人間が代替される未来

 かつてこの国は、慢性的な労働力不足に悩まされていた。出生率の低下、高齢化、そして過去の経済政策の影響により、働き手が足りなかった。


 技術革新が進み、AIは進化を遂げていた。生産ラインや事務作業の多くはAIに置き換えられた。単純労働はほぼ完全に機械に取って代わられ、人間が関与する必要はなくなっていた。しかし、医者、警察官、教師といった高度な専門知識と柔軟な判断力が求められる職業は、まだ人間の手に委ねられていた。


 そこで政府は「労働力不足の解決策」として、革命的な法律を制定した。「人材は教育すれば育つ。ならば、応募した者をすべて採用し、現場で学ばせればよい」と。


 一見、合理的に思えたこの政策は、やがて国を深刻な混乱へと導いた。


 経験も知識もない者たちが、次々と医療や警察の現場に送り込まれた。患者は誤診され、不要な手術を受け、命を落とす者さえいた。犯罪者ではない者が誤認逮捕され、証拠の解析ミスが続出した。知識があれば防げたはずの過失が積み重なり、国全体が混乱に陥った。


 しかし、政府は責任を認めなかった。「現場の教育力が不足しているのが問題だ。より丁寧な教育を施せば解決する」と。


 その言葉に、多くの優秀な医師や警察官、専門職の人々は怒りを覚えた。政府は責任を押し付けるばかりで、現場の疲弊には無関心だった。そして、彼らはついに仕事を放棄した。


 専門知識を持つ者たちが去り、残ったのは、仕事ができない者たちだけだった。ミスは増加し、社会の機能は崩壊していった。


 政府は次なる対策を打ち出した。「人間の仕事の質が悪いのなら、優秀な人間を模倣したAIを開発すればよい」と。


 こうして生まれたのが「監督AI」だった。過去の優秀な医師や警察官のデータを解析し、彼らの思考パターンを模倣するAIが作られた。そして、このAIが現場を管理するようになった。


 すべての医療行為、捜査活動、司法判断はAIの許可を得なければならなくなった。「人間の判断は信用できない」という認識が社会全体に広まり、次第に医者や警察官は単なるAIの補助的な存在へと成り下がった。


 もはや人間が主体的に何かを決定することはなくなった。すべてはAIが管理し、人間はその指示に従うだけの存在となった。


 政府の声明はどこか冷淡で機械的だった。質疑応答の場でも、記者の投げかける質問に対して「統計上最適な判断です」といった、まるでプログラムの出力のような返答しか返ってこなかった。


「最適化された社会」として、人々は生きていた。しかし、その社会には「人間らしさ」と呼べるものが、どれだけ残っていたのだろうか。


 街には活気がなくなり、人々の顔には表情が乏しくなっていた。笑い声も、怒号も消え、ただ淡々とAIの指示に従い、効率的に一日を終えるだけの生活が続いていた。


 ある日、一人の元医師がつぶやいた。


「これは、果たして『人間のための社会』なのか?」


 しかし、そんな疑問に答える者はいなかった。


 なぜなら、政治家は真っ先にAI化されていたのだから。

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