第94話  尊敬できる先輩

 メグちゃん用のご飯の準備が整った頃には泣き止み、再び夢の中となったメグちゃんは幸せそうな寝顔を見せてくれています。

 「で、この子誰よ。って言うかあんたいつの間に子供作ったのよ⁉ 相手誰よ!」

 「あ、あの。この子は私の子じゃなくて……」

 「え、じゃあ。そっち?」

 「違う!」

 「アリサさん、またメグちゃんが起きちゃいます」

 リリアさんを前に顔を真っ赤にして叫ぶアリサさんを宥める私。同時にギロッと新しい師匠を睨みました。

 「ふざけるの程々にしてください」

 「悪かったわよ。で、この子誰よ」

 「この子はセント・ジョーズ・ワートに行ってる雑貨屋さんご夫婦のお子さんです」

 「なんだそうなの」

 「そうです。だいたい、私まだ旦那様いないんですけど⁉」

 「そんな大声出したらまた起きちゃうわよ」

 「誰のせいですかっ」

 呑気のティーカップに口を付けるリリアさんを前に口調が荒くなってしまう私。ヒートアップし過ぎるとメグちゃんが起きてしまうから抑えるけど、やっぱりこの人とは馬が合わないのかな。

 「――で、どうしてここに?」

 「何よその言い方。手紙に書いてたでしょ。顔を見に来るって」

 「……あ、そう言えば」

 この間の手紙にそんなこと書いてあったな。すっかり忘れてた。でもだからってこんなに早く来るなんて。もしかして暇なのかな?

 「あんた、いまあたしが暇だと思ったでしょ」

 「お、思ってません……よ?」

 「まぁ、店は休みにしてるから暇なんだけどね」

 「え、そうなんですか」

 「ここに来るだけで3日掛かるのよ。そりゃ休みにするでしょ」

 「私に会うためだけに?」

 「弟子の顔見る為ならそのくらい普通よ」

 お替りちょうだいとカップを差し出すリリアさんに目を丸くする私。師匠ならともかく、リリアさんが私のことをそんな風に思っていると考えてもみませんでした。口は悪いけど、やっぱりリリアさんって良い人なんだな。

 「あんた、いまちょっとバカにしたでしょ」

 「してませんよ。どうぞ。お替りのお茶です」

 「ありがと――それで、店の方はどうなの。上手くやれてる?」

 「はい。患者さんは相変わらず少ないですけど」

 「小さな村じゃ仕方ないわ。まぁ、ちゃんとやれてるなら別に良いんじゃない?」

 なんとも適当な言い方だけどその通りです。お金持ちになりたい訳でも名声を得たい訳でもありません。薬師として村の人たちの役に立てればそれで十分なんです。

 「それにしてもさ?」

 「なんですか?」

 「あんたって修行中の身なのにほんとよくやるわね」

 「あ、ありがとうございます」

 「お陰でなにも教えなくて済みから助かるわ」

 「それは師匠としてどうなんですか⁉」

 「事実だから良いでしょ。ということだから、そろそろ帰るわね」

 え? もう帰るんですか。まだ1時間も滞在してないですよ。カップに残ったお茶を一気に飲み干すリリアさんを見て唖然とする私。ほんとに顔を見るだけで帰るんだ。せめて調薬の手解きくらいしてほしいけど、この人はたぶん本当に私の腕を見込んでくれているんだ。

 「あ、そうだ。赤ん坊見る時は薬草を片付けなさい。口に入れた大変でしょ」

 「す、すみません」

 「あと、調薬ナイフみたいな危ないやつも」

 玄関ドアのノブに手を掛けたところで思い出したかのように私を注意するリリアさん。けれどその割には意外と表情は柔らかく「案外手の掛かる子なのね」と苦笑し、また来ると言い残してそのまま店を出て行きました。

 「なんだったんだろ……」

 この前もそうだったけど、せっかく来たならもう少し居てくれても良いのにと不満を覚える私。でもこれがきっとリリアさんなりの気遣いであり、ルークさん師匠への遠慮なんだと思います。必要以上に干渉はしないから師匠の教えを大切にしなさいと。

 「リリアさんと出会えて良かったな」

 口は悪いし、師匠と性格全然違うし、相性で言えばあまり良くないタイプだけど先輩薬師としては尊敬できる存在。最初はこの店を続けるための手段としか思ってなかったけど、リリアさんの弟子になれてよかったと思う今日この頃です。


 メグちゃんのお泊りは10日程で終わりました。

 最初は泣かせてしまうことばかりだったけど、どうにか子守りのコツも覚えて無事にミッションコンプリート出来ました。

 「はぁ~。メグちゃん、またお泊りしないかな」

 「は? 最初は寝れないとか言って俺を蹴飛ばしたのは誰だよ」

 「それは謝ったでしょ。それに、エドだっていつか父親になるんでしょ。そんなこと言ってられないよ?」

 「少なくとも当分その予定はないから問題なしだ。ん? ソフィー、どうしたんだよ」

 「別に」

 「エド、おまえ……」

 プイとそっぽを向く私に呆れ顔なのはアリサさん。そっぽを向く理由が思い浮かばないエドにため息をつくけど、当の本人は全く自覚がないみたい。まぁ、それは仕方ないことだと思うので開店準備に勤しむことにする私はいつか来るであろうその日を少しだけ心待ちにするのでした。

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