第4話

『ソヴァ皇太子殿下、ごきげんいかがですか。

 私、母になりましたの。といっても誤解なさらないでくださいまし。

 前回のお手紙で「なぜウドゥンの動向を追わないのか、畑や牛舎を覗いてこい」とお叱りを受けたとき、私は驚きました。殿下はご存じないでしょうが、畑は牛糞や鶏糞の匂いで臭いんですよ。

 ちなみに、牛糞というのは牛さんのうんこ、鶏糞というのは鶏さんのうんこのことです。灰などを混ぜて肥料にしておりますの。ご覧になったことがないと思いますので教えて差し上げますね。

 ウドゥンは地元の農夫と一緒になって、なにやら研究しておりました。配合をかえたり、土を入れ替えたり、とても忙しそうでした。

 その結果を紙に書き付けて、近くの小屋の壁に貼っては「うーん」と眺めておられました。

 ぼうっと見ていた私に、なにやら嬉しそうに説明してくださったのですが、全く興味が持てなくて困り果てました。

 ウドゥンは何年もそうやって過ごしているようなのです。びっくりしました。王族というよりも農学者ですね。農家や酪農家とも親しげに語らっておりますの。妻である私よりも親密そうなんですよ。端から見たら、夫は彼らの仲間にしか見えません。

 あ、母になったことを書き忘れるところでした。子は今日も元気にメーメーと鳴いています。そうなのです、ウドゥンが連れて行ってくれた小屋でヤギが子を産んだのです。

 生まれるまで、はらはらいたしました。

 ウドゥンは動物の出産に慣れているそうで、はじめは笑顔で見守っていたのです。ところが次第に彼の顔が曇っていきました。順調なお産ではなかったのです。ウドゥンは母ヤギにつきっきりでした。母ヤギが衰弱していく姿がつらくて、私は目をそらしました。屋敷に戻りたくてしょうがありませんでした。ですが、ウドゥンもつらいのだと気づいたら逃げることができなくなりました。

 やがて子ヤギの一部が体外に出てきました。薄い膜みたいなものが見えて子ヤギの脚が透けてました。ウドゥンがその脚を掴んで引っ張り始めたときは、驚きました。でも、そうしないと、母ヤギには産み落とす力が足りないのです。そのことに気づいた私はつい手を出していました。自分でもびっくりしました。

 そして初めてウドゥンに怒鳴られました。声を荒げた姿をみたことがなかったのでとても怖かったです。性格が悪いとはこのことなのかと思いました。でも、私のやり方が悪かったので仕方ありません。最後は──最後というのは子ヤギが生まれたときですが、褒めてくださいましたが。

 動物の匂いと汗と血と泥とで全身が臭くなってしまいました。うんざりです。ソヴァ殿下のパフュームが恋しいソーキより』

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