新番組2~出演者のバフアイコン~

渡貫とゐち

新番組2~出演者のバフアイコン~


「おにいちゃんっ、あたしにも見せてーっ!」


 妹のアミが、おれのベッドの中に潜り込んでくる。

 足下から顔を入れ、おれの懐まで蛇のように体をくねくねさせて――、脇の下から顔を出した妹の視線は、おれのスマホに向いている。


「うぉ、ちょ、アミ……! 乱暴に潜り込んでくるな、熱い、狭いっ、鬱陶しい!!」


 出てけっ、出てかない! と言い合いをしていると、キッチンに立つ母親の声が飛んでくる。


「それくらい、いいじゃない、お兄ちゃん。アミもその番組見たいんだって」

「母さんのスマホでいいだろ……」


「同じ番組が見たいって言ってるんだから、別の端末を使う必要ないでしょ。それに、私のスマホは今、ママ友とのメッセージのやり取りで忙しいの。なので使えません。いいから見せてあげなよ、七歳の妹よ? 横で寝てたって、邪魔にならないじゃない……まだまだ小さいんだし」

「熱いんだよ……」

「掛け布団をかけるのをやめなさいよ」


 暗い感じが好きだったんだけど……仕方ない。

 頭に被せていた掛け布団をめくり、腰の位置で折り畳む。

 少し涼しくはなったが……妹の体温が高いせいか、左脇だけ熱い……。


「おにぃー、音がちいさいー」

「はいはい、見せてやるから……勝手に触るなよ?」

「え? おにいちゃん、触ったら文字がいっぱいでてきたよ?」


「ほらもうこういうことが起きるからーっっ。注釈を閉じようとすると別の項目に触れちゃって、中身が開かれるんだよな……スマホの画面も小さいし、面倒な手作業だ……」


「おにいちゃん、フィクションって、なにー?」


 妹が画面の中の文字を指差して言った。

 おそるおそる指を伸ばしているので、「だめ」と言って引っ込めさせる。


「フィクションってのは、これは作りものですよ、って意味だ。母さんがよく見るドラマとかもそうだぞ? ああいうのは人が作ったもので、実際に起きた出来事ではありません、って教えてくれてるんだ……普通は作りものだって分かるんだけどな、分からない人も中にはいるわけで……」


 純粋なのか、素直に信じる人も意外と多い。


「ふーん……じゃあこれは?」

「これ? ……どれだ? 文字が増えて分からねえ」

「一番下のこの文字」


「これは――用意された料理は全てスタッフが美味しくいただきました……、タレントが食べなかった残った料理は、そのまま捨てられるわけじゃなくて、カメラの外にいる人たちで食べて、お皿は綺麗になりました、って意味だよ。料理を残すことで文句を言う人もいるから、ちゃんと食べましたよ、ってお知らせしてくれてるんだ」


「でも……言ってるだけで、本当に食べたわけじゃない……よね?」

「もうそういうことに気づく歳か? 早いなー……。もっとテレビに夢を見ようよ――まあ、本当に食べてるぞ。番組SNSを見れば、スタッフの食事風景も見られるから……料理を無駄にしているわけじゃない」


「でもその料理、本当に番組で使った料理……?」

「そこまで用意して誤魔化すなら、捨てずに食べた方が安上がりだろ……手間もないし」


 疑り深いのは一体誰の血だ……? おれか。

 ということは母さんの血なのかも。


「えいっ」

「おい、だから触るなって――」


「また文字がいっぱい……今度はなに?」


「……出演者の情報だよ。アミが触ったのは、女性お笑い芸人の『うめちゃん』のプロフィールで……所属事務所とか、年齢だったり、身長だったり……。画面に出ている項目をタッチすれば、タレントのSNSや事務所のホームページまで飛ばなくても最低限の情報が載っているわけだ。あと、番組内でのこの人がNGとしていることも見ることができる。この芸人さんは、容姿いじりがダメみたいだな……、こうして視聴者が知ることができれば、容姿でいじられているシーンを見ても、『この人はそういういじりを事前に承諾している』と分かれば、まあ笑えるんじゃないか? って魂胆だと思うけどな。それでも批判はあるんだけど……、せっかく注意事項を画面に出しても、批判する人は見ないからなあ……。指が届く範囲に書いてあるのに、見ないで文句を言う人は無知を晒しているってことなんだけどね……」


「この人、嫌いな食べもの、にんじんって書いてある……」


「だから出された料理からにんじんを弾いているんだろうね。こうして情報が載っているんだから、見れば分かるよね、ってことだと思う……。にんじんが苦手な人が、料理からにんじんを弾いていたところで、文句を言う人はいないと思うけど……でも少数はいるのかなあ。事前に料理から抜いておけばいい、って言うとしても、それだと料理の宣伝にはならないわけだしなあ」


 すると、脇の下の妹がびくっと震えた。

 画面の中では、タレント同士が喧嘩をしている……、不意を突かれてびっくりしたらしい。


「け、喧嘩してる!!」

「大丈夫、怖くないから……触ってごらん」


 妹に促し、画面に指を触れさせる……すると、喧嘩中の二人の芸人の項目が出てきた。


「ほら、出てきた。この喧嘩は予定していたものであり、出演者は不仲ではありません――って書いてあるでしょ。これはバラエティだから、怖がらなくて大丈夫。この怖そうなお兄さんたちは、本気で喧嘩をしているわけじゃないんだよ」


「でも、悪口、言ってるよ……?」


「これも見てみよっか……出た出た。この悪口は事前に伝えており、お互いに了承した内容になっています。アドリブで出たセリフではありません――だって。お互いに知った上で言い合っているんだよ……、だからアミも勘違いしないように。このお兄さんたちは仲良しなんだ……、休日は二人で遊園地に遊びにいくらしいよ……って、書いてある」


「ほんとだ……じゃあ、演技?」


「演技って言うと騙しているように聞こえるけど……バラエティだからね。番組を盛り上げるため、面白くするため……人を幸せにするためだから。演技とはまた違うかな」


「おにいちゃん」

「ん?」


 ごろん、と仰向けになり、おれをじっと見つめる妹。

 夕飯後なので、このまま眠ってしまいそうだ……。


「画面、文字ばっかりで、番組が見えないよ……」


「あ、ごめん、項目を開き過ぎたな……やべ、多過ぎて弾幕コメントみたいになってる!」


 ふああ、とあくびをする妹は、見られない番組に完全に飽きてしまっていた。


 急いで開き過ぎた項目を閉じようとするけれど、突然現れる広告バナーみたいに、閉じようとすれば別の項目の位置がずれてそこを押してしまい……中身がばらまかれる、というのを繰り返していく内に、さらに画面が文字で埋められていく。


「うわ、うわうわうわ!! 閉じようとすればするほど開かれる! 全然減らない! なんだよこれどうすればいいんだよ!?!?」

「音だけ聞く?」

「ラジオじゃないんだから……、音だけのグルメリポートなんてつまらないだろ……コメント力があるならまだしも……」


「そんなことないよ……じゅるり。人が食べてる音で、お腹がすいてくるし……」

「さっき食べたばっかりだろうが」


 白米もおかわりしていた気がするけど……まだ足りないか。


「おにいちゃん、もう飽きたから、いいやー」

「……ああ、そう。弾幕のせいでほとんど見れなかっただろ?」

「おにいちゃんが開き過ぎるのが悪いもん」

「仕方ないだろ、ごめんって。だってタッチすると中身が出てきちゃうんだよなあ……」


「……それ、消せないの? 前は綺麗な画面で番組が見られたんでしょ? 便利だけど、やっぱり多いと見にくいし、うざいし……」


「消す方法は……、課金すれば消せるな。無課金だと無理」


「うわぁ、せちがらー」


 配信しているのも、ビジネスだしな。




 …了

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