第42話 今度はゆっくり
夕食後の片付けは師匠と二人でしました。師匠はゆっくりしていなさいと言ってくれたけど、二人でやれば早く終わるし、なにより一緒に過ごす時間がそれだけ増えるからね。
「――それで、村の様子はどうだい?」
「特に変わりはないですね。相変わらず長閑ですよ――はい。食器はこれで全部です」
「――ありがとう。特に変わりがないなら良かったよ。ところで、エド君とは仲良くやっているかい?」
「エドですか?」
「手紙では事あるごとに喧嘩したって書いてあるからね。ちょっと気になっていたんだよ」
「心配しなくて大丈夫ですよ。たしかにエドとはよく喧嘩しますけど、仲良くしてますよ」
師匠が洗った食器を拭き上げながら答える私。喧嘩はするけどその分、エドとは阿吽の呼吸みたいながあるし、アリサさんは私たちを少し離れた場所から見守ってくれる存在。二人に出会えたからいまの私があると言っても過言ではありません。二人がいなければとっくに師匠のところに泣いて帰っていたと思います。
「良い仲間に出会えたようでなによりだ。これからも大切にしなさい」
「はいっ。師匠、あとで精密薬の調薬法を教えてください」
「構わないよ。たしか麻酔系が苦手だったよね。なかなか使う薬じゃないし、教えてくれって言うことはまだ苦手なんだね」
「はい。でも、医師の方とも提携するようになったので苦手分野は潰したいんです」
「その向上心はさすがだね。ちょうど知り合いの医師から注文受けてたから一緒に作ろうか」
「よろしくお願いします!」
師匠とこんな風に二人で過ごす時間も大好きだけど、エドたちとこの時間を分け合いたいと思うのはそれだけ二人のことが大切なんだよね。そうだ。今度は二人も連れて来よう。師匠が村に来た時のように、四人で食卓を囲んで楽しくおしゃべりしたいな。
(たまには里帰りも良いものなんだね)
最初は言われて仕方なくって感じで決めた里帰りだけど、久しぶりに師匠と同じ時間を過ごせて嬉しく思う私でした。
「――それじゃ、師匠。また来ますね」
「ああ。いつでも帰っておいで。ここはキミの家なんだからね」
「はいっ。今度はエドたちと一緒に帰ってきますね」
「楽しみにしてるよ。気を付けて行くんだよ」
「はい。行ってきます」
このやり取り、なんだか一年前を思い出すな。あの時もこんな風に見送ってもらったよね。
わずか一日の里帰りはあっという間に過ぎ、昨日は夕食を食べた後に私が苦手な精密薬の調薬法をレクチャーしてもらっただけ。話したいことはたくさんあったのに睡魔には勝てず、いつもよりかなり早く寝てしまいました。やっぱり長旅は良くないね。
セント・ジョーズ・ワート行きの馬車は私が乗り込むと程なくして走り出し、馬車乗り場がある広場からすぐ西通りに入る。このまま真っ直ぐ進めば城門を抜け、セント・ジョーズ・ワートまで続く街道に出る。
(――今度帰るときはゆっくりしたいな)
次に里帰りできるのはたぶん来年の免状更新の時。その時は薬局をお休みにして三人で帰ろうかな。
「あ、でもエドたちは里帰りって言わないよね」
王都を離れる馬車の中でそんなくだらないことを思う私は、馬車に乗り込む前に師匠から渡された“お土産”が気になって仕方ありませんでした。
「結構厚いけど何年分あるんだろ」
師匠がくれた“お土産”はこれまで師匠が診てきた症例が記されたカルテの複製。村では診ることが少ない珍しい症例を中心にまとめてくれていたらしく、まだまだ新米薬師の私にとってすごくありがたい代物です。
「そしてこっちはエドの分、か」
エドに渡してほしいと託されたのは1通の手紙。エドの話を師匠が切り出したときにもしやと思ったけど、やっぱりエドに用事があったんだね。
「エドに用事って、うーん。思い付かない」
さすがに読む訳にはいかないから手紙はこのままトラベルバッグの中に仕舞おう。内容次第じゃエドがあとで教えてくれるだろうし、ほんとに個人的な内容かもしれないもんね。
「――そういえば、何か忘れてるような……」
そうだ。二人へお土産買うの忘れてた。私のお気に入りのお店で焼き菓子を買っていこうと思ってたのに。
(こうなったらセント・ジョーズ・ワートでいつもの買っていくかな)
ハンスさんのところへ行った帰りに必ず立ち寄るお店でクッキーでも買って誤魔化すかな。
セント・ジョーズ・ワートまでは7日ほど。途中の街で馬車を乗り換えるから、その時に珍しいものがあればそれでも良いか。そんなことを思案しながら馬車に揺られる私は遠くに見える王都の城壁を見つめるのでした。
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