Episode 16 筒抜けの情報

 店から飛び出したタカトは、白い煙が微妙に舞っている中で歩道に飛び散ったガラスの破片を目にしていた――謎の爆発事件の犯人の姿は痕跡さえ残っていない。


「……」


 下手人は既に逃亡した可能性が充分考えられる。

 歩道とアスファルトで舗装してある車道に植えられた街路樹は爆風のために葉を吹き飛ばされ、枝や幹が焼け焦げの状態だった。爆破地点の近い位置に植えられていた樹は、根元に近い部分でへし折れてしまい、なぎ倒されて道路をふさいでいる。焼き焦げた樹の臭いで、タカトは思わず咳き込んだ。偶然通りかかる人がいなかったため、負傷者が出なかったことが不幸中の幸いである。


(何でぇこりゃあ……ひでぇ有り様だなぁオイ……)


 野次馬と思われる市民や、被害にあった店から出て来た従業員達が、口々に恐怖を訴えつつ道路上で右往左往していた。そんな中、パトカーと思われる警報の音がやかましく鳴り響いており、警察が複数人立ち合い、現場検証やら調査を開始している。市内での出来事なので、彼らは恐らくアストゥロ市管轄の自治体警察と言ったところだろう。


 気になって仕方がないタカトは、彼らの話している内容を傍耳を立てて聞いてみた。先程の爆破事件は、どうやら〝人間〟が引き起こしたモノのようである。


 「セーラス」職員は、「アンストロン」を専門としているため、「人間」は管轄外である。こういう事件が目の前で起きても、一切手を出せない。下手に首を突っ込むのは規定で禁じられているからだ。


(くそっ、一体誰の仕業だ!? だからといって俺部外者だから何にも出来ねぇし)


 タカトは舌打ちをした後、赤の上着の襟を真っ直ぐに立て直し、右手の握り拳に力を込めた。胸のどこかを小突かれたように、感情が燃え立つのを感じるが、どうにも出来ない。


(やれやれ。どうやら野暮用だったようだ。あ~あ、せっかくの旨い酒が不味くなるじゃねぇか……)


 用はないと仕方なくその場を離れようとした途端、何かの気配を感じた。かすかだが、電気音がする。


(この音は……車?)


 すると、一台のレビテート・カーが滑るように走ってきて、彼の目の前の道路の上でぴたりと止まった。あまりの眩しさに思わず目を瞑る。暗い夜道を照らしているヘッドライトのお陰で、周囲がまばゆく且つ怪しく浮かび上がって見えた。


(誰だ? 俺に何か用でもあるのか?)


 目を瞬かせてよく見ると、車体が十センチメートル程浮いている。それはやがてウィイイーンという機械音とともに四輪の車輪が車体から出現し、真っ黒なアスファルト上へと着地した。


 ボディカラーは夜空をそのまま写したようなブルーブラック。四・五人乗り用のスポーティーセダンタイプで、スマートなデザインの車だった。タカトが興味深げにしげしげと眺めていると、その助手席の窓ガラスが開き、中から見覚えのある顔が現れた。漆黒のアイバイザーで顔面の上半分を覆った、彼の〝相棒〟である。


「え? ……何故アイツがここに?」


 訝しげな顔で車へと近付くと、急に助手席のドアが車両の上方向に翼のように開き、タカトの形の良い顎を一気に上へと突き上げた。


「がっ……!!」


 セーラス本部の所有車はファルコンウイング式ドアだったことを、どうやら彼はすっかり失念していたらしい。タカトは強烈なアッパーカットを食らい、その場でしゃがみ込みつつ悶絶している。目の前で星がくるくる回転しては、大量に交通渋滞を起こしていた。


「やはりここだったか。早く乗れ」

「……ああ……分かった……」

 

 ディーンはどうやら元々彼を拾うつもりだったようだ。タカトはややフラつきつつ助手席に乗り込むと、ドアは勝手に上から降りてきて、カチャリとロックがかかった。運転手に倣って、身体の前でクロスするデザインになっているシートベルトを締める。ディーンがアクセルを踏むと、車体は前に進むと同時に、内臓が浮くような感覚が身体を襲った。一度出現していたタイヤはあっという間に四輪とも車体の中へと収納された。いざという時に路面を走れるよう車輪があるのは、普通のレビテート・カーと同じ仕様である。


(レビテート・カーは久し振りに乗るが、これは何かひと味違うぜ。デザインもクールだしな)


 ディーンは左手でハンドル操作をしながら、色白の長い指でタッチパネルを押した。手動運転モードから自動運転モードへと切り替えると、ランプがブルーからグリーンへと変わる。それとともに、車が奏でる極々微量な電気音以外物音がしなくなった。   

 

 丁寧且つ迅速な走行。

 滑るように飛んでゆく車体は端から見ると軽快そうに見えるが、車内はそうでもなかった。タカトのぎこちないない表情――まるで、空気椅子の限界に挑戦しているかのような顔をしている――がその全てを物語っている。例えその場から逃げ出したくても、逃げられないのだ。


(別に酸欠状態ではねぇのに、妙な緊張感と言い、凄く息苦しいんだよなぁ……)


 車内で漂っている、どこか硬い空気を何とか変えようと思い、タカトはふと思い出したことを口走った。

 

「礼を言うのがすっかり遅くなっちまって悪ぃ。この前はありがとな」

「?」

「姐さんから聞いたぜ。あんた、意識不明だった俺をわざわざ病院まで連れて行ってくれたってな」

「……」


 うんともすんとも言わず、ハンドルを握ったまま無言を貫く相方を見て、タカトは首を傾げた。覚えていないのか、それとも思い出しているのか。アイバイザーで覆われている為、感情が一切見えないのはすこぶるやっかいだ。どういう顔をして対応すれば良いのか分からず、腹の中の虫が暴れだしそうになる。


(この間は一体何だよ~! わっかんねぇな!! 俺何か変なこと言ったか!?)


 二・三分程以上に静寂な時が過ぎ去ったあたりで、ディーンは形の良い薄い唇を上下に開いて動かし始めた。


「……君の場合、IDチップを稼働させると身体の衝撃吸収能力が一時的に向上するようだが、あまり過信すべきではない」

「……はぁ……そりゃどーも」

「昨今は想像を超えるケースが多く見られる。防御を疎かにすると、命取りになりかねない」


 どうやら色々指摘してくれているようだ。それは的確で正にその通りだと思うのだが、どうにも調子が狂う。タカトはさっさと話題を変える戦法に出た。


「……えと、この前銃の腕前を見ていたが、あんたは本当に凄腕だな。認めるぜ」


 称賛の口笛をぴゅーと吹いていると、秒もたたずに凍てつくような声が帰ってきた。


「これ位は普通だ」

「……あんだよ。せっかく褒めてやってるのに、その言い方はねぇだろうがよ!!」


 全く可愛げのない返答に頭にきた針頭は、ついつい声を荒げてしまう。だが、それに対し、相手は意も返さぬ体だ。


「単なる事実を言ったまでだ。これでも何とかぎりぎり対応出来ているだけで、次はどうなるか分からない。無駄口を叩く暇があるのなら、次の対策を考えた方が有用だ」

「次の対策……?」

「僕達は今から〝スコルピオス〟と〝ディアボロス〟の支援に向かう」

「え? あの二人から救援要請……!?」

「ああ。連絡が入ったのが急だったのと、君があの店にいると事務部の者から聞いたから、君を拾ってそのまま現場に向かった方が、最も効率的だと判断した。目的地である〝ラミネ地区〟はここからはかなり距離がある」


 ディーン達の加勢が必要と言うと、あの二人だけでは対応出来ない案件のようである。この前の巨大ムカデよりも凄い案件って一体……と思うと、思わず背筋が凍りつきそうになった。


「今の内に、体内に残るアルコールを全て分解しておけ」

「え!?」

「〝アルコールはその気になれば一気に分解も出来る〟と君は先程言ってなかったか?」

「……っ!?」


 タカトは一瞬石化した。その場に居合わせていないはずの相手が、何故聞いていたかのような口調で言ってくるのだろうか。「まさか身体のどこかに盗聴器仕掛けられてんじゃねぇ?」 と、考えたくもない疑惑が首をもたげてくる。だが、それを全否定することを、相方は淡々と告げ始めた。


「IDチップをオンのままにしない方が良い。会話が己の相方に全て筒抜けだ。上層部からの〝指令〟はIDチップがオンでもオフでも必ず着信可能なシステムになっている。よって、有事以外はオフにしておいた方が良い」

「!!」


 タカトは微妙な酔いが脳内から一気に抜け去るのを感じた。顔から火が出るのではないかと一瞬思った。IDチップが埋め込まれてからずっと、これまで自分の喋ったことが赤の他人に全て筒抜けになっていたなんて、いくらなんでも恥ずかし過ぎる。寝言まで筒抜けだなんて、自分で自分のプライバシーを侵害させてると言ってもいい。おめでたすぎて笑うにも笑えない。


(ひっでぇ!! どうして今まで誰も教えてくれなかったんだよ!? よりによってコイツに全部丸聞こえかよ!? あああああああああああああああああああああああああ穴があったら入りてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!!! )


 茹でダコのように全身真っ赤になって、耳や鼻から湯気が出そうになってのたうち回るタカトを目の端に止めつつ、ディーンは前方のフロント・ウインドウに視線を貼り付けている――表情に一切変化のないまま――。二人を乗せたレビテート・カーは、車内のやり取りをものともせず目的地に向かって静かに飛んでいった。

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