第21話 がんばったソフィ / ちょこっとヴィッキー視点

 メドフォード国とシップトン王国の言語はとても似ている。なので、私はこの二カ国語の読み書きは完璧だ。けれど、公用語となっているプリジェン語は、定番の挨拶とちょっとした会話しかできない。これが、まず克服する点だ。


 それから、古代言語のディヴァインソルム語の習得。これは、古代の知識や秘密を保持し、それを後世に伝える役割を担っている。王族は古代の知識を解読し継承する使命がある。古代の神秘的な言語が重要な役割を果たすのよ。


 この言語は神聖な儀式や神託を受けるためにも使用する。そのため、王族の子供達の家庭教師であっても、その知識は必須だった。


 私が目指すのは王族のお子様方の家庭教師だ。なので、これは避けて通れない。気が遠くなるほど難解な奇妙な文字の羅列も、ボナデア伯母様の顔を思い浮かべて頑張った。大好きな伯母様をがっかりさせたくなかった。それに、自分の可能性を信じたい。


 私は単語帳を作成し、新しい言語を習得する際に発音や文法に特に注意を払った。また、ディヴァインソルム語を実際に話す機会を作り、会話能力を向上させようと考えたの。


 ディヴァインソルム語でしか話さない日を決め、クラスメイト達ともそれは徹底した。でも、どうしてもわからないことがあると、私が身振り手振りで会話をし始めるので、周りの子達の笑いを誘った。

 

 それがきっかけで仲良くなったり、古代言語に興味を覚える生徒も増えて、友人の輪がますます広がっていった。もちろん、その際もなるべく平等に笑顔で接したのよ。


 ディヴァインソルム語は選択科目だから、王族の家庭教師を目指していない生徒達は学ばなかった。でも、私があまり楽しそうに授業を受けていたので、選択する人が徐々に増えていった。


 古代言語の普及に貢献できたのではないかと、ちょっぴり私が思っていることは内緒よ。


 




  歴史の勉強ではひたすら歴史書や古文書を熟読し、時代背景や歴史的な出来事を把握した。また、歴史的な人物の生涯や業績について熱心に調べ、それを覚えるためにストーリーを作ったわ。歴史上の人物になりきってマリエッタ様やジョディ様にアーリン様とで演劇ごっこのようなことをしたの。


 ウィレミナ学院長が興味を持って、学園祭の出し物にしたら良いんじゃないかと提案してくださった。私達は恥ずかしかったけれど、それに向けて演劇の練習なども励むことになった。






 芸術面では、ビニ公爵家から持ってきたライオネル殿下と描いた、湖と空に山々の美しい風景画を、美術室で仕上げていると、マエストラのユーニス先生がとても素晴らしい絵だと褒めてくださった。


 メドフォード国で開催される大きな絵画コンテストに出してみないかと提案されて、身の引き締まる思いでその絵と向き合った。


 鏡のような湖面に太陽の光がきらめく様子や、そこに映る雲や山々が一層際立つように、色を慎重に重ねていく。湖畔に咲く花々たちが風に揺れる様子を表現するのは難しい。


 ユーニス先生は空についてもアドバイスをしてくださった。柔らかな雲の形状や陽光の差す角度に注目して、もっと緻密に描くようにおっしゃったのよ。あのときの雲はなめらかな生クリームのように真っ白で、青空との対比が絶妙なバランスだったことを思い出しながら、指示通りに描いていった。



 山々は遠近感を意識して、奥行きのある風景画になるよう心がけた。遠くの山々は淡い青色で描きわざと霞んだような輪郭にすると、幻想的な雰囲気になりあの日の光景をより再現できた。


 手前の山々は鮮やかな緑や茶色を使い、繊細な筆遣いで岩肌や樹木の質感まで表現していく。陽光が山々を照らし、一部が明るく浮かび上がる様子や、木々の間から差し込む光の柔らかさを表現したい。


 鳥が空を舞い、湖面には小さな波紋が広がり、風に揺れる草花が微笑むような、そのような絵に仕上げたかった。


 光と影のコントラストや色のトーンの変化を巧みに取り入れることも重要で・・・・・・私の筆は驚くほどの早さでそれらを描き加えていった。


 そうしながらも、ライオネル殿下のお顔を思い出し、口元には笑みが浮かんでいた。


 頻繁にビニ公爵家いらっしゃるライオネル殿下は、時々私に「愛の告白」を意味する花を、種類を変えては持ってきてくださる。


「しばらく気がつかないふりをなさい。男性は女性を追いかけたいものなのよ。恋はゆっくりですわよ」


「本当に? でしたらボナデア伯母様も、ビニ公爵様をじらしたのですか?」


 そのような軽い冗談も言いあえるほどボナデア伯母様との距離感が縮まっていたある日、少しだけ悲しそうな顔でボナデア伯母様が私に問いかけたの。


「ソフィ。私がお誕生日ごとにプレゼントを贈ったり、お手紙を送ったりしたのに、なぜ一度も連絡をよこさなかったのですか? もちろん怒っているわけではないのよ。ただ、もっと早くに仲良くなっていれば、ソフィが悲しい思いをしなくて済んだと思うわ」


 その頃には、ラバジェ伯爵家にいた頃の悲しい思い出をすっかり話していた。


「ボナデア伯母様からプレゼントは三回ほどいただいていますが、その度お礼のお手紙は出しました。でも、ボナデア伯母様からのお返事は来なかったです」


「ソフィへのプレゼントはお誕生日以外にも送りましたから、もっとたくさん贈りましたよ。三回なんてあり得ません」


 二人して顔を見合わせて、同じ人物が思い浮かんだ。


「ヴィッキーね。本当に許せないわ! いつか天罰が落ちるでしょう」


「そうだね。きっと天罰が落ちるさ」


 ビニ公爵様までもがそうおっしゃって、ちょっとだけ凄みのあるお顔で、お笑いになったのだった。




※ちょこっとヴィッキー・ラバジェ伯爵夫人視点



 最近、とても不愉快なことばかり起こるわ。ドレスを仕立ててもらいたくていつもの仕立て屋を訪ねると、私の注文は後回しにされ他の顧客を優先するのよ。私は自分がラバジェ伯爵夫人であることを強調し、大切にされるべきだと主張したけれど、仕立て屋は無視したわ。しまいには、忙しさを理由に断ってきたのよ。


 なんて、失礼なの!


 同時に、宝石商でも同じような経験をした。美しい宝石を手に入れたかったのに、宝石商は私の注文を放置し、他の裕福な顧客に専念したのよ。私は怒りに震え、自分がなぜこんな扱いを受けなければならないのか疑問だった。


 私は伯爵夫人の地位に相応しい扱いを受けるべきだと信じていたのよ。でも、仕立て屋と宝石商は私の要望を軽視し、自分たちの利益や関心事を優先していることに憤りを感じた。


 私は再び仕立て屋を訪れた。けれど、私が入店すると仕立て屋は私を見るなり、忙しいフリをして無視したわ。怒りが頂点に達し、堪忍袋の緒が切れた。


「なぜ私の注文を断るのですか? 私は伯爵夫人で、あなたたちのお客様なのですよ!」


「はい。存じ上げております。しかし、ラバジェ伯爵夫人よりも、もっと尊い身分の方からのご注文ですので、そちらを優先させていただきます」


「なによ、生意気ね! その尊い身分の方って誰なのよ? まさか王妃殿下だとでも言うの? この嘘つきめ!」


「はい、王妃殿下です」


「嘘だわ。王妃殿下のご贔屓のドレスデザイナーは他にいますよ」


 許さないわよ。不敬罪で突き出してやる!


「シップトン王国の王妃殿下とは言っていません。メドフォード国の王妃殿下です!」


 はぁーー? いったい、どうなっているの?



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※マエストラ:美術の先生という意味。

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