第四十五話 彼等の居場所
「そういや、このマークの意味って何なんですか?」
あれから一同は家に帰り、今は食卓に集まっている。彼・はどうしたかと言うと、ケンさんの最後の良心に従って、記憶を抹消してから部屋で寝かしつけてある。次に起きてくる頃には、記憶喪失の子供みたいに、目を丸くして階段を降りてくるだろう。役割に関しては、未だ検討中であった。唯、彼を神から降格させ坤に戻したならば、コンと呼ばれる人間が三人もいる事になってしまう。ちょっと不味いんじゃ無いかという気はするけれど、このまま彼を神に置き続けるのも怖いし、それはまた後のお楽しみとなった。
「これか?これの意味と言っても特に詳しい訳じゃ無いが、本来俺らは円になっている。俺から順に反時計回りに、“乾”“兌”“離”“震”“巽”“坎”“艮”“坤”とな。そして中心には神を示す太陽が。今は引き継ぎの末裔が集まっている訳だが、本来なら俺らは家族であった。“乾”と“坤”が結ばれ、“震”と“巽”を生む。そして“坎”と“離”を生み、更に“艮”と“兌”を生む。」
「あ、それって、」
「そうや、うちらの権力順!」
「あぁ。そして俺らには陰陽の区別もあってな、母方つまりは“坤”“震”“坎”“兌”は陰であり、父方つまりは“乾”“巽”“離”“艮”には陽である。陰陽の違いは特には無いが、俺が思うに、唯の肩書きだ。他にも俺らに関しての色々な説はあるが、俺もそんなに覚えてはいない。かなりの代を見続けるうちにとっくに忘れてしまった。」
「そうなんですね。」
とそうこう言っている後ろで遂に待望の音がなる。
「あ、あの…?」
「おはよう。」
「おはようございます?」
昨日まで散々に暴れて虚勢を張っていた彼が、こんなにも大人しいなんて。カンさんと同じく身体が子供の為か可愛く思えてくる。
「よし、じゃあ会議を始める。」
皆其々の了解の声を発し、久し振りの八卦会議が開かれた。
「じゃあまず、近況報告…って言ってもまぁ無さそうだから、早速役割をどうするかに戻るか。じゃあシン宜しく。」
「はい。俺の案としては、ケンさんは変わらず乾を担当してもらい、コンもそのまま坤を担当してもらう。コイツは神の位置で改めて見守りを続けてもらい、その他六人も今まで通り。まぁ結局は変わらない訳だが、照葉、君は元の世界に戻れ。」
「え?如何してですか?」
「如何しても何も、兄が待っているんだろう?」
ケンさんがそう言った。
「あ…。」
「俺もよく考えてみた。坤が二人というのもなくは無いし、賑やかで此方としても都合が良い。だがお前の兄はどうだ。お前よりも寂しい筈だぞ。」
「僕もそう思うヨ。生憎僕らは同じタイミングでこの世界に来られたけど、もし悟が急に消えたんなら、心配はするだろうナァ。」
「心配だけかよ。」
「だって僕らの時代はそうでショ、人が死ぬのが当たり前なんだかラ。」
「確かにな。」
「ってな訳で、君は幾ら環境に優れなくったって世は平和なんだから、戻ってお兄さんといた方が良イ。」
「まぁ、最終判断は照葉に任せる。このまま此処にいときたいなら俺に言ってこい。」
決して見放した訳じゃ無いとシンさんが付け加えた。しかし僕は重大なことに気が付く。
「あ、でも僕脳を売られてるんだった、」
「おいおい、忘れたのか?今はまだお前は坤だぞ?」
「そっか!時間を戻せば良いんだ!」
「言わんでも分かる事だが、時期神の事は俺らに任せれば良い。お前自身が、如何したいかで考えろ。」
これは僕自身の人間性を問われている様にも感じる。正直に言えば、ずっと此処にいたいし、死ぬまでいるつもりだった。人間の世界に戻って仕舞えば、きっと寿命は今よりも短くなるだろうし、何よりこの人達とは二度と会えなくなるだろう。手紙って訳にもいかないし…あそうだ、手紙!
「僕、戻ります!向こうに戻ったら、手紙を書きます。年に一回、いや二回ぐらい此処に置きに来ますから!」
「わざわざ此処に持ってくるのか?」
「はい!」
「いいよ、俺が取りに行く。前に照葉が倒れた所が家だろ?」
「其処は多分病院ですね。」
「じゃあその近くの、何度も往復してたあのマンションか。」
「そうですけど、本当に良いんですか?」
「遠慮すんな照葉、ケンは寂しいんやて。」
「いや、そんなことは…。」
「寂しいんかいな。」
「でも俺も寂しいかも。」「僕もネ。」「俺もだ」「僕もです。」
「…うちもな。」「私もや。」
「じゃあ決まりだな。毎日俺が取りに行く。」
「毎日は大変ですよ、せめて一週間に一回、いやそれでも多いか、一ヶ月に一回にしましょう。そんなに何回も手紙を出していたら、兄に不審がられるので。」
「そうか。じゃあ月に一回な。」
「はい!」
「でも月に一回って合間やな。どうやって判断するんや?」
「その名の通り、月を見て満月かどうかとか?」
「その定義すら怪しいんとちゃうか?」
「そっか。…何かカレンダー的なものを送ってくれないか?よくあるじゃ無いか、五番の目みたいなのの中に数字が書いてあるやつ。日が落ちるたびにチェックしていけば分かるだろうからさ。あ、勿論チェックすんのは当番制な。」
「とばっちりだな。」「まぁ照葉の為でもあるし、俺らの為でもあるからな。」
皆の準備様は凄かった。まるで僕が修学旅行に行く時の兄達の様だ。そっか、これから会えなくなっちゃうのか…。一度此処を離れた時はそう感じ無かったのに、改めて離れるとなると膨大な寂しさを感じる。時間を幾らでも戻せるのなら、此処に寿命が尽きる迄いても良い気がしたけど、戻す時間=体力の有無に関わると聞いて自信が無くなった。コンさんもとっくに体力を使ってしまった訳だし、これ以上の負担を掛けるのは申し訳無い。それに向こうに行く分の体力もいる訳だから、これは僕自身の問題である。
「ケンさん達も書いてくださいね、手紙。」
どうやって書くのかは知らないけど。
「おう、任せろ。」
「おいゴン、適当な事を言うな。どうやって書くんだよ。」
「あそっか。」
「手紙の中に紙とペンを入れておきます。書き物はコンさんが出来ると思うので。」
「え、あ、そういえば俺も読み書きは出来るんだけど。なんかノリで『あそっか』って言っちゃったけど、俺も過去の記憶は蘇ってるんだけど。」
そんな愉快な会話も時期に終わりに近付く。とうとう僕は荷物をまとめ、皆で食卓を囲って、最後の夜を楽しんでいた。其処に出てくる会話は皆の思い出話。途中で泣きそうにもなるし、笑いすぎて死にそうにもなる。一段と騒がしくなった無人屋敷に、誰が苦情をつけられようか。そもそも、こんな観光地の森林の中にこんな建物が建っている事自体認知されているんだろうか。僕らは何も気にする事無くはしゃぎ、騒ぎ、喚いた。
「じゃあ、行って来ますね。」
夜が明け、皆が玄関に集まる。ついさっきまで屋根に止まっていた小鳥は飛び立ち、空は鮮やかな水色を描き、時期神は人が変わったように穏やかな顔で僕を見送る。彼等はまた会えるさと僕に笑いかけ、それに甘えて僕も笑顔になる。
「行ってこい。」「行ってらっしゃい。」「行ってら。」
「行ってらっしゃい!」「行ってらっしゃいな。」
「行ってらっしゃいませ!」「よっしゃ、行ってこい!」
「行ってらっしゃイ。」
僕はこれ以上無い感動を込めて、最後に皆に挨拶した。
「行って来ます。」
ーーー終わり
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