Episode 7 Golden eyes

 その赤い影は大きく跳躍し、長い足を伸ばして黒光りする丸い頭部を思い切り蹴り落とした。

 すると、情けない叫び声とともに、妙に鈍い音が周囲へと響き渡った。


「……痛ってぇえええええ……!!!!」


 反応以上の力が蹴りを放った主の足へと、反作用として返ってきたのだ。

 己の足元で片膝を抱え、涙目になって悶えまくっている針頭の青年を、ディーンは表情一つ変えず目尻の端にとめ、抑揚のない声で言った。


「一体何をしに来た。君は下がっていろ」

「!?」

「危険だ」

「てめぇ! 俺だって一員だっつ――の! 女子供じゃあるめぇし!!……そりゃあ、今朝一員になったばかりだけど! 部長からの指示でだなぁ!!」


 後ろから自分の肩を勢いよく掴みかかろうとするタカトを貫くかのように、ディーンは冷たく言い放った――後方を振り向きもせず、前方を向いたまま。


体術は危険だ・・・・・・と言っている。先程試しに鉛玉を使ってみたが、通常の拳銃の弾が通用しない相手だ」

「何だって!? ハンドガンが通用しねぇのかよ!! とんでもねぇムカデ野郎だぜ!」

「あれはアンストロンが異形化したものだ」

「マジかよ……! 薄気味悪いぜ。しかも、人間が生み出した機械が何故生物兵器モドキになっているんだ!?」

「不明だ」


 ディーンの言葉から推測するに、眼の前に立ちふさがっている相手は、恐らく今までとは全く違うタイプに違いない。


「とにかく、やれるだけやってみようぜ!! 元々アンストロンだったというのなら、その〝コア〟とか〝カルマ〟とか言うやつを外してみて、それでもまだ暴れるようならその時に……」


 タカトが顔を上げると、今まで話していた筈の相手が忽然と姿を消していた。

 彼の前を、虚しい風が通り過ぎてゆく。

 対象がいないままなのにも関わらず、針頭の青年は盛大にまくし立てた。


「野郎……!! どれだけ俺をないがしろにすりゃあ気が済むんだ!? 他人の話を最後まで聞けってコルラぁっっ!!」


 すると、頭上で爆音が鳴り響いた。

 騒音のあまり両耳を思わず塞いで身を屈めると、何かが落ちてくる音が耳に飛び込んでくる。


「あわわわわわわ……!!」


 嫌な予感がして瞬時に横へと跳躍すると、複数個ある落下物は次々と地面にめり込み、不快な振動を周囲へと引き起こした。

 一瞬、土煙で周囲が覆われる。

 それは、真っ黒な円錐状のもので、自分の腕よりも遥かに太かった。

 まともに当たると恐らく、頭蓋骨がこの地面のようになっていただろう。


「危っっねぇっっ!! 何でぇこりゃあ!? ひょっとしてヤツの脚かよ!?」


 空を見上げると、巨大生物と向かい合うような位置に漆黒の青年が動き回っていた。

 彼は、あちらこちらにそびえ立つ瓦礫の山の上を、コートの裾をはためかせながら、瞬時に飛び回っている。

 彼の手中にある銃口は、何故か真っ白な光に覆われていた。


「な……!?」

「……もう一度言う。君は下がっていろ」


 ディーンは引き続き拳銃を両手で構え、標的に向かって何発か発泡した。

 すると、その銃口から出た光が何本もの真っ白な尾を描きながら、ムカデモドキに向かって真っ直ぐに飛んでいき、その身体を貫いてゆく。

 どうやら彼の得物は、鉛玉と光線銃と両方を兼ね備えた拳銃のようである。

 使い手にもよるのかもしれないが、コンパクトなボディの割にその破壊力は半端ないようだ。


「グガガガガガガガガガッッッ!!」


 その光線を浴びた巨大生物は、その場でぐねぐねと身を捩らせ始めた。

 鉛の弾丸とは異なり、今度は効いているようだ。

 脚のどれかにあたればそれが千切れ飛び、長い胴体にあたれば焼き焦げたような煙と匂いが周囲の空気を汚染してゆく。

 だが、相手も必死なのだろう。

 動きが中々激しく、スピードが落ちていない。


「クソ!! 俺だって……!!」


 タカトはイライラしていた。

 最初から良く分からないことだらけで、混乱してばかりだった。

 何とかして自分も、この謎の生物を押さえ込むのに一役買いたいと思う。

 でも、一体どうすれば良いのか。


(ちっ。取り敢えず、ヤツの死角を狙うか)


 そこで何を思い付いたのか、彼はこっそりと口笛を鳴らした。

 すると、風を切る音がして、どこからともなく赤いレビテート・ボードが彼に向かって飛んでくる。


(取り敢えずこれで、ヤツの上を行ってやるぜ……!!)


 先程巨大生物の頭に向かって飛び蹴りを食らわせたが、実は何の手応えもなかった訳ではないようだ。

 何か違う〝感触〟を右足に感じていた。

 きっと、狙うべき部分はそこ・・だと、彼の直感が囁いてくる。


(俺の読みが当たれば……!! )


 タカトはボードに飛び乗ると、音を立てず、上へ上へと上昇した。

 勿論、なるべく巨大生物とディーンに気付かれないようにだ。

 特にディーンにバレたら、また邪魔者扱いされる。

 それだけはまっぴらごめんだ。

 世界三大美女が卒倒するほど美しいが、氷のように冷たく無表情な顔を思い出すと、無性に腹が立ってくる。


(アイツがヤツの注意を引きつけてる間に、ヤツのガラ空きの頭を狙ってやるぜ)


 真っ白な光は黒い巨体を焼かんとして、次々と飛びかかる。

 外れた光線はそのまま容赦なく、地面やら瓦礫の山やら建物の壁やらを貫き続けた。

 その間を右に左に、上に下に斜めにと、タカトを乗せた赤いボードは、標的の上方へと向かって素早く飛んでゆく。

 見た目激流や荒波に乗るサーフィンを、面白そうに空中でやってるようにも見えるが、本人は至って必死である。

 赤い上着の裾やら、スラックスの裾の端やらが光線に当たっては、焦げ臭い匂いが漂ってきた。

 

(ひぃいいっ! あっぶねぇっ! これ直撃食らうと、炭になっちまうぜ!! )


 ディーンの光線攻撃をギリギリのラインで避けつつ、目的とするムカデモドキの頭上を目指して上昇した。そして、先ほど上司に言われたことをふと思い出す。


 ――所属するエージェント達には、それぞれ特有の潜在能力がある。一つとは限らず、いずれも本人さえ自覚していないものがほとんどだ。埋め込まれたIDチップは、各々の大脳中枢を刺激してその潜在能力を飛躍的に高め、引き出してくれる――


 脳内でイーサンの声が再生される。

 時間がなくて詳細は聞けなかったのが、悔やまれる。

 あれもこれも分からないことだらけだ。

 しかし、ここはIDチップの力を信じて、やってみるしかない。

 タカトはええいままよと、こめかみに右手の指をあてた。


 すると、頭の奥底から熱い塊が吹き上げてくるような感じがした。

 痛くはないが、目の奥が上へと押し上げられるような感触がして、思わずまぶたを閉じる。

 その熱と圧力が一気にひいてくるまで約〇・一秒。

 静かに目を開けたタカトの瞳が、瞬時に翡翠色から金色に変化した。


(あれか!? あれがひょっとして……)


 彼の視野に映るムカデモドキの後頭部の下方に、何かが光って視える。

 そして、それは映像として浮かび上がってきた。

 握りこぶしより一回り小さな円柱状の塊だ。

 今まで全く視えなかったものだ。


(すげぇ! これが俺の能力かよ!? 透視とはちぃと違うようだが、これなら目的物を探す手間が省けるぜ!! 場所さえ分かればこっちのもん!! )


 針頭の青年は空中浮遊しながら、ムカデモドキに後ろからそっと忍び寄り、両足をボードに乗せたままその黒光りする大きな後頭部へと飛び付いた。


「グゴガガガガガ!?」


 タカトの存在に気付いたムカデモドキが、彼を振り落とそうと、上下左右に頭部を激しく振り回した。三半規管が破壊されそうな勢いだ。目が回りそうになるのをぐっと堪え、その巨体にしがみつく。


「いて!! この野郎! しぶてぇ……ヤツだ!! クソッ……絶対に……離す……ものか……!!」


 巨体をくねくねと蠢くように動かし、周囲にある瓦礫の山や、建物の壁に叩きつけようと暴れたが、タカトも負けてはいなかった。吐き気がするのを必死に抑え込み、両手の指と両膝に力を込め、振り落とされぬよう粘った。


(早く……出て来い……!! )


 強く念じると、後頭部から浮かび上がってきた円柱状の映像が、彼の瞳に呼応するかのように少しずつ鮮明になってきた。

 タカトは、黒いオープンフィンガーグローブをはめている、右手の甲を左手で叩き、瞬時にハンドクローを出す。

 それは、赤い炎のような光芒に包まれており、その勢いのまま映像に向かって突き出した。


「おりゃああああああっっ!!!!」


 金属が裂ける鈍い音が幾度か周囲に響き渡り、狙いのものがその身体から抜き出されると、真っ黒な循環剤がぼたぼたと流れ出てきた。

 正に闇の色そのものだ。

 握りこぶしより一回り小さな円柱状の塊は、全体的に循環剤でぬめっている。

 気を抜かなくても、うっかり下へと落としてしまいそうだ。


(これが〝カルマ〟とかいうやつ? それとも〝コア〟? サイズ的には恐らく後者だろうが……)


「グゲゲゲゲゲゲゲッッ!!!!」


 奇妙な叫び声を巨大生物モドキは、凄まじい地響きを立ててその場に倒れ込んだ。バチバチッと周囲に火花を飛ばし、びくびくと痙攣を起こしている。

 その時、長く尖った爪のような尾がタカトをはたき落とすかのように背後から襲ってきた。

 青年の後頭部と背中に電気のような激痛が貫く。

 

「ぐあああっ!! てめぇ……!!」


 抜き取った〝目的物〟を落とさぬようにと気を集中させていた青年は避けきれず、背中にまともに攻撃を食らい、ボードから足をすべらせた。

 何故か骨が折れる音はしなかった。


(あ……やべぇ……!! )


 レビテーション能力を持たない青年は、ボードがないと空中浮遊や空中停止ができない。

 そのまま重力に引きずられるように、身体が真っ逆さまに落ちてゆく。

 ああ、地面に叩きつけられるだろうなと受身の姿勢を空中で取っていたタカトだったが、いつまで経っても衝撃が来なかった。

 何故だろうと首を傾げる前に、彼の意識はそのまま闇の中へと落ちていった。

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