第二十三話 精霊祭



 村に帰り精霊の顛末を聞かせると、村総出で祭りを開くことになった。


 実は、この時期になると毎年精霊祭を開くことがしきたりになっていたそうで、今年は魔物の活性化と俺達の戦いに合わせて延期してくれていたらしい。

 このような理由があって、倒した翌日には準備が間に合ったのだった。


 村の中心にある広場で宴は開かれた。

 中央には大きなキャンプファイアが用意され、夜空との対比が何とも幻想的で煌びやかだ。

 そして。


「おお!上手そうだな!」

「そうでしょうそうでしょう!うちの村自慢の料理ですっ」


 その周りには肉や魚、山で採れた山菜を使った様々な料理が並べられている。

 早速一口、村民から渡された皿に盛って、いただいてみる。

 これは、おそらく鹿肉かな?

 表面はしっかりと焼かれているが、中心部分が赤く食べ応えのありそうなステーキを口一杯に頬張る。


「うん、旨いっ!臭みがないし、ニンニクのきいた濃いタレともよく合う。それに、柔らかいからいくらでも食べられるな」


 肉自体は、あっさりした味だからおっさんでも口に入れやすいのは非常に助かる。


「はい!サラサおばあちゃんが料理は格別なんですっ」


 サラサおばあちゃんといえば、たしかチーズを作っていた人だったはず……


「それは嬉しいねぇ、腕によりを掛けた甲斐あったものだよ」

「あ、サラサおばあちゃん!」


 そこへ、噂をすれば影がさすを体現したように件のおばあちゃんがやってきた。


「スピカちゃんたちのおかげで村は救われたんだ、ありがとうねぇ」


 サラサは俺達に礼を言った。


「おばあちゃん……っ、当たり前だよ!みんな私の家族なんだから」

「そうですよ、依頼を達成しただけです」

「ふふっ、そうかい?あなたも若いんだからもっと召し上がって?」


 いや、俺もうおっさんなんだが……しかし、彼女にとっては俺もスピカも同じ若者に見えるのだろうか。

 なんというか、格の違いを思い知らされるなぁ。


「スピカや、あっちで話を聞かせておくれ」


 サラサを皮切りに、向こうで談笑していた村人が続々と集まってくる。

 なんと言っても、スピカは今回の主役だからな。

 皆話を聞きたいのだ。


「スピ坊、みんな待っとるぞい!」

「あ、連れてかないでぇ、セオドアさーん~っ」



 村の人達に連れていかれるスピカの勇姿に敬礼を送りつつ、この豪華な料理に舌鼓を打つ。


「この村の料理はお気に召されたかな?」


 一人、村長が二人分のジョッキを持って近づいてきた。


「ええ、これだけでも依頼を受けた価値がありました」


 ジョッキを受け取り、一口ワインを含む。

 口当たりが良く程よい酸味が、肉々しい後味を中和させてくれた。


「そうですかそうですか、では改めて……この村を救っていただき、ありがとうございました」


 そう言って、村長は深く頭を下げた。


「村を救ったのはスピカですよ……俺は手助けしたにすぎない」


 これは、俺の嘘偽りない本心だ。

 彼女の村を救いたいという思いと、決して諦めない姿勢には学ぶところも多かった。


「ふぉっふぉっふぉ、謙虚なお方じゃ……であれば、その心に甘えて老体の話を聞いて欲しいのです、話し相手が美女ではなく申し訳ないですが」


 意外と茶目っ気のあるじいさんだ。


「あの娘、スピカの両親は彼女が生まれてすぐに亡くなりました。それ以降、我々村の皆総出で彼女を育てました。この村には若い者が少なく、彼女には寂しい思いをたくさんさせてしまったが、あの娘は良い子に育ってくれた」

「間違いなく」

「今回、精霊様を鎮めたことでこの村には再び安寧が訪れましょう、なれば、老い先短い私にとっては彼女の将来だけが心残りなのです。彼女にとっては、この村はあまりに狭く、豊かとは言えません」

「……」

「もし、セオドア殿が今後もクロムの町で過ごすというのなら……度々あの娘を気に掛けてほしいのです、あの娘にはもっと外の世界に目を向けて欲しい。手前の勝手な願いだとは分かってはおりますが」


 村長は、再び頭を下げる。


「……私で良ければ」


 こんなことを言われれば、断れるわけがない。

 そうでなくとも、今回スピカと協力したことで俺のやりたいこと、その片鱗が見えた気がした。

 これからも付き合って欲しいと言われれば、喜んで付き合うさ。


「ありがとうございます。さて、真面目な話はそれくらいにして、冒険者とは懐かしいですなぁ……ッ!儂が若い頃など……」


 焚き火を囲う人々は皆笑顔だ。


 魔王を倒した勇者、物語を終えた舞台装置に役目はもうないと、そう思っていた。

 しかし、俺にも、こんな俺にもまだやれることがあるんじゃないか、年甲斐もなく考えてしまう。

 俺がやりたいこと……。


 つい、考え込んでいると、向こうから元気な声がしてくる。


「セオドアさんっ!何して……あ、おじいちゃん!二人で話してたんですね」

「おおスピカや、では儂が若かりし頃にはこれくらいにして……じじいは退散することにいたしましょう」

「はあ……え?」


 グリフォンとタップダンス!?

 何そのパワーワード!

 めちゃめちゃ気になるんですが!


「まーたその話ぃ?もう聞きすぎて耳タコだよ……暖かくして寝るんだからねっ!」


 ふぉっふぉっふぉと笑いながら向こうに行ってしまう村長。

 グリフォンの話については、今度スピカに聞くとして、今は。


「スピカ――乾杯」

「乾杯っ」


 かつんっと、ジョッキをくっつける。


「欲しい光景は見られたか?」


 聞くまでもないが、ここはあえて聞いてみることにした。


「それはもう、最高のが見られましたっ」


 そう言う彼女の横顔は、穏やかで優しげだ。


「それは良かった」

「セオドアさんのおかげですっ」

「いや、スピカががんばったからだよ」

「いやいや、セオドアさんがいなければ成し遂げられませんでしたっ!」

「いやいやいや、スピカがクエスト出さなきゃそもそも来てないんだから」


「「……」」


「ははっ」「ふふっ」


 顔を見合わせていると、どちらともなく吹き出してしまった。


「どうでした?」


 ひとしきり笑い合うと、スピカが尋ねる。


「どうって?」

「チーズです、好きなんですよね?」

「ああ、相変わらず癖になる味だ」

「サラサおばあちゃん喜んでました」

「そうか」

「はい」


 その後、しばらく互いに口を開かなかった。

 キャンプの火は、変わらず赤々と燃え続けているが、先程まで響き渡っていた皆の笑い声は少しずつ落ち着き祭りの終わりを漂わせた。

 この時間が、一番満足で一番寂しい。

 いつだって、祭りは腹八分目だ。

 だからこそ、長々と続くのだとも思うのだが。


「セオドアさん…」


 ジョッキの中も後一口まで減った頃、スピカが呟くように名前を呼んだ。


「どうした?」


 そろそろ帰る時間だし、残りの一口も飲んでしまおう。


「――私の部屋に来てくれませんか?」

「ブーーっ」





……中身を吹き出してしまった。

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