★変死体の捜査をするのは

「害宙だ! 害宙の仕業に決まっている!」


 別日。宇宙警察署は今日も出入り激しく、人々がせわしく働いていた。あらゆる場所にホログラムのモニターが展開され、そこから警告音が鳴り響く。署員たちは対応に追われていた。レオンも日課である巡回の準備をしていたときだ。急にガン警部補の怒号がオフィス内に響いたのだ。レオンは何事かと準備の手を止めて、ガン警部補に目を向けた。


「なんだ、なんだ」


 他の者も同様に、作業をやめてぞろぞろと集まってきていた。遠くから、ガン警部補の様子をうかがっている。


 ガン警部補の側には、手足のない体に大きな頭をもつ三つ目の宇宙人がいた。彼は、ガン警部補の怒号に負けない声量で説得しようとしていた。


「そう決めつけないでほしいのであります! 現場状況から、害宙の可能性が低いと思われるのであります!」


 三つ目の彼は、そう言いながら、その証拠である資料と画像をガン警部補の目の前にいくつも展開しだした。ガン警部補は、大量のホログラムから発せられる光に目をしばしばとさせ、うっとうしそうに手で払おうとした。


「そんな目の前に出さなくても見えとるわ! ベッドの上で糸にぐるぐる巻きにされた体液ゼロの干からびた死体だろう。みたみた。未知の害宙に食われたんだろう。なら、俺たちの専門外だ。対処法がわかるまでは手がだせん」


「もっとよく読んでほしいのであります! 周辺で見つかった死体は5つ。すべて同じ状態で発見されているのであります! 被害者たちにも共通点があり、タンパク質構成の宇宙人のみが狙われているのであります!」


「えり好みする害宙だろう。ほら、かえれ、かえれ」


 あっちに行けとガン警部補はそう身振りする。しかし、三つ目の彼はガン警部補から離れなかった。


「上層部からの命令でもあります! ガン警部補、あなたの失態、忘れていませんよね?」


 三つ目の彼は、急に声色を変えると、ガン警部補ににじり寄った。ガン警部補はおもわず椅子に座ったまま後ずさりをするが、ぐいぐいと三つ目の彼が鋭い眼光で見つめ続けていた。とうとうガン警部補は、その威圧感に負けて絞り出すような声を出した。


「……わかった。我々がその事件を解決しよう」


「理解してもらえて嬉しいのであります。それでは、よろしくであります」


 三つ目の彼は詰め寄っていた姿勢をまっすぐに戻すと、いつもの調子に戻っていた。すべての目がにこりと笑っている。


 三つ目の彼がデスクから離れた後、ガン警部補はデスクに伏せると、頭を抱えだした。やりたくもない仕事を引き受けてしまったと後悔していたのだ。そして、ゆっくりと顔を上げると、オフィスを見わたした。


 仕事をほったらかしにしたまま、先ほどのやりとりを部下たちが覗いていたのだ。お互い目が合うと、部下たちは蜘蛛の子を散らすように自分の持ち場に慌てて戻っていった。


「まったく、こいつらは」


 ガン警部補は椅子から立ち上がると、働く部下たちの元へ歩んだ。ぐるりと室内を一周する。部下たちは忙しそうに手を動かし、「忙しい、忙しい」とわざとらしく独り言をいい、誰もがガン警部補と目を合わせようとはしなかった。ここにいる者の考えは皆同じだった。新種らしき害宙の可能性がある事件に関わりたくない。それだけだ。


 害宙は危険な存在だ。巨大で頑丈な体。それに凶暴だ。本来、害宙に対応するのは、専門の駆除部隊だ。宇宙警察が害宙に関わるときは、駆除エリアの規制と緊急時の加勢ぐらいである。誰もが害宙を恐れていた。


 いったい誰に押しつけようか。ガン警部補は歩きながら考えていた。そのとき、ちょうどレオンのデスク前で目が止まった。


「おい、レオンはどうした?」


 隣の席のミウが答える。


「レオンくんは巡回に行きましたよ」


 レオンはガン警部補と三つ目の宇宙人のやりとりを見ていたが、緊急性はないと判断し、自分の仕事に専念しようと出発していた。


「そうか」


 ガン警部補はそれだけ言うと、再びレオンのデスクを見た。整頓された環境が、彼の素直な心を現しているようだ。


「害宙か……」


 ガン警部補はレオンが過去に出した報告書を取り出した。ケロケロという謎の宇宙人に対応したときのものだった。その中に、害宙と対峙したという報告が書かれている。


「よし……決めたぞ!」


 ガン警部補は報告書を閉じると、元気を取り戻した。その様子を見ていたミウは、不安そうにガン警部補に聞き出した。


「まさか、レオンくんに任せようだなんて考えていませんよね?」


「そのまさかだよ」

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