第44話 お台場埠頭に潜む影

「見てください啓介ケイスケさん!」


「あぁ?」


 お台場埠頭倉庫区画、その中の一つの倉庫にその集団はいた。

 集団は服装も年齢もチグハグで、中には60代ほどの男女の姿もあった。


 その中の1人、簡素な事務机に脚を乗せ、たばこを咥えていた男に卑屈そうな小男が駆け寄って行った。


「何だ?」


「これです、見てくださいボス」


 小男は一台のタブレットをボスと呼ぶ男へ手渡した。

 その画面にはクラッキングされ、全てのスレッドが同じタイトルになっている掲示板サイトが映っていた。


「……んだこれ。舐めてんのか」


「啓介さんはどう思いますか?」


「……さぁな。だが奴が来るってんなら当初の目的と変わりはねぇ。こっちは40人集めてんだ。ガキ1人でどうにかなる数じゃあねぇ」


 啓介と呼ばれた男は椅子をギシリと軋ませ、口からたばこの煙を大きく吐き出した。

 その表情に焦りはなく、冷え切った瞳がタブレットの画面を見詰めていた。

 

「で、ですよね……警察とか……」


「言っただろう。事が済むまでサツは動かねぇ。大丈夫だ」


「は、はい……」


「それよかどうなんだ? あのガキ」


「どう、と言われましても……のほほんとしています」


「ケッ、随分と豪胆なガキだ。拉致されたってのに顔色一つ変えねぇでやがる。フツー泣いたり叫んだりするもんだ。ちげーか?」


「その通りです」


「まぁ、あのガキはジャッジメントをおびき寄せる為の餌だ。拉致したらもう用はねぇ」


「え? あのガキで一儲けするんじゃ」


「あぁ? テメェ何言ってるか分かってんのかコラオイ!」


「ひっ!」


 部下の言葉が気に障ったのか、啓介は机を思い切り蹴飛ばした後、部下にナイフを突きつけた。


「一儲けって何の話だ? あぁ? 聞かせてくんねぇかな?」


「そ、それはその、あんな可愛いアイドルの1人ですよ。薬でも何でも使って快楽堕ちさせちまえばいい絵が撮れるじゃないっす――」


「んだとテメェ!」


「ぎゃっ!」



 部下が最後まで言い切る前に、啓介の蹴りが部下の腹に突き刺さった。

 いわゆるヤクザキックであるが、啓介の額には青筋が浮かび上がり、顔は怒りに染まっていた。


「テメェコラ! あれが誰だか分かってんのか! あぁん!? 平凡Dグループのゆるふわ天使翆ちゃんだぞゴラァ! 戦闘では素早く力強く、歌声は涼やかで魅力に溢れ! かつ槍を巧みに使ったダンスを回避行動に混ぜて魅せプをする! 最高のバトルエンジェルだぞゴラァ!! 再生数に伸び悩んでるって生配信で泣き言言ってたがよぉ! 俺には分かるんだ、俺らの力が足りねぇ、もっともっと応援してくれって、魂の叫びが俺にゃあ聞こえた! そこんトコ分かって言ってんだろうなぁコラオイ! こっちは必死に我慢してガキと呼んだがもう限界だ! ふざけた真似したらガチでぶっ殺すぞテメェら! 翆ちゃんに指一本触れてみろ! その指切り落として食わせっぞ!」


「ひっ! す、すいやせん! だからっ蹴る、のっやめ! やめて!」


「はぁ……はぁ……! 次そんな事言ってみろ。テメェの股間もぎとんぞ!」


「は、はいい……」


 大きく肩で息をする啓介は、部下を蹴り続けていた足をすっと離した。

 気分を落ち着けるかのように新しいたばこを取り出し、火をつけて煙をたっぷりと吸い込んだ。


「……ナンでこんな事になっちまったかなぁ。どうして俺の推しが拉致されて、荒縄でふん縛られてんだ……はぁ――あ? そう言えば拉致した奴ら、翆ちゃんの体に触れたんだよな? クソが! 許せねぇ! テメェらみてぇなクソゴミカス野郎が気安く触れる存在じゃあねぇんだぞ! ああーー考えたらムカついてきた。テメェもう一発蹴らせろ」


「そ、そんな! ぐぎゃっ!」


 啓介にしこたま蹴られた痛みでうずくまっていた部下は、理不尽な蹴りをもう一度顔面に浴び、大きく床に転がって行った。


 足田啓介28歳、平凡Dガールズの熱狂的なファンであり、一番の推しは翆であった。

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