第6話 魔生対の反応

 魔力災害および不明現象生物特設対策本部。


 10年前の初観測から、年を追うごとに発生頻度が増加している魔物や、それに触発されて起こる魔力災害に対応するために8年前に発足した組織です。

 発足当初は、自衛隊等と足並みをそろえて魔物と戦う、自衛隊を国内運用するための特例措置を運用する機関として運用されていましたが、魔法少女が各地で自然覚醒し、単独で魔物と戦っている現状を鑑みて魔法少女の補助及び管理、運用を目的とした組織へと変革。


 現在は、魔物の発生頻度の高い人口密集地を中心に各魔法少女の担当範囲を設定し、地域ごとに支部を置いてその支援を行っているのです。


 また、担当の存在しない場所や、担当支部の魔法少女で対応できない魔物が発生した際に通称「エース」と呼ばれる戦闘能力の高い魔法少女を送り込むことで全国の魔物被害を最小限に抑える事に成功しています。


 その魔生対の執務室で、室長である羽佐間彩月さんは私、魔法少女ウィステリア・ヴェール、水流崎理珠からの報告を受けておりました。


「観測班の録った動画を確認したのだけど、あれは解析班と、その判断を信じた私のミスね。キツい戦いを押し付けてしまってごめんなさいね。上長として、なんとしても再発防止に努めましょう」

 そう言って、頭を深々と下げる彩月さん。しかし、今回のようなケースは初ですししょうがないのではございませんか?


「流石に、保有魔力量や外見からの情報で『想定より知能が低すぎるため従来の対応が出来ない』なんて、とても判断できるものではありませんので致し方ないのではないでしょうか?

 最終的には一般市民にも、わたくしにも一切の被害無く収拾出来たのですから。わたくしとしては、誰も糾弾するつもりはございませんので……」


 彩月さんは、わたくし達をとても大事にしてくれておりますので、魔法少女が苦境に立たされたり、それこそ魔物によって異界に連れ去られた際には再び同じことが起こらないように、偏執的なまでの徹底さで再発防止策を施行されます。


 『年端も行かない少女達が誰に強制されるでもなく戦っているのに、自分たちでは対処できないからとただ待っているだけなんて大人としてありえない』だそうです。

 魔物の出現が始まった当初にご友人を失ってらっしゃるのも一因でしょうね。


「いいえ、必ずなんとか、魔物の能力を判断するシステムを考えるから!何より、今回は水流崎理珠という代えがたい、かけがえのない人材を失うところだったのよ?

貴方、自分を犠牲にするか民間の被害を許容するかでだいぶ悩んだでしょう?」

 ギロリと強い視線を向けられて思わず眼をそらします。彩月さんは魔法少女が自分から身を差し出して事態を解決することを決して許容しては頂けません。


「ダメよ?だいたい、貴方達は軍人じゃないの。それどころか公務員ですらない。ただの、『未成年の善意の協力者』なの。もう何度も言ってるけど今回も言わせて。

 『仲間を助けるため』以外の自己犠牲行動は全て禁じます。これだけは最低限守ってもらわないと何のために私達がバックアップについてるかわからなくなってしまうから。

 民間人の被害を抑えようとする志は立派よ?でも、貴方が居なくなると……、いえ、魔法少女が一人居なくなると他の仲間達への負担がかなり増えるの。

 負担が増えたら疲労も増える。疲労が増えればミスも増える。ミスが増えれば……犠牲も増える。だから、戦場に出た魔法少女はなにより自分を守ることを徹底してもらわなければならないの。わかる?返事は?」

 毎度の事ながら、すがるような眼でこちらを見つめられるとわたくしとしても神妙に頷く他ありません。


 ……本当に、何度も自分を危険にさらしてでも魔物を倒している常習犯としては心苦しい限りです。


「よろしい。で、今回のクラゲ野郎。今日の待機メンバーだと誰なら倒せた?」

 魔生対には転送の魔法少女を除いて、日中は常に4~6人の魔法少女が待機しております。

 今日の待機メンバーですと……。


 「再生能力を突破できる火力、浮遊している相手を攻撃できる射程、毒のある触腕を回避または防御する能力が必要ですので、エース級である「鬼巫女」さんは当然として、「白兎」、「穿貫」の3人は倒せると思われます。

都市伝説フォークロア」は触腕の防御に難アリ、「闘飛蝗デュエルホッパー」は相性が悪い能力を引くと攻撃が届かないケースがあるので厳しい場合がございます。わたくしの戦った印象ですとこの様な回答になりますでしょうか?」

 今日はお休みですが、「流星」と「霧」の魔法少女も有効な魔法がありますので対処できるでしょう。


「でも、「都市伝説フォークロア」も「闘飛蝗デュエルホッパー」も倒せはしなくても1時間気を引きつつ逃げ回ることは出来るのよね……。一番の安牌と思って唯一のハズレを選択するとかどうなのよ……」

 彩月さんは頭を抱えて机に突っ伏してしまいました。


 1時間魔物を引き付けつつ逃げ回ることが出来るか、これは魔生対本部所属の魔法少女として、とても重要な要素です。なにせ、日本での対魔物戦術の最重要人物、「転移の魔法少女」さんの他者を転移させる魔法のクールタイムが1時間なのですから。


 複数箇所で同時に危機にでも陥らない限り、1時間保てば相性の良い援軍を送っていただけるのです。

 魔物は倒せませんでしたが、1時間侵攻を止め、民間人への被害を防いだ。これは、わたくし達の間では事実上の撃破アシストスコアとして扱われる、本来であればわたくしが一番得意とする戦術のはずでした。


 「まあ、私と解析班への課題は残るけど、今日の場合は謎の新人のお陰で貴方も無事に帰って来ることが出来たし、ギリギリだったけど良しとしましょう」

 あ、彩月さん復活しましたね。


 「で、その新人魔法少女はどうだった?」

 「魔法少女ではなく、『魔女』です。自称かもしれませんが。

 戦闘能力という視点で見れば間違いなく優秀です。わたくしが見せて頂けたのは、黒い稲妻、魔力の鋼糸、影移動の3種の魔法だけでしたが、その3種だけでも初動対策課の魔法少女として十分以上な戦力があると考えられます。

 鋼糸による空中機動と影移動だけでも大半の魔物に対処致せますし、その3種の魔法から根源が推測できないからには、他にもっと、根源に根ざした強力な魔法があるはずです。

 個人的な見解では、わたくし達エース級と呼ばれる人材と並べても見劣りしないという印象を受けました。ただ……」

 言葉を切って別れ際に行った会話を思い起こします。


 「ただ、おそらく家庭環境に問題があります。魔生対や、魔法少女の活動に対する知識が不自然なほど、全くございませんでした。学校でも習う、TVでも連日報道されている、この知識がないということは情報が完全に遮断された状態で生活していたということに他ならないかと」


 魔物は、発生が都市部に集中はしていますが、何処にでも発生しうる脅威です。ですので、その初動対処を担う魔生対は警察、消防、救急に次ぐ危機管理のインフラとして、常識として世間に浸透しているはずです。

 魔法少女の情報は各国で人気ですので、日本以外でも「マセイタイ」の知名度はそれなりに高いはずなのです。

 それを知らないとなれば、考えられる環境は……。


 「虐待による監禁か、カルト宗教による洗脳教育過程にあったか、なさそうではあるけど、野生児として育った可能性もまあ、ゼロじゃないか。何にしろ、保護すべき対象なんだろうね。で、人となりはどうだった?」

 「とても、いい子でした。間違いなく。少なくとも人間不信になっている節はありませんでしたし、可能なら共に戦いたいとも仰っていましたので。ただ、重大な問題があってどうしても国家認定魔法少女の登録を受けられないと仰っていました」

 わたくしの言葉に、彩月さんは天を仰ぎます。


 「重大な問題ねぇ……。家庭の都合やカルトからの追手程度なら登録して保護してもらったほうが安全だろうし、どこぞの国の研究施設から逃げ出してきたとか?

 いや、でも海渡ってこれるのかな?まあ、魔生対の方針としては魔法少女に無理強いはしない、だから、信用を得て話を聞かせてもらうしかないかなぁ」


 「協力はしたいと仰ってましたので、今後も魔物との戦闘中に参戦して頂ける場合があると思いますが、その場合の対処はどういたしましょうか?」

 最初の、突然背後に立っていたセヴンス様を思い浮かべます。多分、影移動でやってきたのでしょうけど、魔物の発生時に周囲20キロ内に魔力反応はありませんでした。

 その外から移動してきたのだとすれば、その感知範囲と移動速度は驚嘆に値します。かわいくて強くて何処に居ても駆けつけてくれるとか、何処まで魅力的なのでございましょう!


 「こちらの妨害をしてこない限りは基本的に共闘する姿勢でいきましょう。あと、居合わせた魔法少女達にはなにか必要な援助が無いか聞いてもらっておく事にしましょう。特殊な環境から脱出してきたと考えるなら、衣食住の何かで困ってる可能性が高いから。あとはコレねぇ……」

 彩月さんがパソコンのディスプレイをこちらに向けると、先程のわたくしとセヴン

ス様の共闘シーンの映像が流れていました。


 魔法少女の戦闘は、今後の対策や戦闘技術の向上など様々な視点からの必要性を経て、撮影できる限りにおいて専用の撮影スタッフが望遠カメラでその映像を撮影しております。


 それが、魔生対内部だけの公開なら良いのですが、「魔法少女の貴重な戦闘シーンを撮影する」という目的で避難指定地域に侵入する報道関係者や魔法少女のファンの方々が後を断たなかったため、撮影された魔法少女の戦闘映像は公式配信としてネットで公開されることになっております。


 魔法少女自体は変身時と非変身時が同一人物だと判明しないように存在偽装の魔法がかかっているらしく、変身する瞬間を見られない限りは正体がバレる可能性はありません。

 ですので、基本的には映像の公開に問題はないはずなのですが……。


 「未登録の魔法少女が戦闘に参加してる映像を流しても問題は無いか、ということでございましょうか?」

 「それがねぇ、セヴンスさんの存在自体はもう、ネットで話題になってるのよ。ほら、ペケッターのトレンドにばっちり「謎の魔法少女」って。戦闘も派手だったから、どこぞの避難しなかった迷惑一般人の撮影した動画がバズっちゃってねぇ……」


 ゴスロリ姿で銀の髪をたなびかせながら空中を跳ね回るセヴンスさんの動画、その反響を表す数字が目まぐるしく上昇していきます。


 「犠牲者が出ていない限り映像は公開する。の原則に従えば公開するしかないんだけど、セヴンスって名前まで勝手に出しちゃっていいものかどうか……」

 「別に良いのでは?魔法名は別に本名ではございませんし、それに、セヴンスという魔法名ですが……。これはおそらく偽名でございましょう。根源の要素が薄すぎますので」


 魔法少女の魔法名というのは、魔力根源から湧き上がってくる名前です。よって、根源に紐付けられた要素が色濃く出てくる物なのですが……

 セヴンス、スがTHなのかSなのか不明ですが、単純に7という数字を魔力根源としているとは考えにくいのです。大鎌も、鋼糸も、影移動も、黒い稲妻も7に関する要素は一切ないのですから。


 そして、魔法少女が根源の名付けを嫌がって別の名を名乗るケースも少なくありません。わたくしの知っている範囲だと、隻腕の魔法少女 アインハンダーさんがそうですね。確か本当の魔法名は補綴プロスセティックだったはずです。


 「じゃあいいかー。ほい、「クラゲ型不明現象由来生物に対する対処映像:戦闘参加者 魔法少女ウィステリア・ヴェール 魔女セヴンス」でアップロードしてくださいっと」


 もし、セヴンス様が常時変身しているような特殊な趣味の方なら別でしょうけど、流石に魔力の維持が出来ないでしょうし、特に問題はないでしょう。

 信用を得るためにも、お近づきになるためにも、また早めにお会いしたいですね……

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