第28話 真夜中の急患
事件――というか、それはエドたちが帰ったあと。私も自室のベッドで夢の中にいた夜更けに起きました。
「……なんかうるさい」
ドンドンとドアを叩く音で目が覚めた私……ドア?
「えっ⁉ 誰かいる⁉」
まだ半分夢の中だった私は目が覚め、同時に恐怖を覚えました。薬局の玄関も裏口もちゃんとカギは掛けた。なのに誰かいる。
(ど、どうしよ……)
ベッドの上で固まる私。寝たふりをして朝までやり過ごす? いや、調薬室には使い方を間違えれば毒になる薬もある。それにここにいても襲われたら……
――フィー!
「……え?」
――ソフィー!
「……エドの声だ」
聞きなれた声にほっと胸を撫で下ろす私。良く耳を澄ませばドアを叩く音は薬局の方から聞こえるではないですか。そっか。エドが玄関ドアを叩いてるんだ。
「もう、びっくりさせないでよね。っていうか、夜中だよね」
とりあえず中に入れてあげようかな。私はベッドから起き上がり、サイドテーブルに置いていたオイルランプに火を灯しました。
「いま行くからちょっと待ってねー」
足元を照らす程度のランプを片手に私はベッドを抜け出すと部屋を出て薬局の方へ向かいます。もうすぐ冬と言うだけあって家の中でも日が差さない深夜は寒く、部屋を出る時にガウンを羽織ればよかったと後悔しました。
「……エド、だよね?」
調薬室を抜け、待合室に入った私は外から玄関をドンドンと叩く何者かに恐る恐る声を掛けてみます。声の主はエドだけど、やはりこんな時間に来るとは思えない自分がいます。
「エド、だよね。どうしたの」
「ソフィー! 急患だ! 来てくれっ」
「こんな時間に⁉ 待って。いま開ける!」
急患と言う言葉に反射的に玄関の鍵を開けると同時にエドが中に入ってきたけど、その顔はまさに血相を変えたという言葉が似合うほど慌てていました。
「高熱と発疹だ。すぐ来てくれ」
「わかった。場所は」
「村はずれの宿屋だ。泊まってる客が夜になってひどい熱を出したらしい。さっき爺ちゃんとこに連絡があったんだ」
「わかったすぐ支度するからちょっと待って」
高熱と発疹――その症状なら間違いなく熱発疹だ。私はエドをその場に残し、急いで部屋に戻ると手早く着替え済ませ、調薬室で薬の準備に取り掛かりました。
「えっと“クロガネソウ”に“シマナツミカン……ああもう!」
調薬する時間が勿体ない。解熱薬は作り置きしている分を持っていこう。たしか薬棚にまだストックがあったはず。あとは往診用の薬箱も必要だよね。薬箱の中には基本的な薬草も入っているから必要な薬があればその場で作れば良いだけ。
頭の中でやるべきことを整理しつつ、急いで身支度を済ませた私は往診かばんを片手にエドの案内で村はずれの宿屋へ急ぎます。
宿屋は村の北側、南端にある薬局とは反対の位置にあるから村を縦断しなければなりません。小さな村と言っても端から端まで歩けば日中でも30分は掛かる道のり。月明りとランタンの小さな明かりだけが頼りのいまはさらに時間が掛かります。身を切るような寒さにもっと厚い上着を着てくればよかったと後悔するけど、クローゼットから防寒着を取り出す暇さえ惜しかったの事実です。
(寒いとかそんなこと言っていられない。とにかく急がなきゃ!)
聞いた症状から熱発疹で間違いないと思うけど、万が一、別の病気なら一刻を争うかもしれない。村中が寝静まる真夜中、私は息を切らせながら患者さんが待つ宿屋に急ぎました。
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