせようと務める、『メガロアーバン市警』を見ながら苛つきを隠せず地面に唾を吐き捨てた。
「死亡を確認しました」
「おう」
ファンス捜査官は科学技術部のトウコ捜査官から知らせを受けて高齢者男性の遺体へと近付こうとする。すると彼の電脳が1件のメッセージを受信したことを通知する。
——お片付けはよろしくね、お巡りさん♡
見計らったかのようなタイミングで送られてきたレイラ=エマ=シエルからのメッセージを見て、ファンス捜査官はマルト=ジンカワと思われる遺体を蹴飛ばしてやり場のない怒りをぶつけるのだった。
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