第23話

 空は暗かった。朝も、昼も、夜も、この町では満遍なく影が落とされている。しかし暗いことが何も悪いわけじゃない。暗いと、目を凝らさない限り見たくないものは見なくていい。目を開けていても、目を閉じているのとおなじような視界でいられる。そうやってぼんやりと何も見なければ音も聴こえない。すべてを閉ざしたまま、時間をつぶせる。


 あれから、私は部屋を出て駅まで走った。もし『先生』の言ったとおり明日が開放日なら、私は町を出るつもりだった。たしかに、『キヨ』はここを選んだ。そして『キヨ』は、いや『ミミズ』は私を騙していた。しかしそれでも町を出る理由はあった。ここで私が町を出れば、この町は潰される。そのことだけを願って私は走った。


 私は無心で朝を待った。思い出したくないものは記憶の奥底に置き、この町が潰れること、安全な、騙しのない町に行くことだけを集中して考えつづけた。しかしふいに『ミミズ』のことが思い起こされるとき、私はベンチにその想起が終わるまで叩きつけた。うなじの痣に触れ、『ミミズ』は喘ぎ、私の腕のなかからするりと抜け出す。その一連のフラッシュは相応の痛みがなければ消えてくれない。


 私の額には痣ができた。たしかに『先生』の言う通り私が望んで明日が開放日になるなら、どれだけ額から血を流してもすぐに止まり、醜い痣ができるだけで済む。だがしかし、痣は治ることはない。私の左手の指も未だあの風船のような膨らみを保っている。


 何度額を打ち付けたのかわからない。しかし、朝は来た。失意の底で見たはずなのに、プラットフォームへ注がれた陽光は何よりも美しく思えた。空気中の塵や埃が、ちらちらと輝き、空に吸い込まれるように上昇している。


 私は思わず神に祈った。私は宗教者ではないし、何を祈ったのかはっきりとしない。それでも線路に降りたとき、『ミミズ』のことを一時忘れ、晴れやかな旅立ちの気持ちでいれた。


 線路をつたう。私は恐れなかった。列車を来ることを、まったく恐怖していないのだ。いや恐れるとか、恐怖とかではなくて、どこかしら私は列車が私の躰を轢き殺すことを望んでいたのかもしれない。『先生』の言では私は死ねない。しかしそうでなくても私は致命的な痛みを感じる。その痛みを無意識に求めていたのかもしれなかった。


 町が滅ぶか、致命的な痛みをもつか。あるのはふたつにひとつだった。どちらでも、私は構わない。あの長い長いトンネルを渡りながら、私は町の崩壊と、自身の躰の崩壊とを交互に妄想している。あのトンネルをくぐり抜ければ町は壊れ、その前に列車が来れば、私が壊れる。


 私はただこの悪夢のような映画を終わらせたかった。そのためには被写体か、カメラがなくなればいい。なくならなくとも、痛んでほしい。

またあの汽笛が聴こえる。私はきっと笑っていた。いま思えば私はこのときはじめてちゃんと笑ったのかもしれない。

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