第9話 忘れないで済むように

 少しずつ忘れられていくことに慣れていく自分がいた。


 忘れられてしまうのなら、諦めてしまえばいいじゃないかとささやく自分がいた。

 それが嫌で仕方なくて。忘れたくも諦めたくもなくて。なのに揺れてしまうボクは、情けなくて悲しくて。

 ボクはこれからも、ずっと繰り返していけるのだろうか。ボクはこれから何度も忘れられてしまっても、たけるくんのことを好きなままでいられるのだろうか。


 今回のように外からの情報によって急激に思い出した時には、強い衝撃を受けた分なのか、たけるくん自身もダメージを受けるようだった。

 それはめまいや吐き気といった身体症状をともなって、立っていられなくなるほどの状態に陥ってしまう。

 あのあともたけるくんは気を失って倒れてしまった。慌てて保健室の先生を呼んで、数人がかりで保健室へと運んでいた。


 少しずつ関係を深めて、もういちどボクのことを好きになってもらおう。そう思っていたけれど、たけるくんは自分が忘れていることに気がついてしまった。そのせいで急激に思い出してしまった。

 たけるくんはあのあとしばらくして気がついて、自力で家に帰ったみたいだったけど、今までの例からしたら明日は熱を出したりするかもしれない。


 明日は学校にはこられないかもしれないなって、心の中で思う。たけるくんがいない学校は、きっと冷たくて暗いと思う。だからきっとボクは沈んだ様子を隠せないだろう。


 そしてそんなボクの様子をみて、あいつも余計にボクの事を諦めてくれないのだろう。

 客観的に考えればあいつの言うとおりにたけるくんの事を忘れてしまって、他の人とつきあった方がいいのかもしれない。


 ボクはそれで苦しまずにすむ。たけるくんも余計な苦しみを受けなくてすむ。


 だけどボクはたけるくんが好きな気持ちを消し去ることなんて出来なかった。忘れてしまうことなんて出来なかった。たけるくんが何度忘れてしまうのだとしても、ボクは覚えてる。絶対に忘れない。

 ボクにはたけるくんしかいない。たけるくんが好きなんだ。

 でもたけるくんはボクの事を忘れてしまう。ボクの事を覚えていてはくれない。


 ボクはどうしたらいいんだろう。このまま何度も繰り返したとしても、ボクは前に進むことが出来るのだろうか。たけるくんの病気が治って、ボクのことを思い出してくれるのだろうか。

 不安がボクを包み込んで、いつも迷いを覚えさせる。

 いつかはたけるくんはボクのことを忘れないでくれる日はくるのだろうか。

 ボクはいつまでこうして繰り返せばいいんだろう。

 終わりの見えない日々は、ボクの心を少しずつすり減らしていく。


 泣き出しそうに、投げ出しそうになることもあった。何度となくこんなに辛い想いをして、どうして繰り返すのだろう。そう思ったこともあった。

 だけどボクは、たけるくんが好きだから。だから諦めることは出来なかった。

 ボクのことを助けてくれたたけるくん。たけるくんがいなければ、いまボクはここにいなかったかもしれない。

 だからボクはたけるくんのそばにいる。


 たけるくんはボクのことを一番好きになってくれた時に、サッカーへの気持ちを思いだしていた。それは本当に大好きだったサッカーよりも、ボクのことを好きになってくれたってことなんだろう。

 それはうれしいはずのことなのに、悲しいことでもあった。

 だったらボクのことを二番目に好きでいてくれれば、たけるくんはボクを忘れないでいてくれる。だからほどほどに好きになってもらえれば。そんなことも思ったこともあった。


 でもそれは出来ない。


 たけるくんはボクのことを忘れてしまった。だけど。いやだからこそ。たけるくんにとっては、ボクのことを一番好きだと。一番に考えてくれているってことだから。

 たけるくんはまだ忘れてしまった心の奥底で、ボクのことを好きでいてくれるはずだから。

 ボクはその気持ちに答えなければいけない。

 胸の中が痛い。

 ボクのことを忘れないでほしい。覚えていてほしい。

 だけど忘れてほしい。

 ボクのことを一番好きでいてほしい。

 だけど忘れないでほしい。


 むちゃくちゃな感情がボクの中を泳いでは消えていく。

 それはわがままで、自分勝手で、もしかしたらたけるくんに辛い想いをさせているだけなのかもしれない。

 それでもボクはたけるくんのことが好きだから。好きでいてほしいから。

 ボクはただ部屋の中から空を見上げた。

 何もない天井はボクの心の中に重くのしかかってくるように思えた。


 それでもボクはたけるくんのことが好きだから。たけるくんと一緒にいたいから。だから何度でもボクはキミの前に現れるよ。キミがボクのことを忘れてしまったとしても、ボクはキミのことを忘れない。

 大好きな君のそばにいるために。

 そしてキミがボク以外のことを忘れてしまわずに済むように。

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