第310話 マジでカスじゃん

 突如現れた闖入者達へと、アーデルハイトの叱責が飛ぶ。


「ちょっと貴方達!? 何を遊んでいますの!? ここはダンジョンですわよ!?」


 もちろん、敵の猛攻を捌くその手は止めずに、だ。

 横薙ぎに迫る鋭牙も、叩きつけられる尾も。全てがアーデルハイトの振るう大剣によって切り飛ばされる。それはまるで剣撃の嵐だった。


 敵の持つ八本の首は、それぞれ異なる特性を持っていた。

 火炎吐息ファイアブレスを吐く首もあれば、氷雪吐息アイスブレスを吐く首もあった。原始的な噛みつき────つまりは物理攻撃に終始する首もある。他の首を庇う様に、率先してアーデルハイトの攻撃を受ける首もある。しかしその全てを、アーデルハイトは一振りの大剣で斬り裂いてしまう。しかも余所見しつつ、平然とやってのけるのだから、やはり異次元と称して差し支えない剣の技量である。


 だがそれはそれ。これはこれ、だ。


「いやいや! 傍から見れば馬鹿っぽいのは自覚してるけど、こっちは真面目にやってんの!! ていうか、アーちゃんにだけは言われたくない!!」


「全ダンジョンで遊んでるもんね」


 ジャージ姿でダンジョン内を闊歩し、魔物を蹴り飛ばし、蟹を爆破し。時には決闘の場としても利用し、果ては落とし穴を掘ってみたり。凡そ真面目とは言い難い、アーデルハイトの高貴な所業の数々。それを思えば、騎馬戦スタイルで参上したくるる達など可愛いものである。


:うーん……ドロー!

:どっちもどっちです

:探索者が命がけで遊ぶ映像が見られるのはココだけ!

:アデ公もようやっとる

:アデ公の超絶技巧が謎の騎馬戦によって台無しになったw

:信じられるか? これ同じ戦場なんだぜ?

:このチャンネルの良心はもうクリスだけやでぇ……

:と見せかけて、クリスもたまにふざけるんだよなぁ

:しかも真顔でw

:だがそれがいい


「私はいつも真面目ですが」


 とばっちりを受けたクリスが、少しだけムッとした表情を見せる。確かにクリスも、極稀にではあるが、茶目っ気を出す時がある。だが現在の怪しい状況と同列に扱われるのは、流石に不本意であるらしい。


「それで、一体どういうつもりですの!?」


「よくぞきいてくれた」


 騎馬の上でふんぞり返ったオルガンが、右手を掲げて見せる。彼女は普段から自室に籠もり、こそこそと怪しい魔道具を制作している。如何に同じ家で生活しているとはいえ、アーデルハイトやクリスがそれら全てを把握している訳では無い。まして今回オルガンが手にしているのは、莉々愛りりあのラボで勝手に作った試作品だ。オルガンが一体何を企んでいるのかなど、一見しただけでは分かる筈もない。


「これをヤツにぶちこみたい」


「射程がカスなんだってさー!」


 説明を端折りがちなオルガンに代わり、くるるが要点を補足する。といっても、くるる達とて詳細までは知らないのだが。ただ武器の射程が短いことと、その射程内にオルガンを運ぶ必要があること。彼女達が受けた説明など、所詮はその程度である。


「守れということですの!? 射程は如何ほどですの!?」


「だいたい二メートルくらい」


 事も無げに、むっつりとした顔のままそう告げるオルガン。この言葉に最も驚いたのは、彼女の下で騎馬役をしている二人であった。


「嘘でしょ? マジでカスじゃん!! 流石に十メートルはあると思ってたんだけど!?」


「あ、無理無理。そんなに寄ったら絶対死ぬよコレ。っていうかそれ、もう銃の形してる意味ないよね……」


 くるる茉日まひるの目の前で繰り広げられているのは、もはや何をやっているのかすらよく分からない、そんな激しい戦いである。そんな暴風雨の中を、駄エルフ一体抱えて肉薄しろと言うのだ。二人が文句を垂れるのも当然だろう。


「本当に、それさえ当てれば倒せるんでしょうね!?」


「たりめーよ」


「もう、仕方がありませんわね! わたくしが援護しますわ! いいこと? 見せ場を譲って差し上げるのですから、しっかり決めなさいな!」


 言うが早いか、アーデルハイトは燃え上がる栄光ローエングランツをぶん投げた。回転しながら敵へと向かう大剣が、そのまま敵の首をひとつ斬り飛ばした。そうして生まれた僅かな隙に、再び無垢の庭園イノセンスを召喚する。


「行きますわよ! 付いてらっしゃい!」


「ごーごー」


 攻撃役をオルガン達に任せるのであれば、やはりここは無垢の庭園イノセンスが適当だろう。アーデルハイトが強固な障壁で敵の攻撃を受け止めつつ、確実に前線を押し上げる。くるる茉日まひるから成る怪しい騎馬が、おっかなびっくりでそれに続く。


「うほぉー! 怖ぇー! マジであーちゃん頼むよ!? 今回はホントに、ギャグとか無しでお願い!!」


「あわわわわ……音ヤバい揺れヤバい全部ヤバーい!」


 通常の盾などによる防御とは異なり、無垢の庭園イノセンスによって生み出される障壁は透き通っている。敵の姿が見えていることが、逆に恐ろしい事もあるのだ。使用者であるアーデルハイト本人はなんでもないといった様子だが、しかしくるる達からすれば、とても落ち着いてなど居られなかった。障壁のすぐ内側に立ってみて、初めて分かる。その迫力たるや、これまでに彼女達が経験してきたどんな状況よりも怖かった。


 八岐大蛇が放った炎が迫る。しかし、眼前で堰き止められる。凄まじい勢いで尾が迫る。しかし、伝わるのは激しい地面の揺れのみ。嵐の真っ只中を歩くというのは、これほどまでに恐ろしい事なのか。アーデルハイトが普段目にしているのは、これほどまでに凄まじい光景だったのか。そんな初めて経験する『剣聖の戦場』に、くるる茉日まひるはどうにかなりそうであった。呑気にふんぞりかえっている、度胸だけは抜群の駄エルフなど放りだして、さっさと逃げ出したい衝動に駆られていた。


「流石にこれが限界でしてよ!!」


 そうしてジリジリと近づく一行であったが、しかし二メートル以内は流石に無理だった。彼我の距離は凡そ5メートルほど。敵の巨体を考えれば、殆ど触れるような距離である。目と鼻の先といっても過言ではないだろう。敵の攻撃を受け始めてから、まだそれほど時間は経っていない。だがこれ以上近づけば、流石の無垢の庭園イノセンスも耐えきれる保証はない。


 ここからどうするのかと、誰もが思ったその時だった。


「ふむり……まぁいいや。それ、ぽちっとな」


「あっ」


「あっ」


 射程が二メートルしかない銃のトリガーを、何の脈絡もなく、本当にあっけなく、オルガンはそっと引いた。勢いよく発射された弾丸は、しかし瞬く間に勢いを失う。そのまま情けない放物線を描き、ふらふらと敵の下へと飛んでゆく。オルガンの言葉に嘘偽りなく、本当にカスみたいな射程であった。


 しかしてその弾丸は、奇跡的に敵へと命中し────

 刹那、大爆発が起こった。










======あとがき======




というわけで、年内最後の更新となります!

今年一年、こうして連載を続けることが出来たのは皆様の応援のお陰でございます。

本当に、いつもありがとうございます!


年明けにはいよいよ、書籍版も発売されます。

来年はもっと沢山の方に読んでいただけるよう頑張りますので、何卒これからも応援よろしくお願いいいたします!


それでは皆様、良いお年を!

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