第9話 告白の裏側
話し合いが決着して後、シエラは再び貴族牢に戻された。
衣装係が採寸のために部屋にやってきた以外は、昨夜とほぼ変わらない形で夕食を終え、その後は一人にされた。
月が昨夜より丸くなった以外は変わらぬ夜空。
周りに誰かがいるときには堪えていた涙がとめどなく落ちてくる。
何が悲しいのだろう?
数日後に魔物に殺される運命?
助けてくれる人が誰も居ず、それを面白がってすらいるような人たちの心?
王太子妃教育を死ぬほど努力したのは、それによって王太子や王妃が認めてくれ、いつか自分を愛してくれる期待があったから、そんな努力も全く無意味だった現実?
この月もあと何回見上げることができるのだろう?
そう考えながら天井の窓を見上げていたシエラの手元に、ふわりと一通の手紙が舞い降りた。
「……?」
窓から飛び込んできたように見えたが、その窓ははめごろしである。
不審に思いながらもシエラは封を開けた。
翌日シエラは仮縫いのため、王宮のある一室に呼ばれ、用意された衣装を試着した。
せめてもの情けで王妃は、衣装はゆっくり仕上げればいい、と、命じようとしたが、王太子の方は仕上げをせかし、国王もそれに同意したので、ことが決まった翌日には衣装の準備もそこまで進んでいたのだ。
最高級の白銀の布地は光の当たり具合で薄桃にも薄黄にも見え、シエラがターンするたびに裾がふわりと広がりきらめいた。
今まで対外的にシエラが身に着けていたものは、彼女に似合うかどうかではなく公爵家の見栄をかなえるためのものでしかなかった。
しかし、そのドレスを着用したシエラはまるで開きかけの八重咲きの花のつぼみのようであり、冷やかし半分でサリエとともに見学に来た王太子は、今まで見たことのなかったシエラの美しさに息をのんだ。
しかしそれを認めたくなかったのだろう。
「下賤な者の死に装束にしては上等じゃないか」
あざけるような言葉を吐いたのち、サリエとともにその場を去った。
自室に戻ってサリエを膝に抱いてむつみ合っていると、
「王太子殿下、よろしいですかな?」
と、魔女の老婆が部屋に入ってきた。
「なっ、確か鍵は……」
「ほほ、魔法を使う物に鍵など意味ありませぬ。どうしてもお伝えせねばならぬことがございましてな」
魔女が言い、王太子は姿勢を正しサリエを膝から降ろそうとした。
「ああ、いや、そのままで。お別れを言いに来ただけですから」
「お別れ?」
「準備は滞りなく進んでいるようですし、私は一足先に壁の近くの自宅に戻って娘を受け取る準備をいたします」
「そうか、ご苦労だった。そなたのおかげですべてうまくいったぞ」
「なんのなんの、こちらにとっても理のあるはかりごとでしたからの」
「そなたが昔死んだクローディア王女の話に絡ませて、ああいう話を作ってくれたおかげでシエラをうまく排除できた。感謝してるぞ」
実はシエラとサリエの赤子取り換えの話は王太子と魔女がでっち上げたつくり話であった。
卒業パーティでシエラとの婚約破棄に失敗した王太子は、寵愛しているサリエを遠ざけられ、おそらく彼女は修道院に送られるであろうことに焦燥した。
そんな王太子に声をかけたのがこの魔女であった。
王太子は父王に、シエラには王太子妃となるには重大な瑕疵があり、そのことを建国パーティの席で明るみにする、と、告げた。
重大な瑕疵?
息子の言うことに半信半疑だった国王ではあるが、クローディアの名を出されたことで頭に血が上り、魔女の話をあっさり信じ込んでしまった。
「結局シエラって本当の公爵令嬢だったんでしょう。だったらあの髪色は何なのかしらね?」
サリエが疑問を口にした。
「さあね、やっぱり夫人が浮気でもしたんじゃないのか」
王太子もそれにこたえて軽口をたたいた。
「それでは私はこれで」
他者の死に軽薄な口を叩く若者どもに魔女は別れを告げた。
「ああ、そういえばクローディア王女の話って僕の生まれる前の話だし、王宮でも話す人はいなかったのに、よく知っていたね」
最後に思い出したように王太子は魔女に尋ねた。
「昔、一時だけ王宮の世話になっていたことがありましてな。当時のことはよく覚えていますわい、では」
簡単に答えたのち魔女は退出した。
王宮の門をでると、マントをかぶった若い男が馬くらいの大きさの鳥とともに魔女を待っていた。
その鳥に男とともにまたがると、彼らは南方へと飛び去った。
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