第89話 約束
――深夜。たぶん日付はとっくに変わっているはず。
「――寒い」
あまりの寒さに目が覚めた私はベッドの上でブルっと震え、同じベッドで眠るアリサさんに目をやりました。なるほど。そういうことですか。
「アリサさんに全部持って行かれたんだね」
二人で使っていたはずの掛布団の大半はアリサさんの身体に巻き付き、温かくして眠る彼女は静かに寝息を立てています。アリサさんが毛布を独り占めしたら寒さで目も覚めるよね。
「やっぱりこのベッドで二人は無理があったかな」
どちらが床で寝るか揉めた末に編み出した解決策はやはり失敗だったみたいです。それにしても……
「なんでこんなに寒いのよ」
北国生まれの私でも堪える冷え込みに悪態をつくけど、それはただの独り言として冷え切った空気の中に消えていきます。そういえばエドは大丈夫なのかな。一応、毛布は掛けてあげたけど凍えていないよね?
「ちょっと様子見に行くかな」
あまりの寒さですっかり目が覚めた私はベッドから降り、椅子に掛けていたガウンを羽織り部屋を出ます。部屋を出てすぐ左のドアは調薬室の入口。リビングのドアは真っすぐ続く廊下を少し行った右側にあるけど、あれ? なぜか明かりが漏れている。
(もしかして起きてる?)
ドアの隙間から漏れる仄かな明かりに首を傾げる私。エドは寝ていたから部屋を出る時に明かりは消したはず。消し忘れはないはずと思いつつ、廊下を進む私は少しだけ不安になります。
廊下の突き当りにある裏口は閉まったままだし、表のドアも鍵はエドが閉めました。ガラスが割れる音もしなかったので不審者の侵入はないはず。そもそもこんな雪の中で泥棒に入る人などいません。それを分かっていてもドアノブをなかなか回せずにいる私は深呼吸をします。そしてゆっくり、恐る恐るドアを開けました。
「誰だ……って、なんだソフィーか」
ドアの向こうにいたのは暖炉の前で縮こまったエドでした。やっぱり寒さで起きちゃったんだ。背中を丸めて暖炉へ薪を投げ込む姿はお爺さんのよう。思わずその姿に笑ってしまいました。
「なんだよ」
「別に。いつ起きたの」
「30分くらい前。つか、この寒さで薄い毛布一枚は酷いだろ」
「だってそれしか余ってなかったんだもん」
なにも掛けないよりマシでしょと言いたいところだけど、私も同じような感じだから黙ってエドの隣に座ることにします。
「暖炉を独り占めするなんてズルいよ」
「はいはい……って、なんでくっつくんだよ」
「こっちの方があったかいでしょ?」
このくらいのことで動揺するなんて、エドって私より純情だよね。まぁ、私も相手がエドだから密着出来るんだけどね。
「おまえ、このまま俺がなにかしたらどうするんだよ」
「するの?」
「する訳ねぇだろ」
「でしょ? これでも信用してるんだからね」
「そりゃどうも。アリサさんは?」
「寝てるよ」
なんでアリサさんが出てくるのかな。自分で言うのも切ないけど“良い雰囲気”だったと思うんだけどな、と心の中で愚痴を言うけどそれは仕方ないよね。
「ん? なんか怒ってないか?」
「別に。ねぇ、エド」
「なんだよ」
「今年はいろいろあったよね」
「え? あ、ああ。そうだな」
答えに戸惑いつつも相槌を入れてくれるエドは少し複雑そうな表情を見せます。たぶん師匠のことを思い出しているんだろうな。あの場にはエドもいたし、王都に残っても良いと言ってくれたもんね。
「師匠のお陰で私は見たことない世界に出会えた。エドにも、アリサさんにも出会た。でもね、今更になってあのまま店を継げたら良かったなって思うことがあるの」
「そっか」
「ねぇ? もし私があの時、王都に残るって言ってたら本当にエドも一緒に残ってくれた?」
「当たり前だ。傍にいるって言っただろ」
「約束してくれる?」
「約束する。俺はおまえの傍にいる」
「ありがと。信じてるからね」
暖炉の前に並んで座る私たち。パチパチと薪が燃える音以外は一切聞こえない部屋で私はエドに寄り掛かり、そんな私をなにも言わずに受け入れてくれるエド。村に来た頃はこんな風になるとは思っていなかったけど、いまの私にとってエドはとても大切な存在。それを確かめることが出来た大樹祭の夜は静かに更けていくのでした。
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