第21話 『聖女』殺しの国

「それは……、父王の代の話だ。私は違う!」


 うろたえながらもアンジュストは主張した。


「おや、そうですかな? そのようなことが貴殿には覚えがないと?」


 含みを持った言い方をシャマール侯爵はした。


「???」


 侯爵の意図がわからぬアンジュストがけげんな表情をした。


「この国の司法を調べるにあたっては、判事を務められた方々の個人的な手記も遺族の許可をいただいて目を通させていただきました。コレット伯爵ですかな、彼が最高法廷の判事を勤められていたころの手記には、裁判すら通さず何の罪もない女性をクローディア王女と同じく森に追放するという処遇を王家と公爵家が決められたことが克明に記されております」


 シエラ・マリア!


 かつて魔女の取り換えっ子の話をでっちあげてまで排除した女のことをアンジュストは思い出した。


「魔女によって不幸な事件が起きたようですがその女性に罪はない。罪はなく裁判にかけられないからこそ、王家と公爵家のみの密議においてこれまた逢魔の森への追放が決められた。魔物へのイケニエなどと前時代的なきわめて『野蛮』な理由づけによって!」


「国のためだった。王家とは時に非情な決断もするもんだ」


「そうでしょうか? コレット元判事の記録によると、そこまでしてあなたがシエラという女性を排除したかったのは、別の女性との婚姻に彼女が邪魔であったからだとも書かれておりますよ。これは完全に私心でございますな」


「……っ!」


「しかもそのシエラという女性を疎んじた理由が、彼女の髪色がこの国の者たちとは少し変わっていたから。そうそうクローディア王女にしても、その黒髪が身内の王族や貴族からも気味悪がられたという記録が残っております」


「それがどうした!」


「ほほう、この国では、少し変わった髪色の人間は蔑み、場合によっては何もしていなくても罪に問うてもいいという『価値観』なのですな。では帝国の使いとして教えておきましょう。わが国は様々な文化や歴史的背景を持った国々が一緒になっておりますので、クローディア王女のような黒髪の者も帝国民として多く存在しております。くれぐれもそのような者たちを今までと同じような扱いはなされませぬよう厳命いたします」


 多民族国家である帝国の基礎中の基礎をシャマール侯爵はアンジュストに伝えた。


 それを言う公爵もまた、焦げ茶色の髪をし肌の色もアンジュストらの国の民よりも少し濃い色合いだった。


「そして一風変わった髪色を持った人間は、生まれながらに魔力の含有量が多いことが近年の研究で明らかにされております。特にシエラ嬢のような白銀の髪の持ち主は、その見た目の清らかさと希少性から生まれるとすぐに『聖人』『聖女』として帝国では奉じられるのです。にもかかわらず、そのような女性をよりによって魔物のイケニエに! このようなことが帝国中に知られれば『聖女殺し』として貴国は帝国の傘下に入るどころの話ではなくなりますぞ!」


「脅す気か!」


「いえいえ、聖女になれるお方がいたのにすでにこの世の方ではないことを、もったいないと思う気持ちはありますが、けっしてそのような意図はございませぬ。帝国の傘下に入られる前の出来事ですからね。ただ、民の心は理屈ではございません。この事実が帝国中に広まってしまえば、貴国が帝国中の怨嗟の的となってしまうことは、皇帝と言えど止めることはできないでしょう」


 本人は否定しているがやはり脅しであることには間違いない。


 これ以上帝国での待遇にぐちゃぐちゃ文句を言うならシエラの件を明るみに出すぞ、と、暗にシャマール侯爵は言っているのである。


 アンジュストは帝国の待遇を受け入れるしかなかった。


 王族が伯爵位しか賜れなかったということは、他の貴族はさらにそれ以下。

 元公爵でも子爵、侯爵で男爵、伯爵以下は爵位すらもらえず、平民落ちが決定した。


 帝国に入ることを発表したときには大きな顔で、王ではなくなるが大国の重鎮となれることを誇り、貴族らにもこれまでと変わらぬ状況が続くことを約束していたのに、完全に当てが外れ顔がつぶされた形になった。


 それもこれも、自分が過去に行った非道な行いが今になって返ってきただけであるが……。

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