第18話 関所で悪いやつを捕まえる



 山賊はしましたが、もっともおそろしい弓つかいがまだ残っています。

 あの弓矢にねらわれたら、テランスですら一撃で体をつらぬかれ、死んでしまうでしょう。


 一行はうしろに気をつけながら先を急ぎました。


 空はさらに暗くなって、とうとう、雨のつぶがぽつりぽつりと落ちてきました。


 すぐに強い、ざああっと音を立てるほんぶりとなりました。


 エリーレアもテランスも、女の子たちもみんな、頭から布をかぶって雨をふせぎます。


「みんな、足をすべらせないように気をつけて! でも足元ばっかり見ていて、前のひとを見失わないように!」


 雨の中を進み続けましたが、空はさらに暗くなり、あたりがよく見えなくなってきました。

 天気が悪いだけではなく、日がしずみかけてもいるのです。


 夜になる前に関所せきしょにつかなければたいへんです。


 誰も、なにも口をきかず、ひたすら足を動かし続けるうちに――。


 けしきが、ひらけました。


 まわりから木がなくなって、雨の中ではありますが、先のほうが見えるようになりました。


 切りかぶがたくさんあります。木がなくなったのではありません、切りたおされていたのです。


関所せきしょだ」


 そこを通らないと先へは進めない、岩山と岩山のあいだに、とりでのようなものが作られていました。


 こっそり近づいてきて、かってに隣の領へ入るものが出ないように、木を切りたおして、関所せきしょのまわりがよく見えるようにしてあるのでした。


 高いところにみはり台がふたつあって、こちら側と、向こう側のタランドン領、それぞれの騎士がそこに立って、近づく者をみはっています。


「悪いことをするつもりではないのです、と近づきましょう」


 エリーレアは言い、そのとおりにみんな一列になって関所せきしょに近づいてゆきました。


「止まれ!」


 きびしい声がかけられました。


 雨の中からあらわれた、犬と女の子を連れた一団です。あやしまれるのは仕方のないことでした。


「私たちは、アルーラン領から来た者です。タランドン領へ入ろうとしていたのですが、先ほど、山賊たちにつかまっていた女の子を助けました。みなさまがたに守っていただきたいと思いまして」


 先頭のレントが、関所せきしょの門番に言いました。


「むう」


 門番は、なぜか、とても困った顔をしました。


 いちおうは貴族なのですが服装と見た目がそれっぽくない小柄なレントと、隣にいる元気な女の子を見比べて、そわそわと後ろを気にします。後ろとはつまりタランドン領がわの騎士たちです。


「話がちがうぞ」


 声をひそめてそう言ってきました。


「約束の日は、今日じゃないだろう。いきなり来られても、あちら側に、あいつがいないんだ」


 何の話だろう、とレントは思いましたが――このおくびょうで、それでいてよく頭のまわる人物は、とっさに相手と似たような顔をして、こちらも困ったかんじで言いました。


「いや、それが、こっちもちょっと、いやかなりまずいことになってな」


「まずいこと、だと?」


「まだ話が来てないのか。いつものやつじゃなく俺が来たのも、わけがあってのことだ」


「まさか、ばれたのか? 俺たちがこっそり女の子をタランドン領へ売ってるってこと……!?」


「!」


 レントは相手に飛びかかって、を突かれた相手を倒し、のしかかって、腕を背中におさえつけました。


「何をする!」


 もうひとりの門番があわてたところに、黒い犬がはげしくほえました。


 騎士たちがなにごとかと剣や槍をかまえて向かってきます。


「エリーレアさま! テランスさま! お気をつけを! この者も、山賊どもの一味です!」


「なんですって!?」


 エリーレアは急いで前に出ました。


 雨のせいで、後ろの方にいたエリーレアやテランスがよく見えていなかったようで、門番や騎士たちはおどろきました。


「何者だ!?」


もなくいきなり失礼いたします。アルーラン領、領主パトリスが娘、第四位貴族、エリーレア・センダル・ファウ・アルーランです」


 なのりを聞いた騎士たちは、雷に打たれたようになって、雨の中に膝をついて礼をしました。


「カンプエール領が騎士、テランス・ペンタル・サン・コロンブである」


 続いて現れた、大きくてりっぱな騎士のテランスを見てはもう、うたがうどころではありません。


「レント、どういうことか、せつめいなさい」


「はい。この者は、私とこの子を見て、約束がちがう、予定の日じゃない、いきなり来られても向こう側にあいつがいないと言い出しました。もしかしてと思って、山賊の仲間のふりをしてみせると、女の子をこっそりタランドン領へ売っているとました!」


「何ですって!?」


 関所せきしょはおおさわぎになりました。


 タランドン側にも話は伝えられ、そちらの騎士たちはものすごく怒りました。


「我々の仲間が、そのような悪いことをしていたとは! 許せん!」


「必ずつかまえて、を与えてやるぞ!」


 とりあえず、連れてきた八人の女の子たちは、雨のあたらない建物の中に入れてもらえました。


 エリーレアは関所せきしょのひとたちに、あらためて事情をせつめいします。


「ああ、なんということだ。われわれの仲間が、このような悪いことに手をかしていたとは、ひどい恥だ。しかもアルーラン領のお嬢さまに助けられるとは。お嬢さま、この御恩ごおんをどのようにお返しすればいいのかわかりません」


「わたくしへの礼などいりません。それよりも、あの子たちをみんな無事に家に帰してあげてくださいね」


「はっ、それは、かならず! 我らの、騎士のほこりにかけて!」




 崖の下でおそわれていた人たちも、日が暮れる前にこの関所せきしょにたどりつきました。


 エリーレアたちがどれほどかつやくし、助けてくれたのかを伝えてくれたので、関所せきしょの騎士たちのはさらにうやうやしいものになりました。


 夜を、関所せきしょの中で過ごします。


「おねえさまと、ここでお別れなのですか!?」


 女の子たちがしがみついてきました。


「あなたたちには、帰るべき家が、あなたたちを待っている家族がいるのですよ。無事な姿を見せてあげてください」


 言ってからエリーレアは、これまで考えないようにしていた、父のアルーラン侯爵さまがで討たれてしまったということを思い出して、涙がにじんできました。


 悲しむエリーレアに、女の子たちもいっしょになって泣き出しました。


「なかないで、おねえさま」


「ごめんなさい。でもわたくしには、この命をかけて守らなければならない、大切なかたがいるのです。何としても、そのかたのところへ駆けつけなければならないのです……」


 悲しい夜をすごしつつ、決意もあらたにしてから、エリーレアは朝を迎えました。


 雨はあがり、これから下りてゆくタランドン領が、とてもうつくしい緑にきらきらと輝いて広がっていました。


「タランドンの領主さまがおられるお城まで、ごあんないします」


 騎士がひとりついてくれます。


 女の子たちとの別れをすませ、エリーレアたちは出発のしたくをととのえました。


 エリーレアは、山賊のとりででまとった布ではなく、男ものですが、しっかりした上着をゆずりうけて身につけています。


 さあ行こう……と思った時でした。


「ワンッ!?」


 ここまでいっしょに来てくれていた黒い犬が、とつぜん後ろの方を向いたかと思うと、駆けだして、関所せきしょを飛び出し、いなくなってしまいました。


 ぼろぼろさんが、あわてたようにゆらゆらしています。


「これは……」


「エリーレアさま、犬というものは、ひとの耳にはきこえない音もききとることができて、そういう音を鳴らすもので犬をあやつることができるといいます」


 レントに言われて、おもいあたって、ぞっとしました。


「まさか、あの犬つかいが……?」


「この山について、弓つかいやあの女と合流して、自分の犬を呼びよせたと考えるべきではないでしょうか」


 エリーレアはいそいで、関所せきしょの騎士たちにそのことを伝えました。


「わかりました。この女の子たちは、すぐにここからおろすのはやめておきましょう。女の子を売り買いしていた悪いやつらについてしらべ、捕まえるための者たちをふもとからたくさん呼びますので、その者たちといっしょに山を下らせて、それぞれの家へ帰すことにいたします」


「ほんとうにあぶない者たちなのです。無理はなさらず、できるだけ命をだいじにしてください」


「はい、タランドン領の騎士の名にかけて、おまかせを」


 心配ではありましたが、これ以上どうすることもできません。


 カルナリア姫さまのもとに向かうためにも、エリーレアは騎士たちを信じて、先へゆくことにしました。


 おねえさま、と呼びかけて手を振ってくれる女の子たちに、手を振り返しながら、エリーレアは山道をくだってゆきました。


「……それにしても」


 この土地の騎士さまが道あんないをしてくれるので、先頭に立つのなくなったレントが、エリーレアに近づいてきて、こっそり言ってきます。


「あのくらいの年の女の子を、こっそりさらって、売り飛ばしているやつがいたということは……タランドン領内に、女の子を買うやつがいるということになりますね……」


「何が言いたいのです」


「あの騎士さまたちをうたがうわけではありません。ですが、タランドン領の中に、まちがいなくやつらがいるということです。反乱軍とつながっているという話もあります。ぜったいにしてはなりません」


「ええ、姫さまのもとにゆき、場合によっては、アルーラン領へお連れすることも考えなければ……」


 エリーレアもレントも、カルナリア姫さまが心配で心配でなりませんでした。


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