第5話 お針子とじゃがバター

屋台街のメインストリートの忙しい時間帯は朝の出勤前、昼食の時間、仕事帰りの夕方の三回。


 ずっと忙しいわけではないので、周りの屋台の店の人達と交代で買い物に行ったり、自分の屋台が見える店に集まっておやつを食べていたるところで井戸端会議をしたりと、営業中でも皆意外に自由に過ごしている。




 その井戸端会議には屋台街以外の人も参加することもしばしば。息抜きに外に出てきたお針子達や職人達ももちろんその井戸端会議の一員である。




 さて、井戸端会議の会場の一つシズクの店、ヴォーノ ボックスは、座って食べることが出来るスペースは三人ぐらい分しかないが、折りたたみのハイテーブルがあるので立ち食いならそこそこの人数でも問題ない。今日は屋台街の一本裏にある職人街にある、お針子五人組がどっかりと座り楽しそうに話を始めた。




「この前近衛騎士団の団長様ががうちにお仕立てにいらっしゃったらしいんだけど知ってる?」


「知ってる知ってる! でも特に舞踏会用のものではなくて普段着を数着作られたのですって」




 普段着をオーダーメイドとは、もったいないことこの上ないが近衛騎士団の団長ともなれば身なりには気を付けなくてはいけないのだろう。


 さらにわざわざお針子のみなさんへとお菓子を手土産に持ってきてくれたことや、出来上がりの時にはまた自分で取りに来ること、若手のお針子へも優しく声をかけてくれたことなど、話を聞く限り熱狂的なアイドルのファンの集まりのようで、見ているだけでとても可愛らしいし楽しい。




 確かにこの間ロイの工房で話した限りでは、あまりたくさん話せなかったが近衛騎士団団長のアッシュは、とても優しく気遣いのできる人であったように思えた。さらにお針子のみんなの話を聞く限り、とてもいい人であることは間違いなさそうだ。




「あ! シズクー。甘いやつ頂戴!」


「こっちにはしょっぱいやつ!」


「アタシは一つずつ!! これ本当に百日芋なの?」


「まごうことなく百日芋と甘芋です」


「信じられないわー」




 今日の井戸端会議のお供は大学いもとポテトチップスだ。


 収穫祭の屋台で出してみようと考えていたので、リサーチにもってこいの井戸端会議に出してみたところ大当たりであった。


 ポテトチップスはフレイバーは塩。大学いもの蜜はこの世界では人気のある蜂蜜酒と普通の蜂蜜をブレンドして作った。


 ここで反応が良ければ秋の収穫祭で屋台販売するつもりなのだが、かなりの好感触に正直シズクはびっくりしている。




 日本で見たことのあるものよりも一回り小さいが、この世界ではジャガイモを百日芋、さつま芋を甘芋と言って市場では普通に沢山出回っている。沢山出回っているのにシチューに入れるか味のないマッシュポテトのように食べる以外はあまりしない人気のない食材のようだ。


 ジャガイモは汎用性のある食べ物だし、フライドポテトやじゃがバター、ポテトサラダやコロッケもいいし、ジャガイモのガレットなんかにしても美味しい。


 シズクからしたらこんなにも美味しいのに、人気がないことの方がシズクには不思議としか言いようがなかった。




「この上にかかってるやつ、蜂蜜酒なんでしょ? この甘さが堪らなーい」


「って言うかこのしょっぱいのと甘いのを延々に繰り返させるなんて、悪魔の所業だと言わざるを得ない! シズクの悪魔! でも天才!」


「そんなに気に入ってくれたなんて、作り甲斐あるわー」




 何度もおかわりをして魔のループにハマっているのはお針子の一人で、シズクと友達のシュシュリカマリルエル。名前が長いのでみんな彼女の事はシュシュと呼んでいる。


 シュシュはこのあたりの出身ではなく、随分と南の方の国の生まれだそうでご両親と共にユリシスに移住してきたそうだ。




「あ、シュシュ。自分ばっかりずるい! シズク! 私達にも作ってー」


「もう、みんな食いしん坊なんだなぁ」


「違うわ、シズクの作るものが美味しいのがいけない。私達の理性を失わせているだけ」


「ほんとそれー!」




 きゃいきゃいと好きなように好きなことを話しながら楽しそうにしているのを見るのは、なんとも楽しく幸せなものである。しかし、ここで残念なお知らせを告げなければならない。


 結構な量を準備してきたつもりなのだが、もう用意してきた材料がないのだ。品切れである。




 食べたらなくなる。自然の摂理だ。




「はい。おかわりはこれでおしまい。ポテトチップスも大学いももこれで品切れでーす」


「なんで!!」


「食べたならくなるのは当たり前だよ」


「そんなに食べたかなー」




 皆不思議そうにしているが、用意してきたのはポテトチップスは約五袋程度。大学いもも甘芋五本分。


 結構な量の芋を消費したと思うのだが、五人で薄いポテトチップスと細い大学いもをそれぞれそれなりに食べたはず……。


 摂取カロリーと共にその話はしないでおこうとシズクは思った。




「収穫祭の屋台に出そうと思ってるから、その時にまた買ってよ」




 今日の感触からすると、食べてもらえればかなりの売れ行きが見込まれるのだが、知名度が低すぎて買ってもらえない可能性もある。食べてもらって少しずつ口コミのように広げた方がいいのかとシズクが迷っていると、お針子の一人が急に大きな声を上げた。


 振り向いてその子の視線の先を見ると、なんとアッシュとエドワルドがシズクに向かって笑顔で手を振りながら屋台に向かってきているではないか。




「わぉ……」




 さらにその後ろに、不機嫌な顔をしたロイのおまけ付きだ。




「こんな時間に珍しいね」


「うん。今日は隊長がどうしても魔法技師のロイ様とお茶がしたいっていうもんだからお店を探してたんだけどなかなかいい店がなくて、ここに来ちゃったんだよね」




 てへっと確信犯のような顔で笑うエドワルドのあまりにも可愛い笑顔に、周りにいたお針子の五人が釣られて笑顔になったのが面白い。




「お嬢さん方は何を食べていたのかな?」


「えっと、お芋のお菓子です。シズクが収穫祭で出す新作だったんですけど……」


「さっき完売してしまったんですよ。すみません」


「え? 新作! 俺も食べたかった……」




 エドワルドがあからさまに肩を落としぽつりと言うと、シュシュが申し訳けなさそうに目を逸らしてシズクに寄ってきた。




「なんか申し訳ないからさ、あの三人に何か出せるものないの?」


「今日はこの後の夕飯の総菜しかないんだよね……」




 今夜の夕飯の総菜メニューは白身魚の味噌煮にぶり大根、小魚の南蛮漬け魚。お茶の時間に小腹を満たすようなものではない……と、屋台の横にある棚を見ると昨日の残りの百日芋が三つ。


 冷蔵庫を開けると、バターと塩とベーコン。チーズも少し。




「あの、百日芋ですけれど食べていきますか?」




 アッシュとロイが百日芋?と言う顔をしたのだが、エドワルドはとんでもなく嬉しそうな顔で食べる食べると即答してきた。




 ガレットも良いが、芋とバターがあるならば、ここはじゃがバターでしょう!




 本当は蒸かしたいのだが結構時間がかかるので、今回は茹でるタイプのじゃがバターにすることにする。


 百日芋自体が少し小さめなので、ゆで時間は少し短めでも問題ないだろう。


 茹でている間にベーコンをフライパンでカリカリに焼いて、バターを常温にしておく。




「この屋台はどこから動力が来てるの?」


「アッシュ。これは魔道具なのだ。シズクは魔力を外部放出出来ない。その代わりにこの屋台の動力と繋がっているみたいなんだ」


「凄く変わった魔道具なんだね……」


「俺もこういった魔道具は見たことがなくてな……メンテナンスついでに調べてはいる」




 この屋台には天板下に冷蔵庫と冷凍庫があり、天板部分にはなんと二口コンロが付いている。


 レンジはないがなかなかにコンパクトなのだが痒い所に手が届く使い勝手のいい屋台である。




 さて、シズクが百日芋をゆでている間にアッシュが屋台に興味を持ち始めて、ロイがその質問に答えているのだが……。ロイが一度も暴言を吐いていない。この間の時よりはまともに話をしているし、暴言どころかしおらしく説明なんてして……。シズクが一緒の時にはすぐに怒ったり機嫌を損ねたりするというのに。




「シズク、そろそろ茹で終わり?」




 シズクは若干の憤りを感じだが、エドワルドのいう通り確かにそろそろいい時間だ。


 シズクはエドワルドにお礼を言って茹でた百日芋を取り出し、ほくほくの百日芋に切れ目を入れベーコンを乗せた上にさらにバターを乗せ、少しだけ塩と胡椒を振って出来上がりである。




「茹でた百日芋ですけれど美味しいですよ。是非どうぞ」




 いつもの百日芋の蒸したものとは一味違うぞ!と思いながらシズクが満面の笑みで差し出すも、アッシュとロイは先ほどもしていたような芋だしな……という表情は隠そうとせず、しぶしぶと皿を受け取った。


 


「うっわ! ほいひぃっ」




 疑い深い二人とは対照的なエドワルドが、はふはふと口の中で冷ましながらじゃがバターを笑顔で食べている。シズクの拳よりも小さな百日芋はすぐにエドワルドの腹の中に納まってしまった。あまり食べない味だったので新鮮だったのだろうが、普段とは違う百日芋に興奮しているようでもあった。




「茹でてバターのってるだけなのに!」


「茹でただけだけど美味しいでしょう? これはね、蒸したらもっと美味しいよ」


「こんなに美味しいのに、まさか蒸したら百日芋が天井知らずの旨さになるなんて……」




 切れ込みのところにフォークを立て大きめだが一口で食べれる大きさにして、エドワルドに触発されたアッシュとロイもじゃがバターを一口、そっと口に運びそれをお針子たちがじっと見守っている。




「っ」




 びっくりしたように目を見合わせ無言で口に運び続け、元々小さいじゃがバターだったが本当にあっという間に間食してしまった。その味を反芻するように目を閉じていたが、しばらくしてアッシュがその目を開け一言呟いた。




「シズク・シノノメ。これも収穫祭の屋台で出してくれたら嬉しいな」




 ニコリと目を細め頬を染めながら微笑む破壊力抜群のアッシュのお願いに、テンションが上がり切ったお針子たちに囲まれもみくちゃにされ、結局シズクはじゃがバターも収穫祭の時に出すメニューに加えることになったのであった。

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