第22話 弟子だから
「――それで、ここに来た本当の理由はなんですか」
「理由も何も、キミの様子が気になったから様子を見に来ただけだよ」
「王都から馬車で2週間掛かるのに?」
「距離の問題じゃないよ。かわいい弟子の為なら時間を惜しんだりしないよ」
ニコッと微笑む師匠はティーカップに口をつけるけど、その際に別添えされたジャムを一さじ口に含むのは相変わらず。どこかの国ではこれが作法らしいけど、私は普通にお砂糖で十分です。
「キミがウチを離れて半年か。ここでの暮らしはどうだい?」
「もう慣れましたよ。村の人たちはみんな優しいし、ようやく薬局の方も軌道に乗り出したかなって」
「そうか。それは良かった。ここに来る前にね、村長さんのところに行ったんだけど、キミのことをすごく褒めていたよ」
「そんな。褒められることなんてしてませんよ」
「キミが村に来たことによって村人がケガや病気の心配をしなくて済むようになったと感謝していたよ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
「それにこの間は腕を切断した女性も助けたそうじゃないか」
「あれは必然的にそうなっただけです。知識があると言っても最終的には医師に処置を依頼しましたし、私の力じゃありません」
「だとしても、新米薬師のキミが重度創傷の処置をしたというのはすごいことだよ」
小さなことでも褒めてくれる優しい師匠。だけど今はその優しさが胸に突き刺さるようですごく痛い。
「ソフィー?」
「師匠。私はこの村に来て二人も看取りました」
「ああ。村長さんから聞いてるよ。辛かったね」
涙を堪えるのが私は小さく頷くのが精いっぱいだった。
「助けられたかもしれないのに……何も出来なくて、結果的に見捨てることになって……」
「キミは出来ることをしたよ。僕はそう思うよ」
「出来てないっ! 出来てません。だって――」
私が見捨てなければ二人は助かったかもしれない。それなのに私は助かる見込みが低いからと処置を後回しにした。リズさんに対しては処置すらしなかった。そんなの薬師がすることじゃない!
「……私は薬師失格です」
「そんなことはないよ」
「嘘! 私は薬師なのに! それなのに何も出来なかった。何もせず見捨てたんですっ」
「――キミと出会うもっと前。僕が薬師になってすぐの話だ」
「え?」
「あの頃の僕は患者が死ぬとその度に悔いり、自分は薬師に向いてないと何度もこの仕事を辞めようと思った」
「師匠がですか?」
「そうだよ。薬師なのに助けることが出来なかった。死亡宣告を下す度に胸が苦しくてとても辛かった」
信じられない。死亡宣告を下す時の師匠は事務的で、普段は優しい師匠のが“怖い”と感じてしまうほど感情を表に出しません。
「僕たちは神じゃない。だけど命を救う知識があるから『死』に対して敏感で過剰に反応してしまうんだ」
「それが、いまの私ですか」
「僕も昔はそうだったからね。キミの気持ちはよくわかるよ。でもね、ソフィー。誰かを看取る度に悲しみ、本当に助ける術はなかったのかと悔いれば自ずと心が壊れていくんだ」
「心が……壊れる?」
「そう。精神崩壊ってやつだね」
「――精神崩壊」
「それを防ぐのは凄く簡単なんだ。何も考えず『この人は死ぬ定めにあったんだ』と思うこと。それだけさ」
「何も考えず……」
難しい。けれど師匠の言っていることが理解できない訳じゃない。
いまの私は亡くなった患者さんに感情移入し過ぎている。時には残酷になる覚悟が、割り切る覚悟がなければ薬師は務まらないと頭では分かっている。だけど、だからと言って「はい。ご臨終です」と簡単には言えない。
「前に『薬師は残酷な生き物』だって言ったのは覚えているかい?」
「私が薬師になりたいと言った時ですよね」
「そうだよ。この言葉に隠された本当の意味はね、いまのキミを表しているんだ。ちょっと難しいかな」
「……はい」
「僕たちは調薬のために動物を犠牲にすることもある。場合によっては誰かが犠牲になることだってある」
「はい」
「その『誰か』には自分も含まれるんだよ。患者に寄り添い過ぎると自分が犠牲になる。だからと言って相手、特に死者の尊厳を疎かにすることは出来ない。線引きが難しんだよ」
やっぱりよくわからない。きっと師匠なりに噛み砕いて話してくれているのだろうけど、いまの私にはとても消化できる話じゃない。
「相手に寄り添いつつも本音の部分は常に中立でいなければいけない。でなければ自分が壊れてしまう。だから薬師は残酷な生き物なんだよ。まぁ、正確には薬師って職業が残酷なだけかもしれないけどね」
「――難しいですね」
「ああ。とても難しい問題だよ。患者本人や家族に寄り添うことは重要だよ。それに心の壊れ方も人によって違う。自分で気付き、自分なりの対処法を見つけないといけない。誰かが教えてくれるものじゃない」
「私はまだそれに気付けていないんですね」
「キミはまだまだ新米の薬師だからね。気付けなくても当然だよ。ソフィー、こっちに来なさい」
「なんですか?」
私はテーブルの反対側で手招きをする師匠のもとへ行く。師匠は目の前まで来た私を優しく抱きしめ、そっと頭を撫でてくれた。
「手紙では気丈に振舞っていたみたいだけど、会いに来てよかったよ。危うくキミが壊れてしまうところだった」
「……師匠?」
「ソフィー。キミはまだ新米薬師だ。悩むことも多いだろう。だからこそいまは感情を押し殺したりしないで、泣きたい時は泣きなさい。辛い時は誰かを頼りなさい。キミには頼れる人が大勢いるんだよ」
「……はい」
そっか。私も泣いて良いんだ。誰かを頼って良いんだ。そうだよね。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。私にはエドやアリサさんがいる。師匠だっている。
「私――」
「ん?」
「私、師匠の弟子でよかったです」
「うん。キミなら大丈夫。必ず僕を超える薬師になるよ」
「当たり前です。私は師匠の――」
――弟子だから
「師匠、今日は泊まっていきますよね」
「え? ああ。さすがにいまから帰るには遅すぎるからね」
「なら今夜は気合入れてご飯作らないとですね」
「ハハッ。期待してるよ」
「はいっ」
満面の笑みで応える私は店番をしてくれているエドたちを呼びに行く。リビングを出て待合室へ向かう足取りは軽く、なんだか胸の中の痞えが取れた気がする。師匠の弟子で本当に良かった。師匠と出会えたからいまの私がいる。いまの私があるからエドたちとも出会えたんだ。
「二人ともー、今日はもう閉めてご飯にしますよ。手伝ってください」
***
前略
師匠、お元気ですか?
先日はわざわざ王都から足を運んで頂きありがとうございました。師匠に元気をもらったお陰で私は以前より二人を頼れるようになりました。エドからはただの八つ当たりだと言われますけど。
この手紙が届く頃には秋が深まり、冬の足音が聞こえ始める季節になっているでしょうか? 師匠の誕生日を一緒にお祝いできないのが残念ですが、離れた場所にいるので仕方ありませんね。きっと誕生日は過ぎていると思いますが言わせてください。師匠、誕生日おめでとうございます。
師匠がウチに来て以来、エドたちから今度は私が師匠のもとへ里帰りしろと言われています。私もいつかは里帰りしたいと思っていますが、それはまだまだ先になりそうです。
もうすぐ雪の季節ですね。風邪などひかぬようご自愛ください。
大好きなルーク・ガーバット師匠へ
ソフィア・ローレン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます