第17話 トリアージ
村の入り口にもなっている街道の分岐点からすぐのところ。そこには事故を聞いて駆けつけた大勢の村人いて、けが人の介抱や転覆した馬車を引き起こそうとしていた。
「皆さん! 薬師のソフィアです! 処置を始めますからけが人から離れてくださいっ」
現場に着いた私はまず村人たちをけが人から遠ざける。介抱してくれているのはありがたいけど、けがの度合いによってはそれが命取りになることだってあるからだ。
「誰かお水を桶一杯に汲んできてください!」
「じゃ、じゃあわたしが汲んでくるわ」
「ソフィーちゃん他に出来ることはないか⁉」
「応急処置を終えたらすぐに医師がいる街へ運びます。一番近い医師がいる街はどこですか」
尋ねる私に誰かがセント・ジョーズ・ワートと答える。やっぱりそこだよね。早馬車を使っても2日は掛かるけどそこしかないよね。
「わかりました。バートさん、直ぐに発てるように馬車の手配をお願いします。もちろん一番速い馬でお願いしますっ」
「任せろ」
「ありがとうございます! あとは添え木用の木材を見繕ってください」
「わかった。そこの壊れた馬車から取るぞ。みんな手伝え!」
「みなさんお願いしますっ」
村人たちに一通り指示を出したところでようやくけが人の処置に移れる。薬師の指示とはいえ、みんな協力してくれるのはとてもありがたいです。
3人のけが人は村の人たちの手で転覆した馬車から救出され、馬車から少し離れたことろに寝かされていました。一人ははっきりと意識があり、しきりに足が折れたと叫んでいる。残りの二人は見ただけでは生きているのかもわからない。特に女性の方は聞いた通り左腕が上腕より下から千切れています。馬車の車輪に巻き込まれたみたいです。
「状況からすれば女の人だけど……」
腕がなくなっている女性の怪我が最も深刻なのは誰の目にも明らか。けれども見た目だけで処置の優先度を決めるわけにはいかない。なにより3人を一度に処置するのは無理です。
「お、おい。ソフィーちゃん、そっちは骨が折れてるだけ――」
村の誰かが骨折の疑いがある男性に近づく私に声をかけます。まぁ、普通はそうだよね。でもこれには理由があるんですよ。
「薬師のソフィアと申します。お話しできますか?」
横たわる男性に近づくと跪き、出来るだけ目線を男性に合わせて話し掛けます。どんな時だって目線は患者さんに合わせる。それが師匠から教わって鉄則の一つ。目線を合わせることで相手に安心感を与えるのです。
「く、薬師か。助けてくれ。足が折れてる」
「右ですか? 少し触りますね」
「いっ、痛ぇ! 触るなっ」
「確かに折れてますね。他に痛いところはありますか?」
「ない。頼むっ。助けてくれ!」
「大丈夫ですよ。いま仲間が薬を持って来ていますから、到着したら処置をして痛み止めをお出しします。それを飲んで医師がいるセント・ジョーズ・ワートまで我慢してください」
痛がる男性へ簡単に処置内容を伝えると私は何もせずに立ち上がる。アリサさんたちが持ってくる薬がないと処置できないし、いまはただ処置の優先順を決めるトリアージをしているだけだから。
「お、おいっ。助けてくれねぇのか!」
「診たところ、骨折以外にけがはないようですし、しっかりお話も出来ています。申し訳ないのですが現時点では最後に処置をさせてもらいます」
ちょっと――いや、誰が見ても冷酷な対応だと思うだろう。けれどもいまは同時に数人の患者診なければならないイレギュラーな事態が起きているのです。そのような中では処置の優先順位を決めるトリアージが必要となります。この人の場合だと骨折以外に緊急性のあるけがは見当たらず、会話も十分できていることから意識もはっきりしていると判断できる。すなわち治療の優先順位は低くなります。
「吐き気や会話が出来なくなればすぐに処置をしますから安心してください」
「頼むっ。助けてくれ!」
「見捨てたりはしませんから心配しないでください。少し、離れるだけですから」
隣に寝かされているこの人よりは重症に見える男性のもとへ行こうと立ち上がる私の足首を掴む骨折患者。ちょっと厄介なことになってきたかな。私は再び跪くと優しく、相手を刺激しないように話し掛けました。
「痛いのはよくわかりますが足が折れているだけです。もう少ししたら痛み止めのお薬が届きますから我慢してください」
「金なら払うっ。だからあいつらより先に助けてくれっ」
「お金の問題じゃありません。より重症の方を優先して処置を施すだけです」
「そうか……これでもかっ」
「――――っ⁉」
「こ、これでもあいつらを優先するのか」
私にナイフを突きつけ脅し始める骨折患者。いったいどこから出したんだという疑問はさておき、周囲にいた村人たちみんなに緊張が走ります。私も一瞬だけその鋭い刃に怯んでしまう。
「し、死にたくなかった俺を助けろっ」
「出来ません」
「なっ⁉」
「その程度の脅しに屈するほど薬師はバカじゃありません」
「し、死にたいのかっ」
「私を殺すことで満足できるなら、刺して頂いて構いません。ただ、私が死ぬとあなたを助けられる者は誰もいません。もちろん隣にいる方たちも。この村に薬師は私一人ですし、私を殺した人をセント・ジョーズ・ワートまで運ぶとも思いません」
脅しに屈せず、ただ冷静に私を殺すことで生じるデメリットを説明する。この人だって本当に刺すつもりはないはず。ただ痛みと事故の衝撃で冷静な判断が出来なくなっているだけ。その証拠にナイフを持つ手は震え、ナイフの柄を握る力は弱くなっています。
「これは預かってますね」
相手が戦意を喪失したところで骨折患者の手からナイフを振り落とし、危険を除去する。すかさず近くにいた村の男性がその刃物を回収してトラブル解決。
「すみませんが、エドたちが来るまでこの人の監視をお願いします」
「お、おう。それじゃ俺たちが見てる」
「お願いします。もし、吐き気を訴えたり意識を失ったらすぐ教えてください」
「良いのか。こいつ、ソフィーちゃんを――」
「それはそれです。それじゃよろしくお願いします」
患者の監視を村人に任せて今度こそ残り二人のトリアージに入る私。呼びかけにも反応しないというもう一人の男性は脈が取れず、呼吸もしていない。救命措置をすれば助かるかもしれないけど可能性はかなり低い。この人の処置は後回しにせざるを得ないな。
腕が千切れた女性次第だけど、おそらく処置の優先度は最下位。私は脈がないことを確認する程度でこの人に対するトリアージを終え、さらにその隣で寝かされた女性に意識を集中させます。
(……これ、完全にお門違いだよ)
女性の左腕はやはり車輪に巻き込まれ捻じれ切れた感じです。露出した骨は一部が砕け、彼女の周囲の地面は血でどす黒く染まっている。これだけのけがは正直初めて目にするし、薬師でなければ絶対目を逸らしています。
「薬師のソフィアと言います! あなたの右手を握っていますっ。私の声が聞こえたら握り返してください!」
彼女の横に跪き、手を握る私は叫ぶように声を掛けるけど残念ながら呼びかけに反応はありません。けれども脈は力強く、呼吸もしっかりしている。この人は腕が千切れた衝撃で失神しているだけみたい。決まりだ。私は村人たちがいる方に体を向けると女性の手当を優先すると宣言しました。
「この人を最優先で処置します! お水はまだですかっ」
「汲んできたよ。これでどうだい」
「十分です。ありがとうございます!」
処置に必要な水は準備できました。まずは出血を抑える為に千切れた腕の付け根、つまり左肩の少し下を自分が身に着けていたリボンできつく縛ります。そして傷口が心臓の位置より高く腕を持ち上げて血の流れを抑制。あとは薬が届けば――
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