第4話 赤い目

 収監されてから約一ヶ月、僕が新たな生活の場である刑務所に入所してからの時間は、一日一日と長く、重く感じられていた。刑務所での日々は、僕の心に無数の傷を刻んでいた。施設時代の悪夢が蘇るような日々を過ごしていた中、新たな恐怖が僕の前に立ちはだかった。



 刑務所内のシャワールームは白いタイルがずらりと並ぶ冷徹な場所だった。水の音、囚人たちのざわつく声が反響していた。大浴場なんてものは当然ない。あの日までは特に長居する価値がある場所でもなく、ここでの沐浴は毎日のルーチンの一つ程度にしか思っていなかった。





 その日も僕は職業訓練が終わり、暗くなった刑務所の中で、いつものように汗を流すためにシャワーを求めていた。なかなか空いている場所がなくうろうろと何往復もしていると、不意に背後からの強い力で、肩を掴まれた。全てが急過ぎて、抵抗することもできないまま、僕は使用中のはずのシャワーボックスに引き込まれた。



 次の瞬間、僕の身体は硬直した。何者かが、僕の体を弄り始める感触が伝わってきた。ゆっくりと振り返ると、あの赤目潤がいた。彼のあかい目には、何かを欲する獣のような光が爛々と宿っており、その奥には僕への嘲笑と欲望が混ざり合っていた。





「な…なんで…」


 僕の声はうわずり、震えていた。そんな僕を見て、彼は何も言わずただニヤリと笑っていた。その笑顔は、体罰場の大人たちとなんら変わらない、獲物を手に入れたような満足感に満ちていた。過去となった施設時代のトラウマが僕の脳裏を掠めた。僕にはじめての快楽を教えた人たちの行為と、赤目の動きが重なって見えた。そしてあの頃と同じように、僕が性欲の対象として見られていることを強く感じた。



 心の中で、僕は叫んでいた。


「なぜ、また… なぜ、僕なんだ…」

 どれだけ自身の不運を恨んでも、僕の身体は動かない。動けない。



 彼の手は僕の皮膚にまとわりつき、僕の体を自由に弄び始める。行為が始まると、僕の身体は自分の意志とは無関係に反応し始めた。僕は施設で何度も同じような経験をしており、そのたびに嫌悪感と忌まわしい感情快楽と向き合わざるを得なかった。しかし、今回は違った。あの時とは異なり、僕の体はすでに悦楽に慣れてしまっていた。


 気持ちいい、と感じてしまった。

 施設での日々がどんどんとフラッシュバックし、僕の中の、ほんの少しだけ残っていた抵抗もどんどんと弱くなった。無意識のうちに彼に身を任せていた。




 シャワーから流れる水の音に混じって、僕の体から発せられた音が聞こえてきた。チュクチュクと鳴るその音は不気味で卑猥であり、僕の脳裏に響き渡った。赤目の手は、僕の体を隅々まで弄び、彼の欲望を満たすために、僕を使っていた。





 行為が終わったあと、シャワーボックスの中は、水と共に粘性のある液体で満たされていた。僕はその場に放置され、赤目は何事もなかったかのように去っていった。流れ続けるシャワーの水が、彼の仕業の証拠を洗い流していった。しかし、僕の心に刻まれた傷は、いくら水で洗っても消えることはなかった。





 それからは毎晩のように、赤目によって僕はシャワーボックスの中で強引に情をかわせさせられた。シャワーを浴びることは、体を清める行為ではなく、赤目の前でカラダを汚す、羞恥の一瞬となった。シャワールームは、僕にとっての恐怖の場所となり、赤目の存在が、僕の心に深く刻まれていくこととなった。


 僕の心は日に日に消耗し、施設時代のトラウマと新たに刻まれる赤目による傷が重なっていく中で、絶望はさらに深まっていった。

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