第9話 切り裂かれたドレス

 マリエッタ様は私と同じ学年だった。このエレガントローズ学園では、1学年に15人編成のクラスが2つある。つまり、1年生は合計30人いるというわけだ。そのほとんどは男爵家や子爵家の令嬢だった。


 エレガントローズ学院は教育者としてのキャリアを追求する、職業婦人達を育成する学院として知られている。上流階級の女性達は伝統的に慈善活動や社交活動に専念し、職業として教育者の道を選ぶことは少ない。そのため、エレガントローズ学院には侯爵家以上の身分の女性はほとんどおらず、男爵家や子爵家、伯爵家の出目を持つ生徒達が主に学んでいた。


 そのため、マリエッタ様は自分がここに来て、一番偉くなったと感じてしまったらしい。エレガントローズ学院は社交を学ぶ場でもあるけれど、ここに高位貴族や王族はいない。そのなかで一番身分が高いとなれば、そんな勘違いも少し分かる。


 マリエッタ様は、私が「わかる気がします」と笑うと、少しほっとしたように笑った。


「それで、私は他のみんなからちやほやされるのが楽しくなってしまって……」

 そう言いながらマリエッタ様は、ローストチキンをパクリと食べた。


「みんな、私が一番身分が上だと思っていたので、私の言うことなら何でもきくのです。それがちょっと面白くなっていました。え? なに? これ、いつもとお肉が違う? とても美味しいわ」

 

 私も一口食べて驚いた。ハーブ風味のローストチキンは絶妙な調味と焼き加減で、豊かな香りとジューシーさが極地まで引き出されていた。口に入れた瞬間、柔らかくて肉汁がじんわりと広がり、ハーブの香りがふわりと鼻腔を満たす。ハーブの香りが、料理全体に深みを与えていた。


 彩り豊かな野菜の盛り合わせは、まるで絵画のような美しさだった。鮮やかなオレンジ色のニンジン、深い緑のブロッコリー、鮮度の良い赤いパプリカなど、様々な色と形状が一つの皿に繊細に盛り付けられていた。野菜たちは、それぞれの個性を生かした調理法で調理され、食べ応えと旨味を兼ね備えている。


 ドレッシングは、見た目の美しさにも一役買っていて、新鮮なレモンの風味が絶妙に調和し、野菜の持つ旨味を引き立てる。さっぱりとした口当たりと程よい酸味が、野菜たちに軽やかなアクセントを与え、食欲をそそる。


「エレガントローズ学院の寄宿舎のお料理は凄いのですね? ラバジェ伯爵家の料理より数倍美味しいです」

「これはフレンチ伯爵家の料理より美味しいですわ。ずばり、シェフが変わったのですわ。今までと違います」


「皆様! 恵みに満ちた食卓を前に、ボナデア・ビニ公爵夫人に感謝の気持ちを捧げましょう。この素晴らしい食材を提供してくださり、ビニ公爵家のシェフを派遣してくださいました。これからも、このように美味しい料理が毎日、食べられますよ」


 ウィレミナ学院長の声が大食堂に響いた。ますますキラキラとした目で私を見つめてきたマリエッタ様は、愛らしい顔で微笑んだ。


「お姉様がいらして、とても嬉しいです!」


 取り巻きの子達もニコニコだった。やはり、美味しい物は人の心を優しくする。彼女は食べ終わると、数人の生徒達に向かって頭を下げにいったのよ。


「意地悪な言葉を投げかけてしまった方の一人ひとりに謝ってきました。もう、二度とあのようなことはしません」

「そうですか。反省するのは良いことです」


 そう言うと、彼女は少し気まずそうな顔をして言った。


「それで、あの……私の取り巻きの子達も……その……お姉様と呼んで良いですか?」

「まぁ、私をですか?」


 私は少し面食らった。でもよく考えるとマリエッタ様は素直な性格のようだし、取り巻きの彼女達もそれほど悪い子達には見えなかった。


「もちろんです、喜んで」


 私はにっこりと笑った。取り巻きの子達は嬉しそうに顔を赤くしていた。それから、私は毎日彼女達と行動をともにしていた。そんなとき事件が起こった。






 ある日、私が授業から戻ると特別室のクローゼットが開いていた。淡いローズピンクのドレスが無残な姿になっている。それは繊細なレースとシルクで作られ、ふんわりと広がる優雅なフレアスカートが特徴だった。けれど、レースは切り刻まれ無数の穴と裂け目ができていた。ボナデア伯母様からいただいたドレスが、今やボロボロとなって、クローゼットの底からはみだし、散乱した状態で床に落ちていたのよ。


「いったい、誰がこんなことを……」


「マリエッタ様がこのお部屋に入るのを見ました!」


 生徒達も学園長も集まってきたなかで、以前庇ってくれたメイドが叫んだ。



 私の隣にいたマリエッタ様は真っ青になって、今にも倒れそうだった。


「私じゃないです! お姉様、私じゃない! このようなことをするはずがないです!」


 彼女は自分が犯人ではないことを何度も叫んだのだった。

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