第42話 勝ち誇るカメーリアにニッキー登場
カロライナ王国から使者がビニ公爵家にやって来た。ビニ公爵様に書状を差し出した使者の顔色は、緊張で少し震え青ざめていた。
きっと悪い知らせに違いないと、私の胸は不安で押し潰されそうだった。
『・・・・・・謹んでお知らせ申し上げます。我が国に来訪中のライオネル殿下が、我が国でのご滞在中に怪我をいたしましたことを、深い遺憾の念を込めてお伝え申し上げます。
この不慮の出来事は、夜明けの鷹狩りの際に起こってしまいました。我々はライオネル殿下の安全と快適さを最優先に考えており、このような事故が発生したことに対し、国王として責任を痛感いたしております。
落馬により怪我をされた、ライオネル殿下の健康と回復を最優先に考え、必要な医療ケアを行っております。・・・・・・・』
形式張った挨拶の後、書状に書かれた怪我や落馬の内容が、悪い知らせであることを確信させた。言葉の意味をはっきりと理解していくにつれ、私の心は深い淵に落ち漆黒の闇に包まれた。
落馬による事故? 打ち所が悪ければ亡くなってしまってもおかしくない。使者から直接、詳細な事故の経緯を聞いても、あのライオネル殿下が落馬することが信じられなかった。
幼い頃から乗馬が得意で、馬が大好きなライオネル殿下が落馬する? しかも鷹狩りに行ったということも信じられない。ライオネル殿下は生き物が好きで無用な殺生を嫌う。
なんの目的でそのような狩りになど行ったのか腑に落ちなかった。ショックで頭の整理がつかない私に、ビニ公爵様の言葉が響く。
「カロライナ王国には雪兎が生息している。大変貴重で美しい毛皮だ。女性に人気だし、春とはいえ夜などは肌寒い。きっとソフィへの土産にしようと思ったのだろう。男は愛しい女性の笑顔のためなら、大抵なんでもするからね」
雪兎はメドフォード国には生息していない貴重な兎だった。まばゆい白さが雪の結晶のように輝き、まるで銀世界に住む妖精のように綺麗な兎だという。毛並みは柔らかで、手に触れるとその絹のような滑らかさに驚かされるらしい。
その美しい白さと豪華な毛並みは、贅沢な衣類やアクセサリーの素材としても非常に価値が高く、その繊細さと優美さは、芸術家やデザイナーたちを魅了するものだった。
もし、ライオネル殿下がその毛皮のために落馬したとしたら、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そのような毛皮を受け取るよりも、元気で帰国したライオネル殿下の姿を見ることが何百倍も嬉しいのに。
王家にも同じタイミングで、カロライナ王国からの使者が到着していた。その後、私たちは王宮に一堂に集まり会議をした。
その結果、こちらの医師団の派遣や外交的な手続きを通じて、治療や支援を提供することが決まった。私も同行を望んだけれど、アルフォンソ国王陛下に止められた。まだ公式に婚約者として発表されていない私は、異国にいるライオネル殿下を見舞う権利がないのだ。
「ならば、私が医師団と共に同行しましょう。ライオネルが鷹狩りをして落馬とは、あいつらしくないではありませんか? 大事な弟です。無事な姿を確かめたい」
そのようにおっしゃるカーマイン王太子殿下を、今度はビニ公爵様が諫めた。剣術や弓術に秀でていることで有名な王太子殿下が、多くの騎士たちを率いて乗り込むことは、国際的な紛争を引き起こす可能性が高いということだった。
丁寧なお詫びの書状と共に、カロライナ王国の特産物なども馬車数台にわたり献上されている。カロライナ王国からの敵意や悪意が感じられない今、下手に動くべきではない。そのような結論に落ち着いた。
私はもどかしい思いで、ライオネル殿下の回復をお待ちしていた。けれど、ライオネル殿下からはその期間一通の手紙も頂くことはなかった。
☆彡 ★彡
カロライナ王国とメドフォード国の医師達の手厚い治療の成果で、ライオネル殿下はひと月ぶりにメドフォード国に帰国してきた。私はライオネル殿下が乗った馬車が着くところを、王宮の来客用サロンの窓から見ていた。旅立つ時と同じ馬車で、すべてが出発の時と同じに見えた。
お出迎えに外に向かおうとした時、ライオネル殿下が馬車から降りて、その横に立つ女性の姿に私は足を止めた。その女性はカメーリア殿下で、ライオネル殿下を支えながら一緒に歩み出す。
纏っているドレスには淡いピンクや淡い青色のシルク素材の花が縫い付けられ、まるで春の庭園の花々が咲き誇るようだった。しかも、そのドレスの襟には雪兎の毛皮飾りが縫い付けられ、豪華さと華やかさを際立たせている。
2人はかなり親密なようでお互い微笑み合っていた。
私はライオネル殿下が、やっと帰国することで胸が高鳴り、待ち望んでいた再会を夢見ていた。彼の帰国に対する期待と不安が入り交じり、彼の健康を心から心配していたわ。
けれど、その期待と不安はカメーリア殿下を目にした瞬間、最悪のシナリオの予感で不安だけが膨れ上がった。ライオネル殿下を支える身体が密着しすぎている。それを特に拒んでもいないライオネル殿下に、私は気が動転していた。
王宮の来客用サロンにライオネル殿下とカメーリア殿下が姿を現し、王族の方々がそれを迎える形となった。ビニ公爵様とボナデアお母様に私もその場にいて、カメーリア殿下が寄り添うこの状況に私達は戸惑っていた。
ライオネル殿下はまずメドフォード国王夫妻に挨拶をし、その後、カーマイン殿下、ビニ公爵様、ボナデアお母様、ミラ王女、ひとりひとりに対して、帰国できたことへの喜びと、自分の不注意から生じた事故によって心配をかけたことを謝罪した。
カメーリア殿下はその間も、当然のようにライオネル殿下の横に、寄り添うように立っていた。
「ところで、なぜライオネルと共にカメーリア殿下が、メドフォード国にいらっしゃったのでしょうか? それにふたりとも距離が近すぎますわね。ライオネル、あなたらしくもない。ソフィの気持ちを考えなさい。ずっと貴方を思って待っていたのですよ」
カサンドラ王妃殿下が不愉快だとばかりに顔をしかめた。息子が無事に戻ってきたことを喜ぶ反面、カメーリア殿下がこの場にいることに違和感を覚えているようだった。
「母上、カメーリア殿下は私をずっと看病してくださった恩人ですよ。それに、ソフィとは誰ですか?」
ライオネル殿下は心底驚いたようにそうおっしゃった。
「実は、ライオネル殿下には、ここ最近の記憶がないようでして。おそらくソフィ様のことは忘れていらっしゃると思われます」
一緒に帰国した医師団たちが言いにくそうに見解を語る。そのどれもが「きっと、じきに記憶を取り戻すでしょう」というようなもので、自然に思い出すことを期待するしかないとのことだった。
「忘れているのはここ1、2年の出来事だけのようです。落馬したら命の危険もあるのですから、それ以外の記憶があることは幸運だったと思いますわ。ずっと、私はライオネル殿下の看病をしてまいりましたし、これからも見守っていきたいと思っています」
カメーリア殿下は聖女のような優しい微笑みを作りながらも、私を見返す眼差しには得意げな気持ちが滲んでいた。
「ライオネル殿下。私がソフィです。私のことを愛していると、何度もおっしゃってくださいましたよね。この愛は変わらないと誓ってくださったこともあります。どうか、私のことを思い出してください」
思わず私はライオネル殿下に声をかけた。私のことをすっかり忘れてしまうなんて・・・・・・絶対に信じたくないのに、私に呼びかけられたライオネル殿下は、戸惑いながらも申し訳なさそうな顔をするだけだった。
もう、あの頃のライオネル殿下はここにはいないの? あんなに一途に愛してくれていたはずなのに。まだ心変わりなら諦めもつくし、恨むことも憎むこともできたのに、こんな終わり方はただ悲しくて虚しいだけだ。
「あなたとの思い出だけでなく、ここ最近の記憶がないライオネル殿下を追い詰めないでください。自分のことばかり考えてはいけませんわ」
サロンに耳障りなカメーリア殿下の笑い声が響き、涙が溢れて私の世界がぼやけていく。大粒の涙がこぼれた瞬間、ボナデアお母様が私を抱きしめ、グレイトニッキーが姿を現した。
「ニッキー、遅刻ですよ! 私の大事な娘がこの我が儘放題の王妹に虐められ、泣き出してしまうところでした。カメーリア殿下、先ほどの言葉は綺麗なブーメランだと思いますわよ。ご自分のことばかり考えてはいけません」
「申し訳ございません。ちょいと、こいつを捕まえるのに手間取っておりました。やはり、落馬は事故ではなかったようです。こいつに知っていることを全て話させます」
錬金術師グレイトニッキーは、波打つ深紫色の髪を持つ男性を連れていた。その男性の両手足には銀色の拘束具がつけられていたのだった。
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