Episode 5 突然の初仕事

 部長室へと呼び戻された新人エージェントは、彼の上司から勤務内容の詳細について説明を受けていた。


「……なぁヘムズワースさん、つまり、俺はその〝カルマ〟とかいうチップをその〝やべぇアンストロン〟から抜き取れば良いわけなんすか!?」


 楽勝じゃん! とでも言いたげな顔をしている不良青年に対し、彼の上官は表情一つ変えず切り返す。


「残念ながら、それはあくまでも現状打破に対する〝手段〟の一つに過ぎない。我々はその〝カルマ〟をアンストロン達に埋め込む者達を捜索しているのだ」


 イーサンが言うことによると、〝カルマ〟と呼ばれるものを埋め込まれるとアンストロンは自我が失われ、あやつり人形にされてしまうということだった。ただ埋め込まれているだけならまだしも、元凶である〝マスター〟から信号を受信すると〝スレーブ〟状態となり、仕掛け主以外、誰にも止められなくなるという。厄介な代物である。


 〝カルマ〟を除去すると〝糸が切れた状態〟となるため、彼らは元に戻ることが出来るらしい。例えるなら、パソコンがフリーズした場合、強制終了させ、再起動させたような状態だ。ただし、それは比較的早期であればの話だった。変化が非常に分かりにくいため、カルマ経由で何かに〝感染〟した初期には見つからないことが難点だったのだ。言うまでもなく、時間が経てば経つほど元に戻らなくなるリスクが上昇する。どうしようもない場合、そのアンストロン自体を破壊しないといけなくなる。


 アンストロンの体内にある「コア」――彼らにとって心臓と呼べるもの――を奪うか破壊すれば、動きを完全に止めることが出来る。近年はどちらかと言うと後者のケースがほとんどだ。エージェント達が〝アンストロン・ハングマン〟や〝アンストロン・ハンター〟と影で呼ばれる所以である。


「元凶をおさえねば事件は解決しないのだよ、タカト」


 エージェントは「指令」が下ると即現場に向かい、凶悪化したアンストロンの対処に回る。それらの動きを止め、埋め込まれた〝カルマ〟を回収するか〝コア〟を奪うのが彼らの仕事だ。そこから、それらの凶悪化を引き起こす元凶達を突き止めることと、その居場所を突き止めること。それが彼らエージェント達の主な目的だ。いつ「指令」が下るのかは、誰にも分からない。


「大体理解してもらえただろうか? 初日から色々詰め込んですまないな」

「大丈夫っすよ」

「君の能力を見込んだ上でのことだ。頑張ってくれ給え。それと……」

「?」


 何か言いかけたイーサンは、手元にある携帯端末の着信に気付き、すかさず「オン」にした。やがて、その凛々しい眉が、次第に鋭く釣り上がってゆくのが見えた。発信源と何かやり取りをしているのは分かるのだが、周囲は一切何も聞こえない。よって、タカトから見ても、イーサンが一体何を話しているのかは不明だった。


「……もしもし。何だと? それは本当か?」

「?」

「……続きはまた後でだ。タカト、初日早々すまないが、君に即現場へ向かってもらわねばならない事態が発生した」

「え……? 俺……!?」


 まさに、寝耳に水状態だった。


 ◇◆◇◆◇◆


 呼び出され再び執行部部長室へと舞い戻っていたタカトは、今度は大慌てで出て来た。やや焦っているところを見ると、時間的にもゆとりがなさそうである。


「野郎……! どんだけマイペースとゆーか何とゆーか……」


 彼は「セーラス」本部を飛び出し、目的地であるヴィザン地区へと向かっている。着任早々突然指令が入った矢先、彼の〝相棒〟は既に目的地に向かってしまった後だったのだ。細かいことをあまり気にしない彼も、流石に動揺を隠しえない。


(まさかもう仕事が振られるとは思わなかったぜ! ええっと……確かこうするんだったよな……)


 彼は先程教えられた通りに、IDチップが埋め込まれているだろう己の右のこめかみに、人差し指と中指を恐る恐るあてた。すると、突然彼の上司の〝声〟が脳内にダイレクトに聞こえてきた。


『タカト、聞こえるか?』

「うっへぇ……っっ!! 音量デカ過ぎ!! 」


 エージェント達の体内に埋め込まれているIDチップは、受信機にもなっており、上層部からの指令を受けることが可能だ。受け止めた信号が骨にまで伝導して伝わってくるため、あらかじめプリセットされている音量が大き過ぎると、頭に響き渡って痛い。幾ら落ち着きのある低音ヴォイスでも、大き過ぎるとただの騒音だ。タカトは慌ててぽんぽんと指で先程と同じ部分を軽く押さえると、それはすぐさま程よい音量となった。


『大丈夫か?』

「……もう大丈夫です。お陰で眠気が吹っ飛んだっすよ」

『初日からこちらの不手際で色々すまないな。本当は君にもっと事前説明が必要なのだが、緊急事態が発生してな。他のエージェント達が別件の出向先で手こずっているようで、まだ戻って来られていないのだ。生憎今動けるのが君とディーンの二人しかいない』

「はぁ……」

『恐らく〝リーコス〟が先に到着し、対応するはずだ。その様子を見て、君が手を出した方が良さそうだと判断したら彼のサポートに回ってくれ給え。それまでは己の身を守ることに徹していれば良い』


 つんつん頭の中でバディ体制の意義とは? と大きな疑問符が立った。しかし、いちいち気にしていられる状態ではなさそうなので、湧いた疑問は意識の外へと一気に放り投げた。


「はぁ……部長……本当に俺で大丈夫っすか? 」

『〝リーコス〟には君が後追いで向かうことを伝えてある。〝スコルピオス〟と〝ディアボロス〟は今の任務に目処が立ち次第、直接現場へと駆け付けてくれるようだ。私から指示を出している。彼らにあったら話を直接聞くといい』


 どうやら〝スコルピオス〟〝ディアボロス〟というのが後から駆け付けるエージェント達のコードネームらしい。サソリに悪魔だなんて、随分とえげつない名前を使うものだと一瞬思ったが、とにかく、命じられた場所に赴き、なすべきことをなすしかないようだ。タカトは本日何度目かになる大きなため息をついた。


「……行くしかねぇのなら、仕方ねぇ。後でしっかり説明してくれよ。ヘムズワースさん」

『すまないな、〝レオン〟』

「それじゃあ、行ってくるぜ!!」


 タカトはその場を離れた。今いる場所からヴィザン地区までは徒歩だと軽く六時間と、あまりにも時間がかかり過ぎる。道路を見回したところ、タイミング悪くタクシーさえ見つかりそうにない。


 そこで彼は人差し指と親指で輪を作り、唇にあてて勢い良く口笛を吹くと、彼の眼の前に赤いスケートボードのような板が突然目の前に出現した。彼がIDチップを経由して呼び出した、レビテート・ボード浮遊ボードだった。そのボードはふわふわと浮いてきて、その様子はまるで、波打ち際で主人を待つサーフボードのようだ。


「タクシーを拾うよりこいつを使う方が、ぜってぇ手っ取り早いよな! 金もかからねぇし」


 レビテート・カー浮遊自動車はこの星に住む住人達の標準的な乗り物として愛用されているが、一人で気軽に乗り回すのであれば、ボードの方が小回りが効いて良い。しかも、セーラス所属であれば「亜空間に収納可能」のタイプを使えるという点が大変便利である。タカトは地上から五センチメートルほど浮遊しているボードに両足を乗せると、平均台に乗るような感じで右左縦横とバランスを取り始めた。やがてすぐに背筋をぴんと伸ばし、真正面に顔を向けると、にやりと口元にいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「よっしゃ! レビテート・ボードはガキの時以来で久し振りだけど、コイツの感覚は掴めたぜ!! さあ目指すはヴィザン地区!! 頼んだぞ!!」


 指をぱちんと鳴らすと、その合図に応えるかのようにボードは宙を浮かびながら、目的地に向かってすいすいと動き始めた。自分の身体の周囲を心地良い風が通り過ぎてゆく感触は、非常に爽快だ。


「ひゃっほう!!」


 主人を乗せたレビテート・ボードは、やがて空気を切り裂くように真っ直ぐに飛んで行った。

 ボードの上で彼は目的地への思いを馳せつつ、先程までいた部長室でのやり取りを、ぼんやりと思い出していた。

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