第2話 生き急いだ幼少期


 この世界に生まれて、数年が過ぎたころ。

 私はようやく動き出した。


 遅いのではないか?と、自分でも思うが、体と脳の発達によるものだろうか。全てが薄ぼんやりと膜を介しているようで、生きるというか、順応するので精一杯だったからだ。


 転生モノのライトノベルなら、赤ちゃんの頃から色々と備えられるのに。

 そう歯痒く思ったが、過ぎたものはしょうがない。

 その代わり乙女ゲームモノのストーリーとしては珍しく、平民ではあるものの、裕福な商家としてスタートできた。無駄に飢える事も、恨む事も、悲しい思いもせずに成長することが出来る。

 この恩恵はありがたかった。


 幼少期特有のなんでなんでと聞き倒す時期に、自我がしっかりと芽生えてきたから、遠慮なく両親やナニーから情報を蓄えていく。


 そうして物語の定石セオリーに則って、何か起こりそうなイベントを抽出した。

 特に外的要因では無く、自分が何かやらかすと不可逆になりそうなイベントは慎重に行動しなければならない。


 まずはじめに、年に一度行われる六歳の時の洗礼式は、仮病を使ってひとり違う月に特別待遇で執り行ってもらった。

 この国は比較的裕福だからか、病欠などで決まった月に受けられなかった子も次月に簡易版の式を受けられるからだ。


 きっと本来はここで秘められた能力がおおやけに出るのだろう。

 教会の小さな来客用の部屋が、まばゆい光で大変なことになっていたから。


 慌てふためく小姓を尻目に、ずっと貯めておいたお小遣いで教会にお布施を渡す。外に出ることが無かったため欲しいものなどもほとんど無く、まあまあ良い金額が貯まっていた。

 重たい皮袋を渡した甲斐あって、回復の白魔法が使えても、魔力量が平民とは思えないほど高くても、学園に入るまで親元に居ることができた。

 ナニーから、噂で国に有益な能力を秘めていると分かった子どもは、特別な機関で教育を受けられると聞いたから。白魔法が使えるならときっと教会に囲われていただろう。

 最寄りの教会の司祭がアレな人で助かった。


 現在の両親は真っ当な人で、子供としてきちんと育んでくれる人達だったから、好きだったのだ。ちゃんと甘えさせてくれて、ちゃんと叱ってくれる。

 だから、すぐに引き離されるのは回避したかった。


 そうして、普通の子供たちと同じようにエレメンタリースクールに通い、読み書きや家の仕事を学んだ。


 ミドルスクールでも上手く隠蔽できたら良かったのだが、卒業間近になって能力が露呈してしまい、王都魔法学園とかいう国内随一の魔法学校に入ることになる。


 学園では絶対に通常の女生徒だったら不要な能力を鍛えた。何かと鍵が壊れやすかったり、水に濡れたり。それから毒ではないけど厄介な薬を摂取する機会が多かったからだ。

 閉じ込められても一日二日なら乗り越えられる備蓄を持ち歩き、着替えは多めに用意して水辺には近寄らない。ある程度の毒性を中和出来る薬を父に取り寄せてもらった。


 それから人にも気をつけた。

 入学したその日に何かに足を取られて転倒し、びっくりするほど顔のいい男子生徒に助けられたかと思えば王子様で、何かと出くわすようになるのを回避したり。

 校舎裏でお昼を食べようとしていたら、昼寝するヤンチャそうな男子にエンカウントしたり。

 クラスの当番で水やりに訪れたガラスの温室で、えらい美麗な顔の先輩が女の人とイチャイチャしてるのを目撃し息を潜めてやり過ごしたり。


 要は婚約者様達がいる人とは、ミドルスクールまでに学んだ常識の範囲内で接するよう心がけた。

 誰かを悲しませてまで恋愛したくなかったし、何より、婚約者である令嬢達がみんな素敵でそちらの方と仲良くなりたかったからだ。


 厳しくも品があり、国母として研鑽を積んだ努力家の公爵家令嬢。

 優しくたおやかな、美術の造形に深い侯爵家の令嬢。

 規律を重んじ、自身も剣の心得のある辺境伯の令嬢。


 憧れ、尊敬していることを全面にアピールしながら楚々と過ごしているうちに、平民ながら実家のツテで接する事ができるようになった。

 時折「よかったら」と御声がけいただいて、お茶を共にする日さえあったのだ。


 その日は舞い上がって実家に何通も手紙を書いた。

 後日そこからヒントを得た父が、令嬢宛のプレゼントを差し入れてくれ、こうして知見を深めていった。

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