04 客人だから

 オルエンに「送り届け」られた大砂漠ロン・ディバルンの地は、ただでさえ灼熱の地だが、冬を迎えようとしているアーレイドから跳んでくればその感覚はいや増す。

 エイルは照りつける陽射しの力を感じながら、西から見ても東から見ても太陽リィキアは同じものであるはずなのにいったい何故これほどまでに違う顔を見せるのかと訝った。

 非常に簡単な言い方をするならば、その答えは「大砂漠の神秘」となる。

 ビナレス地方では、南に行けば行くほど寒く、北は暖かい。話に聞く他大陸では逆だという。奇妙な気分だ。

 しかしその常識は、大砂漠ロン・ディバルンにおいては破られる。

 ファランシア大陸を二分する大河を越え、ファランシア地方、即ち大砂漠は北方陸線だろうと〈果てなき南端〉大山脈 ローウェーウェスのふもとだろうと変わらずに暑い。

 学者たちはその謎を研究しようとするが、成果は芳しくない。諦めて砂神ロールーに帰依でもした方がいいと、エイルなどは思う。

 ラスルと呼ばれるその部族は、エイルがこれまでに交流をした砂漠の民たちとそう大幅に変わることはなかった。

 つまり、初めは少し彼を怪しむものの、彼が砂漠の礼儀を少しばかりながら心得ていると知ると、珍しい客人として快く迎え入れる。

「エイル。お前は『東国』の人間でもないようなのに、何故この地の礼儀を知る?」

 彼と同年代に見えるナルタという青年は、不思議そうに問うた。

 「東国」というのは「西」の人間が大河の西岸を指していう言い方で、この〈砂漠の民〉たちから見ればそこは「西」の一部に変わりない。

 だが彼らがそこを「東国」というのは別に皮肉でも何でもない。稀にだが、ビナレスの商人トラオンが砂漠の民との交易を試みることもあり、そうした者たちと話をして、彼らはその辺りをそう呼ぶ「西」の慣習に従っているだけのようだった。

「ちょっと縁があってね。砂漠の奥地に知り合いがいたり、砂漠の民に親しい人間と知り合いだったり、するんだ」

「奥地」

 ナルタは面白そうに笑った。

「では、砂漠の魔物と知り合いか」

「似たようなもんさ」

 オルエンであろうと〈〉であろうと、冗談にも「普通の人間」とは言えない存在である。エイルは笑って答えた。

「魔物について話を聞きたいと言ったな? では、その魔物の仲間か」

「幸か不幸か、違う」

 エイルは首を振った。

「ただ、ラスルの民がそれを目撃したと聞いたから、どんなもんなのかなと思って。実害はないって話だったけど」

 言いながら彼は集落を見た。

「もしかして、あったのか」

 青年がそう言うのは、ラスルの集落はこれまでに知っている砂漠の民のものよりだいぶ小さく見えたからだ。魔物の被害に遭ったのではないか、と思って彼は慎重に尋ねた。

「魔物の害は、ない。あれは砂の神ロールーが作り出した神秘のひとつだと考えられている。ラスルの人数が少ないのは」

 ナルタは悲しそうな顔をした。

「流行り病があったからだ。風が腐れて、幼子や年寄り、身体を弱くしていた者がたくさん、死んだ。カリ=スが西から薬を得てこなければ、ラスルは滅びていた」

「――そりゃ、大変だったな」

 エイルは、砂漠の民に通じるかどうか判らないながら、冥界神コズディムの印を切った。ナルタはそれを知らなかったが、哀悼の意は通じたようで、エイルの知らぬ印を返してきた。

「西へ行った人間がいるのか。砂漠の民が西へ行くなんて相当のことだろう」

「そうだ。部族を救うためであってもみな躊躇したのに、彼は自ら名乗り出た。彼はラスルの英雄だが、病で妻子を亡くした哀しみと、西で薬を手にするために助けてくれた人間に恩を返すために砂漠を出た。いまではどうしているのか。ロールーの守りが彼にありますように」

 ナルタは簡単な祈りの仕草をし、エイルは見よう見まねでそれに倣った。

「それでお前は、魔物の何を知りたい」

「いつ、どこに現れたのか。いまでも現れるのか。あと、どんな姿なのかとか、どんな歌だったのかとか」

「私はそれを見ていない。見たのはウガとリータだが、ふたりともいまは狩りに行っている。だが、長ならば全てを聞いている。長に話を聞くとよい」

「いいのか?」

 砂漠の民の長は、西の「王」のようには権力を持っていないが、敬意を抱かれることはその何十倍というところだ。たいていは部族の長老で、予見めいた不思議な力を持つことも多い。

 客人が長に目通りをするのはこの地の礼儀には適っているが、それは純粋に「お邪魔しています」という挨拶のためである。あまり突っ込んだ話をしていいものかどうか、エイルは判らなかった。

「もちろんだ。エイルは客人だから。客人には話をし、話をもらう。普通のことだ」

「返せる話があるかな」

 エイルは苦笑した。

「何でもよいのだ。幼い頃に聞いた西の伝説でも、西で聞かれる砂漠の話でも」

 これには少しだけ皮肉めいた調子が混ざった。

 西からくる商人は、砂漠への好奇心を兼ねた商売熱心な人間で、そういう商人にありがちなよく喋る気質を持っている。彼らは砂漠や砂漠の民たちを誤解していることが多く、それは彼らには困惑の種だった。

 彼らは誠実であったから、それらに怒ったり商人を軽蔑したりするようなことはなかったが、彼らの現実を幻想か、場合によってはのように語られるのは、あまり嬉しくないというところだろう。

「お前の日常生活でもかまわない、エイル」

「俺の?」

 エイルは目をしばたたいた。

「そうだな、考えてみたら面白い話をひとつ知ってるや。砂漠の奥に建ってる伝説の塔の話なんてどうだい?」

「それは、楽しみだ」

 ナルタは目を輝かせた。

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