81.“おねえさん”とジャック宇宙警備隊地球課長

「んな無茶苦茶な!」

『だから無茶苦茶やるんだって』

「落ち着いてんな!」


 くそっ! アイツら、膠着状態になってたんじゃなくて準備してたんだ。押されてたんじゃなくて、自爆にならないよう逃げてたんだ。


「どうやって止めるんだ!?」

『そんなうまい策があるかっ!』

「えぇっ!?」


 メロが駆け出す。その姿にさっきまでの余裕はない。


『こうなったら力技だ! 今すぐ粉砕して、外洋にでも文字どおり沈めるしかない!』

「間に合うのか!?」

『合わなきゃやらないのか!?』

「言えてる!」


 でもって実際、間に合うのか!? 戦艦の落とし方なんて、さっき聞いただけじゃイメージがつかない! 絶対手間取って時間がかかる!


 そうこう悩んでるあいだにも青白い光は強さを増している。

 

 悩んでる暇はない! でもあのスピードじゃ間に合わない!

 南無三!


 なんとか止めようと、ビルの壁を蹴って上空へ飛び上がるけど。

 勢いだけで体を動かしつつ、逆に頭は諦めかけたその時。




 大きな音が響く。

 車にサッカーボールをぶつけてしまった時のアレを、何倍も派手にしたような。




「な、なんだ!?」


 それが戦艦から発せられたと気づくのには、少し時間がかかった。

 慌てて目をらすと、艦首が曲がってり返って、少し空を向いている。

 何かが強い衝撃で落ちてきた結果みたいだ。


 その向こう。


 今の僕は目も非常にいいみたいだ。

 反りの根本にいる元凶。甲板の上にいる、引き起こした張本人。


 それがよく見える。

 腕を組んで足は肩幅仁王立ちの姿勢から

 無地のTシャツに肩落としのモッズコート、ジーンズのファッション


 なびく黒髪と印象的な泣きぼくろまで。


 聞こえる。上空の風を切り裂いて、忘れたくても忘れられない声が聞こえる。



「『おねえさん』はねぇ」



 もうどこか外国へ行ってしまったはずなのに。

 やっぱり彼女はこうして駆け付けてくれる。必要な時には必ず、いつだって僕らを助けてくれる。

 だけど、



「『おねえさん』は……」



 僕はもう知ってしまった。

 彼女がこの力を忌み嫌っていること。

 たくさんの苦しみや癒えない傷があること。

 もう戦いたくないと、ずっと心の奥で泣いていること。


 この『おねえさん』という言葉に、どれだけの悲しみや怒り、祈り、呪縛が込められているのか。


 それを今一度背負って戦場に立つのが、どれだけの過去を掘り起こすのか。



「ダメだーっ! 戦っちゃいけない! もう戦わなくていいんだ! もうこれ以上! 苦しまないで! 背負ったりしないで!!」



 思わず飛び出した叫び。届いたのかどうか、確かめる術はない。おねえさんは答えない。

 重力に従って落ちるのが、やけにゆっくりに感じられる。そんな特殊な時間のなか。



「ボブ・マーリーくらい笑顔が素敵で」



 いいんだ。そんな名乗りしなくても。『いつもどおり』って、聞くだけで僕らが安心できる『お約束』を作ってくれてたんだろう?

 自分じゃ悲しい心のりどころみたいに言っていたけど、自己催眠みたいに扱ってたけど。

 本当はそんなのなくたって。

 いつだって心の底から僕らのことを考えてくれてる優しい人じゃないか。


 いつだって、本当の意味で『おねえさん』だったじゃないか!


 それに僕はずっと守られてきた。支えられてきた。

 でも、だからこそ。


 もういいんだよ。

 一人の人間に、ただのナカソラコさんに戻っていいんだよ。


 もう僕らのために、これ以上



「……や」



 不意に、彼女の口上が止まった。

 まさか、声にも出してない僕の思いが通じた? そんなはず。


 いや、でも。


 あの人はいつも、僕の心を見透かしたように。



「違うな」



 ポツッと呟いたあと。


「えっ?」


 一瞬、たしかに彼女がこっちを向いた、目が合った気がする。

 優しく微笑んだ気がしていると、




「私は私だっ!!!!!」




 響き渡る、なんて力強く心地いい宣言。

 そのまま彼女の、いや、さっきから慣れない呼び方はよくないな。


 おねえさんの右手が甲板に突き立てられる。


 さすがに腕が伸びるワケはない。なのにまっすぐ、船底まで貫通する一撃。それだけの衝撃が発生したってことだ。


 艦の正中線に風穴が空いた。

 それはつまり、同じく中心を通っている巨大電磁砲にも影響が出るってことだ。

 ゲームでしか聞かないような、機械がイカレるジリジリした音が響く。筒の口や割れ目からは稲光りが漏れはじめている。


『いかん! 暴発するぞ!』


 ビルの屋上へ着地したメロが叫ぶ。僕も隣のビルへ。


「なんだって!?」

『そうなったら発射されるのとたいして変わらん!』

「ウソだろ!? どうすんだよ!」



「ぅらああああああああぁぁぁぁぁ!!」



 僕らの心配をよそに、どこ吹く風と。おねえさんの気合いが響き渡る。

 彼女は戦艦に突き刺した右腕を思い切り振りかぶる。決して軽いモノじゃないはずなのに、天地を逆さまにされる鉄の塊。アレだって乗組員がいるのに。少し同情する。

 でも残念ながら、僕にはどうすることもできない。



「北極海まで、飛んでいきなあああぁぁぁぁぁっっっ!!」



 そのままイチローのレーザービームみたいなフォームで。

 止める間もなく戦艦は見えなくなってしまった。


『相変わらず、無茶苦茶しやがるな』

「まったくだよ」

『同じ細胞が入っていようが、私にはできる気がしない』

「オレもだよ。やっぱり特別なんだよ、あの人は。しかも」


 おねえさんはこちらを振り返り、満面の笑みでVサインを掲げた。



「誰よりも“おねえさん”なんだよ」



『それは結構だが、アイツ飛んでないか? まったく落ちてくる気配がないのだが』

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