第十七話 小鳥の居場所
火は一向に消えず、カンさんも限界が近づいていく。意外と短期戦に弱いのか、火が勢いを増しても水の勢いは上がりそうになかった。
「もう一度聞く。リー、何を話したんだ?」
ケンさんが問いかける。それでもリーさんは動こうとしなかった。
「ソン、ダーを傷つけたのは君だろウ?」
「何を根拠に、」
「僕は全てを知っている訳じゃなイ。だから君に直接聞いているんダ。リーが話さないのなら、君が話せば良イ。君も話さないのなら僕が話ス。それが偽りだと言うのなら自分で話せば良いじゃないカ。」
僕はコンさんの顔を見た訳じゃない。でも、コンさんがキレているのは声で分かる。明らかに何時ものような穏やかな声では無かった。
「…分かったよ。私は、リーにこやつに濡れ衣を被せろと言われたんだい。」
「何故だ?」
「此の世界に人間が訪れると、誰かに死が訪れる。所謂こやつは死神の故に、早くに贄を出さんと誰が選ばれるか分からん言う。でも、いくらなんでも仲間は殺せん。せやさかいに人間を殺せばええと思うたんや。」
「つまり少年をこの会議で吊って、死刑にしようとしたのか。」
「そや。」
「それで、ほんとは軽傷で済ませるつもりが、ダーの抵抗によりあんなにも重症になった訳だネ?」
「あの子なら上手いこと演技してくれる思たんやけど、意外と芯を持っていてな。いつの間にか熱くなってもうたんや。…なんや、お前さんは全部分かっとったんかいな。せやのに黙っとったんやな?」
「ちょっと憶測とは違う箇所があったけどネ。僕は確証の無いことはあんまり言わない趣味だヨ。流石に、照葉君の罪が認められそうになったのなら言おうとはしていたけれド。」
「へぇ、そうなのかい。」
でも、とコンさんが前に歩み出る。
「まだ話は終わってなイ。勝手に終わられても困るよネェ?」
その言葉に反応したのか、リーさんが今までずっと伏せていた顔を、勢いよく上げた。
「問題は、君が何故それを命じたのかだネ。君は知っていた筈だろウ?人間が来るから八卦が死ぬんじゃない、八卦が死ぬから人間が来るということをサ。」
「っそれは、」
「忘れてたとは言わさないヨ。じゃなきゃ手加減するのは可笑しいでショ?君なら、こんな若造一瞬のような気がするけれド。」
若造、と呼ばれて特に意味はないけどビクッと肩に力が入った。そりゃ八卦の力じゃ人間の命なんて容易いものなんだろうけど、此処まではっきり言われると急に寒気がしてくる。おまけにリーさんに睨めれている事に気付いてしまった脳は、全力で"動くな"と全身に信号を送っていた。
「なのに君は生ぬるい殺気で照葉君を殺しに掛かって来タ。僕は君を真っ向からの善人だとは言いきれないけれど、それ程の極悪人だとは思えなイ。だからこそ突き止めたいんダ。君が何故照葉君を消そうとしているのカ。何故ケンさんを拘束する必要があるのカ。」
本当だ、気付かなかった。ケンさんは動かないんじゃない、動けないんだ。ケンさんがちょっとでも動くと火があたる様に、身体のラインに沿ってギリギリに炎が動いている。
「五月蝿い!!どうせあんたが死神だと言うことには変わらんのや、ケンを連れていくならこのまま殺してしまった方がまし、"乾"はこの人で終わらせるんや!!」
まるで何を言っているのか分からなかった。それは皆も同じ、必死に訴えかけるリーさんとは裏腹に、皆の頭の上にはこの状況に似つかわしくないハテナの文字が浮かんでいる。
「俺が死ぬと、何時言った?」
「え、?」
「いや、えじゃない。すまんが、俺はまだまだ生きるぞ。」
「じゃあ相続問題で会議に参加しないって言ってたのは?」
「それは面倒だ、という言葉を俺なりにアレンジした結果だ。」
「はぁ!?」
リーさんがぶちギレる。けれどそれはさっきまでの殺気とは違い、心に溜まっていた何かが解放された時の反動で来る怒りの様だった。その証拠に炎は勢いを増したようですぐに消滅し、カンさんに呆気なく畳み掛けられてしまった。
「ざっけんな!!相続問題であんたが休みやと聞いてこの小僧が現れたんやからケンの死が近いんやと思ったやろうが、それでなんや?まだまだ生きるやて?この少年はほんまに偶々来ただけの奴なんやて?あっほらしいわ!!」
「要するにリーはケンさんの事を心配してたんだネ。」
「心配とちゃうわ!」
ハイハイ、とコンさんが言い流すと、ちょくちょくリーさんの火が飛んでくる。それすらも華麗に避けるコンさんは凄くにこやかな顔をしていた。
「全く、君の勘違いなんかで皆を巻き込まないでよネ?」
とコンさんが言った瞬間、何処からか小鳥が飛んで来る。小鳥?と皆が視線を送ると、その小鳥は一瞬にして人の形に化けた。いや、元の形が人で、小鳥が化けた姿だったのかもしれない。いずれにせよ、その人は今朝まで僕らが看病していた、あの"兌"という少女に違いなかった。
「ダー!もう大丈夫なのかい?すまなかった、本当にすまなかった。」
ソンさんが駆け寄りダーさんを抱き締める。よく見ると身体中にあった傷という傷が全て消えていた。
「…あれは僕の演技だよ。」
「えっ」
この部屋中を駆け回った空気の冷ややかさは、驚きではなく、きっと恐怖だ。あれが、演技?驚きすぎて声がでない。
「何、皆して私を見つめて…怖いんだけど。」
いや怖いのは此方の台詞だよ?ダーさんよりも数百倍怖がっている自信がある。怖いというかもう恐ろしい。演技ってなんだろうと思う程、恐ろしい。
「お前さん…冗談を言えるようになったのかい?」
ほら、ソンさんだってもう認めずとしている。盗聴の中でも一切声を出さない、出すとしても"私は何も言うことはありません"の一点張りのこの少女にそんな力があるとは。しかもさっきまでの鳥だったじゃないか。漫画でもよくある、クラス一の大人しい子が急に能力を発揮するどんでん返し。そんな衝撃波を間近で食らった僕達の足は、自分の足が果たして地面についているのか確認する程困惑していた。唯一その衝撃波を受けなかったのは、彼女の演技を見ていないリーさん、仕切り役の人だけだった。
そしてその仕切り役の人が意外と空気が読めない事が発覚する。
「そう言えば、ぶり返して悪いんだが、照葉、君?が来た事に本当に意味は無いんだろうか?」
「まぁ確かに、普通で言えば異常事態やろうな。誰か死にそうな奴いるんか?」
「偉い軽いなぁ、」
「ケンじゃなかったら誰でもええ。」
「…何があって俺に思いを寄せているのかは知らんが、それが告白のつもりなら断っておこう。」
「なっ、誰が告白なんかするかい!」
然り気無くふられたリーさんは、照れ隠しをするかのようにまた小さな火をポンポンとこんコンさんにぶつけていく。何で僕!?、とコンさんがそれを一つずつ避けていくのも今では愛しの空間の様に思えてきた。
「で、おらへんのやさかいな?」
ソンさんが皆に聞き直しても、誰からも返事がない。
「こんな事、あるんやなぁ。」
「神のミスなのか、それともこの少年が神の力をも破る力を秘めているのか、考えたくはないがこの中で寿命が近いのに黙っている奴がいるのかのどれかだな。」
「そうですね。まぁ偶々、神のミスというのが一番平和な流れでしょうけど。」
「僕もそう思うヨ。」
「じゃあ最後に締めとして、皆この少年と仲良くすることを誓え。リーも、勘違いで勝手に動かないように。そして今後も俺にあまりちょっかいを出さないように。」
「ちょっと待たんかい。ちょっかいなんて一回も出してへんで?」
「兎も角、約束は守れよ。良いな?」
「因みにですがケンさんは次の会議に、?」
「勿論出ない。解散!!」
「いや出ろよ、なんでやねん!!」
それからも少し些細な乱闘があったが、無事会議が終わった。今後は僕も会議に参加するようになったし、ケンさんは公認でサボりを実行することになった。ダーさんはあれから一言も喋らず、思わず忘れかけてしまいそうだったけど、しっかり謝罪の意を伝える事が出来た。今となっては何に対する謝罪なのかさえ分からなくなっていたが、一応謝っておいた方が良いと思ったのだ。けれどやはり相手から何の返答も帰ってこないから、もしかしたら困らせてしまっていただけなのかも知れない。
僕はこれを機に八卦の皆さんの事をよく知りたいと思った。それは好奇心から来るものではあるのだが、ダーさんの意外な力ように未知の恐れから来るものでもあった。きっとその場その場で知っていくには、心臓が幾つあっても足りない。せめて此処で暮らすなら暮らすで長生きしたい。
窓の外には晴れ晴れとした空が広がり、何処からか飛んできた小鳥が優雅に空を切り裂いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます