第11話 悪気が無くても

 今日たけるくんは休みだった。

 たけるくんのいない学校はつまらなかった。


 友達はいる。だから一人でいる訳ではない。だけどたけるくんがいない。それだけで学校生活のかなりの部分が色あせて感じられた。

 今となってはたけるくんの病気のことはけっこうな人が知っている。最初は当然サッカー部の人達が知ることになったし、ボクとつきあいはじめてからはボクの交友関係はみな知ることになってしまった。


 そりゃあ急にサッカー部をやめたと思ったら、昨日まで恋人同士だったはずのボクのことを知らないといいだすのだから、皆がいぶかしがるのも当然だし、それが繰り返されるのだから知られないはずもなかった。

 そうして多数の人が知ることになれば、もう噂を封じることは出来なかった。だからあいつも含めて、相当多くの人がたけるくんの病気のことを知っているのだろう。


 どちらにしてもいつまでも隠し通せるような病気ではないにしても、ボクのせいでたけるくんの病気が知れ渡ってしまった。サッカーだけの話だったら、気が変わった、部活の中で何かあったくらいの話で済んでいたかもしれない。そのことは申し訳なく思う。


 たけるくんがボクのことを忘れてしまっても、ボクは何度も近づいていく。

 ボクがいつまでもたけるくんにまとわりついているから、そんな風になってしまった。

 ボクはたけるくんに迷惑をかけているんじゃないだろうか。

 だったらボクはたけるくんの近くにいない方がいいのだろうか。

 たけるくんのためを思うなら、ボクはたけるくんを忘れてしまった方がいいのだろうか。その方がたけるくんのためになるんじゃないだろうか。

 たけるくんがいないと、そんなことを考えてしまう。


 でもボクにはそれは無理なこともわかっていた。

 ボクにとってのたけるくんは、そんなことで忘れられるほど小さな存在じゃなかった。だからボクにはそんなことはできない。

 ずるいかな。勝手なのかな。ボクの都合でたけるくんを振り回してしまっているのかな。

 ボクの心もいつも揺れてばかりいる。


 でもたけるくんを手放したくない。たけるくんと離れたくない。

 ボクを救ってくれたたけるくん。やっぱりボクにはキミしかいない。

 とにかく帰路を急ぐ。たけるくんがいない学校はもうすぐにでも後にしたかった。


「よう」


 目の前にあいつが立っていた。相変わらず無駄に図体ばかり大きい。

 ボクは気がつかなかったふりをして、そのままその隣を通り過ぎようとする。


「無視すんなよ」


 少しばかり大きな声を出して、ボクの前に立ちふさがる。

 こうして向き合うと、やっぱりかなり体が大きい。さすがに野球部のエースだけはある。


「ボクに何か用?」


 つっけんどんに言葉を返す。

 ボクの態度に少しひるんだ様子ではあったけれど、でもすぐにあいつはすぐに口を開いた。


「今日あいつは学校休んだみたいだな」

「知ってる。そんなこと言いに来たの?」


 ボクは思わず言葉にトゲを込めてしまう。

 いい加減諦めてくれないのかな。何回振ったかわかないけど、ボクはたけるくん以外と恋人になるつもりなんてないんだ。心の中で思う。好きでもない相手から言い寄られるなんて、面倒以外の何者でもない。


「これでまたあいつはお前のことを忘れるんだろ。辛くないのか」

「……辛いよ」


 あいつの言葉にボクは思わず気持ちを吐露していた。

 改めて言われると余計に辛く思う。


「だったら俺とつきあっちまえばいいじゃないか」

「それは無理。ボクはたけるくんが好きなんだ」

「でもあいつはお前のことを忘れてしまうんだろ。ひどいと思わないか。こんなに思ってくれている人のことを忘れてしまうなんて」


 こいつはこいつでボクのことを考えてくれているのだとは思う。

 たぶん悪気はない。悪気はないのだろうけど。それでもたけるくんのことを悪く言われて、ボクは考えるよりも先に感情が爆発していた。

 たけるくんのことを何も知らないくせに。たけるくんだって、ずっと苦しんでいるのに。なんでこんなことを言われなきゃいけないんだ。


「それでも。それでもボクにはたけるくんしかいないんだ。キミとつきあうつもりはないし、これからも変わらない。もうこれ以上つきまとわないでくれないか。迷惑なんだよ。キミなんてボクの眼中には入っていないんだ」


 こいつがボクの事を心配してくれているのはわかっている。

 ボクのことを好きな気持ちもたぶん本物なんだろう。

 でも、それでもボクは言わずにはいられなかった。たけるくんのことを否定するこいつを認めたくなかった。ボクにとっての恋人は、たけるくん以外にはいない。だけどこいつの言葉はいちいちそれを否定していく。

 その言葉はボクを少しずつ傷つけていく。何度も傷つけられるなら、ボクの言葉で傷つけたっていいはずだなんて思ってすらいたかもしれない。


「ああ、そうかよ。わかったよ。わるかったな」


 さすがに眼中にないとまで言われては、気分を害したのだろう。吐き捨てるように言い放つと、あいつは背を向けて去って行く。

 ボクはその事にほっとして、そして少しだけ言い過ぎたかなとも思う。つきまとわれて迷惑しているのは確かだったけれど、あいつはあいつなりにボクのことを心配してくれていたのはわかっていた。


 傷つけられたからといって、傷つけていいはずもない。

 もし明日会ったのなら、言い過ぎたこと自体は謝ろうと思う。


 ただいまは少しでも早くこの場を離れたかった。たけるくんがいない学校から離れてしまいたかった。だから、ただ帰路を急ぐ。

 だけどこのときボク達を見ている人がいたことには、まったく気がついていなかった。

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