第21話 大掃除
「終わらない……終わらないよ、これ」
そこそこ奇麗にはなった二階の一室の床で僕は力無く寝そべっていた。
ここは大掃除の開始地点、つまりはまだ一室目。なのにも関わらず、開け放たれた部屋の窓から見える空にはもう太陽が真上に近い場所にある。
正直舐めてた、掃除。チリトリと箒で床のホコリを掃除すれば終わりとか思ってた。全然違った。
置かれてる物が多いせいでそれの裏とか上に溜まったホコリを掃除するのがまず大変。
足場を使ったり箒じゃ取れない汚れの為に水と雑巾を用意したり、それでも取れなくて物置からブラシを見つけてきたり、お風呂にあった石鹸を試してみたり……そんな感じで悪戦苦闘してるともうこんな時間だ。
「思えばこんな立派な部屋の掃除なんてしたことなかったしな……掃除の上手いやり方とかも知らないし」
僕が普段してたような田舎の古めかしい一軒家の掃除とは訳が違う。高そうなカーテンとかカーペットとか、どうやって奇麗にすればいいの?って感じ。
それと、問題はもう一つある。僕は立ち上がって部屋を出る。扉の先にある廊下、そこにはどこかおぼつかない手つきでホウキを手にゴミをまとめるレイさんの姿があった。
「レイさん」
「ん、サンゴ。丁度良いところに来た。こんなところだろう?」
堂々と集まったゴミを指し示すレイさん。ゴミは集まってる、集まってるんだけど。
「ペースが遅くないですか……?」
まだまだ廊下の一部分しか終わっていない。具体的には僕が掃除してた部屋の前の辺りしか出来ていない。
廊下自体が長いし幅も広いとはいえ、部屋の中よりはスムーズに掃除出来そうなんだけど。
「すまない。だが中々にコツが掴めてきた。ここからはもっと速く出来る筈だ」
「……あの、やっぱりレイさんって掃除――」
「いや違う。掃除の経験くらいはある。ただここ最近はする機会がな。あと、この身体に戻ったせいで少し力加減が……」
そう慌てたように呟くレイさんの傍らには折れたホウキの残骸があった。掃除を始めようとした時に渡したらいきなり小枝みたいに折られてビビったヤツだ。
「……」
「そんな目で見ないでくれ。逃亡生活が長いと言っただろう?それ以前にも定期的に住む場所を変える必要があった。つまり掃除をする暇も必要も無かったんだ。気にならないだけで別に汚れてるのが好きだとかそういうことじゃない」
レイさんは割と本気でそう訴えてるようだった。目とか空気感がいつも以上に真剣だ。
「……まあ、それはそうですね」
「そうだ」
「でも汚れてても気にならないとか、あと宿の外で夜を過ごしても良いとか、レイさんのそういう清潔さ、というか普通さ?を気にしない感じは改善した方が良いかもしれませんね。これからはここで暮らすんですし、そういう普通の感覚を取り戻しても良いと思います。じゃないと掃除のやり方もまたすぐ忘れちゃいますよ」
「……そう、だな。分かった。努力してみる」
「頑張りましょう。僕も掃除とか家事に特別慣れてるとは言えないんで、二人で慣れていきましょう」
「ああ。それとサンゴ、私は本当に汚れてるのが好きなわけじゃないからな。あの風呂もこれからは毎日使うと今、決めたからな」
……汚れてるのが好きって思われるの、相当イヤだったんだな。
☆
もう少し掃除をしたら一旦中断して昼食を食べにいこう。そんな予定を立てて掃除を再開し始めた頃だった。
「ん?」
風にあたって休憩しよう、そう思って二つ目の部屋の窓辺に移動した僕は外の景色の中にあるものを見た。
この部屋は玄関側の部屋だから見える景色も玄関側だ。真下には石畳と緑があって、庭の広さとか芝生の生え方の差とかが分かる。
そこから顔を上げれば敷地を囲む塀と門が見えるんだけど、その門の向こう側に人影があった。というか、アレって。
「――アイスさーん!!!」
遠くからでも分かる奇麗な銀色の髪には覚えがあった。アレは間違いなくアイスさんだろう。
なんでか門の前で立ったまま動いていない?感じだったから大声で呼びかけてみる。すると声に反応してアイスさんがこちらを見た。距離があるからどういう表情をしてるのかは分からない。
……というか、なんでここに来たんだろう。騎士団から何か連絡があるとかかな。
「ヤツか」
「あ、レイさん」
レイさんにも聞こえてたようで、いつの間にかはたきを持ったレイさんが横に居た。
「何の用なんでしょうね」
「さあな。だが油断はするな」
「大丈夫ですよ。ちゃんと騎士団には秘密にしてくれてるみたいですし。――アイスさーん!ちょっと待っててください!」
レイさんが警戒しちゃうのは分かるし最初は僕も苦手な人だなって思ったけど、今はそうでもない。だからこの訪問も特に不安には感じなかった。
僕達二人は掃除を一時中断して一階に。そのまま玄関を出て門の前まで行って、レイさんに門を開けて貰う。
「……昨日ぶりだな」
門の先に居たアイスさんの恰好は昨日とは違うようだった。騎士団の服じゃなく、そこらの人が着てるような長袖のシャツとズボンのラフな感じ。ただ腰には一本の剣が備えられていた。
「何をしにきた」
遮るようにレイさんが前に出るのに合わせて、レイさんの横から覗くように頭を動かす。そこから見えたアイスさんの表情は、なんというか歯に物が挟まったような表情だった。
「一応、報告だ」
「報告?」
「私はお前達の監視に当たることになった。吸血鬼として、ではない。有力な冒険者が都市に及ぼす影響を鑑みての監視だ。私がその必要があると提言し、監視の為の人員に名乗り出た」
「? どういうことですか?」
「……秘密は守るが、表向きに別の名目を作りお前自身は私を吸血鬼として監視するということか。随分と回りくどいことをする」
レイさんの発言で僕も遅れて理解する。なるほど、騎士団には言わないけどやっぱり気にはなるから自分で見張りはするってことか。
でもそれって、レイさんが問題を起こしたら色々な責任がアイスさんにいくような気がするな。
レイさんが何か問題を起こすようなことなんて無いだろうし、秘密を守ってくれるのは嬉しいけど大丈夫なのかな。
「それを私達にわざわざ伝えに来る、というのも分からんな。黙っていた方が都合が良かったんじゃないか?牽制のつもりか、それとも本当は――」
「難しく考えすぎですって。レイさんが警戒するのは分かりますけど、ちょっとくらいは気楽にいきましょうよ。……それで、具体的に監視ってどうやってするんですか?」
「この付近に家屋を借りている。当面はそこに住みつつ、お前達の様子を見る」
「へー……あ、じゃあご近所ってことですね。よろしくお願いします」
「……ああ」
ご近所付き合いは大事だ。僕が住んでた村とここじゃ全然事情が違うんだろうけど、近くに知り合いが居るっていうのはやっぱり安心する。アイスさん、色々と詳しそうだし。
……というかさっきから歯切れが悪いというか、目を見て話そうとすると視線を逸らされたりするし、アイスさんなんか変だな。前みたいに嫌われてるからって感じでもない気がする。
「は、ならもう話は済んだだろう。さっさと帰れ、私達は掃除で忙しいんだ」
「掃除?」
はたきで払うような仕草をするレイさんに対しアイスさんは訝しげな顔をする。
「クエストが終わってからすぐに貰ったせいで二階の掃除が出来てないんですよ。もーこれが大変で、朝からやってるのにやっと一部屋終わったくらいで」
「――朝からやって、一部屋?」
あ、なんか目の色が変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます