第9話 大したホラーだぜ

「––––と、言うわけだ。あのイケメンを尾行するぞ」


 イケメンのいなくなったフリースペースに腰掛けた俺は、青山に先程の会話で感じたことと、今後のことを伝えていた。

 さらなる情報を集めるためにも、あのイケメンを尾行したい、と。


「……つまり、何も分からなかったんだ?」


「そうだ」


 キモい動きをしている女子学生(笑)を一緒に見ただけなんだから、当然だろう。


 そんな俺の態度に呆れたのか、青山は大きく息を吐く。


「もう……じゃあ早速、及川さんに聞いてみるね」


「あぁ、頼む」


 イケメンがフリースペースにいるのを知っていたように、及川は情報通だ。あのイケメンに限るかもしれないが。

 とにかく、尾行をするためにもあのイケメンのスケジュールが知りたい。


「あ、返事きた」


 青山がそう言って、スマホの画面を見せてくる。


 覗き込んだ、その画面には……




 たつ君の1週間スケジュール


 月曜日:1限 文章の読み方

     2限 小論文基礎

     4限 日本文学


 ※放課後は駅までスクールバス。電車の時間まで暇つぶしをする。最近は、ロフトで文房具を見るのがお気に入り。


 火曜日:1限 日本思想史

         

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「…………これは……」


「やめろ。考えるな。及川は、偶然が重なって、自然とイケメンのスケジュールを把握していた。いいな?」


 俺たちは、送られてきた長文の山を見て、唖然としていた。


 そこには、イケメン––––辰というらしいが、スケジュールが事細かに記されている。おまけに、講義が終わった後の行動まで記されている。

 それが、1週間分……永遠と書き連ねられていた。


 そして、さらに驚愕なのが……


「……で、でもこれ……こんな一瞬で送ってこれるの? すごい量だよ……?」


「あぁ……夏にはまだ早いってのに、大したホラーだぜ」


 青山も、息を呑んでスマホ画面を覗き込んでいる。


「……とにかく、これであのイケメンのスケジュールは分かった。来週の火曜、2限終わりに尾行するぞ」


 2限は、俺も青山も同じ講義を受けている。それは、事前に交換していた時間割で確認済みだ。

 2限終わりにイケメンを尾行するのが、1番都合がいい。


「……うん、分かった」


 青山には、まだ疑問が渦巻いているようだが、覚悟を決めたのかゆっくりと頷いて見せた。



◆◇◆◇



 午前12時7分。


 2限の講義は、予定よりも少し早く終わった。


 青山が遠くの席から視線を向けてきたのを確認し、教場を後にする。


 イケメンは、まだ講義中だろう。となると、おそらく12時10分に講義が終わり、最短で20分のバスに乗るだろう。

 それまでに玄関ホールにて青山と合流する算段だ。


 玄関ホールに着いて少しすると、友達と話しながら青山が階段を降りてきた。

 俺を見つけると、友達に手を振って近づいてくる。


「辰くんはまだだよね?」

 

「あぁ。けどもうすぐだ。20分のバスに乗るだろうからな」


 バス––––浦出都大学には付属の高校が存在するため、スクールバスが走っている。

 基本的には大学生の時間割に合わせて運行しており、駅まで直通だ。


 待つこと数分。バスに乗るためにホールに集まる学生も増え、あのイケメンもリュックを背負ってやってきた。


 それと同時に、バスも外にやってきた。


 他の学生が移動を開始する中、青山に目配せをして外に出る。


 ……が、


「待って、これ乗れないんじゃないかな? 既に高校生も乗ってるし……」


 青山が懸念するように、バスには既に高校生が多く乗っていた。


「まじか。何であんなに高校生がいるんだ?」


 俺の疑問に答えるように、周りの学生が話し始めた。


「高校生多くない?」

「あー、そういやテスト期間らしいな」

「うわっ、まじかよ。どうする? 次ので行くか?」


 ……なるほど。それでこんなに高校生が……っておい!


 次のバスに乗ろうと、ちらほら学生たちが引き返す中、イケメンはバスに乗り込んで行った。


「おい、やべぇぞ! あいつ乗りやがった!」


「ほんとだ! どうしよう……い、行くしかないよね!?」


 青山の問いに、俺は静かに頷いた。


 ここで引いたら、もう尾行なんてできない。乗るしかねぇんだ。

 幸い、引き返す学生も多い。まだ間に合うはずだ。


 イケメンの後に続くように、俺たちはドアの前に並んだ。

 俺たちが乗り込むと同時、バスのドアは閉められた。


「な、なんとか乗れたね……」


「あぁ、しかし……狭いな」


 乗れたはいいが、人があまりにも多すぎる。最後に乗った俺たちは立つしかなく、手すりに何とか捕まっている状態だ。

 青山はかろうじて俺の隣にいるが、俺たちの周りには多くの学生がぎゅうぎゅうだ。


 そんな中、バスは発進した。



◆◇◆◇


 

 シアートップス––––それは、薄い生地で透明感のあるトップスであり、最近のトレンドだそうだ。

 姉貴が口にしていたのを思い出した。


 ––––で、なぜ俺が今そんなことを思い出しているのか。


 バスが動き、信号で止まる。信号が青になると、当然また動き出す。


 ……が、


「……あ、ごめん。またぶつかっちゃった」


「……あぁ、気にするな」


 申し訳なさそうに俺の顔を見上げる青山に、俺はそう答える。


 ……が、俺の心労はものすごいスピードでぐんぐん溜まっていた。


 青山の肩やら胸やらが、ちょうど俺の右腕に当たるのだ。


 そして、話は戻る。

 

 薄い生地のシアートップスを着用している青山。その肌に込められた温度が、ほとんど直接俺の腕に伝わってくる。


 残念キャラなはずの青山が、やはり女なのだと実感してしまう。


 ……まぁ、それは別に良い。俺も男だ。たとえ青山といえど、こういうシチュエーションになると動揺もする。


 ……だが。それを、本人に悟られるわけにはいかない。青山に、俺が動揺しているとしれたら、死ぬまでいじられるし、今後の活動もしづらくなる。


「……っ!」


 そしてまた、青山の柔らかい肩がぶつかる。さらに体制を崩したのか、そのまま俺にしがみつくような形になる。


「ご、ごめん」


「……あぁ、大丈夫大丈夫。俺は、大丈夫……」


 押し当てられた青山の胸の感触にだけは意識が向かないようにと煩悩を振り払いながら窓の外を見ようとするけども人がいて全然見えなくてじゃあ逆を見ようと思ったら青山がいるわけだから俺は––––あぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!

 

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