第6話 シエラの死を望む人々

「申し訳ないが、そなたの案は実行不可能だ、コレット判事」

 

 国王はしばらく思案したのち、言いにくそうに意見を述べた。


「なぜですかな? 最善の案は実子であったサリエ嬢と、いままで公爵家ご長女として育ったシエラ嬢の両方をローゼンシア公爵家で引き取る、と、いうことですが、公爵家が拒絶されるのであれば、次善の策として、この案を述べたのですが?」


 コレット判事は反論した。


「すでに王太子妃教育を終えているシエラ嬢を野に放つわけにはいかないのだよ」


 国王は苦し気に言った。


「つまりこういうことだ。王太子妃はシエラからサリエになる、これは決定事項だ、当然だろう。しかし、王太子妃教育を終えたシエラをいくら不要だからって外に出せば、その知識を欲するものがシエラを望まないとも限らない。これは王家にとっては由々しき事態だ」


 王太子がとうとうと説明した。


「ならば、王太子殿下以外の王族をシエラ嬢のお相手に。お年回りの近い方が何名かいらっしゃいましたでしょう」


「そなたは穢れた血を王家に入れろと申すのか!」


 コレット判事の言葉に王太子が激高した。


 王太子の罵声にコレット判事は絶句した。


 穢れた血?

 何を言っているのだ、この王太子は?

 生まれは卑しくとも愛妾として寵愛を受け、王族の子を産んだ女性はいくらでもいる。


 シエラ嬢は見目麗しく、しかも、厳しい王太子妃教育にも耐え、知性も忍耐力も申し分ない。


 王太子妃は無理でも、妃にと望む王族は探せばいるはずだ。


「シエラの髪色を見ろ! いったいどのようなおぞましきものの血が混じっているかわからない。そのような血を王族の中に入れようとは、バカも休み休み言え!」


 王太子の言に言葉を失ったコレット判事に対して畳みかけるように言った。


「それを言うなら公爵家でも同じです」


 公爵も王太子に続き主張した。


「しかし、それでは、シエラ嬢を……」


 判事は口ごもった。


 いったいこの者たちは彼女をどうしたいのだ?


 王家の手の届かぬところにやるのは嫌だが、だからと言って王家の責任をもって、彼女がつつがなく人生を送れるようにすることも拒んでいる。


 できることは飼い殺し、つまり幽閉しかない。

 大方の場合、幽閉は頃合いを見て死を賜り、そ知らぬふりで『病死』と対外的には発表される。


 何の罪もない女性にそのような仕打ちをして胸が痛まないのか?


 コレット判事がそのようなことを考えていると、国王がシエラに問いかけた。


「そなたの気持ちをまだ聞いておらんかったな、シエラよ」

「国王陛下……」

「そなたはどうしたい? 何か望みはあるか?」

「あの……」


 シエラは考えあぐねた。


 使用人にすら虐めを受ける毎日。

 そんな日々の中望むのは、自分に対して悪意をむけ攻撃するくらいならどうかかまわないでくれ。

 周囲の人々に対してはそんな気持ちしか持ったことがなかった。

 『望み』などと言えるようなたいそうなものは持ってはいけないと思っていた。

 持ち方すらわからないのだ。


「あの、クローディア王女とはどんな方だったのでしょうか?」


 しばしの沈黙の後、シエラは答えた。


「なぜ、クローディアのことを!」


 国王の表情が凍り付いた。


「他意はございません。その方が原因で私の運命が変わったのなら、どんな方か知りたいのは当然のこと」


「そなたは知らずとも好いことじゃ!」


 吐き捨てる世に国王は言った。


 異国の踊り子の血を引いた母を持ったせいか、この国にはない黒髪黒目の変わった容姿をしていたクローディア。

 彼の実母に憎まれていたせいもあり、彼女を自分の妹としてみたことは一度もない。


 だからこそ、当時はまだ公爵家の跡取りにすぎなかったローゼンシア公爵が彼女を忌避しようとした感情も理解できた。

 

 だからこそ、クローディアの主張の方は一顧だにせず、公爵の望むままに処罰してやったのだ。


 しかしそこに、後ろめたい思いがなかったわけではない。


 触れてほしくはなかったことなのだ。


 それを蒸し返された挙句、目の前の少女がちゅうちょなく質問してきたことに、国王は不快感を隠すことはできなかった。


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