第12話 かき氷

 つい先日、この世界にはかき氷がないという事をシズクは知った。




 別にかき氷がなくても生きていけるけれど、駄目だと言われると食べたくなってしまうのが人の性さが。


 さらにあんな可哀想な子を見るような目で見られたら、これはかき氷の良さをお見舞いしてやらなくては気が済まないというのもまた……。




 妙なスイッチがシズクに入ってしまったのであった。




 なので善は急げと、シズクは工房が休みなのをいいことに朝からリグを工房に引っ張って来てかき氷機を試作している。




「こんな感じで削ったものが、こう下に落ちる感じ」


「んー。こんな感じか?」


「おぉ、そうそう」




 小学校から中学校卒業まで、幼馴染のエリと夏休みの自由研究にはいろいろなものを作ってきた。


 以前リグと作ったブラシもその自由研究で作った時の事を思い出しながら、ちゃんとしたものが作れるようにリグと協力して作ったものである。


 その色々な自由研究で作った物の中にはかき氷機ももちろんあった。


 が、刃物を使ったものはさすがに作ることが出来なかったのでおもちゃのような代物だったが、鍛冶職人のリグに刃を作ってもらったあと、当時の設計図を思い出しながらようやく形になってきたところである。




「んー。ハンドルは上でも横でも良いんだけれどやっぱり上の方がいいな……。上から氷を押さえて刃に当てて削る方が楽だと思うー?」


「なぁ、本気でこれで氷を削る気なのかよ」




 この世界で氷は氷嚢に使われることも、アイスを作る時にも使われるが何かに入れて冷やすだけ。じりじりと何かを冷やしながらゆっくりと溶けていくだけの存在だったのだ。


 


 冷やして使うが、しかし何故だか氷は直接食べない。


 溶けにくくて固いから。というシズクには理解できないような理由で。




 もしかしたら貴族の中だけの事なのかと思ったら、先ほどのリグの言葉からそうではないらしいことが伺えた。




 前世の日本なら、飴だとしたら舐めて食べる人や途中で噛んでしまう人色々いるがこの国には舐めて食べる人しかいない。


 そういうものなのだと思うことにしておく。




 もしかしたらこういうこの世界独自の固定観念的なものがこの先たくさんあるのかもしれないと思う。その固定観念を覆して口にしたものが美味しいかったら、みんなびっくりするに違いない!これは美味しいの追求だ!美味しいを食らわせてやるぜ!お見舞いしてやるー!!




 そう思うとシズクはなんだか妙なスイッチが入りっぱなしで、突っ走らずにはいられなくなってしまったのだ。




 そんなこんなで、シズクは先日のセリオン家にお邪魔した際にデザートに出てきた氷華を口に入れたことからこのかき氷機の作成を思いついたのである。


 


「氷屋に言えば小さい粒のヤツを出してくれるだろ?」


「違うんだってそういうツブツブのじゃなくて、シャリシャリしたのを作りたいんだってば」




 冷蔵庫に冷凍庫もあるのだが、家では基本的に作らず氷は一般的に氷屋から買うものなのだと最近知った。


 どうりで家で氷を見かけなかったはずだとシズクはようやく合点がいった気持ちである。




「木をカンナで削るみたいに氷を削るイメージなんだよ」




 そう言うと何となくリグも分かってくれたような感じで、かき氷機をなんとか形に出来たところでようやくお願いしていた人物がやってきた。




「おい、人を呼びつけておいて何夢中になっている」




 口の悪い友人、魔法技師ロイである。




「ここからがいい所だから、もうちょっと待っててよ」




 来てくれたのはありがたいが、まだちゃんと動作確認をしていない。その動作がうまく行くかでロイの力必要になるかどうかも決まる。


 ハンドルを回して引っ掛かりなどがないかを確認したシズクは、準備していた大事なものを取りに急いで家の冷蔵庫に向かった。




「おい、シズク! まったくこいつはしょうがねぇなぁ。いつもいつもこいつの屋台の面倒見てくれてるって言うのに申し訳ねぇ」


「リグが謝る事じゃない。シズクが俺を敬わないだけだ」


「返す返す申し訳ねぇ……」




 二人の短い会話が終わる頃にはシズクが氷とバッグを持って工房に戻ってきて、無言でいそいそと出来立てほやほやのかき氷機に氷をセットした。




「おい、シズク。氷をこれで削るみたいにするって言ってたけど本当に出来るのか?」


「氷を削る? 氷なんて削ってどうするんだ」


「食べます」




 ペンギン型の可愛らしいフォルムにしたかったのだがそこまでのものをここで作ることは難しい。無機質な長方形のかき氷機になってしまったことを少しだけ残念に思いながらも、シズクは上機嫌でハンドルを回し始めた。




「お、おいこの刃は大丈夫なのか? 大きめの氷をこんな風に削るなんて……」


「いや、駄目だったらロイにこの刃を強化してもらおうと思って今日来てもらったから、ちょっと様子見……。でもいい感じに削れてると思うんだよね」




 はらはらと雪のように軽く削れていく氷を見ながら、ハラハラした顔をしたリグとロイの表情が不思議なものを見ている面持ちでどんどんかき氷機に近づいてくるのが面白い。




「これは、本当に削っているだけなのか?」


「そうだよ。上から押さえてここで回転させて……。こうやってカンナで木を削るみたいに氷を削るんだよ」


「ほぅ。面白いものを考えたな。他のものは削ることは出来ないのか?」


「削れるとは思うけど……」




 もとより氷を削る以外のことを想定してい作っていないので危なさそうではあるが、こういった形状で他に削れるようなものはシズクには思いつかなかった。




「流石にちょっと氷が硬いかな……」




 硬いのに結構削っても氷が割れないから、先に刃の方が駄目になってしまう可能性もある。店で扱うことに決めた場合は刃を強化した方がよさそうだと思いながら、とりあえず削れた氷に昨日の晩に作っておいたシロップをバッグから取り出す。




「ベイリと、オリンジ、二種類からお選びください。味見をお願いします」




 ベイリはイチゴに似た果実で、イチゴよりも甘みが強いのであまり砂糖は使わず潰しながら果肉は残しておいた。オリンジはすっきりしたみかんだ。これはこの世界にオリンジのジュースがあるので少しに詰めてシロップにした。




「その白いやつはなんだ?」


「えっと、練乳」


「れんにゅう?」


「牛乳に砂糖を入れて煮詰めたものだよ」


「じゃぁオレはベイリとそのれんにゅうをかけたもので」




 この世界には残念ながら練乳がない。シズクはかき氷には練乳をかけるのが好きだったのでどうしても外せず……。自分用に作って、残ったらクッキーに入れたりベイリに入れて飲もうと思っていたのだが、ロイの食いつきが凄い。




「ロイは氷を食べることに躊躇なしか。じゃぁ俺も腹を括るか。おれはオリンジだ」


「かしこまりましたー」




 自分用にはベイリとベイリの実を乗せてから練乳をかける。




 薄く削られた氷にとろりとかけられたベイリの赤に、練乳の白が映えてなんとも美味しそうだ。オリンジの太陽みたいな元気な色も夏にびったりだ。




「自分だけ実を乗せるのか?」


「素人はまずは基本からが大事だから」




 出来上がったそばからすぐに手を出してきたロイの手を払って、お盆の上に乗せる。




「こら、喧嘩すんなっ! しかし氷なんて食べるものじゃないと思っていたが、これはなかなか涼しげでいいな」




 正直高温多湿の日本の夏を二十回以上も味わってきたシズクにとって、ユリシスの夏は気温は高いが湿気があまりないのでそこまで酷くは感じない。が、今目の前にいる二人は結構汗だぐである。


 室内でかき氷を食べても問題ないのだが、せっかくなら木陰で外の風に吹かれてミョンの鳴き声を聞きながら食べるのが夏の醍醐味とばかりにシズクは工房のドアを開け外に出た。


 


「外で食べよう! あ、どうしようっかな。エリスも呼んで来ようっかな」


「昼飯の準備しているかもしれないけど、いいんじゃないか? 氷食べたいなんて言わないかもしれないけどよ」




 そんな事ないもんっと呼びに向かおうとしたところにちょうど良く自宅玄関からエリスが出てきたのが見えた。




「あ、エリス! お昼前なんだけど、今からみんなで氷を食べようと思ってたんだけど一緒にどう?」




 大きな声で呼びかけると、その後ろには何故かエドワルドとその父ロイルドが出てきた。


 特に前触れもなく家に来るなんて、何かあったのではないかと心配したのだがそうではなかったようだ。




「セリオン卿、エドワルド! いらっしゃい」


「大事ないか? シズク」




 退院した時にも来てくれたのだが、それからまた様子を来てくれたようだ。律儀だ。


 こそっと耳打ちしてくれたエリスによるとリグ用に手土産まで持ってきてくれたらしい。本当に律儀だ。




「先日はまだ本調子ではなかったが、その後どうだ?」


「もうだいぶいいです。この前はお宅にお招きいただいたのに、ご挨拶に伺えなくてすみませんでした」


「あれはドラゴンの聞き取りだったのだろう。気にすることはない。今日はマルエットとベルディエットも会いたがっていたのだが、あいにく王妃様に茶会に招かれていてな」




 王妃の茶会に招かれるほどの家柄なのだと今更ながらに思うが、だからと言ってシズクも態度を変えるつもりはない。


 エドワルドもベルディエットも大事な友達なのだから。




「またお招きいただけるのであれば」


「では近いうちに是非」




 貴族社会で生きるロイルドにとって、裏表のない付き合いは気持ちがいい。


 その保護者にあたるリグもである。まだまだ話し方は硬いが、きっといい関係になれると根拠のない自信が何故かあった。




 しかし、貴族に思うところがあるようで、気になったロイルドは申し訳ないがリグとエリスの過去を調べさせていた。まだ結果は報告されていないが、何かあったとしてできる限りのことをしたいと思っている。




「ところで、シズク、その赤くて白くて、オリンジ色のふわふわしたのはなに?」




 ロイルドの話を聞いていたエドワルドだったが、シズクの持っているかき氷に実は興味津々だったようだ。




「ふふん、これはね、かき氷です! 氷食べれるんだからね! 試しに作ったところだったんだよ」


「あの時のことそんなに気にしてたの?」


「気にしていたわけじゃないんだけど、やっぱりね食べてもらいたかったから」




 かき氷は、確かに削った氷を色々なシロップなどをかけて食べるだけのシンプルなものだが、目で楽しんで口に入れて楽しい、夏ならではの風流な食べ物であることもしっかり味って貰いたい。




「この季節に雪? それとも誰かの魔法か?」


 


 ユリシスは日本と同様春夏秋冬があるが、冬は雪は降っても積もることはないので、ロイルドにはふわふわのかき氷が雪に見えたのも分からなくない。




「これはかきごおりというものらしい。削った氷の上に甘い物をかけて食べる……でいいんだよな? シズク」


「甘い物以外でも、お酒をかけてみたり色々できますよ。このユリシスでは氷を食べる事に忌避感はあるかもしれませんけど、これは口の中で簡単に溶けるので是非皆さんに食べてもらいたくて」


「ほう、では私もいただこうか」


「じゃぁ、俺はシズクと同じやつにしてみようかな……たくさんはいらないんだけど」


「エドワルドは私のを少し分けてあげるから、気に入ったら新しく作ろうっか」




 ロイルドは名門貴族だというのに、氷を食べることへの忌避感はあまりないようだ。とりあえず食べてみたかったエドワルドには、少しだけ食べてもらって気に入ったらたくさん食べてもらえばいい。




 酒をかけてもいいと聞いたリグが、家の中から蒸留酒を持ち出してきた。




「さっきのオリンジのやつはエリスにやろう。俺はこいつをかけて食うことにする!」


「では私もご相伴にあずかっても?」


「もちろんですよ」




 とても不思議だが、溶けにくいと言われている氷もさすがに削れば溶けやすくなるようで、正直食べごろと言ってもいい具合にじんわりとかき氷の山が崩れ始めてきた。




「ロイ、もう食べていいよ!」


「おう。……。ほわわわー。なんだこれ」


「え? いい感じ? いただきま……。つっめたー!!」




 ロイもエドワルドもなんとも言えない触感なのか、楽しそうに口に入れ続けている。たまに頭を押さえているので、キーンと痛くなっているのかもしれない。




 シズクもそっとかき氷をスプーンにすくって口に入れる。少し硬めの氷だが口の中に入れるとほろりと溶けて何とも気持ちがいい。作ったシロップとも相性抜群だ。


 魔法で氷を作っているので難しいかもしれないが、意外によく出来たのでもし作ることが出来るなら練乳入りのふわふわかき氷も作ってみたくなってしまう。


 


 エリスも初めて食べる氷に、少しためらいを見せたものの食べ始めれば幸せそうな顔でゆっくりと涼を楽しんでいる。




「シズク! おかわり」


「お気に召したようで何より」




 エドワルドにおかわりを強請られたところで、リグとロイルドが戻って来た。


 二人共何故か悪戯がうまく行った時のような顔をしていたのだが、その手を見て合点がいった。


 かき氷と言うよりは、氷を少なめにして上から蒸留酒を程よくかけてシャーベットのようにしてすでに食べていたのだ。




 風が吹き抜けていく。ミョンは変わらずの大合唱だ。




 始めは固定観念をひっくり返して美味しいをお見舞いしてやる!と始めたことだったが、みんなが笑顔で食べてくれているのを見て、これは大成功だったと嬉しくなった。


 


 ミョンの大合唱に負けないぐらいのみんなの楽しい笑い声に、《今》を、しっかりと歩こうとシズクはエドワルドのお代わりを作りながら、思わずにはいられなかった。

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