第19話 勇者改造、始めます――②
「でさ、旦那様とおいらが心配してレックスが泊まってるはずのゲルに行ったらさ、こいつ素っ裸で飛び出してきて『助けてくれ~、殺されるー!』って」
「羊の放牧に出てるはずの亭主が戻ってきたのか」
「しかも手に
俺は、中庭の片隅で、ともに二十代と思しき使用人二人と、座り込んで語り合っていた。
彼らの名前は、ソフトモヒカンで痩せた出っ歯がビートで、アフロヘアがレックス。この二人の仕事は、俺がいた世界風に言えば、ラインフォード商会の総務部。
主に、フラーノが旅に出る際の
あ、そう言えば俺もVIPに入るらしい。俺がこの屋敷に担ぎ込まれた際、街中を駆け回って治癒士や医者を連れてきてくれたのも、彼らだそうだ。
俺はこの二人から、この家のことを、色々教えてもらうことにした。報酬は太鳳亭のステーキディナー(エール飲み放題つき)ということで話がついた。
だが、情報収集のステージは既に終わり、もはや、結構話し好きだった男二人との、雑談だかワイ談だかに移行してしまっている。
最初は「勇者」である俺を意識しておずおず喋っていた彼らだが、いまやダチ同士との会話みたいになっている。
「いや、ホント、女って怖いっす」
「あー、女と言えば……勇者さまのツレにすっごく綺麗な人がいますよね!」
ビートが誰のことを言ってるのかはすぐに分かった。
「シャーリーのことか?」
「あー、そうっす。あのー、やっぱ、彼女って勇者さまのコレっすか?」
「えっ……そ、そんなの、『プライベートに関する質問にはお答えできません』だっ」
「まあまあビート、言わずもがなだよ。童貞のお前さんには難しいだろうが」
「童貞ちゃうわ」
「目を見れば分かる。シャーリーさん、俺たちの想像を絶するくらい、勇者さまにベタ惚れだよ」
「はあ~、美男には美女か……やっぱ勇者さまは、おいらたちとは生まれからして違うよなぁ」
「いや、そんなことねえと思うぞ」
俺がビートに答えていると――普段着の、アスーロが歩いているのが視界に入った。
書店から帰ってきたらしく、紙製の手提げ袋の中に本が数冊入っているのだが、いずれも大きく分厚い本で、重そうで、パンパンになった手提げ袋から、頭がはみ出している。
「あ、勇者さま」
俺を見つけて、アスーロの方から声が飛んだ。
「よう、アスーロ」
俺は手を上げて応えた。
「お身体の方はもういいんですか?」
「ああ、この家のみんなのおかげで、この通り、元気になったよ……それにしてもアスーロ、重そうだな」
「えっ……ええ、まあ、気になった本はすぐ手に入れておかないと、無くなっちゃったらイヤですから」
「言ったでしょ、アスーロ坊ちゃんは頭脳明晰で研究熱心なんです」
「ラインフォード商会の将来も安心ってもんでさぁ」
レックスとビートが俺に囁くようにで言った。
マシューの記憶が蘇っている俺には、この世界の文字――所々アルファベット風、所々ギリシャ文字風、所々キリル文字風――が読める。
今は地面に置かれている手提げ袋からはみ出している本のタイトルが、『魔獣総進撃発生時における都市の減災に関する研究』であることが分かった。
「へえ……難しそうなの読んでるんだなあ」
言いながら俺は思った。
(アスーロ、
「そ、そんなことないですよ。じゃあ」
ちょっと照れたような表情を浮かべた後、アスーロは、よいしょと重そうに袋を抱えて、再び歩き出した。
それを見た俺、「あること」を思い出して、くくっと小さく笑った。
「何なんです?」レックスが言う。
「いやな、ちょっと昔のことを思い出したんだ……ほら、ちょうど今のアスーロくらいの年の頃になると、エッチな本がやたらと欲しくなるもんだろ?」
「え……ええ、そりゃまあ、確かに」
「で、俺、本屋ですっごく良さげなの見つけて、何としても手に入れたくなったんだ。でもさ、店員はまあ仕方ないとしても、店員のところまで持って行く間……そこには女の子とかもいてさ、恥ずかしいじゃん」
「だいたい、普通、表紙からしてアウトですもんね」
「知り合いに
「だからさぁ……この先絶対読みもしないような難しそうな本買って、そいつで隠して持って行ったんだよ」
レックスとビート、ぷはっと声を上げて笑い出した。
もちろんこれは、マシュー・クロムハートではなく、鈴木与一の話だ。
「な、なんすか勇者さま、その普通すぎるエピソードは」
「だから言ってんじゃん、俺、普通だって……」
「アスーロ坊ちゃんとはえらい違いっすね」
「うっせー、分かってるよ」
「うわあ!」
いきなり、声がした。アスーロだ。
俺たち三人が彼の方を見ると――手提げ袋が崩壊し、多数の本が散乱していた。
「あーあ、底が抜けちまったか……重さに耐えきれなかったな」
「すんません坊ちゃん、俺たちも運ぶの手伝ったらよかったっすね」
レックスとビートは、本を片付けるべく、アスーロの方へ駆け寄る。
俺もその二人を追って――
「?」
難しそうな本の間に、何か毛色が違う薄い本を見つけた。
俺はそれを拾い上げて、見てみる。
表紙は、栗色ショートヘアの、グラマーな女性の絵……
どうやら騎士らしいのだが、銀色の鎧があるのは、肘の先からと膝の先からだけで、あとは裸である。
どこぞのダンジョンのセーフティエリアのような背景の中、片手は豊かな胸を、もう一方の手は大事なところを隠して、恥ずかしそうな表情を浮かべている。
俺は本のタイトルを読んだ。
「『姫騎士フィーネのいけない冒険』――」
「わああッ!!」
アスーロ、大声で叫んで、俺の手からその本を奪い取って、隠すように抱えた。
「――っ」
アスーロ、何とも、ばつの悪そうな表情になっている。
中庭の少年一人と男三人、何とも微妙な空気が流れている。
俺はアスーロの肩をポンと叩いて、言った。
「……いや、その、
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